『花よりも花の如く』 成田美名子著 前向きな意識だけで解決されないこともあると僕は思う

花よりも花の如く 10 (花とゆめCOMICS)

評価:★★★★☆星4つ半
(僕的主観:★★★☆3つ半)

この前、久しぶりに成田さんの最新作(だよね?)を最新刊まで一気に読んだんだけど、いろいろなことを思いました。まず基本的に大前提としていえるのは、やっぱり物語が面白い素晴らしい作品を書くな、ということ。


しかし、同時に、ああこの人の絶頂期は、やっぱり『Cipher』だったんだな、ということ。うーん、、そういう言い方だとマイナスになってしまうな、、、僕は、成田さん大ファンですし、レベルが落ちたという感じがするわけではなくて、ああ、この人が「本当に言いたいこと」は、サイファで言いつくしてしまったんだな、という感じです。 『花よりも花の如く』で兄弟の葛藤の話が出てきますが、それは、まさにシヴァぁとサイファの話と同型の悩みだし、主人公の好きになる女の子の話は『アレクサンドライト』の主人公の恋とまるで同型。だから、この人が課題とした、「本当に言いたいこと」は、サイファ―アレクサンドライトの流れで言いつくしているんだな、と思ってしまうんです。僕は、物語に作者の成長や、作者が「本当に言いたいこと」の深化、進化を読み取る人なので、ステップが止まるとどこはかとなくさびしいマイナスのいい方になってしまうのです。ぼくの地球を守って』の日渡早紀さんなんかも同じだなー。80−90年代に青春を送った僕としては、この時代の絶頂期にあった作家さんに思い入れが深いので、その中でも、頂点に立っていたこの二人なんかには、求めるのものがすごく辛くなってしまうのかもしれない。とはいえ、現代的な意匠で、同レベルの深みを描いているので、はっきり言ってクオリティはすごく素晴らしいんですけどね。僕には、過去の作品をリアルタイムで読んでいたという記憶があるので、どうしてもそれとの相互比較になってものを見てしまうので、評価が下がってしまうのかもしれません。


ただ、一点、これはと思った点がありました。それは、この作者が、最初の第一話で選んだのが、非常にまじめな青年の主人公が痴漢に間違われて仕事を奪われかけるという話です。それは、痴漢だ、といった女性の側がどうも疑心暗鬼というか被害者妄想が強い人で、勘違いかうそを言っているという話の流れでした。結局、この女性は、ある程度回心して告訴を取り下げて、という話で終わります。・・・・が、僕は現実的に考えると、この話って邦画の周防正行監督の『それでもボクはやってない』になって、最後まで冤罪が晴れない、というのが普通だと思うのです。主人公は自分が明らかにやっていないのが(観客も)わかっているわけですが、いいかえれば、自分が悪くないにもかかわらず、人の悪意によって人生がめちゃくちゃにされるということの恐怖を描いているわけです。この場合はね。そこで、この物語は、痴漢を主張した女性が正しい心を取り戻して、ちゃんと事実を直視する勇気を持ってほしい、、、的な希望を託させるわけです。僕は、痴漢や冤罪に知見が深いわけではないので、この犯罪自体の話を言いたいわけではなくて、成田さんの話って、こういう風に「人の誠意が通じる」「きっと話せばわかってもらえる」というような非常に、合理的というか、ある種の悪意が解消されることを信じているポジティヴで前向きな意思がああって、それに主人公が悩むという話が多い。サイファ』の時ぐらいまで、それに違和感を感じたことがなかったのですが、日本が舞台の作品を見せられると、、、、この前作である『NATURAL』でもそうだぅたのですが、何か違和感を感じるんですよね。これは僕が、世の中は底が抜けたような『どうにもならない悪意』もたくさんあって、それは「自分が生きている範囲」「自分が見通せる範囲」「物語の展開の内部」では解消されないことが多い、ということを信じている人だからだと思うんですが、そんわけないじゃん!と、嘘くさい前向きさを感じてしまうのです。きれいごとすぎる、、、と。


ミリオンダラー・ベイビー [DVD]

ようは、クリント・イーストウッドの作品を例に出せばいいのですが、『ミリオンダラーベイビー』や『パーフェクトワールド』などを考えてみてもらえれば、もうほんと、どうにもならなさ、で満ちているわけじゃないですか。そういう「悲しみ」ってのは、解決・ソリューションされない。どこにももって行き場がない、、、。ただ単に「端的な事実があるだけ」と描写されます。そういう圧倒的な悪や悲惨な出来事に出会ったときに、人間ができることは、「悲しみを抱きしめて受け入れる」ことしかありません。羅川さんの『赤ちゃんと僕』『しゃにむにGO』について、津田正美のさんの『彼氏彼女の事情』を比較したときも同じモデルを話しましたねーそういえば。


しゃにむにGO』 23巻 羅川真里茂著/悲しみの受け入れ方
http://ameblo.jp/petronius/entry-10013996319.html
しゃにむにGO 27 (花とゆめCOMICS)


僕はそっちの方にリアルをとても感じます。ではなんで、『サイファ』にはそういうことを感じなかったか?といえば、一つはあれが外国な話であるという「ファンタジーとして受け入れやすい」、ここではない世界の話という設定になっていたことがあると思うんです。アラブの石油王の息子で金髪の男の子の話である『エイリアン通り』も同じ前向きさに満ちていましたが、それは、ファンタジーだよねと思えました。けど、日本が舞台で、あれだけリアルに描かれると、ファンタジーとして受け取らないでほしいというメッセージのような気がして、だとすると、、、、と思ってしまう。また、『サイファ』は、あれが傑作たり得たのは、そうはいっても、双子の父は死んでしまってもう元に戻ることはありません、ディーナ・ジャクソンは戻ってきません。その「端的な事実」があって、それを受け入れたうえで、強い前向きなポジティヴさが示されるところに、まるで重厚な文学作品を読むような深さと、価値のある前向きな意思を感じたんだろうと思います。ふとそんなこと思いました。


ちなみに、『サイファ』は超ど級の傑作です。皆さん是非とお読みましょう!。そしてその続きの『アレクサンドライト』も。


Cipher (第1巻) (白泉社文庫)


Alexandrite (第1巻) (白泉社文庫)