『流血女神伝 砂の覇王』 7巻 須賀しのぶ著 船乗りの共同体から共和政治へ

砂の覇王〈7〉―流血女神伝 (コバルト文庫)砂の覇王〈7〉―流血女神伝 (コバルト文庫)
須賀 しのぶ

集英社 2002-04
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評価:★★★★★5つ
(僕的主観:★★★★★5つ)



切り抜けた。あれだけの嵐に、負けなかった。そう思うと我が身が誇らしく、またへなへなと尻餅をつくほどほっとした。荒天に慣れているはずの船員たちの顔にも、安堵と喜びの色がある。働きづめで疲れたのだろう、看板は嘘のように静かだったが、そこには皆で切り抜けたという空気があった。

こういうのはいいなと、カリエは素直に思った。思えば、今まで、誰かと力を合せて困難を切り抜けるということがなかったような気がする。こうした死地を何度も乗り越えているからこそ、船員たちの間には家族にも勝るような、強固な絆が出来るんだろう。

 家族を失ったカリエには、どこかで懐かしく切ない空気だった。しみじみ甲板を見渡すと、操作綱を握ったまま座り込んでいるバルアンの姿が目に入った。彼は、子供のころは、海賊になりたかったといっていた。バルアンは、ごく幼いころに母を亡くしたという。立場上、父親とも距離を置いていただろうし、兄はあの状態だ。家族という言葉は、バルアンには関係のないものだったのだろう。だからこそ彼は、海に憧れたのかもしれない。赤の他人が否応なく家族になるような、この世界に。



p143


この作品の、凄いなぁと思うのはこういう文章に出会った時だ。これ、何を意味するか?って言うと、民主合議で決める共和制度の発祥というのが、船の船員たちで構成されるルールや共同体意識からの大きくヒントを得ている、ということ作者が、よくわかった上で書いていることです。


この上記の文章だけならば、家族がほしかった孤独な王子であるバルアンに対して初めて情を感じて、家族を殺されたカリエの自分の心情を重ね合わせて、バルアンへの愛情に気づく、という描写に過ぎないでしょう。


けど、この後、ルトヴィア帝国の最後の宰相となるロイは、帝国を共和制に作り替えようと暗躍しているのですが、その彼が、家族のような合議を行う船の共同体の話にいたく感心をもってカリエに質問を繰り返すシーンなどを見ると、作者がこのことをよおく理解して描いているのがわかるんですよね。


マクロだと思わせないような描写の中に、ミクロの心情を表す演出の中に、こういうものをまぎれこませる力量に、感心します。

■参考記事

『暗き神の鎖』 須賀しのぶ著 大いなるものに翻弄される人間存在にとっての自由
http://ameblo.jp/petronius/entry-10068430711.html

『女神の花嫁』『暗き神の鎖』 神の観念を描くこと〜君のそばに宗教は真摯にありますか?
http://ameblo.jp/petronius/entry-10066704797.html

流血女神伝 喪の女王』 須賀しのぶ著 この物語に出会えて本当によかった!
http://ameblo.jp/petronius/entry-10062996940.html

流血女神伝 砂の覇王』 須賀しのぶ著 神と神話の描きかたが秀逸
http://ameblo.jp/petronius/entry-10059887838.html

誘拐・監禁・調教です(笑)…その上、奴隷になってハレムに行きます(苦笑)
http://ameblo.jp/petronius/entry-10059683245.html

カリエかわいいぞっ!。器量が十人並み(笑)というのがまたさらにいい(笑)
http://ameblo.jp/petronius/entry-10059589889.html

流血女神伝 帝国の娘』 須賀しのぶ著 おおーこれは、物語だ!好きです!!
http://ameblo.jp/petronius/entry-10059567235.html