『読者ハ読ムナ(笑) 〜いかにして藤田和日郎の新人アシスタントが漫画家になったか〜』 藤田和日郎 (著), 飯田一史 (著)  漫画だけではなく、仕事をする時の最初に必要なものを具体的に懇切丁寧に教えてくれる!

読者ハ読ムナ(笑) 〜いかにして藤田和日郎の新人アシスタントが漫画家になったか〜

評価:★★★★★星5つ
(僕的主観:★★★★★5つ)

素晴らしかった。この本は、たくさんの漫画化を輩出している藤田和日郎さんのところに新人アシスタントが来たところから始まります。このアシスタントに、部下として藤田さんが仕事の姿勢を教えていくのがこの本です。読了してみると、


なぜ人気マンガ家である藤田さんの新人アシスタント教育を、わざわざ本にしようと思った編集者がいたのか?


なぜ藤田さんのアシスタントが高い確率で、プロのマンガ家になっていくのか?


が、いやはや、ほんとーによくわかりました。後半は、藤田さんの物語論というか作劇論になっているんですが、それすらも、まるで仕事で成長するためのアドバイスというか理論に思えました。素晴らしい本でした。僕自身も、いま新しいプロジェクトをしているんですが、なんというか意識を入れ替えるというか、社会人として、ああ、これを気にしなければならないんだな!というような初心に帰るような気持ちになりました。


絶賛です。その要点は、すべての社会人が、最初に学ばなければならず、そして最も難しい「人の話を聞くこと」「聞いた人の話を受け入れて、自分なりに改良して具体化すること」を、どのような具体的なプロセスで学んでいくかが、見事に描かれているからです。


ええとですね、上手い言い回しが思いつけていないのですが、シゴトでも何でも、何かの物事をうまくいかせるためには、ある種の「精神論」というか「姿勢」のようなものが、必要なんです。これ、少し喋ったり、会った瞬間にわかるものなんです。けど「それ」が何なのか?が、ずっと、もやもやしてて、わからなかったんです。自分でも具体的にやっていることなので、なんなのかはわかるんです。けど、これをうまく言葉にして、客観的に具体的に、部下とか後輩とか、他の人に伝えることができなくて、ずっともやもやしていました。「仕事に対する姿勢」とかそういう言い方をすると、精神論みたいになってしまって、具体的に何をすればいいのかが、よくわからなかったんです。だから、人を見て「それ」とわかるんですが、「それ」がない人に、ゼロからそれを教える方法が、よくわからなかった。この本は、それが具体的に、ああ、そうすればいいのか?的に描かれていて、驚きました。もちろん簡単ではないでしょうが、抽象論ではないところが、スゴイのです。実際、実績があからさまですし。


少し話しはずれますが、前に「救われない人を救うにはどうすればいいのか?」という命題を考えている時に、ずっと思ってたのは、動機が持てない人、動機を持つ前に頑張ることを放棄してしまう人を、どう先輩として大人として導けばいいのか?と考えると、僕の結論は、動機がない人はそもそも切り捨てるしかなくて、どうにもなりゃしない、でした。


けれども、かといって、「動機が持てなく」なる、ようは、やる気がなくなったりして、道を踏み外す人と、そうでない人の差がどこにあるのか?といえば、何もないんだ、というのも同時の結論でした。いいかえれば、自分と、人生が終わったり壊れてしまった人との差というものは、運でしかなく、ほとんど差なんかないんだ、ということです。


そうすると、やっぱり思うわけです。「切り捨てていいものか?」って、それは「自分も切り捨てられる」と同義なので。


とはいえ、マクロ的に、自然に自動的に、動機がない人は「世の中から切り捨てられてしまう」というのは事実です。これは、いやおうない。人権なんて幻想で、それがマーケットメカニズムです。


まぁ、このマクロのメカニズムというのは、基本的には、事実なので、変わりようがない。では、人権という幻想のごとく、個々の人間の意思と思いで、それを変えていくしかないんですが、、、、、って、大きなことを考える時に、具体的にどうすればいいのか?ってのが、僕には思いつかなかったんです。動機がない人や、すぐあきらめてしまう人に、どうやって、コミュニケーションの最初の萌芽を伝えて感染させていくか?。「それ(=現実を受け入れて、現実を変えていく)という動機が働いていることがどういう状態なのか?」は、見ればわかります。けど、どういうプロセスで、「ここまで」たどり着くのか?がわからなかんですよ。


これは、要はドロップアウトしてしまうような、コミュニケーション弱者な人が、仕事の場所に来た時に、どうやって自分を成長させていくかの具体的プロセスが描ければいいわけです。漫画家を目指すという時点で、かなり社会不適応というかコミュニケーションに難がある人が多い(←偏見)わけで(これ、僕が思っているんじゃなくて、本に書いてあるんですよ(笑))、その中でも、アシスタントに来る新人ほど、なんというか、働くための大事な基礎がほとんどなさそうな新人もいないと思うんですが、その人に、声をかけていくプロセスが、具体的に(これが重要!!!)描かれていくんです。



僕読んでいて、鼻血が出そうな気がしました。これ、凄い本だ!!って。


最初に、描いたんですが、大事なことは、


1)人の話を聞くこと


2)聞いたことを自分なりに具体化して積み重ねること



これだけです。



これ、さまざまな新入社員に贈る言葉で、描かれているのですが、基本的に格言だけで終わっているんです。格言的な言葉でいうと、


「人の話を聞くこと」


なんですが、これは新入社員へのアドバイスとかでは、ちゃんと先輩や上司の言うことをメモを取ろう!とか、その意図を自分の言葉でいい直そう!とか、そういう風に言われる描かれます。でもね、これって、実は物凄い難しいことなんです。そもそも、人間、人の話しなんきゃ聞いちゃいねぇ。(笑)。


なぜなのか?といえば、自分の内的世界が肥大していて、それが正しいと思っているという「オレオレ」くんを想定すると、よくわかるんですよ。ようはね、人ってのは、自我の奴隷で、ナルシシズムの檻に沈んでいて、、、って難しいことに言い換えなくても、「他人のいうことを、いったん自己放棄して受け入れる」ということは、凄い難しいのです。



もうわかると思うのですが、この時点で、もう社会人としては、生きていけません(笑)。このスタート地点が、みんななかなかできない。スタート地点に立てないんです、そもそも。



これ、絶対に失敗する典型的なコミュニケーション弱者なんですよ。ようは、もっと砕けていうと、素直じゃないってこと。



素直に、先輩や上の人いったことを、聞けない人、やれない人は、もうそれだけで、アウトってのはわかりますよね。個人的には、仕事では、ここでどれだけ自己放棄して奴隷になれたかで、その後の「伸び」が違います。



・・・・って、書いておいて、いきなり反対のことを言うんですが(笑)、ここで奴隷のように素直になりすぎて、自分の「やりたいこと」がない人は、反抗できない人は、物事で絶対に「何かを成し遂げる」こともできないし、そもそも「全く伸びません」。


って、矛盾ですよね(笑)。ようは、奴隷になれ!と、王(自分自身の主人)になれ!と同時に行っているわけです。この両方が矛盾なく動いている状態を、僕はさっきの「姿勢」というような精神論的ないい方をしたんです。これ、抽象的には、わかるんですが、、、、じゃあ、どうすればいいの?ってのが、よくわからない。



これ、藤田さんの新人アシスタントへの接し方を聞いて、ものすごくよく分析できました。



詳しくは本を買って読んでほしいのですが、藤田さんが新人アシスタントに要求する最初のことは、



だまるな、しゃべれ!



なんです。無口禁止なんです。それは、コミュニケーションっをちゃんととれるやつが漫画家になれるという藤田さんの信念に基づいています。まぁ、事実スゴイメンツが、藤田さんのところからデヴューしているわけで、全編読んでいても、ああ、これはプロフェッショナルが輩出するはずだ、と唸りました。



あのですね、この無口禁止を実現するために、映画の話を、するってのが藤田部屋では、ルールになっている。何が好きか嫌いかをね。そして、話ながら事細かに、そのルールを教えていくんです。簡単に言えば、好き嫌いでいいので、「それを言語化しろ」ってことです。もう一つは、「人の好き嫌いも、ちゃんと聞け」って感じです。章のタイトルに、



映画を見て語り合うことが漫画家になる訓練になる理由



というのがありますが、これが見事でした。本当に細かいのは素晴らしいのでこの本を読んでほしいのですが、要はたくさんの映画を見て(藤田さんがすすめるものや話題のもの)をみんなで語り合うことで、共通の土台を作り上げて、コミュニケーションのコストが下がる状況を作ろうとしているんです。


また、「好き嫌い」を語ることで、自分が、具体的な、「どこの」「何に」感動したのか、つまらないと思ったのかを、言語化する訓練をする。また言語化されたものを聞く訓練をする。


そして、これが素晴らしいのですが、なぜそれが「好き嫌いか」といえば、これは、「自分自身」と「自分の意見」を切り離して、客観的に見る訓練になるから。


裏返しで、「他人」と「他人の意見」を切り離して考えることの訓練にもなります。



仕事で一番大事なことは、どんなに人格攻撃に感じても、「意見や事実」と「自分自身やその人の気持ち」を切り離して、客観的にハンドルできるかどうかです。仮にそれが、事実人格攻撃であっても、切り離して、突き放さないと、心が簡単に壊れてしまいます。鈍感な人でないと、なかなかシビアな人の意見は聞けません。かといって、敏感でないと、何も学ばないし、何も変わらない。



けど、このコントロールが、できないものなんです。そして、例えばこの場合では「自分のマンガ」に対する意見や批判を、「自分の人格」への攻撃としてとらえて、ドツボにはまって、具体的な仕事(ここではマンガ)が何も改良されずに、いらいらだけが積み重なり、壊れて、逃げて、人生を放棄していくことになります。



これ、ダメな人の、典型的なスタート地点です。



けど、藤田さんは、無口禁止にして、映画という、自分と切り離したものの好き嫌いを語ることで、意見とこういうの客体化を図る訓練をしているわけです。もちろん、これが、「自分の好きな嫌いなポイント」と「他人の好きな嫌いなポイント」の整理になっていき、それが、「自分のオリジナリティー」として、言語化されたうえで蓄積化されるという一石二鳥の効果も得るわけです。


最初のに書いた、


1)人の話を聞くこと


2)聞いたことを自分なりに具体化して積み重ねること


という仕事への姿勢、コミュニケーションのスキルを上げていくために、無口禁止にすること。そして、自分の思いを言語化すること、言語化した自分と意見を切り離す訓練をすること、そうして、意見と人格をより分けて、仕事に転嫁していく姿勢を学んでいくこと。



・・・・・いやはや、読んでいてぞくぞくしました。



これ、仕事だけではなく、コミュニケーションスキルを上げるための、奥義です。



これもちろん、長時間一緒の部屋に押し込められる漫画家のアシスタントだから、藤田さんが、しゃべるのをいとわない懐の深い上司だからというのはあると思いますが、とはいえ「場」を用意して、共通の土台をべースにコミュニケーションコストを下げていくなど、、、、もう見事な理論家であり実践。こうした密閉された空間が、ある種の宗教共同体のような効果をもたらして、導師(グル)的な一対一のコミュニケーションの濃密さをもたらしているんだろうとは思うんですが、これだけ、外で自立している人の数が多いと、本当に藤田さんというのはできた人なんでしょう。こういう濃いコミュニケーションは、人を奴隷化して洗脳して依存させやすいものなのに、まったく逆の効果の自立心を育て上げて鍛え上げているわけですから。それも凄いレベルで、凄い数で。



読んでいて、驚きました。この世の中のすべての新入社員にも、いや、ビジネスマンに読んでほしいと思う。



人格と意見を切り離して客体化できると、そもそも、とても凹んだり、落ち込んだり、鬱になることなく、仕事のクオリティを上げることができるようになります。いや仕事でなくてもなんでも。



書きたいことは山ほどありますが、なかなか時間がないので、とにかく、ここまで読んで興味があったら、ぜひとも読んでほしい本です。ただし、理解度は、彼の作品を読んでいると、物凄い深まりますので、ぜひとも、彼の代表作くらいは読みましょう。まぁ、藤田さんのは凄い大傑作ばかりなので、読んでいないともったいないですが。


いやはや、もともと藤田さん大好きで大ファンですが、なんか物凄く尊敬しました。大人として、ビジネスマンとして、マジでやばいくらいにかっこいい。素晴らしい大人です。


ちなみに、ここで取り上げた部分はごく一部なんで、宝石のようにたくさんの叡智が詰まっている本でした。素晴らしいです。


うしおととら(1) (少年サンデーコミックス)