『豹頭王の苦悩』 〈グイン・サーガ122〉 栗本薫著 いまになって、われわれは、その罰を受けているのだと思います。無関心と、そして無理解との罰を

豹頭王の苦悩 (ハヤカワ文庫 JA ク 1-122 グイン・サーガ 122)豹頭王の苦悩 (ハヤカワ文庫 JA ク 1-122 グイン・サーガ 122)
栗本 薫

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「ただ、誰も聞いて差し上げなかったのですね。。お父様も-----------お姉さまも、ご夫君も、そして我々も。---------いまになって、われわれは、その罰を受けているのだと思います。無関心と、そして無理解との罰を。」


p116


あとがきにあるがほんとうに陰惨な話。誰のことも知れぬ子を出産したシルヴィアの話。僕は個人的に、登場の最初からシルヴィアがとてもかわいいと思っているので、読んでいて胸が痛む。いまでも、ケイロニアの舞踏会で白の清楚なドレスを着ながら、グインとの初々しい姿は心に焼き付いている。栗本薫は饒舌すぎるきらいはあるが、100巻続いてなお、人格はちゃんと継続して描けているので、「この彼女の本質」は、何が起きようと変わらず描けていると感じる。確かに、グインとパリスが、思うように、表層のその奥にある怯えて苦しんでいる少女の姿が見えるもの。・・・・ほんとうに、これほど陰惨で悲惨な話を描きながらも、、、。希代の毒婦として名を馳せる、何年もの後のストーリーである外伝では、その毒婦っぷりが強調されていたが、僕はこれほど陰惨な話を聞いてもなお、まったく嫌いになれない。登場の最初から、今に至るまでだ。「この本質」が全くわからない、宰相ハゾス・アンタイオスという人間は、なんと洞察力のない人間なのだろう、と驚いてしまう。

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栗本 薫

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この皇帝家に生まれてしまった普通のの少女シルヴィアの過酷な、いやあまりにひどい人生に同情してやまない。たしかに、公人としての、選ばれた貴族としての重責に耐えられない人格であったということは、その立場からして、許されることではないだろう。貴族とは、人の上に立つものとは、人々の生贄なのだ。公人は、個(=ミクロ)幸せのすべてを犠牲にして公(=マクロ)に仕える義務がある。けれども、そのための教育もせず、そこに至るまでのプロセスをすべて無関心と無理解に費やした周りの人間に、それを要求する権利があるだろうか?と思う。特に、身近にいた父親の責任は重いといわざるを得ない。悩んで当然だと思う。・・・まぁその彼も、政略結婚を押し付けられて自分の蔡愛の恋人を無残に殺された経緯があるから、、、、なんとも悲しいがなぁ。いや、同じように母親が殺され、悲惨な子供時代を送ったオクタビィアは、「そう」ならなかったじゃないか!、結局は個人の資質の問題だ、というのも、まったく同じレベルで確かに成り立つ反論だ。たしかに、シルヴィアは弱すぎた。

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栗本 薫

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けれども、・・・・シルヴィアは、明確にそのマクロの犠牲者だ。個人が個人の力で運命を克服することと、そもそもマクロ構造・外部環境よって個人の人格をボロボロの食い物にする構造自体は、まったく別の次元の話だ。ましてや、周りに、大人はいたではないか!。父親(=皇帝)は、周りの貴族は?いったい何をしていたんだよ!って思うよ。このロジックは、パロの現在の第一王位継承者のマリウスもまったく同形のドラマツゥルギーだ。彼も、王位継承権と愛する兄を捨てて、出奔したんだよね・・・。そして、「出ていく」強さを持った、マリウスは少なくとも、人生の厳しさと向き合うチャンスを得た・・。が、、、、。まさに人生の縮図だ。出ていかざるを得なかった「からこそ」、オクタヴィアも生きる力を得ることができたのだと思うよ。人が、自分の悲惨環境と向き合うには、一度外に出て「逃げて」、自分が置かれていた環境を客観視できるようにならないと、そうでないとできない、ということなんだろう。


というか、国王にして夫のグインにせよ、宰相のハゾスにせよ、その人間理解の浅さに慄然とせざるをえない。読んでいて鬱になる話ではあるが、傑作『終わりのないラブソング』を書いた栗本薫らしい深い人間理解の描写だな、と思った。・・・・とはいえ、いくらマクロに偏った志向の持ち主とは言え、グインにせよハゾスにせよ、あまりに人間存在への理解としては、レベルの低い対応と思わざるを得ない、、、ケイロニアが田舎の国であると揶揄されるのもよくわかる。朴念仁にしてもほどがある。特に、、、グイン、それはあまりに淡白すぎるよ。そこまでわかっていながら、ミクロの個人の愛憎の世界に足を踏み入れないのは、それは、おかしいよ。。。。


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はっきりいって、最後のシルヴィアの態度や感覚からいって、グインが食い下がる気持ちがあれば、自分の弱みをさらけ出してすがるだけの度量があれば、明らかにやり直すチャンスはあったとしか僕には思えない。けど、、、なんなんだこの淡白さは。これでは、愛情がないといわれても否定できないよ。いくらマクロに偏った人格とは言え、この対応は人間じゃーない。、、、というか、あまりにガキの対応だ。

どのような困難も、超えられるかどうかのキーは愛情なんだ、、、そして、最後の章を見ていれば、それはどちら側にも十分にあるんだ、ましてやそれをマクロ的にも政治的のも何としてもコントロールできる「力」がグインにはある、、、「にもかかわらず」・・・そこで躊躇してしまうのは、子供だとしか思えない。それだけ深い愛情を持てるのならば、それだけ深い洞察ができるのならば、なぜ一歩踏み出さないのだろう・・・それがマクロに仕える英雄の限界なのか・・・・。ほんとうに人生を生きている人は、「マクロの重責」と「個人の幸せ」を同量の重さで秤に載せながら、戦うものだ。マクロに偏るのは、それがいかほどに素晴らしくても、人生を生きているとは言えないと思う。


また、宰相ハゾスの政治的な悪手も、なんと甘いのだろうと思う。人間の闇を理解するほどの度量がないのならば、シルヴィアもその子シリウスも躊躇なく暗殺しなければならない、と僕は思う。信じられない甘さだ。権力を手しに人を抑圧するのならば、マクロを守るために、躊躇をしてはならないと僕は思う。あっさり、シルヴィアを見限った(としか思えない)グインの態度の方がまだ首尾一貫している。


ともあれ、悲しい話だ。