『裕仁天皇の昭和史』山本七平著/英明で啓蒙的独裁君主を望んだ戦前の日本

裕仁天皇の昭和史―平成への遺訓-そのとき、なぜそう動いたのか (Non select)
裕仁天皇の昭和史―平成への遺訓-そのとき、なぜそう動いたのか (Non select)


■英明で啓蒙的独裁君主を望んだ戦前の日本



天皇制を考えるのにあたって、昭和天皇自身が「自らをどのように自己規定」していたかを追求した本です。



なるほど、「天皇に戦争責任はあるか?」という問いを発するためには、まず昭和天皇自身が自分をどのような存在と定義したかは重要な問いです。



この本の論旨は、非常に納得のいくものでした。


昭和天皇自身は、自らを



『明治大帝が定めた五箇条のご誓文と明治憲法に従う立憲君主


として位置づけています。



天皇自身が、当時大英帝国立憲君主ジョージ5世を敬愛していたのは有名な話です。





しかし日本の民衆は天皇に対して



『英明で啓蒙的な独裁的君主』


を望んでいました。



そして憲法上・時代上そのどちらの存在としても昭和天皇は振舞うことが可能でした。このねじれが、様々な軋轢を生んでいきます。理論的には、アジアにおける当時の唯一の憲法に対して徹底的に自らの大権を制御し続けた昭和天皇は、英明な君主であったと思います。(というか、西洋的な歴史の常識に反する行動ですね)しかし戦前日本のあまりに悲惨な貧困状況に対して、明らかに無力無能な政府や軍部を、憲法の命令という形で回避し、啓蒙独裁的に混乱を収拾しなかった非積極性は、糾弾されても仕方がない部分があります。まぁ最も誰が一番悪かったかと問えば、「輔弼の責任」をまっとうできなかった政治家だと思いますが。

とはいえ、政治家の能力は民度に比例します。当時最高に民主的であったワイマール憲法が独裁者ヒトラーを生んだように、民主主義のシステムは独裁制との親和性がありすぎるのでしょう。ましてアングロサクソンのようにもともと植民地収奪によるストックが社会に幅広く行き渡り、民度が高く維持できる社会システムでなければ、運営しにくいのかもしれません。

本来ヨーロッパの史学を学んだものがまず考えるのは、国家を統治する君主の強大な権力をどうやって押さえるかということです。この発想が、歴史の根本をなしています。


そのための民衆・貴族からの制限装置が憲法です。


ですからヨーロッパ的常識から言えば「憲法に従わない強力な国王を、どう従わせるか?」が根本命題でした。ところが、昭和の日本は逆です。昭和天皇自体が、自らを憲法の命令に服す存在として、頑固に踏み出すことを拒否しました。この点はよほどよく日本を知らない外国人には理解できないでしょう。一般の常識とは逆なのですから。このへんの歴史への常識巻の違いを最もうまく説明してくれているのは、松原久子さんのこの本ですね。

驕れる白人と闘うための日本近代史 (文春文庫)
驕れる白人と闘うための日本近代史 (文春文庫)



当時の東条・近衛内閣から226事件の首謀者磯部浅一らの一連の動きは、当時の民意を背景に、「憲法停止・御親政」により天皇の独裁的権力で、日本改造計画(そのコアは貧困の解決だった)を成し遂げようとしました。時代はソ連による計画経済の成功、アメリカによるニューディール政策、なによりもナチスドイツの経済的・政治的大成功が前提な社会でした。貧困や失業率を一掃したナチスドイツのヒットラーへの憧れは、戦後では考えられない輝きをはなっていたのは間違いありません。ましてや日本の主要メディアとりわけ大新聞が、こうした革新改革の文句に弱く、積極的に国民に対してプロパガダ的啓蒙宣伝活動を繰り広げたわけですから。このへんは、こういう本を同時に読むとなかなか面白いかも。


日本流ファシズムのススメ (エンジン01選書)
日本流ファシズムのススメ (エンジン01選書)


こう考えてくると、戦前の狂気の時代において、憲法による命令という統治システム(天皇機関説!!)を、理解し実践していたのが、唯一自らを立憲君主として定めた昭和天皇であったことになります。同時に最も理解していなかったのは、大メディア・政治家・軍部と何よりも国民の民意でしょう。しかし、時代背景的に世界大恐慌が発生し語ることも出来な悲惨な貧困に打ちのめされている人々が、絶対権力を行使しする全体主義的啓蒙君主を期待するのは、ヒトラーという身近な大成功が例にあっただけに、無理がないことといえるでしょう。



こういう両義的な問題を見ると、いつも歴史って、人間って、難しいなぁと思います。だって、憲法を守ろうとした君主昭和天皇は素晴らしいと思うし、同時に、民衆の貧困を救おうとした革新官僚や軍部の行動も必ずしも否定し切れません。しかし、そういう善意が絡まって、他国への侵略と自国民を無謀な戦争に導きメチャメチャな荒廃にさらすことになったのですから。


このへんがわかって、下記のシリーズとか読むと、もうたまりませんよ。


蒼穹の昴(1) (講談社文庫)
蒼穹の昴(1) (講談社文庫)

風雲児たち 幕末編 15 (SPコミックス)
風雲児たち 幕末編 15 (SPコミックス)

ちょっと偏っているとは思うけれども読みやすさという点では、こういう本も読んでみるといいかも。

ゴーマニズム宣言SPECIAL天皇論
ゴーマニズム宣言SPECIAL天皇論