『42 世界を変えた男』(2013 USA) ブライアン・ヘルゲランド(Brian Helgeland)監督  暴力ではなく、耐えることによって共感を生み、世界を変えていく戦略

42~世界を変えた男~ [Blu-ray]

客観評価:★★★★★5つ
(僕的主観:★★★★★5つ)

アフリカ系アメリカンの素晴らしい映画が、オバマ大統領の登場以後、頻出している。そこを注目すると、アメリカの動きが強く感じられる。なので、探しては見るようにしているのだが、町山智彦さんのラジオでの紹介を聞き、いてもたってもいられなくなって、『42 世界を変えた男』を見る。これは、Jackie Robinsonの伝記映画。ジャッキーロビンソンは、アフリカ系アメリカ人のメジャーリーガーとしては1884年のMoses Fleetwood Walker以来63年ぶりにメジャーデビューを果たした。といぅても、近代的な整ったメジャーリーグの事実上の初の、メジャーリーガー。デビューは、1947年4月15日。その近辺からの約1年間を切り取ったお話。なので、1947年の4月15日は、メジャーリーグの全選手が、背番号42になる。永久欠番の番号。ちなみに、もともとは、ロサンゼルス・ドジャースは、ブルックリン・ドジャースで本拠地がNYですね。ドッジ(dodge)というのが、ドッチボールのようなひらりと避ける、という意味で、トロリー(路面電車)を避けて歩く意味で、ブルックリン市民を、Trolley Dodgersと呼んだことから、名前の由来になったそう。


最初、非常に驚いたことがある。それは、これが、公民権運動(African-American Civil Rights Movement)、キング牧師の登場よりもはるか前だということ。しかもアメリカが極端に保守化したはずの1950年だよりも前だ、ということ。先日、『グローリー/明日への行進』(原題: Selma・2014)を見たのですが、1965年のセルマからモンゴメリーへの行進血の日曜日事件を描いていて、ここでのアフリカ系アメリカ人への差別は、いまだ凄まじいものでした。ノーベル平和賞を受賞し、ケネディ、ジョンソン大統領の下で、リベラリズムが進んでいる状況下でされも、南部の激しい黒人差別は、まったくやまないのです。最終的には、連保政府の強制によって、この差別状況にメスが入れられていくのですが、この熱い時代よりも、はるか前の時代であるという背景の理解すると、ジャッキー・ロビンソンと、黒人をメジャーリーガーにしようとした、ハリソン・フォード演じるブルックリン・ドジャースのゼネラルマネージャー・ブランチ・リッキー(Wesley Branch Rickey)の凄さが何倍にも跳ね上がります。リソン・フォード演じるブルックリン・ドジャースの会長ブランチ・リッキーが素晴らしかった。いつもは省エネ演技のやる気なさが目立つ彼だが、素晴らしい熱演。感動する。というか、1947年という時代に、ブランチ・リッキーが、黒人をメジャーリーガーにさせようとしたことは、そして、それをやり抜いて、成し遂げたことは、信じられないくらいすごいことです。アメリカ人にとっては、ほとんど常識のようにジャッキーロビンソンデーを知っているというのは、当然の偉業に思えます。ちなみに、MLKの記念日と並んで、子供たちが小学校でならったというので、これはアメリカ社会にとってとても大事なことなのでしょうね。ちなみに、敬虔なキリスト教徒であるリッキーGMが、黒人に差別的な態度をとる他球団のGMに対して、将来死んで天国に行くときに、神様の前でも同じことが言えるのか!と、黒人だったから排除した、奴は人間じゃないから!と!!というようなことを怒鳴るシーンは、胸に響いた。韜晦しているリッキーGMは、将来黒人の中産階級が増えてきているので、マーケティング的に必要だよ、金のためだよ!と何度も言うのですが、、、そのセリフの奥に隠れる激しい情熱に見ていると本当にグッときます。けれども同時に、彼は、間違いなくその通りの世の中の人口動態や構造が変わることを見越して、先を読んで、この大事業に乗り出しているのだろうとも思います。いやはや、カッコよすぎですよ、リッキーさん。その他にも、南部の田舎に遠征に行くときに、ある白人選手が、田舎の地元から脅迫常務が来ているんで、自分はいけない、何とかしてほしいと訴えるのですが、リッキーさんは、ばさっと、凄まじい量の手紙を積み上げて、これが殺人予告の脅迫状だよ、自分と球団宛ての、というのです。そんな1枚くらいの脅迫状なんか気にしてられないよ、と。しかし、とても不思議だったのは、南部の激しい憎悪と差別意識と比較して、なぜ、ブランチ・リッキー(Wesley Branch Rickey)が、そのような意識を、動機を持つことができたのか、というのが不思議でした。黒人も同じ人間であり、同じキリスト教徒であり、神様の前で最後の審判の時に良心に恥じることがしたくないという強い動機があるのは、よくわかるのですが・・・・・しかし、同じ経験をして、同じ立場でも南部では、憎悪と差別が、深い文化と伝統として根を下ろしているのです。それがなぜだったのか、というのは、とても興味深い。もっとこれらの作品を見ていきたいと思います。


また、ブランチ・リッキーの思いに、正しい形でこたえたジャッキーロビンソンも素晴らしかった。彼は、正義感が強くてかなり行動派。これまで軍隊でも、彼が、非常に白人の差別的な態度に対して反抗的で、かつ切れて対応していたのが、先に描かれています。なので、実際は、短期で、切れやすかったんだろうと思います。ところが、メジャーリーガーになってから、彼は一切そのような態度を捨てるんですね。契約するときに、リッキーに、「黒人だからといって差別されるのを、だまってみているようなガッツのない人間になれれというのか?」というのに対して「耐え忍ぶガッツが欲しい」というリッキーの言うことに、ちゃんと従うんですね。そして、そのずっと耐え忍び続ける姿は、その後のMLKの無抵抗主義の思想と相通ずると感じます。我慢し続けて、いつの間にか敵だったチームメイトや人々が、ジャッキーに共感して、仲間として受け入れていくのは、まさに人間の真理だと思った。シンパシーは、ギリシャ語の苦しみからきていて、苦しみを共有するとき、人は相手を仲間と認めるというのは、素晴らしい言葉でした。ガンジーもそうですが、時に臆病ともいえるような無抵抗主義が、長期的には、変わるのが不可能様なものを変えてきた様や、ヒューイ・P・ニュートンとボビー・シールのブラックパンサー党マルコムxなどの武闘派組織では世界を変えられないさま、また、背後にこうした武闘派組織がいたからこそ、無抵抗主義に意味が生まれたことなど、この時代の公民権運動の戦略は、社会改良のヒントにあふれている壮大なチャレンジです。ちなみに、野球のチームメイト、という人数の少ない組織で、アフリカ系アメリカ人を敵視しているチームメイトが、外側からドジャースという一つの組織として差別されるのを目の当たりにして、言い換えれば自分のドジャースの一員であることで差別されて脅されるのを体験することにより、そのさらに激しい差別を黙して耐えるジャッキーロビンソンの姿に、うたれて、感染していく様は、人が人に与える影響というものは、非合理なこういうものなんだ、と強く実感する話でした。


全然話に関係ないのですが、いまひそかに自分の中で富野由悠季監督のガンダムサーガを理解しよう!強化月間(2018年4月)なのですが、『新機動戦記ガンダムW』の絶対平和主義を唱えるサンクキングダムのリリーナ・ピースクラフトを見ていて、キャラクター的に、頭がおかしいとしか思えない人なんですが、絶対平和(戦わない)を唱えながら超兵器であるヒイロとがガンダムに「やっておしまいなさい!」と戦争をけしかける(笑)というか暴力で平和を達成しようとするです。相いれない二つの事項を、平気で矛盾して保てるから、なんだか器がでかいように見るんだな、と感心したんですが。こういう歴史を見ると、時代的トータルでは、無抵抗主義、非暴力主義がリードするんだけれども、それが意味を持つには、背後に激しい闘争も辞さない勢力と勢力争いしていて、もし、非暴力勢力が力や支持を失った場合、民衆の力がどう暴発するかわからないという脅しのような構造があるからこそ、意味を持つんだよな、といつも思う。なので、ジャッキーロビンソンからマーティンルーサーキングにつながる無抵抗主義の系譜と場別に、ブラックパンサー党やマルコムXを同時に見ていないと、人類の歴史というものを見誤ると思うので、この辺りは同時に見るのをおすすめします。

マルコムX [DVD]

ちなみに、主演のチャドウィック・アーロン・ボーズマン(Chadwick Aaron Boseman)は、ティチャラ役で『ブラックパンサー』に出演することになります。この流れを知っていると、うおってうなります。オバマ大統領登場周辺からのアフリカ系アメリカの歴史を反映した物語群は、本当に素晴らしいものがあります。そして同時に、ほんの10年もしない前まで、黒人奴隷の厳しさを描いた作品というのがほとんどなかったこと、アメリカの恥部を映画ではほとんど描いてこなかったことを考えると、本当にこういう国家の、民族の、歴史の恥部というのは、描くのが難しいものなのだ、と思います。いやはや、、、、まだ親が奴隷でしたというような人がたくさん生き残っていること、ほんの1960年代までの公民権運動前の南部のJim Crow lawsなど、ついこの前まで壮絶な差別がまかり通っており、リンカーン奴隷解放宣言と、マーティールーサーキングの公民権運動を経てさえ、まだ現代のような状況だということを考えると、本当にこの問題は根が深いもので、知れば知るほど震撼します。



グローリー/明日への行進 [DVD]


■過去の記事

『ヘルプ 』(原題: The Help 2011 USA) テイト・テイラー監督
http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20130114/p1

『Lee Daniels The Butler/大統領の執事の涙(2013 USA)』アメリカの人種解放闘争史をベースに80年でまったく異なる国に変貌したアメリカの現代史クロニクルを描く
http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20150207/p1

それでも夜は明ける12 Years a Slave(2014 USA)』Steve McQueen監督 John Ridley脚本 主観体験型物語の傑作
http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20150120/p1

『Straight Outta Compton(2015 USA)』 F. Gary Gray監督 African-American現代史の傑作〜アメリカの黒人はどのように生きているか?
http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20150915/p1

ブラックパンサー【DVD化お知らせメール】 [Blu-ray]