『狼と香辛料』 支倉凍砂著 見事に実った麦穂が風に揺られることを狼が走るという

狼と香辛料 (電撃文庫)狼と香辛料 (電撃文庫)
支倉 凍砂

メディアワークス 2006-02
売り上げランキング : 1274

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


評価:★★★星3つ+α
(僕的主観:★★★★☆星4つ半)

とら兄貴のところで見かけたまま、絵柄がすっごい好み(笑)+タイトルがかっこいい!(このタイトルは秀逸だ!)ので、ずっと気になっていたのだが、なんでも昨年かなり評判がよかったことを知り思わず購入。



この村では、見事に実った麦穂が風に揺られることを狼が走るという

p1


あっ、このはじまり方で、既にノックアウト。さらにもう絵を見た瞬間から、ホロがかわゆーてかわゆーて(笑)、ライトノベルってのは、キャラクターへの感情移入や偏愛が基本的な導入口だから、それ時点で、成功です。いやー僕の中で、物凄いヒットでした。けれど作品の評価をするならば、


>「面白い」という評価は適切でなく、「名作」と呼べるほどに秀逸でもなく、「斬新」と言えるほどの目新しさもない。しかして心の底から「良い」と思える良質なノベル。それが、この作品を飾るにもっとも相応しい言葉だと思います。


ふらふら雑記帳
http://wotawota.exblog.jp/4779933


ふらふら雑記帳さんの評が、適切であると思う。ライトノベルというジャンルの歴史の中では、画期的な作品ではあるとは思うが、小説という大ぐくりのカテゴリーでは、名作とはいえない。・・・とはいえ、この小説は、第12回 電撃小説大賞<銀賞>受賞作 だそうで、さすが評者は見る目があると思う。また昨年度一番評価されたライトノベルであるという評だが、読者も目が肥えてるなーと感心する。ただ、電撃小説対象という賞が、どの位置づけにある賞なのかは、僕はさっぱりわからないが。


■ファンタジーノベルなのに、剣で戦わない、魔法もない、商取引をするだけ(笑)

この作品の独自性は、一言でいうと、主人公が商人である、という点に尽きる。このあたりは『手当たり次第の本棚』のとら兄貴の評 が、シンプルにいい当てているので、一部引用させていただく。

>思えば、ライトノベルに先立ち、まずはTRPG(テーブルトーク式のロールプレイングゲーム)が、次にネットゲームやゲーム機で行うRPGが、キャラクターの「職業」の幅を広げてきた。ウルティマオンラインなどは、多分、その最右翼だったのだろう。


戦士だ騎士だ僧侶だ魔術師だ……というような、ほんとに定番のキャラだけでなく、商人などがいても良い。


いや、戦士や僧侶だとて、時には商取引やかけひきをする必要があるシチュエーション。シムシティのような生活シミュレーションとまではいかなくとも、舞台が架空の世界であっても、世界観が、広がるというか、「地に足の着いた部分」が出来てきて、プレイヤーも、そういう世界に馴染んできているだろう。


そういう環境があって、こういう小説が生まれたのかもなあ、と思うわけだ。


『手当たり次第の本棚』より引用

http://ameblo.jp/kotora/theme2-10000341433.html


この評が、もっともこの作品のエポックメイキングな点を、表わしていて、ファンタジーの世界が「地に足のついた部分」ができて、プレイヤー(=読者)がその世界に深くなじんでいるが故に、こういう作品ができるのだと思う。日本のファンタジーノベル市場も、非常に成熟してきたんだな、と思います。



■ボーイミーツガール〜男の子は女の子を守る


僕がおおって唸ったのは、この作品は、典型的なボーイミーツガールの形式を踏んでいて、そのエピソードの一つで、ホロ(狼の化身の少女)を商人のクラフトが守るときの、その守り方だ。


全然戦わないんだぜ(笑)。魔法も剣もなにも登場しない。

主人公のクラフト・ロレンスが、愛する女の子を守るのは・・・・・その戦い方は、取引と交渉なんだよ!。その場面(p241近辺)の交渉シーンは、ものすっげぇ感動したよ。こういう戦い方、こういう女の子の守り方ってのもあるんだな!って。つーか、まじめな評価とか書いているけど、、、、僕は感涙しているんで、モノすっごい感動したんだよね、、この本。最高の名作というわけではないんだが・・・感動したんだから仕方ないじゃん(笑)。・・・・なんでかっていうと、それは僕自身も、サラリーマンつまりは、商売人なんだよね。やっぱり商売を、、、交渉を生業とするシゴトをしているんで、この主人公クラフトくんの戦い方は、自分に重なる感じがして、胸にジンときたよ。きたよきたよ!、、、きたよぉおおおおおおおお!!!!みたいな。でも、とら兄貴のいうとおり、そもそも戦士だって魔法使いだって、交渉しなければならないときは多いんだ。その部分を、ぐっとクローズアップしたとってのは、それだけで非常に秀逸な視点だ。


それに、なんつーか、商売の世界ってのが、ちゃんと描けている。もちろん、もっと裏が厳しい場合もあるだろうけれども、厳しい交渉と取引の中にも、一本筋の通った信用(クレディビリティ)と商取引にかける凄まじくシビアなプライドってのが、ちゃんと描けている。ミローネ商会の支店長マールハイトなんか、もう渋すぎて、最高にいかしてます。そうそう、おれこーいう感じの商人になるのが夢なんだよねー。取引先の商人に、「ああ、この商会を選んでよかった・・・」と心底思わせるような。


商売やビジネスって、血も涙もないつまらない世界に見えるが、、、利益と信用を賭けて、気が狂うほど頭で考え続ける、ものすごくダイナミックでハラハラするものが、その裏に隠れていて、よいビジネスマンや商人ほど、「その裏」を外に悟らせない。そのへんの、商人という職業のエキサイティングさってのが、すごく伝わってくる。それなりの行商人とはいえ、まだまだ若造ってところが、なんか凄くぐっとくる。自分を見ているようで(笑)。



■孤独には二種類がある〜孤独に共感する時


それと、この作品は、ちょっと大人な作品だなーと思ったのは、その孤独の描き方。この主人公の商人クラフト・ロレンスくんと、狼神の化身であるホロには、共通の孤独を抱えていて、その孤独を埋め合わせるために、お互い共感が生まれているんだよね。その感じが、淡々とした描写の中にも、ぐっと来た。ちなみに、全編ほとんど恋愛チョイ寸前みたいな感じで、けっして一歩踏み出さない、深く信頼した友達のような関係性が持続する部分も、本質的に、相手を愛する気持ちよりも、相手の孤独に共感している部分が大きいからなんだと思う。この辺の節度は、ぐっときてよかったなぁ。


えっとね、ネタバレだけど、この狼のホロって神さまは、数百年前に故郷から出てきて、ある村に居つく。その村の青年が、この村の麦を豊作にしてほしいという願いをかなえるために。そして、幾百年。農業が近代化される寸前の中世欧州のような世界が舞台なので、実は、これって神さま殺しが起きている時代なんですよね。これまで森を、畑を守ってくれた神を敬う気持ちが薄れ、自分たちの自力で豊かさを獲得しようと神前との調和を忘れ、自然と支配しようとした時代。だから、数百年その村のために尽くしてきたホロに村人は、もう必要ないと思っているんです。それって悲しいですよね、数百年尽くした相手に、裏切られ、忘れ去られていくこと・・・。


そんな時、孤独に耐えられなくなり、ホロは、故郷に帰りたくなるんです。


そして、主人公のクラフトは、やっとひとり立ちして7年目の25歳の独立の行商人。20近い村を交易で回る人生は、そのほとんどの時間を、たった一人で荷を運ぶ輸送の時間。行商人は、その孤独に耐えなければならない。彼もまた故郷を捨て、だれにも・・・・商人は、移動ばかりして定住しないので、ずっと自分を覚えてくれる深い友人も家族もできません。さすらうことがシゴトだからなんです。


僕は、このクラフトくんに凄く感情移入しました。


というのは、この主人公の描写は、がむしゃらにシゴトをして、周りが見えなくなるほど努力してやっと一人立ちの商人になって、そしてまた一人前になるために、がむしゃらにここまでやってきた。そして、行商人としては、なかなかひとかどレベルになってきて、、、、そして、時間的心理的余裕ができたときにふと、寂しさを・・・孤独を覚えるんです。これって、、、、すごく思い当たる。社会へ出て、何とかシゴトへなれてきた数年後、の感覚です。前に、咲香里さんという漫画家の『春よ、来い』の最終巻のシーンにえらく感動したと書いたのですが、その時の再現。

春よ、来い 11 (11)春よ、来い 11 (11)
咲 香里

講談社 2003-06-09
売り上げランキング :

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

この主人公も、社会へ出てなんとかやっていけるようになったときに、ふっと感じる孤独を埋めるように沙恵が現れるんですよね。p122〜124らへん。このへんの孤独って、上手く描けていると、凄いはまるようで・・・なんでかなーと思っていたんですが。なんとなくわかった気がしました。この小説を読んでて。


えっとね、孤独ってのは、二種類あって。たとえば、大学生とか、まだ社会に自分の存在価値や立場を見出していない人が感じる孤独と、社会で何とか自分の立場を作って、役割を全うしているときに感じる孤独って、別種類なんだなーと思うのです。大学生の時とか「なにものでもない自分」に寂しさや孤独を感じるのは、当たり前です。その孤独の核心部分は、社会から承認されていないことですよね。社会的な存在として価値がないわけですから。ただ、それは外部から見ると、というか第三者の冷静な目で見ると、物凄くキツクはあるが、自業自得です。だって、自分の「分際」を受け入れて、社会的責任を受け入れていないわけですから。それはガマンするべきものです。


けれども、たとえば社会に出て頑張っているサラリーマンとか、子育てを頑張っている主婦とか・・・・何でもいいのですが、社会で何らかの役割を全うしている人は、自分の「役割=他人から必要とされる機能」は十全に果たしているわけですよね。社会で必要とされる「役割の機能」ってのは、凄く難しいもので・・・・たとえば、新入社員が一人前になるまでの数年間のがむしゃらの時期って、わき目もふれないほど大変なはずです。けど、、、歯を食いしばって、頑張って、そして期待される役割を十分に果たせるようになっても、誰も誉めてはくれません。あたりまですよね。役割は、機械でいえば機能。機能は、発揮されて当たり前。ましてや、ペイ(=お金)をもらっているんだから、どれほどの苦労をしても、それは誉められるものではありません。


なぜなら、そんなことはやって当たり前のことですから。


必要とされる役割を、誰に誉められることもなく、完璧以上にこなすものを、大人といいます。求められる役割を、社会でお金がもらえるほどにできるようになるまでには、血の出るような苦悩と刻苦があるものです。しかも、その苦労に、心理的な見返りはありません。それが、大人というもの、社会人というものです。僕は会社が楽しくないとか、精神的に苦痛とか言うのを聞くと、馬鹿じゃないかと思います。金もらっていることが楽しいわけがないんです。そんな甘いものに、金が出るものか!。・・・・それでも楽しいといえるならば、その過酷な責務を引き受けてあまりあるほどの努力と才能で、その役割以上の能力を発揮できているという、努力もさることながら運も大きい要素のためです。


えっとね、、、、、社会から認められるためには、、、、自分をすりつぶして、自分の甘えや自己を強く抑えて、役割の機能と化さなければなりません。才能を発揮できるとか、楽しいシゴトとかは、そのツーステップくらい先にあるもので、95%の凡人にはそんなものすぐ手に入りません。そして、がむしゃらにがんばって、なんとか、それができるようになったときに、ふと思うんです。僕は、役割以上の・・・・役割の背後にある「自分自身」を誰かに認めてもらって、誰かから愛されて、必要とされているだろうか?と。


この時の孤独は、社会に足場のない学生とかとは、質が違うものです。それは、たくさんの人に囲まれて、たくさんの人から必要とされているにもかかわらず、強烈に覆ってくる孤独です。社会の機能としての役割をちゃんとした形で、全うしている人は、 社会人として尊敬され、とても周りから必要とされています。それはとても難しいことだから。けれども、その人自身が必要とされているわけではなくて、その人の機能が必要とされていることでもあります。


社会へ出て、がむしゃらに頑張っていると、、、ふと孤独を覚えること。それは、会社に入って、数年目の僕が体験したことでもありました。休日出勤した翌日の日曜日の昼11時ごろに疲れて起きだして、、、ぼーっとしてビデオを見ていると、もう夜です。次の日からは、駆け回り、たくさんの人と会い、そのころは合コンしまくりで・・・・そんでもって、だいたいにおいて、エネルギー溢れて急上昇している時というのは、はっきりいって人を凄くひきつけます。自分にそんな余裕がないときに、情けなるほどもてるもんです(笑)。けれどね、そうして女の子と遊んでも、後輩に尊敬されても、取引先に信頼されても、、、、、それは、僕自身ではなくて、そうやって駆け上がって上昇している強気で常に安定して機能を果たせる「役割の機能」が好きなんであって、弱気な僕、そのままの僕が好きなわけではないだなーと思ってしまうのです。


今の余裕がある僕ならば、そういう強気な自分も、また本当の自分の一つである、と自信を持っていえますが、そういうがむしゃらな時って、全くそうは思えないんですよね。


さて、この役割としては何とか認められているが、自分自身の「個」をちゃんと見てもらえて承認してもらえているか?というのは、役割が必要とされるほど、切実で深いものとなるんです。そして、それって・・・・がんばっているぶんだけ、健気でいじらしいですよね?(笑)。やっとこの本の主人公に戻ります。やっとひとり立ちして余裕が出てきた、ずっと一人で旅をし続ける故郷を捨てた駆け出し行商人のクラフトくんと、そして、、、、神として・・・・麦を豊かにする神という機能としてずっと尊敬されては来たものの、、、個として誰にも扱ってもらえなかったホロ・・・・この二人が、そのお互いの孤独を、すっと理解できるのも、、、、よくわかるでしょう?。




むしろ、恋というよりは、孤独への共感。




そこに僕はぐっと来た。そして、、、、こういう社会でちゃんと責任を果たしている人間は、外側から、、、小説を外部から眺めている観客の視点からすると、健気ですよね。だって、誰にも誉められないのに頑張っているんだもん。当たり前のこととはいえ、そういうのって、ちゃんと地に足がついて頑張っている人にしかできない、難しいことです。そんな彼らに、ちょっと孤独を埋めてくれるご褒美を・・・伴侶を見つけ出すことって、きっと神様がいたら絶対ご褒美にくれますよ。。。。




全編読んでいて、そんな気分でした(笑)。




・・・うー長くなった。