ハインラインの描く「アメリカ的なるもの」〜ハインラインの本質2


□人類学・博物学的な視点

さて、話は少し変わって、この『銀河市民』でハインラインの描く「アメリカ的なるもの」の2番目を話す前段階として、この作品のおもしろさに注目してみたいと思います。SFの面白さの一つに「人類学的視点」というものがあると僕は思っています。



南方熊楠中沢新一的に博物学的視点」といってもいいと思う。



これの視点を最も、見事にリアルワールドで表現したものが、やはりアングロサクソンの王たる大英帝国がその絶頂期に創りあげた大英博物館 (The British Mueum)です。


その他自然史博物館やさまざまな博物館がイギリスにはあるのだが、その人類の歴史以前から有史にわたっての全ての時空を切り取って、再現し再構成しようとするその獰猛なまでの壮大でユニバーサルな意志は、殺されて標本にされ略奪された幾多の民族などへの共感と怒りがあってさえ、素晴らしい!のため息が出る。行ったことがあるでしょうか?。僕は学生の頃、いって何日もボーっと過ごしましたが、飽きるということがありませんでした。ああっ、もっと時間があれば、あそこで壮大な知の体系に浸っていられたのに・・・と思いだします。ありとあらゆる人類の活動を採集しようする意志は、感動します。博物館というのは、きわめて近代的な活動であり、いままでただ単に過ぎ去るだけであった歴史という時間を、ある視点で全て再構成し、分類付け、秩序付けようとうするサイエンスの発想をベースにする巨大な知的活動です。これを指して、よく博物学と呼びます。このもっとも典型的なのは、ライオンの首の剥製とか象牙やアフリカの土器や武器を家に飾る、ブルジョワシー的な趣味です。それを近代風に洗練していうと、エキゾチズムです。たとえばフレーザーの『金枝編』などが、この貪欲な知的活動を、もっともよく表わしているともう。

初版 金枝篇〈上〉 (ちくま学芸文庫)初版 金枝篇〈上〉 (ちくま学芸文庫)
ジェイムズ・ジョーフレイザー James George Frazer 吉川 信

筑摩書房 2003-01
売り上げランキング : 30003

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

これは、17〜19世紀末までの世界を股にかけて活動したイギリス人が、全世界をまわった知見を、一つの部屋(比喩ですよ!)に閉じ込めて分類してしまおうという意志を示したことに始まります。知識による標本・分類は、知の世界での相手への支配です。世界を支配しているという気概に満ちた文明人イングランド人の気概が伝わってきます。




□近代的文明人の視点から未開人を観察する視点


この博物的・人類学的視点には、文明人の立場から未開人を観察、分類する視点です。この近代的な博物学的動機が、イギリスにその古典を発するSF(サイエンス・フィクション)の動機と非常に重なりがあるというのは、わかってもらえるでしょうか?。異星人を、異なる世界を執拗に創造し描くときに、常に「この視点」があり、また実際に全世界に司政官として、商人として、赴任したイギリス人の「体験」がベースになっているというのもわかると思います。

たとえば、この『銀河市民』にでてくる自由商人(フリートレーダー)という特殊な氏族があります。この知られざる氏族を観察するために、ある人類学者マーガレットが乗り込んでいて、この自由商人という宇宙をまわり交易を続ける国家に支配されない一族のことをわかりやすくソービー少年に説明するのに、外部からの視点としての狂言回しの訳をしています。

ここは自由についてのハインラインの深い分析と、人類学者が未開もしくは理解不能な社会に対して向ける分析的な視点の両方が現れていて、とても興味深い。奴隷から自由商人に引き取られて、その不思議な一族の中で彼は成長します。もともと一族以外の人間をフラキという異分子として絶対に受け入れない排他的一族でしたがある理由により、ソービーは、一族の直系の養子として迎え入れられます。そして、奴隷であったことも忘れ、彼はその一族に適応します。が、彼は、そこから出て行かなければならないという漠然とした不安を抱えています。長いが少し引用しよう。 マーガレットとソービー少年の会話です。



p224〜225

もしあなたが奴隷じゃないとしたなら、あなたはいったいなにかしら、ね?」


「どうしてそんなこと聞くんです。僕は、自由商人だ。すくなくとも、お父さん(←彼を宇宙船に拾ってくれた義理の父親のこと)はそう考えてる。それはもちろん、僕がフラキの習慣を克服できればの話だけれど。しかし、とにかくぼくは奴隷じゃないのです。一族の人間は自由です。われわれひとりのこらずです。」


「あなたがた全員はね・・・・・・・・・・だけどあなたがた一人一人は違うわ」



「どういう意味ですか?」



「一族は自由よ。それは一族の人たちがいうとおりよ。一族の人はみんな、その自由というものがその人たちをフラキではなくて、”一族”にしたんだというわ。一族の人々は、どこに腰を落ち着けることもなく、星から星へ自由に旅していく。それぞれの宇宙船はそれぞれ自体が一つの政治形態で、だれに命じられるわけでもなく、どこにでも生きたいところに行き、必要とあればいつでも戦い、命乞いなどせず、自分たちの目的に合致しない限りは他と一切協調などしようともしない。ああ、一族の人たちは自由だわ。この長い歴史を持つ銀河系の中にも彼らほど自由な人はかつてなかった。十万組ほどの一族は二億五千万光年立方ほどの宇宙空間のなかに伸展していき、なんにも拘束されることなく、いつでも、どこで旅していった。こんな文化はこれまでひとつも存在しなかったし、これからも二度と存在することはないでしょう。空気のように自由に・・・・・・・・・・そう星よりも自由よ。星は軌道上の上しか旅ができないんだから。そう、そのとおりよ。一族の人たちは自由よ。」彼女はそこでちょっと息をついだ。



「だけど、この自由のために一族は何を代償として支払ったと思う?」



ちなみにこの自由商人というスペースマンの文化を、最も見事に描いたのは、栗本薫さんの下記2作品だと思う。宇宙空間を交易する商人のSF的想像力をよくまとめていて、僕にはすごく分かりやすかった。あわせて読むと、興味深い。まぁこの時代のSF作家、漫画家には、この手の感覚がよくわかっている人が多い。日本でもSFの全盛期だったからだと思う。竹宮恵子さんの下記の作品も、そういった概念抜きには成り立たないものだったと思う。

メディア9(ナイン)〈上〉 (ハルキ文庫)メディア9(ナイン)〈上〉 (ハルキ文庫)
栗本 薫

角川春樹事務所 1999-11
売り上げランキング : 868386

Amazonで詳しく見る
by G-Tools
レダ〈1〉 (ハヤカワ文庫JA)レダ〈1〉 (ハヤカワ文庫JA)
栗本 薫

早川書房 1988-06
売り上げランキング : 703439

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

私を月まで連れてって! (1) (小学館文庫)私を月まで連れてって! (1) (小学館文庫)
竹宮 惠子

小学館 1995-06
売り上げランキング : 112306

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


このように、他の文化形態に対してのクールで冷静な評価付けや分析は、人類学視点と僕は呼んでいて、ともすればわかりにくい他者や他の文化を理解するとてもいい視点の一つであると思っています。これは、その組織や社会や文化形態を、中からでなはく外部から見直して記述する方法です。



サンダーバード的な無制限の純粋な正義


前に社会学宮台真司さんの評論で、アングロサクソン的な正義を、


サンダーバード的正義


と呼んでいて、なるほどー上手い表現だなと感心したことがある。サンダーバードは、国際救助隊なるもので、世界中を救出して回るスーパーヒーローです。


ここでは、国境はどうなっているんだ?



民族自決の概念は?



個人の財力で全世界をカバーするだけの移動手段や警報設備などをまかなえるなんて!!



とか



未開の土人を助けるように、自分の正義を盲目的に信じきった正義


などなどすごい突っ込みたい部分(笑)が、あるが、確信的な正義に支えられているのは疑いようがない。

神保・宮台マル激トーク・オン・デマンド2 アメリカン・ディストピア―21世紀の戦争とジャーナリズム (神保・宮台激トーク・オン・デマンド (2))神保・宮台マル激トーク・オン・デマンド2 アメリカン・ディストピア―21世紀の戦争とジャーナリズム (神保・宮台激トーク・オン・デマンド (2))
宮台 真司 神保 哲生

春秋社 2003-09
売り上げランキング : 200479

Amazonで詳しく見る
by G-Tools
サンダーバード 1サンダーバード 1
デレク・メディングス バリー・グレイ アラン・パティロ

東北新社 2004-06-25
売り上げランキング : 10939

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


□限りなく純粋な正義


さてさて、やっとながーーーーい前置きが終わって、この『銀河市民』でハインラインの描く「アメリカ的なるもの」の2番目への言及です。前回の書評? で僕は、



>真のアメリカ人とは、自由と正義のために戦争に参加したもののみを指すのです。


と書きました。この書評?では、実は「自由」にしか言及していないのに、いきなり正義という言葉を入れています。もちろん、自由を守ることはアメリカ人にとって、正義です。が、ここで人類学的視点とサンダーバード的正義を挿入したのは、実は、アングロサクソンひいてはアメリカ人には、人類学的視点で様々な他の社会への尊敬と分析を実施したあとに、そのさまざまな他の社会(イギリスやアメリカではない=非文明国)への、独断的な正義を思い込んでしまうという悪癖があります。


これには、一理ある部分もあります。たとえば、インドのダウリー やカーストなどみてもそうですし、非衛生的生活による死亡率高さや医学ではなく呪術に頼ることや奴隷、専制政治、生贄、部族対立、独裁などなど考えてみれば、近代的視点では遅れたという社会や制度はたくさん世界にあります。こうした非・文明的な振る舞いを、啓蒙思想によって、生活を向上させ、民主主義とリベラリズムを普及させるという行為が、人類のためになるという思い込みには、一理の真実があります。


医学や衛生観念が普及すれば、劇的に、人の死ぬ数が減り、生活水準が向上しますからね。かならずしも、全否定はできないのです。現地政府の圧政に苦しんでいる民衆というのは必ずいますから。こうした文明のエヴァジェリストしての使命感が、他国への蔑視と武力制圧による民主化・近代化という思想に結実します。この最も見事な、文明の使徒としてのアジアでの後継者が日本です。それは、後藤新平の書評で書きました。台湾や満鉄への熱狂的な理想追求と見事な植民地経営は、この非文明国を、文明化して人類の進歩に貢献する、という使命感に支えられているのです。

後藤新平/外交とヴィジョン』北岡伸一著/植民地経営・近代文明化のスペシャリスト(1)
http://ameblo.jp/petronius/entry-10003885748.html

後藤新平/外交とヴィジョン』北岡伸一著/植民地経営・近代文明化のスペシャリスト(2)
http://ameblo.jp/petronius/entry-10004001497.html

後藤新平/外交とヴィジョン』北岡伸一著/植民地経営・近代文明化のスペシャリスト(3)
http://ameblo.jp/petronius/entry-10004002821.html

その近代文明を、遅れた後進国へ広めなければならないという純粋で、素晴らしい使命感に貫かれた姿勢は、ハインラインにはとてもよく出てきます。ソービー少年は、自身が奴隷となった経験から、そして、奴隷制度を死ぬほど憎んだバスリム大佐の志を継いで、どんなことをしても奴隷をなくさなければならない!という強い情熱に支えられます。が、これは、他国の文化や慣習を平気で踏みにじる行為でもあるわけです。けど、奴隷をなくして、苦しむ子供をなくさなきゃいけないというピュアな動機を否定しにくい。この理想を読んだアメリカ人の少年少女が、いまだアジアで苦しめられている土民たちがすむ専制国家日本を、なんとか制圧しなければいけない、まぁそのために市民が数十万人虐殺してもしょせん土民だし仕方があるまい、、、、、文明を広げることの方が大事だ!。とか、ベトナム共産主義という人々を苦しめる悪の枢軸を懲らしめるためならば、がんがん枯葉剤や爆弾をおとしまくっても、しかたがない。民族自決を無視して、他国の元首ノリエガ将軍やイラクフセイン大統領などの独裁者で国際社会の敵を逮捕して、勝手にアメリカの法律で裁くのも仕方がなし、そのためにそれらの指導者を選んだ国民多少・・・・数万人ぐらい打ち殺して、古い非文明的な社会が崩壊しても仕方がるまい・・・・・・。と目を輝かせて読んだのは、間違いない。。。。それはすべて、アメリカ人の信じる自由と、なによりも、その自由から疎外されている非文明国の土民たちを助けるためにも、多少のことは仕方がない!。だって、奴隷や専制政治をなくすのんだから!。たぶん、そういう文脈で読まれたはずだ。




ああ、なんとアメリカ的なるものであろうか・・・・・そして、なんと純粋な。