『復活の地』 小川一水著 国家の危機管理を、SF小説に仮託して描くこと 

復活の地 1 (ハヤカワ文庫 JA)復活の地 1 (ハヤカワ文庫 JA)
小川 一水

早川書房 2004-06-10
売り上げランキング : 144641

Amazonで詳しく見る
by G-Tools
復活の地 2 (ハヤカワ文庫 JA)復活の地 2 (ハヤカワ文庫 JA)
小川 一水

早川書房 2004-08-06
売り上げランキング : 157540

Amazonで詳しく見る
by G-Tools
復活の地〈3〉 (ハヤカワ文庫JA)復活の地〈3〉 (ハヤカワ文庫JA)
小川 一水

早川書房 2004-10
売り上げランキング : 152964

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

評価:★★★★星4つ
(僕的主観:★★★★星5つ)


星雲賞受賞作「第六大陸」に続く読み応えのあるSF秀作です。僕はどうもこの話がものすごく好きなようで、もう10回以上読み返している気がする。どうしても、読みたくなるんだ、ときどき無性に。この本で後藤新平に興味をもって調べるようになったし、とても大きなインスピレーションをもらっています。主観的には、ウルトラマスタピース。僕自身が固着する幻想にフィットしているんだと思う。危機に際して私心を捨てて公益にコミットするランカベリーの英雄主義的な行動に凄く憧れるし、スミルを頂点とするヒエラルキーある伝統的な秩序が、限りないロマンチシズムを感じさせる。そして、どうしようもないほどの巨大なマクロの津波に翻弄されながらも、雄々しくそれに立ち向かう姿・・・。


■あらすじ


皇位継承権が低く、田舎の離宮で不遇の生活を送っている17歳の内親王スミルの元へ、ボロボロの姿のジャルーダ総督代理という28歳の若手内務官僚セイオ・ランカベリーが訪ねてきた。


昨日、帝国の首都が大地震で壊滅したことを伝えに。


折りしも国会会期中で、高皇以下全ての王族と議員、官僚を含む高級行政官がすべて死ぬか、行方不明になってしまい、現状生き残った行政官で最も位が高い文官が彼であり、大災害が連続して起き、それぞれの組織が混乱し暴走する中、帝都そして帝国の指揮をとるため、摂政への就任を求めてのことであった。



■国家の危機管理を、SF小説に仮託して描くこと


西暦が過ぎ、宇宙の数々の惑星に植民した後、戦争により惑星間交易が後退した19世紀から20世紀前半の地球に似た惑星レントを舞台に描かれるSFです。政治体制は、戦前の日本に酷似して、あらゆる面が戦前の大正の関東大震災時の日本の国家状況を髣髴させる。


テーマは、国家の危機管理を描いている。


『回転翼の天使』『強救戦艦メデューシン』のモチーフを展開したかに思える「都市・国家の危機管理体制」に、田中芳樹のような「異世界の国家の歴史」を描いたファンタジーが同居している。


星雲賞を受賞した傑作『第六大陸』に続く、連続の傑作に個人的にはご満悦。 至福の読書時間を過ごせました。早川書房で出た『第六大陸』までは、秀作を描くマイナーSF作家といったイメージですが、この作品でそろそろ堂々たるメジャーSF作家の貫禄を感じさせます。かなり前からのファンですが、見事なぐらい成長する作家なので、読んでいてたまらなく嬉しいです。過去の作品は、表紙がライトノベルライトノベルしているが、この人の作品は、ほぼすべて同じテーマで非常にうまい小説なので、どれを読んでも、僕は面白いと思う。一冊でも面白いと思ったら、全作品読むべしと僕は思います。


時代を感じ取る能力のある作家は、時に不思議なシンクロを感じさせますが、新潟県中越地震が丁度起きた頃にこの最終巻が出版されました。ニュースでは、食料が届かなかったり、食料が届くと他の物資が届かなくなったりと、兵站ロジスティクス)がまともに機能させられない政府や自治体の無能さが印象的でした。逆に、この架空の惑星でジャルーダ総督府という軍政下の占領地域で職業的訓練をつんだ官僚セイオ・ランカベリーが、見事に軍隊のシステムを取り入れ兵站を確保していく様は、読んでいて感嘆のため息が出ました。架空世界という前提で、SFのシュミレーション機能が十全に出ている作品でした。

回転翼の天使―ジュエルボックス・ナビゲイター (ハルキ文庫)回転翼の天使―ジュエルボックス・ナビゲイター (ハルキ文庫)
小川 一水

角川春樹事務所 2000-09
売り上げランキング : 317563

Amazonで詳しく見る
by G-Tools
強救戦艦メデューシン〈下〉 (ソノラマ文庫)強救戦艦メデューシン〈下〉 (ソノラマ文庫)
こいで たく

朝日ソノラマ 2003-04-30
売り上げランキング : 284340

Amazonで詳しく見る
by G-Tools
第六大陸〈1〉 (ハヤカワ文庫JA)第六大陸〈1〉 (ハヤカワ文庫JA)
小川 一水

早川書房 2003-06
売り上げランキング : 135697

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


ちなみに、モデルの一人ともいえるのが、後藤新平ですね。


後藤新平/外交とヴィジョン』北岡伸一著/植民地経営・近代文明化のスペシャリスト(1)
http://ameblo.jp/petronius/entry-10003885748.html

後藤新平/外交とヴィジョン』北岡伸一著/植民地経営・近代文明化のスペシャリスト(2)
http://ameblo.jp/petronius/entry-10004001497.html

後藤新平/外交とヴィジョン』北岡伸一著/植民地経営・近代文明化のスペシャリスト(3)
http://ameblo.jp/petronius/entry-10004002821.html


「宇宙の戦士」主義者〜社会契約は自然権の上位に位置するか?
http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20080419/p8

ハインラインの描く「アメリカ的なるもの」〜ハインラインの本質2
http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20080419/p1

多きなテーマとしては、いくつかの構造があり


1)国家組織の運営キャパシティを超えた大災害


2)近代縦割り組織の横の連携不足


3)国王、政治家、官僚、軍人の職務


4)摂政スミルと若き高級官僚セイオの淡い恋物語と成長物語


5)列強に蹂躙されかれない開国前の野蛮な鎖国小国家


6)国際間(惑星間)の政治力学


なのですが、巻末の参考資料を見れば一目瞭然ですが、舞台設定は、大正時代の関東大震災頃の帝都東京と列強に脅かされ同時にアジアを侵略していた戦前の日本です。そして小川一水さんの過去の作品『回転翼の天使 ジュエルボックスナビゲイター』から続く、因習にとらわれた組織の無能ぶりと、それとの戦いに立ち上がる個人たちです。


その他似たテーマでは、映画『踊る大捜査線』と消防士の災害救助活動を描いた曽田正人さんの傑作マンガ『め組の大吾』を連想しました。僕自身が、巨大組織の上層部から現場に遊離した企画案を考える職務の経験があるので、中央集権組織での現場との軋轢は、物凄く身に染みます。眉村卓さんの司政官シリーズ(どちらかというと小川さんの別作品『導きの星』のほうが、僕は連想するが)を連想するという方がいるが、むしろ田中芳樹さんの架空戦記SFモノ『七都市物語』などの方を強く連想します。けっして悲惨な現実を無視しているわけではないのに妙に理想主義的な青臭い感覚がするののが、田中芳樹さんのテイストと似ています。第三巻の縦割り組織への対抗手段として市民の連帯とボランティアを持ち出してくるあたりは非常に甘いが、同時にその対立点として、強固で最も対処能力溢れる危機時における軍隊を真正面から描いている点は、さすが。

踊る大捜査線 THE MOVIE踊る大捜査線 THE MOVIE
織田裕二, 本広克行, 柳葉敏郎, 深津絵里

フジテレビ 2003-06-18
売り上げランキング : 2176

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

め組の大吾 (1) (小学館文庫)め組の大吾 (1) (小学館文庫)
曽田 正人

小学館 2005-10
売り上げランキング : 108584

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

導きの星〈4〉出会いの銀河 (ハルキ文庫―ヌーヴェルSFシリーズ)導きの星〈4〉出会いの銀河 (ハルキ文庫―ヌーヴェルSFシリーズ)
小川 一水

角川春樹事務所 2003-11
売り上げランキング : 139690

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


■「その時」にあなたはどう振舞うか?〜危機に際して見せる行動こそのその人の本質である


僕にはどうも英雄願望があるらしい・・・・何かとんでもない危機が発生した時に、普段は役立たずでみんなから嫌われうとまれているが、その「いざ」という時に、劇的に力を発揮する!そういうシュチュエーションに限りない幻想(=憧れ)がある。これは、正直いって告白するのが少々恥ずかしい(苦笑)。まぁ自分の固執する幻想なんて、どんなものでも恥ずかしいものだけれども。


けど、同時にこれは僕の個人史として重要なマイ倫理・哲学ともなっている。「あなたがいまやっていることは、いざ、という時に価値があるものですか?」という問いにつながるからです。僕は、こうした戦闘とか大災害とか、人間の一般の閾値が超える状況下で、「正しく振舞えるか?」ということに凄く意味を見出す人らしい。


もう少し具体的に云うと、例えば、この物語の主人公、セイオ・ランカベリーは、まるで神様に選ばれるように、いきなり様々な障壁を飛び越えてジャルーダ総督に昇格し、帝国の最重要職の帝国復興院の総裁に上り詰めます。これ、ただし読んでいて違和感がありません。それは、この人がそれにふさわし経験、見識、動機をもっているのが手に取るように分かり、「時」に選ばれて、ジャストタイミングに、その時その場所にいるからです。まるで物語のように。まるで決まっていたように(プリ・ディステネーション)。


そして、時に選ばれた人間が「公にコミットする」ということを、ちゃんと君主に教育するシーンは、見事だなーと思った。昭和天皇の教育について書かれた本を思い出した。これは、いきなり国家崩壊の危機に最高権力者についた元首スミルへ、元老クロノックが語る言葉です。


「あの子は承知しておるよ。気が進まなかろうが嫌いじゃろうが、あんたに頼らねばならんことを。」(クロノック)


「嫌いなのに頼るのですか?」
スミルは眉をひそめた。


「わからないわそんなことしなければいいのに」(スミル)


「スミル一つ覚えておきなさい。あんたがこれから学ばねばならんたくさんのことの、一つ目じゃ。」
クロノックは低い位置から睨みあげるようにスミルを見た。


「公に私はない」(クロノック)


p280

この会話はしびれたなー。『沈黙の艦隊』の民自党の幹事長の言葉を思い出した。


「貴人たちを憎み、帝国民を憎み、私まで憎んで・・・・・あなたは何を守ろうとしているのですか?」(スミル)


「弱き者を」(ランカベリー)
その言葉に一片の気負いもなかった。ましてや、羞恥も矜持も。


「人が苦しむとき、おれに力があるなら、おれは助ける。貴人だの、帝国人だの、金持ちだの、貧乏人だのといったことは関係ない。・・・・・・そうありたいと思っている。」


p373

これほどの国難、これほどの危機に、この国の指導者層に、こういった公にコミットできる人材がいたことは、本当に恵まれたことだ、と思う。思わず、元老が涙を流して喜んだ意味もわかる。僕はいつも思うんです、、、、こういったすべてが崩壊した危機に、人間として、自分が求められる役割をこなしきれるだろうか?って。人間には、生きる使命がある。その使命から呼ばれたとき(コーリング)ふさわしくあれるだろうか?、と。だから、それに応える人を見ると、思わず落涙します。そこに、その時に、その人がいたことが、意味があったことであったことに。


裕仁天皇の昭和史―平成への遺訓-そのとき、なぜそう動いたのか (Non select)裕仁天皇の昭和史―平成への遺訓-そのとき、なぜそう動いたのか (Non select)
山本 七平

祥伝社 2004-07
売り上げランキング : 34449

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


■スミル大好きです!(笑)

まぁ、SF的設定のおもしろさはおいていて、個人的には18歳でいきなり建国以来最大の危機が訪れた国家の最高権力者となった摂政スミルが、凄く萌えた(笑)。


窮地に追い込まれた健気でかつ誇り高い王女様


というのは、いいキャラクターだと思う。もっと主人公との淡い恋を掘り下げてほしかったが、テーマと3巻分のヴォリュームからこの辺が限界だったのかもしれない。小川一水さんの作品は、名前だけで必ず新刊が出るたびに購入する作家だが、星雲賞を取りハヤカワSFで文庫を出す世になった昨今、そのレベルは非常に安定してきて、ファンとしてはたまらない、今日この頃です。作風もマイナーではないので、ぜひもっとメジャーで売れて欲しいです。アニメ化やドラマ化がしやすい作品が多いと思うのですが。