解体して逃げ場を人から奪うってのは、確かにショッキングだよね

魔法少女まどか☆マギカ 1 【完全生産限定版】 [Blu-ray]

4話まで見て、うーむ、やっぱり初見の感想は正しいなーと思うペトロニウスです。少なくとも僕には、大きな枠で見ると、やっぱり90−00年代の少年漫画やアニメのテーマだった「自意識の告発モノ」系統の「戦闘魔法少女」での展開にしかみえない。文脈的にいえば、『ハートキャッチプリキュア』など最新版の作品を覆う「楽天的な前向きさ」「戦うことへ疑問を持たない単純さ」をみれば、「戦闘魔法少女」というものの「作法」がメタ的にひっくり返されていないこと、また観察者がそこに「逃げ込むこと」のできるご都合主義のルールが、まだ存在していることが分かる。だから、それを壊しちゃうってのは、まぁわかる動機だよね。


基本的に一番アニメの中では分かりやすいのは、庵野秀明監督の『新世紀エヴァンゲリオン』の地球を守るためよりも自意識の肥大化の方が勝っちゃう「僕は乗らない宣言!」がこのテーマの典型的なドラマツゥルギーなんだけれども、、、、このテーマってこの20年間くらいでやりつくされて正直「次はどうするの?」ってステージに既に入っているんだよね。けどそれ故にこの自意識の肥大化を告発して、世界の不条理さを個人に還元して詰問してアノミーを誘う物語類型は、非常に洗練されてきているし、まだまだ十分に「逃げ込める場所がある」ところでの解体作業には、高い威力を発揮すると思います。だから、当然話題にはなるし、感情的にこれが「許せない!」と反発する人も多いと思うし、かつ、こういった自意識の解体を迫るものは非常に批評的視線を受けやすくて「みんながみんな語りたがる」ものなんですよね。この系統の話は、自己のトラウマや世界への姿勢を明確に表すので、感情的に「語りやすいモノ」なんですよね。だって、「命を賭けて戦いますか?どうしますか?」という問いは、人生における態度を非常に表すからね。


でも、物語の中身を「語る以前」の問題として、そもそも出し手はどういう意義や目的でこの脚本を出したのかな?って思います。いやまー上にあげたように、「戦闘魔法少女モノ」は、まだ自意識の告発による解体を受けていない残されたジャンルだったので、「それを解体して逃げ場を人から奪う」という作業は、注目を集めるし、やってみようぜ!と思うに不足のないテーマだとは思いますがねぇ。・・・・が、全体を俯瞰してみると、90−00年代でやりつくしていて、かつ「そんなふうにマイナスに世界を見ていても何も変わらないじゃないか?」とかかなり袋小路に入っているテーマなので、いまやる意義はなーと思ってしまうんですよ。まぁ、面白いテーマなのはわかるんですが。脚本家の虚淵玄さんは、こういう「文脈とは関係なし」に、悲劇を物語るのが好きな人なので、それはそれで期待はするんですけれどもね。そういう意味では、こうしたテーマを語る文脈的(というか時代背景的)には、一長一短だと思う。でもまー文脈論だけで物事を語るってナンセンスなんですけどね。物語は時代の反映であるべきではないものだしね、基本的に。


けど、でも、そういった文脈論以外でいえば、やっぱり虚淵さんの悲劇の脚本で、どこまで純度のいい悲劇が見れるか?ってのは、気になるところです。それとも、それ以外の展開が、、、この系統のテーマに与える新しい角度の回答があるのか?ってのは気になりますが、まだまだぱっと見状態なので、なんともいえません。そういう意味では、虚淵さんの『Fate/Zero』は、文庫版を出ていることですし補助線で見るのは興味深いかもですね。

Fate/Zero(1) 第四次聖杯戦争秘話 (星海社文庫)
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