『信長と十字架−天下布武の真実を追う』立花京子著/日本史における新しい織田信長像

信長と十字架―「天下布武」の真実を追う (集英社新書)


タイトルのセンスいいですね〜。時々「タイトル買い」をするんですが、思わず買ってしまい、そして大正解でした。一つ一つ疑問点を挙げていき、真実に迫っていく様は、見事な知的スリラー。ちなみに、僕はこれが正しいと思うとか、そんなことはどーでもいいのです。事実かどうかもどうでもいい。とにかく、豊かな妄想ができれば、それで十分なのです。


主張はこうです。

織田信長という存在は、大航海時代と時を同じくするイエズス会南欧諸国による世界制覇の尖兵であった。経済的にも理念的にも南欧グローバリゼーションによって支えられていた存在であったが、独自の基盤を築き、そこから逸脱しようとしたことにより本能寺の変が演出され暗殺された。」


という驚嘆する推論(妄想)を、きわめてオーソドックスな学問的論証を踏まえた上で、展開していく。まぁ実証主義が支配する日本歴史学が、網野善彦さんを黙殺したように無視されますがね、こんな極端なメッセージは。考えてみれば、西欧諸国の日本への介入が、考慮されたことが「なかった」というのもおかしな話です。鉄砲の輸入普及によって、戦術と戦略が一変した影響があれほど幅広く認知されているのならば、「外国勢力の介入」は当然の視点だと思います。確かに著者の意見は、大胆な推論の域は出ないが、大筋無理な部分は少ないし、かつ論証を意識した正統派の学者であることから、この部分の研究は今後も深まって欲しい。というのは、「南欧グローバリゼーション」というのは世界的なある種の歴史のマクロの流れで、信長に関係があったかどうかはともかく、こういったマクロ背景を仮説として考え抜くことは、非常に価値があると思うし、生まれる妄想が大きければ、それに付随する小説など物語の世界も、大きくなるので、それがたまらないのです。この時代は、高山右近キリスト教カソリックの影響が物凄い激しいわけで、この時代の本当に感情移入できるいい物語を書こうと思ったら、カソリックに造詣深くないと、出来ないんじゃねぇ?って気もします。そこは、センスオブワンダーで、現代日本の我々には、とてもわかりにくい、理解の外にあることなので、見事に物語化しないと、なかなかわからないはずなんですよね。

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ちなみに具体的な展開のなかで、信長が使用していた「天下布武」というシンボルが、中国儒教の伝統的な「春秋左氏伝」からの「七徳の武」を背景にしており、また同時に源頼朝使用していた「天下草創」というシンボルからの継承であることなどは特に興味深かった。この文脈だと、「天下静謐」という天皇の下で、武力によって騒乱を押さえ込む権限のプレゼンテーションであったことになるからだ。また南欧勢力を基盤とした隠れキリシタンという外部ネットワークを背景にした信長だけが、室町幕府将軍という既存権力を飛び越えて発想をすることができたというのも、極めておもしろい。

この新しい織田信長像において、キーとなる人物が二人いる。



細川 藤孝
http://homepage2.nifty.com/tanizoko/hosokawa_tadaoki.html



清原枝賢
http://chiezou.jp/word/%E6%B8%85%E5%8E%9F+%E6%9E%9D%E8%B3%A2


だ。著者の見解では、織田信長を支えた南欧グローバリゼーションの勢力を支え育てたのは、実質この二人ということになる。二人は、日本の古くからの知的エリート層で(細川と清原という名字自体から貴族であることが変わる)数百年戦乱の続く日本全土に永久の平和をもたらそうと天皇室町幕府、南蛮、信長を動かそうと画策したのだ。

個人的には、この説に基づいたが二人の人物を主人公にした小説を是非読みたいと思った。 だって、徒手空拳の何もない若者が、殺し合いの続く戦国の世を終わらせようと、あらゆる手段を使って伸し上がっていくって、最高のビルドゥングスロマンだと思いませんか。むしろ歴史で実証するよりも、物語で広めた方がはるかに影響力がある気がします。

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