『大奥』3巻 よしながふみ著 春日局の信念〜殺し合いの続く世界に恒久の平和を!

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よしなが ふみ

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評価:★★★★★5つ 傑作マスターピース
(僕的主観:★★★★★5つ傑作)


素晴らしい・・・・・見事だ。これは、マンガ史に残る傑作だ。もう既にに分かる。閉ざされた世界で生きる男女の苦悩を扱いながらも、ジェンダーの問題、国家の問題などマクロが見事に不可分に密接に絡み合って成立している。これを傑作と言わず、何を傑作と言おうか。これって、「指導者の孤独」を浮かびあがらせることによって、「男として生まれることの苦悩」と「女として生まれることの苦悩」を同時に照り返しで浮かび上がらせて、その孤独・地獄を生きる中に「求め共有する愛」を描くという形になっていて、「世界」が見事に描けているんです。


■殺し合いの続く世界に恒久の平和を!〜どんな方法でも、自分の信念を貫くこと


春日局という女性の苦悩を、見事に描いている。この一つの説話(ショートストーリー)だけでも、満腹感のある素晴らしい物語だ。シンプルにまとめてみると春日局の野望は、、、、自身の心の中にある怒りと誓いは、




人々に恒久の平和を!




というものです。あまりに悲惨な人生で辛酸をなめた上に、女性で生まれついたが故に、男性のように戦って世界を変えるという道すら閉ざされて、ただ道具として嫁ぐことしか道がありませんでした。その彼女が行き着いたのは、大奥というシステムです。彼女は、いわゆる「指導者の後継者問題」という空白の問題点の解決に心血を注いだといえるでしょう。何度か書いているのですが、殺し合いが満ちる世界には、その世界の殺し合いを止めて飛躍させる統合のシンボルが必要です。シンボルの存在根拠は、どうでもいいのです。それが神(王権神授説)であろうと力であろうと、とにかく統合したシンボルが「事実性」としてあればいいのです。こういうのは、織田信長でもなんでもいいのですが、時々生まれます。


が・・・それが、「継続していく」ということが凄く難しいのです。


理由は単純です。一代目のカリスマは、3代目には引き継がれないことが多いからです。2代目は大体1代目が生きていたり、その1代目の作り上げた統治ブレインが存在するので、足元は揺らぎにくい。が、3代目は別です。ここでつぶれる統合シンボルは多い。そして長く続いた王朝や組織では、この3代目に素晴らしい人材やブレインが登場した場合というのが多い。


そして、ここで問題になるのは、この統合シンボルを、どのような方法で継続させるか?という問題です。


世界の政治哲学システムは、統治者のカリスマを、やはり「血」で残そうと考えたのですね。政治システムが複雑化するには、参加メンバーの政治リテラシーが非常に高く、しかも統合に帰依するという特殊な意識を持たないと際限のない部族と派閥の殺し合いになってしまうので、そういう場合は、力による独裁化が招聘されます。意思決定には、ある手順を踏んだ上での、力による「執行」が絶対に必要で、これが担保されない意思決定は、ただのお遊びです。とすると、よほど民度が高くない(つーかそんな民度が高い地域はいまの現代ですらそんなにない)場合には、ある程度の、意思決定の独裁化(集中化と言い換えてもいい)を前提とするのです。




その場合は暴力で統合した創始者の「血」を根拠にした無限の統治権の神聖化が必要になるんでしょうね。




「血」というものは、選択性の問題ではないので、あとから出てきた人間が暴力や能力でその「神聖な統治権」を濫用することへの抵抗となるのです。コモディウス帝を後継者にしなければならなかった、皇帝マルクスの例を思い出します。ただのむき出しの暴力による統治権の完成が、継続することによって、より一段高い価値を獲得する(=神聖化)するんですね。ようは、今の法律における憲法と一般法規の関係のようなもの。

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もちろん、こうした世襲制の独裁権力の重要な問題は、「次代の後継者が有能とは限らない」というリスクをどこまでも排除できないということにつきます。しかし、それ以上に、うまみのあるシステムなんですね。それほど「統治権の神聖さを継続させる」ということうまみは政治統合上は大きいのです。これほど民主主義が進んだヨーロッパやアメリカでさえ、立憲君主制や事実上の王制(=大統領制)が幅を効かせていることを考えると、理解できるでしょう。さて、そういった原初的な統治権の発生の混沌が、この後宮システム確立問題なんですね。春日局は、戦国時代の悲惨さを経験しています。そのことで、彼女は、社会に恒久の平和を確立すること・・・




「徳川泰平の世」を作り出すため



に、その人生のすべてをかけています。パックス・トクガーナとでもいうのでしょか?(笑)。そのために夫と離縁すること殺すこと、自分の子供よりも常に家光を優先することなど、個を切り捨てて、マクロの全体に仕えることを最優先化しています。このことは、どんなにディティール(詳細・意匠)を変えようとも、春日局という女性の本質であって、こんなたかが後宮の仕切り屋であった女性が、徳川300年泰平の世の母のように物語として語り継がれることは、それだけ彼女のマクロに仕えた気概が、輝きに満ち、深い価値があったことを後世の人間が理解しているということでしょう。戦国の殺し合いを深く憎み、個(=自分と家族の幸せ)を切り捨ててでも、



日本という土地に恒久の、殺し合いのない平和な世界を出現させる



という目的を目指し、人生の全てを賭けた、その偉大な意思に、後世の我々は感動するのでしょう。







これが春日局という物語ドラマツゥルギーの本質です。これはいま読んでる『流血女神伝 喪の女王』のユリ・スカナ(ロシアがモデル)を統治するバンディーカという偉大な女王のストーリーとまったく同じ形式のドラマツゥルギーです。

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このバンディーカも、貧乏貴族で親が放蕩で死んだため、悲惨な極貧時代を経験し、自分を国王の愛妾として売りつけることにより、世界を獲得してきた女性です。そして彼女の貧困を憎む偉大な精神は、自分の夫であった国王に反逆し、王権を自らの手にするところまで向かいます。・・・・そして、暗殺と叛逆で血に濡れた玉座に座るバンディーカは、貧困と無知に歪んでいたユリ・スカナという広大な国土に、素晴らしい繁栄と教育を授け、大王として歴史に永遠に残る偉大な君主として屹立することになります。


ただこの英明な君主、偉大な大王の最後の問題が、やはり血の正統性を持たないという問題でした。


そこれでもう一度反復します。さて、そういった原初的な統治権の発生の混沌が、この後宮システム確立問題なんですね。ある統治権の正統性を担保するためには、「血」によって、初代の英明なリーダー・統治者のの持つカリスマや継続してきた神聖性を、後代に安定化して引き継がなければならないのですよ。しかし、このブリーダーのような後継者育成システムは、「血の存続」というシステムの奴隷となることによって、そこに関わる統治者の家族というものの人格の自由を完全に抹殺する非常に不気味なシステムであもるのです。

続く(のか本当に?)

■春日野局の夢と苦悩〜自らの夢の完成と完成によって自らの夢に裏切られること

■匂いたつ女将軍家光の苦悩と色香〜深き絶望の中に生きるからこそ人は美しく

■誰かの救うことは、世界を救うことでありうるのだろうか?〜僧侶・宗教家としての自分の理想と愛