『ボクラノキセキ』 ♯19

ゼロサム WARD (ワード) 2011年 11月号


ふーーいつも思うけど、こういう中高生向けのファンタジー少女漫画を雑誌の連載で買う、アラフォーのおやじって、、、、とか、我に返ってはいけないよな、おれ、と思いつつ。政治哲学の本とこれを同時に本屋に出すと、きっと娘さんに頼まれたのかな?とか店員はいろいろ考えているのかもしれない、とか、いろいろ妄想しつつ(苦笑)。


連載を追うのは久しぶりなので、エンジンかからないんですが(←俯瞰や結末から考える癖が抜けない、、、)、異世界もの転生の逆パターンになるんですよね。過去というかい世界の記憶を持って現代に転生というやつ。これって、ちなみに、異世界では女性(姫)だったのに、男性にという風に性別を変えて転生するって、なかなか興味深いかも。たぶんないわけではないと思うんだけど、探せば、、、、。でも、これって、ベロニカ姫を中心に、かなり複雑な人間関係が組まれているので、それの性別が逆転した時点で、関係が凄く複雑化するんだよね。物語がうまいか下手かというよりは、射程が広いかどうかだと思うんだけど、関係性を狭く個幻想(=主観)や対幻想レベル(カップルだけという意味で)で止まってしまう人と、広くいろいろな組織や思惑も絡めて描くのには差があって、もういうファンタジー雑誌の対象読者は、きっと中高生だろうと思うのだけれども、そこで教会や相手国の思惑というサスペンス風の味付けをするのは、実はちょっと冒険な気がする。いや一般論としてね。ランドリオールとかも、そういう話になると人気が急落するみたいなこといっていたしなー。これって全編そういう雰囲気じゃないですか、、、5巻で続いているのだから、人気あると思うのですが、なぜでしょうねぇ。でも、まだ教会という組織がどういう自律性を持っていたか、とか、国家間同士の争いがどういう関係にあったかという「マクロで俯瞰した」情報は、5巻まで来てさえほとんどないんですよね。これ重要。やっぱりミステリー風の味付けで臨場感とか出すには、変に俯瞰した情報が最初からないほうがいいんですよね。けど、「それ」なしで物語るのって、技巧がいるので、なかなかできない。僕が思い出すのは、『戦火の勇気』とかですね。ある戦争での犯罪を、関係者に聞きに回る軍警察のお話なんですが、一つの事実の解釈というか起きたことを関係者が全然違う証言をするので、見ている観客はその軍警察の気持ちとシンクロして、何が真実かわからないまま、どんどんいろいろな事実が明かされ・・・と大どんでん返しが起きる。この作品の演出上の肝は、それですよね。だから、教会が、敵対国が何を意図していたか?というのが明かされるタイミンが重要なポイントなんだろうなー。。。。

戦火の勇気 [DVD]

うーん、、やっぱり俯瞰した評価を自分の中で確立しないと、単純にキャラクターがいい!というような方向へ話を持っていけない。じっくり腰を据えるか、、、。なにか、、、こうした現代への逆転生もの、と前世の記憶を持っているというファンタジーの物語類型に、琴線が触れるものがあるということなんだけど、それが何か?というのが良くわからない。なんなんだろう?、、、やっぱりここを明らかにしてその距離から結論とエピソードの評価をしないと、自分の中で咀嚼できないんだよなー。


あぅ、そういえば、5巻出てたー。ゼロサムワードの最新刊には、5巻の違う想定のカバーも付いている(最近こういうの多いよね)ので、ちょっとうれしかった。

ボクラノキセキ 5 (IDコミックス ZERO-SUMコミックス)