【物語三昧 :Vol.10】『かぐや様は告らせたい〜天才たちの恋愛頭脳戦〜』感想-14巻134-5話二つの告白-彼女たちの未来は明るい

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素晴らしかった、感動しちゃった。

かぐや様は告らせたい 14 ~天才たちの恋愛頭脳戦~ (ヤングジャンプコミックス)

Beto O'Rourke Announces 2020 Presidential -民主党の候補者の中で最も注目しているベト・オルーク候補。

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2019年3月、ベト・オルークさんが、大統領選に参戦を表明。2019年現在46歳の、1972年生まれ。ほぼ同世代なので、感慨深い。まだまだわかっていないが、現時点で、最も注目している2020年への大統領候補。ちなみに、凄いお金があって見事なトレーラーを作ったヒラリーさんらに比較すると、とても手作り感があふれる立候補表明。

betoorourke.com

というのは、ずっといっているんだけど民主党は、自滅に近い形になっていると思う。それは、構造的な問題。バーニー・サンダースさんの社会民主主義の方向性によらないと、民主党の内部に勝ち抜けないので、有力な候補が、みんなそっちによっている。なので、中道より極左的な位置づけに行かざるを得ない。またアイデンティティ・ポリティクスの行き過ぎによって、マイノリティの立場を押し出す姿勢は、世論に、もうポリティカルコレクトネスはたくさんと、、、、表立っては言わないが、結局は反対投票行動をされてしまうのではないかと思う。

つまりは、最終的にはアメリカの中産階級の支持を得られない可能性が高い。

もちろん、数字的には、民主党は数字も多いのだが、2016年の選挙では、結局スィングステイトが、次々に共和党とトランプさんに奪われて、民主党は負けてしまった。この「構造的なもの」は、ますます強まりこそすれ、まったく変っていない。

だとすると、トランプさんの再選が濃厚だということだと思う。

個人的には、ずっと追っていたカマラ・ハリスさんを応援したいところで、、、、理由は単純に、女性が世界をリードする超大国のトップに立つ姿を見てみたい、というだけなんですが、、、、でも、経済パッケージは、アレクサンドリアオカシオコルテスさんやバーニーサンダースさん重なってしまうし、民主党のレースを勝ち抜くとすると、左に寄らざるを得ない構造は、やっぱりヒラリーさんと変わらないように見えてしまいます。だとすると、結果は同じに感じてしまうんですよね。もう少しいうと、バラク・オバマ元大統領が、彗星のように現れたインパクトを、マイノリティだろうが何だろうが、それをぶっ飛ばすような、勢いを感じないんですよね。だとすると、トランプさんに勝てない。ようは、マイノリティ候補や、リベラルなことによりすぎると、言い換えると、中道の候補を作らないと、最終的に共和党に負けてしまいやすい構造がある。


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つい先日、ロシアゲートの疑惑をで「共謀なし」というニュースが出て、こうなると弾劾も難しいよな、と思うんですよね。もう再選を阻むものがほとんどない。最終的に、時代の雰囲気的に、共和党トランプ大統領が、2016年と同じ構造で再選されそうにとても感じます。2019年の3月後半のいま現在。


けど、Beto O’Rourkeさんは、注目しているんですよね。というのは、一つ目は、共和党ががっちり抑え込んでいる・いたテキサスで強かったということ。スィングステイツで、共和党の強いところをひっくり返せる「可能性」がないと、最終的に民主党は、大統領選挙では勝てないと思うのですが、その可能性が一番濃厚にある(気がする)。なんというか、スィングステイツで勝つというのは、ブルーステイツトレッドステイツに鮮明に分かれているなかで、難しいんですよね。時代的にも、保守、右翼などの反移民や、反ケインズ政策的な支持が支持されている世界的な潮流の中で、「どっちに転ぶかわからない」スイングスティツで勝つのは、至難の業で、とても運任せ。浮動票を狙うようなもので、あまりに不透明。でも、ベト・オルークさんが、テキサスで強いのは、既に事実ですから。テキサスとれたら、凄いですよ。これって、余りあやふやなことに頼らない、構造的な事実。共和党がちがちのレッドステイツのテキサスに強い、というのは。

テキサスレースの直後。

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もう一つは、彼が、マイノリティではない、白人の男性という点ですね。。。。むしろ、こっちの方が、差別化になるなんて、、、こんな時代が来たのだなぁ、と驚きます。


ちなみに、堂本さんが、日本語で読めて、いろいろな候補者を説明してて、分かりやすかった。メモメモ。


wezz-y.com


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ちなみに、ベトオルークは、新生のように現れたのは、NFLの両義的な問題に、クリアーに答えたスピーチが始まりでした。

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'I can think of nothing more American': Beto O’Rourke responds to question on NFL protests


この登場の仕方も、僕はいいなぁーと思うんですよ。国家、国旗に対する忠誠の問題は、右翼と左翼を分断する両義的なイシューで、だいぶしんどい。こういうのに旗色鮮明で、既に立場が定まっているのは、大統領選を戦う上で、だいぶ楽なんじゃないかなーと思うんですよね。彼は、「そういう人」として、既に評価されてて、どっちかというとリベラル的な意見なのに、「にもかかわらず」、凄まじく保守的なテキサスで評価されているというのは、両義的な価値の混迷な今の時代において、重要なポジショニングだと思うんですよね。


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まぁ、そろそろ大統領選挙も、動き出してきた感じなので、この人は注目しているので、メモしておきたかったのです。

『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』(Battle of the Sexes)USA 2017 Jonathan Dayton, Valerie Faris監督 当事者たちが何を抱え、何を考え、何のために戦ったのかを感じられる素晴らしい映画

バトル・オブ・ザ・セクシーズ (字幕版)

評価:★★★★★5つ
(僕的主観:★★★★★5つ)

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バトル・オブ・ザ・セクシーズ』(Battle of the Sexes)2017年のアメリカ映画。めちゃくちゃよかった。Emma Stoneが演じるビリー・ジーン・キングが、なかなかいい味を出していた。去年(2018)の、大阪なおみさんとSerena Williams(セリーナ・ウィリアムズ)さんのUS Openの決勝戦の出来事以来、ずっと見たかったのだけれども、やっと見れた。ビリー・ジーン・キング(Billie Jean King)とボビー・リッグス(Bobby Riggs)との試合を描いたもの。

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■女性の差別との戦いの歴史


はっきり言って、全然知らない話だったので、自分はほんとものを知らないなぁとしみじみ思いました。企画自体は、MeTooムーブメントより前らしい。そういう意味では、とても時代的な映画。

Women's Tennis Associationの設立の背後にこんな、厳しい戦いがあったとは、、、驚きました。映画の中で、ショーとして、道化として確固たる意志を持っているボビー・リッグスより、むしろ、裏で、システム的に、男性優位の構造をゆるぎなく維持しようとする運営の人間に「お前たちの方が本物の敵だ」的なことをキング夫人がいうのが、とても興味深かった。たしかに、ショーとして「男性優位主義者のブタ」と高らかに宣言するボビーの方が、まだくみしやすい、分かりやすいもので、陰に隠れる構造的なものの方が、はるかに陰湿かつ手ごわい敵だったんだろうなぁーとしみじみ思いました。もちろん脚色はあるにせよ、当時の雰囲気が、いまと全く違うので、とても文脈が興味深かったです。

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Billie Jean King: The Best Tennis Player Ever - Documentary & Biography


Billie Jean King On ‘Battle Of The Sexes’: Bobby Riggs ‘Was One Of My Heroes’ | TODAY


■セリーナに対する主審の判断について~現代はこの問題は、複雑な様相を帯びている

9月8日にニューヨークのビリー・ジーン・キング・ナショナル・テニスセンターで行われた決勝戦。問題の場面は、大坂が6-2で先取して迎えた第2セットで訪れた。

 第2セットの第2ゲーム。大坂のサービスゲームでセリーナはコーチから指導を受けたとして、最初の警告を受けた。その後、セリーナはいらだちを隠さず、第5ゲームで大坂にブレークバックされるとラケットをたたき折り、2度目の警告で1ポイントを失った。第7ゲームで再び大坂にブレークされた直後。コートチェンジするときに主審に怒りをぶちまけ、「私から得点を奪った。私に謝れ」と猛抗議。「盗人」と発言したことで3度目の警告を受け、罰則として自動的に1ゲームを失ったのだ。

 試合後の記者会見で、セリーナは、ポルトガル人の主審、カルロス・ラモス氏を痛烈に非難。ラモス氏には男女差別の意識があり、自分への違反判定につながったと訴えた。

【アメリカを読む】セリーナ・ウィリアムズVS審判 「性差別」と訴えた女王に米国人は賛同か幻滅か(1/5ページ) - 産経ニュース

セリーナ・ウィリアムズといえば、現代アメリカの英雄の一人。その業績は、凄まじい。


とても興味深かったのは、彼女のふるまいに対して、無礼だとか、スポーツマンシップにもとるというような言い方をしているのは、たくさんあったのですが、個人的には、日本語の方が目立った気がします。量は同じくらいの比率だったと思うのですが、日本語の方は、彼女にも理由がある(要は女性差別だ)という風にいうよりは、声のトーンが高いように感じられました。まぁ、僕の個人的な感触なのですが。いいたいことは、日本の方が、アメリカ的な文脈である、アフリカンアメリカン、そして女性に対する差別克服の戦いがの歴史が、まだまだ弱いので、一足飛びに「マイノリティが権利を獲得した後の、アイデンティティポリティクスのようなリベラル、左翼、マイノリティ側の、実は「正義の御旗のもとに様々な公平さや正義を踏みにじっている卑怯なふるまい」に文句を言うフェイズに、すぐ飛びつきやすいと思うのです。そこには順番が実はあって、いきなり、マイノリティを責めるのは、非常に差別的なのですが、日本では、そういうステップの一団飛ばしが起きやすい感じがしました。


でもここで言いたいのは、そこではなくて、アメリカでも、セリーナのふるまいは、そうは一いってもひどいんじゃないか?という意見があって、セリーナの振る舞いそのものは真偽がわからないし、テニスには女性差別はかなりずっと構造的に言われている問題なので、きっとセリーナに対する差別はあったんだろう、「という前提」に立つのが常識として動いているので、「それに違反する」、つまりは、ポリティカルコレクトネスにいはする発言が全くできない、という無言の圧力がある。だから、セリーナ自身の振る舞いというかマナーは、だいぶひどいんじゃないかと過去からずっと言われているが、それを注意できる空気が、人がいない。注意すると、女性差別主義者だからだ!と、社会的立場を失ってしまうので、一切触れられない聖域になっている。今回は、相手側が、大阪なおみさんという、ハイチ系でもあるし、日系でもあるマイノリティなので、いや、それは、だいぶひどいんじゃないという「それでもまだ言える空気」になった、みたいなことを、ちょこちょこ発言したりコメントしている人がいたんですよね。

一方で、大会から数日がたってから、セリーナの主張に異議を唱える意見も出始めた。四大大会18勝の記録を持つ元テニス選手で、同性愛者のマルチナ・ナブラチロワ氏は、ニューヨーク・タイムズ紙(9月11日付)に「セリーナが間違えたこと」と寄稿を載せた。

 ナブラチロワ氏はテニスの世界に限らず、性差による二重基準はあると言及しつつも、「『男子なら許されることは、女子もそうあるべき』という基準を当てはめるのは適切な考えとは思えない」と指摘し、こう続けた。「それよりもわれわれが問いかけるべきは、スポーツに誇りを示し、対戦相手にも敬意を表す正しい振る舞いとは何であるかだ」

【アメリカを読む】セリーナ・ウィリアムズVS審判 「性差別」と訴えた女王に米国人は賛同か幻滅か(3/5ページ) - 産経ニュース


そして、女性の側に立つ人々の中でも、世代によって、ビリージーンキングさんとナブラチロワさんの意見の違いの鮮明さが際立った。


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事実を調べてもいなし、すべてが僕のテレビと周りに「見た聞いた」レベルの話なんで、これが事実だといいたいわけじゃなくて、こういうアファーマティヴアクションとポリティカルコレクトネスと、何が正しいことなのか?、本当にマイノリティは、この厚いベールの中でスポイルされていないか?とかいう構造が常に隠れているってこと。


あっ、えっとね、構造にはレイヤーがあるといつも思うんだよね、抽象的に書くの難しいので、このテニスのケースを例にとろう。


1)男性とマジョリティ(ここでは白人)側が、女性とマイノリティを構造的に差別しようとする圧力が昔から常にある。これは、この映画を見ると、そのあまりのひどさにため息が出る。


2)それに抵抗してきた、ビリージーンキングなどの闘争の歴史があり、権利を獲得してきて、アファーマティヴアクションのような、そもそも差別されやすい構造に対して、厚い保護をする仕組みができた。例えばセリーナ・ウィリアムズは、大阪なおみのあこがれだったけど、それは、彼女が差別される苦しい異世界で、ずっと戦ってきたことを、誰もがに示してきたという実績があるから。


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3)しかしながら、時間がたってきて、現代(最近2019ぐらい?)になると、その厚い保護のブランケットの中で、スポイルされていないかどうか?、つまり、マイノリティだから女性だからって、既得権を振りかざして、他者に攻撃的になったりするのは、本来は批判されなきゃいけないものが、過去に虐げられていたという言い訳で、許されてしまっていることに増長しているんじゃないの?。セリーナの態度がかなりひどいのは昔から言われているけど、ぜんぜんなおんないじゃん、と。


4)けど、さらにひっくりかえって、それを批判するふりをして旧既得権益の差別主義者が、3)に飛びつく構造もある。左翼やリベラルがまたアイデンティティポリティクスで、正義(ポリティカルコレクトネスやアファーマティヴアクション)をを振りかざすのを批判する「振り」をして、実際は、1)の男性やマジョリティの差別意識を肯定しようとする保守や右翼の隠れ蓑にしている。セリーナの話も、これは差別やマイノリティ差別とは違うんだ!、個別にケースバイケースでひどいものには、ちゃんと意見を言おう!という「振り」をして、実際は男性原理主義や差別を助長してる。


と、こうなってくると、もう外から見ているんじゃ、ほとんどよくわからん、という風になる。


よくわかんない場合は、極論的に「どちら側に立つの?」という話になる。そうなると、通常は、リベラル用の立場に立つことになる。なぜならば、アメリカでは、そういう常識という空気が、根強く形成されてきた、、、、言い換えれば、女性やマイノリティの権利獲得に、物凄い時間が費やされ、1960-70代に遺産が作られてきているから。生半可な危ない発言すると、立場を失ってしまう可能性がある。特にメディアは、リベラル、左翼よりなので、そういうリスクが凄い強い。


なので、人々は、多少、おかしいな?と思うことがあっても、臭いものにはふたをするという感じで、何も言わなくなってしまう。



その結果、どうなるか?。


2019年のアメリカで、その結果は、一つは、口に出さないけど、はっきりと投票しちゃう(笑)。ということで、メディアの予想全く裏切って、本音を、嘘だろうが何だろうが、ガンガンいうトランプさんを選んでしまった。もう一つは、やっぱり、保守、右翼層の激しい台頭をまねいているんだろうと思うよね。ティーパーティーでも、なんでもそうだけれども、このリベラルになってきた先進国で、それはないんじゃない?というような赤裸々な本音が、表立って支持をうけるようになってきている。



というような構造は、日本でも、ヨーロッパでも、アメリカでも、共通の構造だと思うんですよね。



これ、難しいなーとしみじみ思います。だって、上の4つの構造を考えただけでも、どっちの立場に立てばいいのか、よくわからなくなっちゃう。思考停止で、そはいっえも「とりあえずリベラルにしよう」と考えると、現実には、マクロで激しんリアクションがエネルギーを得てしまう。かといって、じゃあ「中道で行くか」と考えると、そもそも経済が最悪なので、みんな既得権益の奪い合いをしているので、とは争いが凄いので、中道は、日和った、と見えてしまう。うーん、、、みんな同じ構造。


と考えると、少なくとも、ここ数年は、保守、右翼のターンだろうなぁ、と感じてしまう。だって、世界中が、そうでしょう、いま。


西洋の自死: 移民・アイデンティティ・イスラム


なので、こういう当事者じゃない人には、「よくわからなくなる」出来事に関しては、その時の様々な立場の人の意見を、公平に聞く、だけじゃだめで、時系列的に「過去にどういう経緯があった、そうなってきたのか」という歴史軸をみないと、その時のトレンドで判断してしまいやすい、と僕は思います。なので、こういう過去の、大きな出来事を、主観的に理解しやすい物語に再構成して見れることは、とてもいいなーと思いました。いっきに理解と共感が深まったもの。


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■ビリージーンのだんなさんが興味深い

この話は、また別途どこかに関連して書きたいなーと思う。ビリージーンキングの旦那さんが、とても興味深かった。


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アメリア 永遠の翼 (字幕版)

『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』(Darkest Hour)UK 2017 Joe Wright監督 クリストファーノーラン監督の『ダンケルク』と同時に見たい

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評価:★★★★★5つ
(僕的主観:★★★★★5つ)

最近、ヨーロッパ史をちゃんと知りたい、と切実に思いながら、本を読む時間を捻出できていない自分に、凹みます。毎日無様をさらしながら生きている。。。と思いつつも、ここ1年くらいは、意思をもってインプット総量をあげていて、計画にだいぶ近いくらい、やれていると思っているので、まぁ、仕方がなかろう、と思いながら。今年の目標として、単品としてのYouTubeに解説や感想をあげようと決めたんだけれども、これで8回目。結構なペースで、着実に積み上げられていて、うれしい。


ちなみに、Youtubeでも話したんだけど、下記の映画作品は、同じ時間(1945年の5月10日前後)なので、同時に見てみると、理解が深まるかも。特に『ダンケルク』と『Darkest Hour』は、物事の両サイドなので、ぜひとも同時に見たいと思います。現場と意思決定の会議室で、どんなことが起こっているのかが、同時に見るといいです。自分の文脈としては、なぜ最近になって、イギリスの過去の成功体験を物語化して強調する必要があるのだろう?と、なぜいきなり今になって?(2018年とか)というと、やっぱりブレクジットのせいで、国体というか、国の在り方が動揺しているから、こういう確認が必要なんだろうなぁ、と思う。でも、たとえば、バトルオブブリテンは、ポーランドチェコ兵のパイロットが活躍したり(ジブリで配給された、『ダークブルー』ですね!)と、イギリス人が凄かった!という幹の物語を強調しすぎると、本来歴史はもっと複雑なはずなものが、単純化されてしまい、意図する、しないにかかわらずそれは歴史修正主義のようなものになってしまう。だって「今の必要性」から、過去を解釈しなおして、都合よく理解しちゃう可能性が高いもの。そういうのは、どこも同じなんだなぁ、と思う。現代の様々な国で、同様の構造があるな、と思って、見ています。行き過ぎた誇りは、えてして他国を見下すことにつながるというのは、いつも思ってしまうなぁ。とはいえ、そういうトレンドがあるときに、こういうのをひと固まりで見てみるのも、なかなかいい体験です。


ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男(吹替版)



イントゥザストーム (字幕版)



英国王のスピーチ (字幕版)



ダンケルク(字幕版)



ダーク・ブルー [DVD]



第二次世界大戦1939-45(上)



尊敬できる!と思った人は、長く長く定点観測で、ある記事は、何度も読み返しています。いやー何時も素晴らしい記事です。これがほぼ、上映中のリアルタイムに近い形で更新されていく様は、いやはやいつも脱帽です。


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■ラジオを聞いてくれたレスター伯爵からのおすすめ


アントニー・ビーヴァーの後は、これがいいよということ。時系列的には継続するので。いまのところ、WW1にさかのぼるか、戦後史に行くかは、悩ましい選択ですねぇ。これだけの大著だと、1年に1シリーズしか行けないからなぁ。

ヨーロッパ戦後史(上)1945-1971


それと、イギリスを考えならば、この本がいいとおすすめ。宥和派と強硬派の背景にある、イギリスのバックグラウンドを考える。


フリートレイド・ネイション:イギリス自由貿易の興亡と消費文化

『revisions リヴィジョンズ』 4-12話 谷口 悟朗監督 青春"災害"群像劇(ジュブナイルパニックアンサンブル)視点で見るのが正しいしのでしょうね。


TVアニメ「revisions リヴィジョンズ」ティザーPV

評価:★★★☆4つマイナス
(僕的主観:★★☆2つ半)


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この続きです。


まだ終わっていない感じですね。シーズン2があるのでしょうか。ちなみに、まだテレビは放映中ですので、ネタバレを書きますので、見ていない人は、読まないほうがいいです。評価がかなり混乱しているのは、一言で全面的に、誰もが見てください!とは言いづらい感じ。ただ、さすがの谷口悟朗監督という深みもあり、しかも全体を通して12話すべて見ると、良い出来ないので、、、なかなかなんといっていいか難しい。うーん、、、見終わって二か月くらいたつのですが、やっぱりネットフリックスで全話一気に上がっているので、一気に見る作品として評価すると、★4ですね。いいです。


全体評価としては、SFとしては、2日で一気に全話見れるくらいなので、とても良質で、さすがの出来です。とはいえ、最初の記事(下記に出しておきます)で指摘した、堂嶋大介くんが、あまりに醜悪な全能感の持ち主で感情移入を拒むのは、7話に迄至っても変わらず、正直言って、主人公の設定としては、失敗の構造だったと思う。この手の、醜悪な自己の妄想や問題点が積み上げられて、それをぶち壊すエピソードがあって、新しい自己(自分の問題点の自覚と反省)に安心して受け手が、感情移入するのは、僕はアニメでいうと、3話くらいが限界だと思う。3話ぐらいまで継続してしまうと、積み重なった醜悪さで、主人公が嫌いになってしまい、感情移入できなくなると思う。そういう意味で、この後なぜそういう設定にしたのかは、わからいでもないんです、全体のドラマトゥルギーの設計としては。全く最後まで言及がない『鉄のラインバレル』の早瀬浩一くんのように「醜悪なルサンチマンぶり」が、物語として弾劾されない、是正されない、という作劇ではなかったのですが、でも、12話完結の物語で7話ぐらいまで引っ張ってしまったら、もう物語を愛するのは、難しいと思うんですよね。


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12話まで見ると、実は、「おれ(=堂島大介)が選ばれたものだ」という選良意識は、ただの勘違いで、本当は最も能力がないモブだったのが、偶然間違いによって主人公になってしまっていた、という暴露が待っています。「ここ」から、逆算すると、堂嶋大介くんの痛さ「「おれは選ばれしものだ」!というルサンチマンナルシシズムが、その根底が覆されるドラマツゥルギーになっていますので、だからこそ激しいほどに、彼の選民意識を強調する醜悪さは、演出構造上、わかるんです。これがうまく構造的にはまれば、なんの能力もない一般ピープル、モブの人間が、偶然を介して、主人公、ヒーローになっていくというテーマとしては、ちょっと2019年時点では古いですが、2年前の構想であれば、十分最前線に近い脚本だとおもうのです。具体的には、タイムパラドクスがテーマになっているんですが、実は、強い個性の張・剴・シュタイナーと堂嶋大介を仲介する「モブというか主人公の親友的のポジション」の浅野慶作の方が、選ばれたヒーローになるはずだったんですね。けれど、ただ単に手違いだった。その堂嶋大介くんが、自分のモブとしての「選ばれていなかった」ナルシシズムの崩壊を乗り越えて、友達のために命を捨てて、おれがやる、となるところで、痛さがひっくり返って、、、、という感情的なドラマトゥルギーが構造上設計されている。


けど、これ、受け手の人は、どう感じたのだろう。少なくとも、僕は、最後の数話は、上記の堂嶋大介が「自分おナルシシズムの醜悪さに気づいてもなお友達のために戦う」というドラマトゥルギーが展開しているので、感情的に、そこまでいやな気持はしなくて、物語に「沿うことができ」たんですが、、、、けど、もう7話ぐらいまで積み上げた彼の醜悪な性格の印象は、ぬぐいがたかったです。


それだけではなく、作劇場の、ターニングポイントとしての自分の「思い違いの妄想が告発されて壊される」イベントが明確に感じられない、と僕は感じました。


最初の1話の屋上のシーンが、どうしても忘れられないのですが、「おれが守る」とかほざいてるくせに、他の生徒が数人握りつぶされて目の前で殺されているのに、そのことに対する言及も反省も全くなかったんです。あれが、凄い許せなかった。ようは「守る」対象が、恣意的に自分の幼馴染の5人だけに限られているし、そレでも「その5人を守る」ことが本当の目的である描きがあればまだしも、明らかに「自分の自尊心の自己防衛」のため、いいかえれば、バカにした世間や幼馴染を見返すことだけが目的なのが、これでもかと繰り返される。

うーんこうして脚本構造を見直すと、前半から後半真ん中まで(1-7話くらい)の堂嶋大介の痛さの強調がされるほど、あとで、「実は選ばれてないモブでした」という彼にとって一番つらいことが突き付けられて反転するというのは、いわゆる契約・再契約(最初は、無自覚に戦っているけれども、一度その力を失って、もう一度その力をふるう意味や目的を見直しさせられる)物語類型の典型的フォーマットなので、よくできていると評価できる。でも、、、感情的には、もう「残念だけど遅かった」感じがして仕方がないんだよね。


これ、「何が行けなかったんだろうか?」作劇場の問題点として。


考えてしまうのは、2点の視点で。一つは、上のように、どういう作劇上のドラマツゥルギー、えっとわかりやすく言うと、エピソードを、どういうタイミングで入れたら、「そもそものコンセプト通り」の効果を受けてに与えられたんだろうか?。


僕は、遅すぎる、と感じた。


なので、たぶん3話を超えて引っ張るにしては、ナルシシズムの醜悪なルサンチマンが、痛すぎた。それと、タイミングの問題と絡むのだろうけれども、全12話のすべての物語が、堂嶋大介の自己実現と成長の感情エピソードで占められているので、せっかくの他のメンバーの群像劇的な構造や、SFとしての謎解き、タイムパラドクスのなぞ解きのような「次がどうなるんだろう?」というドキドキ感よりも、堂嶋大介の感情エピソードを追う比率が高くなってしまったんじゃないだろうか。対抗すべき他の4人の、特に、大介と対立する張・剴・シュタイナー(ガイ)の正義をもっと全面的に押し出さないと、大介が正しいように感じられてしまって、いや、こいつ正しく(というか、好きになれねーし)ねーし、という風になってしまったんだろう。他の人はどうかわからないが、少なくとも僕には、全12話のエピソードを見て、最後の結果を見てもなお、堂嶋大介に対してシンパシーは描きにくかった。



この辺りは作劇場のテクニックの話。脚本トータルでの意図は、実はわからないでもないテーマだなと思ったんで、テクニカルな問題のような気がする。



もう一つは、もっと根本的な問題点。僕は、早瀬浩一君(鉄のラインバレル)や堂嶋大介君が、めちゃくちゃ嫌いで、感情移入できないんですが・・・・・でも、よくよく考えると、『新世紀エヴァンゲリオン』の碇シンジ君だって、そんなに変わらない、やなやつだよね。もっと、いうと、前回の谷口監督のルルーシュとかだって、第一期の最終回で、「あれだけ積み上げた絆」からすると、ナナリーと黒の騎士団は、どっちも選べないし、あの状況ならば、ナナリーのところへ行くことは考えられない(byLDさん)というのは、とてもわかって、要はあまりに自分本位で、人として間違っていないか?、言い換えれば物語の感情移入ポイントとしては、機能しないんじゃないか?ということです。絵っともっとシンプルに言うと、


嫌われる堂嶋大介と愛されているように見える碇シンジ君は、何が違ったの?ということ。


これ、ちょっとテーマで、考えておかなきゃなーと思う。というのは、ルルーシュで証明されているように、主人公の感情移入ポイントとしてナルシシズムの全王冠が実現していく快感を見せるというのは古今東西、古典的な作劇場のテクニックで、それ自体が悪いわけではないはずです。ましてや、いまの時代は、「そこ」にポイントがあるのはわかる。


でも、何かの違いがあるようなんですよね。


これは長く発する疑問な気がするので、少しはたためるべきですね。短絡的に直感で言うと、「そいつがやなやつになぅた理由」が、「自責なのか?他責なのか?」なのかなぁと思う。えっとつまりね、ルルーシュや、シンジ君が、そうはいっても、わかるわーと感情移入しちゃうのは。やっぱり「他責の理由(明らかに親が悪い、彼らは被害者)」が丁寧に描かれている。だから、彼らが狂った妄想や、追い詰められて動けなくなったりするのは、理解できるし、共感できる。けど、大介も浩一も、「そういう描写」が弱いので、単純に、自分が「独りよがりでヒーローになりたい」というゆがんだ妄想を、他者に押し付けているだけで、そうなる必然性が感じられないから、なのかもしれない。要は、わがままに見えるんですね。シンジ君だって、ルルーシュだって、そばにいたらやなやつだろうけれども(笑)、でも、物語としては、最初から、わからんでもない。。。。ということなのかなぁ、、、。あまりに単純な理由だけど。



物凄くよかった点



さて、堂嶋大介君の感情移入ポイントについて、言い換えれば、悪かったと思う点について、あれこれ述べました。けど、SFや、監督が主張しているように、青春"災害"群像劇(ジュブナイルパニックアンサンブル)視点でみると、とてもよかった。というか、本来の谷口悟朗監督の持ち味は、こっちだし、随所に、それが素晴らしくなりかける場所は、たくさんあった。ほんとうは、大介のエピソードが主軸ではなくて、そっちにすべきだったのか、、、、。このへんは、わからない。大介の主観視点が大きな比率を持っているから、ぐいぐい速いスピードで「次が見たい」と思わせているスピード感があるのも事実なので、このあたりは、クリエイターの選択がよかったかどうか、わからない。。。、一視聴者としていえるのは、自分は、おもしろかったけど、感情移入できなかったことだ。で、もう一度話を戻して、パニック映画、群像劇としてみると、随所におお、と思うことがたくさんあった。やっぱり、本当は、この設定は『無限のリヴァイアス』をやってほしかったんですよね。★5マスターピース級の大傑作の。


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僕がいいな、、、と思ったのは、とても最前線の作品(2019年代現代のという意味)だなぁ、、、と思ったのは、秩序の形成の仕方が、丁寧に描かれていると思うんです。まだ微妙に脚本が練れていないので自覚的かどうかわからないんですが、、、、これまでのパニックムービーとか、異世界に転生するとかは、それぞれの限界があった気がするんですよね。パニックムービーとか、こういう共同体そのものが、どこか異世界に飛ばされるとか、宇宙人が攻めてくるとかのSF設定では、秩序がどのように「壊れていくか?」について、執拗に描いてきました。異世界に転生する場合は、「自分」が、その人一人ぐらいが行くというケースが多くて、多くてもクラスメートなので学校共同体のレベルの規模が秩序を考えるので、限界だった気がする。『Gate』とかは、現代と異世界がつながるというのは、面白いけれども、現代が強すぎて、現代の秩序が壊れたりしないので、これは別系統の物語。

ゲート 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり1 (アルファポリスCOMICS)


えっと、話を戻すと、たぶんですね、、、、けっこう最近まで(僕的にはシンゴジラ分水嶺な気がする)、秩序(例えば国家)が信頼されていて。。。。強固な権力があり、秩序がド汚い手によってではあるが維持されている、という前提があって、「だからこそ」秩序を壊してやる!権力をずたずたに壊してやる!ということに強い情熱があった。LDさんの話したときに、シンゴジラと、昔のクーデターもの『皇帝のいない八月』などでは、国家に対する信頼が違う、と話しました。信頼というのは、「いいことをする」という意味ではありません。国家権力が強い!と思うので、どんなことをしても汚い手で、秩序を維持して今うので、弱いものを殺したする権力を告発してやる!という情熱があったのです。壊してもいい!と思うのは、国家が強いからです。けれどもシンゴジラは、全く違いました。もう国家は頼りにならない、権力は、巨大な天才であるゴジラや、地政学的な超大国アメリカの論理に全く歯が立ちません。そしてそれを「国家の中枢メンバーから一市民にいたるまで」ほとんどの人が良くよくわきまえています。だからシンゴジラは、一切、国家権力に信頼がないからこそ、「すべての人が秩序を守るため」に戦うことになるのです。権力の中枢にいる官僚や政治家たち、軍事たちも、一般市民さえも、自分たちが、「一人でもプロとしての覚悟」を失えば、「社会の参加者、協力者としての市民」としての覚悟を失えば、即日本が消滅するという責任意識で動いています。これに、たくさんの人が感動するというのは、すなわち、既に国家権力なんか、自分が担わない限り、まともに機能しないと思っているからです。


あの頃映画 「皇帝のいない八月」 [DVD]

シン・ゴジラ


さて、物語は、ここ(シンゴジラあたり)を分水嶺に変わって行くと僕は予想しています。


どこへ?


それは、この壊れた権力、国家、秩序を、どう回復するか?というSFの前提的なテーマです。この同じテーマが、昔と逆転しています。昔は、壊そう!と努力してたのが、このテーマでした。その果てが、『北斗の拳』のような、壊れた共同体や秩序、、、、世界が滅びた後の世界という廃墟のイメージです。ここでは、万人の番人に対する闘争が主テーマになります。


けど、テーマが逆転すると、今度は、壊れていく国家、権力、秩序、共同体を、どのように回復させるか?というテーマに主軸が移るような気がします。その場合、昔と違って、国家権力を回復するという風には、単純に行けません。この秩序をどうやって回復するか?ということの文脈を理解するには、ちょっと僕的な補助線があるので、まぁざっくりと出し、物語と寒けないように見えるけど、少し考えてみたいと思います。


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さてさて、ガッヤマンクラウズなんかで、インターネットが、民主制や様々な政治制度に新しい価値をもたらすのか?、それとも、実際は衆愚政治を加速するのか?というテーマが語られていますが、少なくとも、ケンブリッジアナリティカの問題を見るまでもなく、SNSが、見たいものだけを見る衆愚の妄想をさらに加速させ分だ孤立化させて、それがフェイクニュースポストトゥルースと結びつき、本来ならば再分配を旗印とする左翼、リベラリズムが、アイデンティティポリティクスによって醜悪化して、内ゲバと、自己の正統化で暴力を他者にふるう・・・・そして、最終的に右翼や保守政権に構造的に有利になってしまう、というのが2019年の今の時代の政治の最前線です。

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こうした中で、最初の問いに戻って「秩序を形成する」というのを見せようとすると、とても難しくなる。「この問題」に対して答えないといけないからです。


まずは、『皇帝のいない八月』のころのような、国家権力を強化するという過去に戻ろうという選択肢は、よく語られるシンプルなオプションですが、これは、さすがにあり得ないとみんなわかっています。保守派や旧来の右翼は、すぐここに飛びつきますが、まぁ、これはどう考えても、先がなさそうな選択肢です。多様でリベラルな生活世界を生きている我々が、そんな不自由な過去に戻るのは、難しい。一時期、インターネットの、直接参加、すべての人の集合知を結束すれば、、、というイメージが語られましたが、これは、よりひどくなるだけで、新たなテクノロジーによるイノヴェーションがない限りは、基本的に代表民主制の方がよほどましで、直接にダイレクトに民意を集めると、めちゃくちゃな偏りとうそが蔓延するというのもわかっています。また更に昔の英雄が何とかしてくれる!というようなリーダーやエリートが何とかしてくれるというのも、もうムリというのがわかっています。


ではどうするの?。と考えると、先ほど、中間層の崩壊によってソーシャルキャピタルが壊れていることが、実は、様々な問題をむき出しの個人に直面させているというのがわかります。なので、具体的な小さなコミュニティごとに、自分がそれなりに具体的に所属する集団や組織ごとに、より大きなものへ接続していく仕掛け、が必要ということになります。うーん抽象的で分かりにくいですね。


共同体のレベルで、具体的に、どうやって、、、国家ではなくて秩序を形成するの?そこで、『revisions リヴィジョンズ』を見てて思ったのは、キャバクラの店長のおっちゃんの自治組織が、最後の方で、コミュニティを維持するための様々な機能を担っていくことがさらっと描かれているのが、おーこれは、、、とおもったんんです。いや、ほんとにちょっとしか出てきていないシーンなんですが、問題の本質は、谷口 悟朗監督はわかっているんだろうと思うんです。なぜならば、絵的な問題もあるんでしょうが、渋谷区まるごとが異世界、というか異なる時代に移動していることです。舞台の中に、個人ではなくて、ほぼ国家機能まるごとに等しい組織集団がまるごと移動して生きている。またこれまでの、国家権力が信用できない歴史の再現のような流れも足早に見せています。


大規模な国家権力から切り離されて無法状態になった時に、渋谷区の区長と区役所の行政官僚、そして警察組織を中心に、すぐに臨時政府が組織されます。ここでちゃんと、「政府」と宣言することが、オーと思いました。行政権を、確立するには、民主主義なんかに頼ってらんないんですよ、時間ないし、いつ戦争が起きるかわからないから。そして、チェックアンドバランスなんですが、区長が権力の暴走を見せた時に、警察組織がそれを押さえにかかったのは、これはある意味、クデーターです。そして、その間、民間の代表者たちや、周りのむき出しの個人たちは、もうひたすら文句言っているだけの、衆愚です。そして、命を懸けて渋谷を防衛しているSDSに石を投げるわけです。これ、20世から今にかけての歴史のパターンですよね。


んでね、、、、あまり丁寧に描かれてわかりにくいんですが、最初、責任認識がない「おれおれクレクレ」くんの渋谷の人々は、、、、いや、正確には、統治全体に対しての無責任な衆愚には、大きく二つあったように見えます。一つは、あのいやらしい感じのキャバクラの店長(渋谷の自治会のフィクサー)と、渋谷の外からきていて代表者すらも出してこない衆愚たち。このなかで、渋谷の商店街を中心とするキャバクラの店長(渋谷の自治会のフィクサー)が、いろいろな問題によって、どうにもならない状況を理解して、じわじわと、行政執行の、具体的でコミュニティレベルの草の根レベルの秩序を、裏で育てているのが見て取れます。テーマではないので、本当に描写は少ないんですが、、、しかし、最後の方の的に襲われる避難の時に、秩序ある非難を末端まで、彼らが指揮して実行しているのが、明らかにわかります。


ようは、渋谷区長を中心とする政治家、行政府、警察を中心とする法執行の暴力組織、その下部のSDSという軍事力、渋谷の自治会、ただそこにいただけの渋谷に根を持たない人々、、、、という様々なプレイヤーが、人々がどんどん殺され、戦争が起き、という極限のイベントをパニックに成りながら経験していくうちに、自然と、「統治」という視点で、全体をバランスよくまとめるポイントと、実際にどう行動すれば、何とかなるか?というのを、学んでいるのが、時系列の動きでよく見えるんです。


これ、、、、その重要ポイントに、もともと渋谷で住んで商売をしていた人たちの自治会のつながりをベースに、それが生まれているところ、、、、もともとオレオレくれくれ衆愚だった彼らが、余りに凄まじい災害や戦争が続いて、行政権力や警察権力が、全面的に信じられないし、頼れないと痛切に理解していく中で、コミュニティの力をはっきりと持つに行ったているんです。



これ、おっ、と僕がおもったのはわかりますよね?


僕は、「この先」が見たいと思いますし、また、単純に抽象的に知りたいわけではなく、実感として、そして物語として見せてほしいと思う時、けっこうなところまで来てる感じがして、凄いわくわくさせられました。さすが谷口監督。


ちなみに、こうしたもう少し民意と行政が接続した、それでいて衆愚に陥らず、というのの具体的な例が、見たいなーと思っていたら、おお!と思ったのは、福岡市の高島市長の例ですね。このSF(笑)的な文脈で読むと、この本、素晴らしく感動しました。やっぱ人類ってすごいなーとしみじみ思います。そんなだめじゃないって、いつも思います。ちなみに、青春"災害"群像劇(ジュブナイルパニックアンサンブル)視点というのは、やっぱりリヴァイアスだよなぁ。要はバラバラになった秩序が、どう回復させられるか、という視点は、最初から谷口監督にはあるような気がします。


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