『竹島密約』 ロー・ダニエル著  竹島・独島問題は、WW2以降の戦後新生日本と新生韓国の関係の縮図

文庫 竹島密約 (草思社文庫)

評価:★★★★★星5つ
(僕的主観:★★★★★5つ)

先日、韓国出張の移動中に読んでいました。できるかぎり出張に行くときは、その国に関係する本を持って行って読むようにしているのですが、素晴らしい内容でした。以前は、五條瑛さんの『スリーアゲーツ 三つの瑪瑙』など、スパイものを読んで盛り上がっていましたが、今回の本も凄い当たりでした。自分の体感につながりがないと、なかなか新しい知識というのは実感を得にくいので良い機会でした。

スリー・アゲーツ 三つの瑪瑙 (集英社文庫)

領土問題について、いろいろ騒がれているが、いつも思うのは、ほとんど背景知識がないにもかかわらず、みんないきり立って、反対賛成意見を言うんだけれど、どれだけ背景を知っているのだろうか?と疑問になる。背景知識もなしに、よくあれだけ騒げるものだな、と感心してしまう。1960年代以前なんて自分は生まれてもいないから、そんなに知っているはずないと思うんだよなー。根拠と自信なくて、騒げるのは不思議な気がする。もちろんそういう動物の脊髄反射みたいなものは、人間だもの、わからないではない。でも、ある程度、「背景がわかる」まで意見は、ペンディングしておきたいというのがいつもの僕のスタンスです。ああ、、、そういう意味では、日本のメディアのレベルがあまりに低すぎて、何かを説明する時には、縦軸と横軸の比較を持って、その複雑な実態に迫るべきなのだが、そういうメディアとしての見識を持った組織が皆無なので、どうしてもポピュリズムにおもねるステレオタイプの表現になって、マッチポンプになってしまうんですよね。本当に日本のメディアのレベルの低さには、がっかりします。掘り下げる知的需要って、絶対広く深くあると思うのだけれど、それをマネタイズする意欲がないんですよね。あれって、放送法とかそういうので守られているムラ社会の共同体クラブだからなんですよね。日本は、あそこだけはまだ鎖国したままのようなもので、残念です。日本の大組織で、先の大戦の戦争責任を明確にとらなかった組織って、彼らだけなんですよねー。


とはいえ、韓国は、仕事でもよくいくし、韓国人の同僚、友人、仕事相手、たくさんいますので、何か興味を持てるとっかかりでもあればいいなと思っていましたが、なかなか食指が動くものがなく、今回は、アジア調査会の2011年アジア・太平洋賞のリチャード・マグレガー(フィナンシャル・タイムズ記者)『中国共産党 支配者たちの秘密の世界』が凄くよかったので、同じ賞をとった本ということでこの本を手に取ってみた。

ちなみに、歴史を知る動機は、通常にビジネスをしていると強い動機が生まれます。それは、グローバル(なんか日本では手あかにまみれておかしなニュアンスになっているが)に仕事をしていると、チームで様々な多国籍の人と仕事をせざるを得ません。私もチームに韓国人がいます。が、彼らのモチヴェーションを上げ、彼らともに、例えば中国の市場を、インドの市場を攻略しようとする時には、チームのリーダーとして、その大義を説明しなければなりません。わかると思いますが、日本のために、なんていうつまらない理由を言ったら、グローバルで多様なチームの納得は得られません。納得を得られなくてもいいんだよ!とか、言う人は、これからのグローバルコンペティションの厳しさと、そこにおける多様性の物凄い必要性が、まったく理解できていないバカものでしょう。だから、より高いビジョンを、大義を、理由を、目的を設定する必要があります。そうした時に、必ずしもいう必要はありませんが、歴史事実や歴史観に対する知識は必須だと思うのです。ちなみに、この大義の作成というのは、アメリカが非常に上手い。Jim Steangelの『GROW:How Ideals Power Growth and Profit at the World's Greatest Companies』なんかも、僕はこの文脈で読んでいます。

中国共産党 支配者たちの秘密の世界Grow: How Ideals Power Growth and Profit at the World's Greatest Companies


この本を読んで感じたのは、領土問題と呼ばれる竹島・独島の問題は、戦後の冷戦スキームを形成していくマクロの要因から形成された、WW2以降の日本と韓国の関係の縮図ともいうべきものであり、単純にどちらのものだとナショナリズムで割り切れない複雑な背景を持っているものなんだ、ということがよくわかりました。日本、韓国の独自の意見というよりも(そんなものは、お互い古い国なので根拠なぞいくらでも捏造できる)、当時の国際情勢のマクロ要因から形成されていく「歴史の積み重ね」の中で、WW2以降の新生日本と新生韓国の指導者たちの真摯な交渉の積み重ねを経たものであり、その中で「解決せざるをもって、解決したとみなす」という領土交渉の次世代へ託す願いは、非常に興味深かった。この部分には、たぶんに論理だけでは割り切れない、元は同じ国家の民であったという先輩後輩の情実のあやが深く刻まれており、それもまた「歴史の積み重ね」というものなのだろうと思う。

そして、なによりも、この領土問題の「解決せざるをもって、解決したとみなす」という落としどころに落ち着いた、当時の国際関係のマクロメカニズムの一端がわかって非常に興味深かった。大きくは二つ、プラス一つ。

1)サンフランシスコ講和体制を堅固なものとし、韓国を対ソ連、共産圏の防衛として支援し、その後背地としての安定を得るために日本はどうしても韓国と国交を正常化しなければならず、それはアメリカおよび自由主義諸国陣営にとって早急に必要なものであった。韓国の共産化は、日本にとって喉元に突き付けられたナイフとなる。


2)朴正煕大統領が真剣に韓国の防衛と近代化を考えた時に、最も重要なことは資金がほぼないことであった。歴史を売ったと誹られようとも、日本から巨額の資金(当時の新生日本の少ない外貨準備高の相当量にあたる巨額の資金)を引き出さなければ国の近代化は進まなかった。韓国の政治は迷走しており、軍事クーデターによる強いリーダーシップを必要としていながらも、同時に政権の正統性が不安定であった。

両国のこれらの国際マクロ要因の圧力から、長い交渉の果てに、さまざまな妥協を経て1965年6月に日韓基本条約が結ばれた。そしてここで得られた資金によって、朴正煕大統領による「漢江の奇跡」と呼ばれる韓国の奇跡にも等しい高度成長と近代化が実現し、韓国は先進国の道へと走り続けることになる。そして、韓国、日本、米国の同盟関係を軸にするこの地域での、対共産圏に対する防波堤の仕組みが構築される。正統性のない軍事政権であった朴正煕政権の正統性は、この高度成長によって裏付けられることになる。ちなみに、朴大統領が、「自分が政権について衝撃を受けたことは、この国(=新生韓国)にはほとんど金がないことだった。これではどうにもならない、、、、。」と述懐するシーンは、戦略家として重要なところきちっとフォーカスする部分を明らかにするところで素晴らしいと思うと同時に、それが故に、日本から金を引き出すために日韓基本条約に注力するのは、素晴らしい戦略眼だと感心しました。この人は、素晴らしい指導者だったんだろう。

しかし、この1)と2)はどちらにとっても利益のあることであったが、ただ一点だけ、この時代(=1960年代)の利益だけでは譲ることができないポイントがあり、それが領土問題であった。領土問題は、一つの時代の政治家だけで譲ることのできない問題であり、このポイントだけは、両国とも譲ることができなかった。なぜならば、お金や名誉の問題は、その後回復することもいろいろあるだろうが、領土の割譲だけは、子々孫々まで影響することであり、現代の人間には決められないことだったからだ。「こんなどうでもいい島は爆破してしまえばいい!」と両国の指導者が頭を悩ませた問題だった。故に、「解決せざるをもって、解決したとみなす」という落としどころに政治決着していくことになった。

3)また当時の新生韓国と新生日本の外務実務には極端な差があり、李承晩(イ・スンマン)大統領時代には、実質アメリカのロビー活動には日本が圧勝しているのだが、それが日本が折れる形で交渉が続くのは、1)と2)のマクロ要因がありつつも、新生韓国の軍事政権が、旧大日本帝国統治下で近代化の教育を受けた親日政権であり、日本側が「後輩としての真摯で低姿勢」をしたたかに見せる朴正煕大統領らに対して、強い親愛と信頼を持っていたという部分がある。この辺りは、これを利用した、朴正煕大統領の為政者としてのしたたかと有能さには驚くべきものがある。

では、なぜ現代に領土問題がこれほど強く浮上するのか?といえば、著者の指摘では、1)-2)の国際的マクロ的要因が失われたこと。また、3)の背景を共有する年代の指導者が失われてしまったことが、大きな理由になると、著者は分析している。また、日本側にとっては、サンフランシスコ講和条約の部分で、韓国の外交実務の面で大きな失敗を犯しており、基本的にアメリカのロビー活動と国際法に準拠していれば、日本に有利な展開になるので、とにかくプロセスと正統性を訴え続けるという手段に出る。韓国側は、交渉になると弱くなるので、実行支配を強めることになる。


ちなみに、非常に興味深いの李承晩(イ・スンマン)大統領の李承晩ラインだ。これって、なんというか、全く根拠がない(苦笑)。暴挙なんだけれども、これ日本人サイドではなく朝鮮人サイドから見ると、見事な政治的決断だと思った。というのは、この時期の韓国政府は、近代国家としては非常に未熟で、国際法の問題などの知見も浅く、同時に外交実務を積み上げる外務官僚がほとんど育成されていない。こうしたところで、米国でのロビー活動等をすると、圧倒的日本が勝ってしまう。近代国家としてのレベルがあまりに違い過ぎたからだ。この時期の領土は、アメリカに対してどれだけ説得力のあるロビー活動をするかによって決まるのだが、その実務、事務能力にあまりの差があったため、すんなり日本の主張が通ってしまっている。もちろん領土問題ということで、日本の外務官僚らの熱意と努力があったのは間違いないだろう、、、が、これでは韓国は泣き寝入りするしかなくなってしまう。そこで、ほぼ何の根拠もなく、武力で無理やり一方的に線を引いた李承晩ラインというのは、やり方こそ極端だが、当時の国力や日本が自前の武力活動をできない状況であるなど、さまざまなことを見越して、どん動いたのは、さすがとしか言いようがない。だって、「これ」がなければ、交渉にすらならなかったんだろうから。僕は日本人だから、そりゃあ日本に得であってほしいというのはあるけれども、歴史や政治は、そういう純粋な気持ちでは決まらない。かといって、国際法などのロジックだけで決まるわけでもなく、こうした決断による実行によっても、物事は凄く動く。また、旧大日本帝国の継承国として新生日本には、宗主国としての責務や旧同朋、同国民に対するシンパシー、そして道徳的な弱みがあった。それをポイントでついて、行動を起こしたのは、さすが、としかいいようがない。なぜならば、このラインの撤廃を餌に、さまざまな要求を日本に飲ませていくことになるわけだから。最終的に撤廃しても、その意義は確かにあったと思う。それにしても、僕はこの李承晩(イ・スンマン)大統領ってよくわからないんだけれども、この本を読む限り、むちゃくちゃな人だとは思うんだけれども、新生韓国は近代国家としてはほとんど機能していなかった印象を受けるので、こういう極端で情熱的でカリスマ的な人でなければ、たぶん新国家は壊滅しただろうなーと思うんだが、時代は人を選ぶのだなーと思いました。


さて、いまの韓国は非常に国力をつけてきて、過去のこういったマクロの背景がかなり変わって、日本との軋轢がとても増している現状です。実際に、新生韓国と戦後日本の外交実務能力の差は圧倒的で、アメリカに対するロビー活動は日本が圧勝していることもあって、近代的な書類に残っている正統性でい云うと、日本が正しいのだと思うんだよね。だから日本は、国際法廷など、表に訴えたがる。なぜならば、そういうプロセスの正しさを追えば日本に正統性があるからだ。その事実を持って、右翼的な対朝鮮への強硬な意見では、なんであんときあいつらに弱く出たんだ!と憤る意見がたくさんネットでは見られます。実際、朴正煕大統領ら親日政権に対して、日本政府や自民党の多くの大物政治家は、強いシンパシーから、日本側が譲る行動をたくさんしている。それがおかしかった!という意見は、よくあります。でも、それは、僕はちょっと違うなーと思うんだよなー。理由は二つ。


一つは、佐藤優さんがいう宗主国の責任というやつ。最近、「帝国」というキーワードをよく考えるんだけれども、帝国を一度でも形成した国には、宗主国としての義務と責任が発生するというのは、よくわかる気がするんですよね。やっぱり帝国を形成した国民として、元同じ国の国民であった朝鮮人に対して、責任があると思うんだよね。僕は、極端なことで言えば、対等ではないと思っている。それが宗主国の責任。一度でも、民族を超える「正しさ」を掲げたことがあるのならば、その責任は問われる気がするんだよね。そこで、もともと日本の倫理を非常に色濃く受け継ぐ朴正煕大統領ら親日の軍事政権に対して、シンパシーと譲歩があるのは決しておかしな話ではない、と思う。そしてそうでありながらも、そのあたりの自民党の大物政治も、すべての人間が、領土問題に対しては一切譲歩しない姿勢を示していることからも、このあたりの交渉はとても真摯であったと思うのだ。

という評価については、異論がある。大韓帝国にも日韓併合を望んだ政治エリートがいたからだ。もっとも、植民地をもった日本帝国の後継国家である日本国には、宗主国としての責任がある。それだから、表現について、旧宗主国の度量として、現時点での韓国側の立場に配慮するのは当然と思う。大英帝国の後継国家である英国がコモンウエルス(英連邦)を初めとする旧英領諸国に対して手厚い援助を行い、これら旧植民地諸国の人々が英国で就職したり居住するのに特別の便宜を図っているのに対し、日本は旧宗主国としての自覚に欠けるところがある。敗戦国のイタリアでも、旧植民地であったアルバニアに対して特別の配慮をしている。イタリア並みの宗主国としての責任感が日本にも求められる。

 日韓併合条約の効力について、韓国は当初から無効であったと主張しているが、日本は当時の基準では有効という立場だ。今回、日韓併合条約の評価について、日本側が政治主導で不必要な譲歩をするのではないかと筆者は危惧していたが、それはなかった。



佐藤優の眼光紙背】日韓併合100年に関する菅直人首相談話
http://blogos.com/article/23421/


もう一つは、冷戦の時代構造、サンフランシスコ講和条約に基づく国際関係から導き出されるグランドストラテジーともいうべき、この地政学的条件から「やらなければならないこと」は、新生韓国と戦後の新生日本は、カードの裏表で同じことを達成しなければならなかったことを忘れてはいけないと思う。それは、共産主義の砦を、日本列島、朝鮮半島に構築しなければならないということだ。これはアメリカが支配する西側自由主義陣営に所属する限りは、避けることも逃げることもできない。それは、生き残りの必須条件。この時、最も重要なことは、北朝鮮に対して韓国が近代化しなければならないという部分だ。それは、日本に必須のことであるのは、当然だ。なぜならば、韓国が共産圏に支配されれば、侵略国家であるソビエトや中国、北朝鮮と直接の防衛線で対峙するのは、日本になるからだ。日本の高度成長は、朝鮮戦争の特需と、朝鮮半島に韓国という防衛ラインがクッションになっているという条件によって成立したことを忘れてはならないと思う。とはいえ、日本も外貨がほとんどない時期。そのために援助するにあたって、大日本帝国の近代化のエートスを色濃く受け継ぐ朴正煕大統領ら親日軍事政権に対して、日本政府が非常に協力的になるのは、当たり前だと思う。その時に、そうはいっても、一時代の地政学的条件で、領土を割譲することはどうしてもできない、かといってお互い何とか協力体制を築かなければならない、となって苦渋の交渉になっていったのだろう。こうした背後の歴史的条件を見ると、なぜ、ああいうふうになったか、、、、というのはよくわかる。まさに日本と韓国の歴史の縮図なのだな、とこの本でよくわかった。素晴らしい本に出会えたと思う。


そして、この歴史的な背景を押さえ、変わったマクロの条件を考慮しつつ、次の時代の領土についての交渉を考えるべきなんだろうな、と思う。