ぼくとしてももう、運命の神ヤーンに祈ることしかできない。

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栗本 薫

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栗本 薫

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前巻のあとがきで初めて栗本さんががんの大手術を行ったことを知った。あと数年しか生きられない可能性も高いという。何といったらいいのか、言葉もない。

中略
 
 だから、ぼくとしてはただ、運命の神ヤーンに祈ることしかできない。どうか、彼女にもっと時間を下さい、と。ヤーンが決して願いごとを聞き届けたりしない神であると、知ってはいるのだけれど。

 一方で、この先、仮に『グイン・サーガ』が未完に終わるとしても、それはそれで受けいれられる気もする。何といっても、その運命のままならなさこそ、この作品の最大のテーマなのだから。

 たぶん、ペトロニウスさんならわかってくれるのではないかと思うのだけれど、ぼくにとって、この作品は、一作のおもしろい物語「ではない」。

 たしかに、初めは物語としての波乱万丈、SFとしてのスケールに惹かれて読みはじめた。でも、いまとなってはもう、読書の主眼はそこにはない。

 正直、作品のSF的な側面にはそれほど興味はない。ぼくは何というか、「運命の教科書」としてこの作品を読んでいるのだと思う。


神様、時間を下さい。/Something Orange
http://d.hatena.ne.jp/kaien/20080412/p2

万感の思いを込めて、「うん」と頷きます。



「運命の教科書」。



ああ・・・言い得て妙だな。さすが、海燕さんです。誤字だらけで、日本語になっていないのだけれども、転載どうもです(苦笑)。どうしても何かの気持ちを表明したくて、思わず書いたんですが…すぐ反応してくれる人がいて、凄くうれしいです。実際には、手術の結果が出るまでは、怖くて、なにも書けませんでしたし、人ともしゃべる気持ちにもなれませんでした。本当に胸がえぐられる感じで、つらい気持ちになります。これって、「喪失感」の予感なんですね。近しい人がなくなるのにも似た恐怖を感じます。



それはもちろん、僕にとっても、このグインサーガという大河ロマンは、『一作のおもしろい物語「ではない」。』からです。



20年以上も人生の傍らにあり続け、その新刊を空気の存在のように待ち続け、キャラクターたちの人生の変遷すら十数年に及ぶ、、、、それだけコミットしていると、まるで一つの人生を共有しているかのようなもので、それが故に、あるキャラクターがの気持ちの大きな変化があった時に感慨も、深く深く心に刻み込まれます。

今回のマリウスの決意の部分なんかも、万感迫る思いがしました。



僕がこの物語を初めて手に取ったのは、小学生から中学生にかけての頃だったと思う。あのころは人生は僕にとって、とても嫌でツライもので、、、いや、それを通り越して、あまり意味あるものに感じられなかったようだ。僕の子供の頃の日記に、



「人生に意味があるか?と言えば、NOだ。価値もない。・・・そんな普遍的な言いようはよして、僕という個人にとって、世界は意味があるか?美しいものか?と問えば、それももちろんNOだ。生きていく、積極的な理由が僕には見出せない。・・・そして、残念ながら、かといって積極的に死んだりする意味も見出せない。何もする気が起きない・・・。息をするのもめんどくさい。世界というのは、砂を噛むような、殺伐とした感じで、、、このまま時がたって、枯れて、死んでいくだけなんだろう・・・・世界の、存在の無意味さに、吐き気がする・・・」

というような文章が残っています。いま思い返すと、偉くペシミスティツクな子供だなと思うし、小学生がニーチェを読んで世界に絶望するなよ(苦笑)とか思うのですが、残っているのだから、マジなんだろう…自分(苦笑)。でもね、その次のくだりがとっても印象的な決意で、僕はいまに至るまで人生の指針として深く胸に刻んでいるのです。その時の苦しかったことや絶望なんか、きれいさっぱり忘れていますが、この決意だけはよくよく覚えている。

だけど、こんな無意味な世界でも、グインサーガの次の巻が出つづける限り、生きていてもいいんじゃあないだろうか?。無味乾燥な世界だけれども、きっと、次の巻を待って、読みながら生きていれば、このやくたいもない人生は、すぐ過ぎ去ってくれる。その無駄な時間を、きっと有意義にしてくれるだろう・・・」


・・・何が言いたいかというと、子供時代の感覚が摩滅し切っていた僕を、この世界にひきとめてくれたのが、グインサーガだったんですね。その後、僕は、栗本薫さんのSF『レダ』に進み、伊集院大介シリーズに進み、そして評論家中島梓の『文学の輪郭』『ベストセラーの構造』『道化師と神』そして、『コミュニケーション不全症候群』に進み、、、そのころには、愛する名作『終わりのないラブソング』(BLの最高峰の大傑作!)やなどへ進むことになります。もちろんその過程で、評論の原点となったコリンウィルソンの『アウトサイダー』『至高体験』や伊集院大介から西田幾太郎の『純粋経験』などへ、進むことになりました。


この「流れ」は、読んだことがある人ならば、感情が摩滅しきった人間が実存的に回復することをストレートなテーマにしているものを、実に順序良く読んでいるのがわかるはずです。そう、僕は、ガキの頃から、考えすぎて感情が摩滅して、なにもしたくなくなってしまう少年で・・・・この無駄に先読みして考えすぎて、何もかもが不安とあきらめで嫌になってしまうという性格にとって、実存主義哲学の見事な物語化は、僕にとって生きる勇気を与えてくれるに十分な偉大な物語だったんです。栗本薫さんとの出会いがなければ、僕はこのような勇気をもって、暗い世界に松明を投げかけるような、生き方をしようとはきっと思わなかったと思います。そもそも、生きるのすらめんどくさかったですから。




僕にとっては、本当に師匠で、先生で、命の恩人で、、、、そして、、、、何と形容していいかわかりません。



10年近く前に乳がんにかかられたと聞いたときは、実は、神社に行ってお参りしたのを覚えています。彼女の命というよりは、「僕からグインサーガを奪わないで」という利己的な願いではありましたが、、、、それでも、必死で祈ったのを覚えています。それ以来再発もなく、安心していたのですが・・・。


そういえば彼女の乳がんでの闘病記を書いた『アマゾネスのように』も、座右の書で、いつも僕の傍らにあります。苦しい時に、何かに負けそうな時に、僕はこの本を読むことにしています。必死に生きること・・・・「必ず死ぬ」こと、、、だからメメント・モリ(死を忘れるな)という言葉は僕は愛してやまないのですが、この本からの引用です。


アマゾネスのようにアマゾネスのように
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思い返してみると、僕の人生の根本を形造り、生きる勇気の核心となっている部分のほとんどが、栗本薫さんから学んだものです。



ちなみに、我が家の家系にまつわるものは、グインサーガを読むことは必須で、妹にも妻にも読ませましたし、僕の子供たちにも義務づけることになっております(笑)。これは家訓なので(いやマジで!!)。



そして、自分が勉強をして、彼女の本や彼女の推薦する本を読みこむことで世界の深さを知れば知るほどに、グインサーガの指向している「世界の再現」が、何と見事な仕組みとなっているか、ということが明らかになっていくのです。

この世界は、SF好きだった栗本薫さんの志向が反映して、とても複雑な構造になっており、SF的な意味でのマクロ構造も、政治的な意味でのマクロ構造も実はかなり複雑に構成されている。しかし、「にもかかわらず」すべては、その世界である種の不自由な役割・・・・運命の歯車にさらされる個人の視点で、見事な物語として描かれているんですね。

これだけ、見事なマクロを描きながら、同時に徹底的にミクロも描けるとは、僕には、いまもって感動します。トーラスのゴダロ一家のエピソードは、それが何十年の果てに、、、自分が小学生の頃読んだ1巻のあるエピソードが20年近くを経て(実時間で!)、そこで主人公が言っていた約束が果たされるを見た時に、僕は感慨で、胸がいっぱいで、涙が止まりませんでした。ほんとんどが、この世界の英雄を主人公にしているヒロイックファンタジーですが、定点観測的に、名もなき庶民で、そのマクロに翻弄される様が描かれていて…たしか、平家物語だったか?、吉川英治さんの手法をとり入れたと書いてあったなー。


そして、、、、たぶん、この物語は、すでに完成しているんだと思う。


それは、海燕さんのいうとおり、この物語を通して、「運命の理不尽さ」、その定められた大きなマクロの構造の中で、それでも雄々しく、凛々しく生きていく人間存在の気高さを、十分に既に描き切っており、この物語を長く読み続けて「それ」が理解できないとしたら、いったい君は何を読んでいるんだ?と問いたくなってしまう。もちろん、ある種の完結した、コンビニで買えるような「消費物」とした扱えば、完成すらしていないし、いろいろ文句もつけたいものも多々あるかもしれない。けど、、、ここでこの「グインサーガという現象」に20年近く付き合っている本当のファンは、たぶんそういう視点でものを見ていない(、と思う。)。


これは、まずもってこの理不尽な世界の中で、雄々しく生きる「栗本薫さん」という人の人生と魂の物語であり、それをグインサーガという物語世界で共有し続けた魂の絆みたいなものなんだろうと、僕は勝手に思っている。


・・・この話は語ったら、とまらないくらい言いたいことがある。



けど、僕も海燕さんと同じで、できることはきっと祈るだけ。アルド・ナリスの枕もとで、祈り続けたヴァレリウスのように。



神様、どうか、栗本薫さんにもっと時間を。


彼女が、この理不尽で真っ暗な世界に、魂の輝きで、少しでも火を灯せるように。



そして、僕らから、まだ「グインサーガ」を奪わないでほしい。あと、もう少しだけ・・・・。





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