異世界に来てからのドラマツゥルギーのダイナミックさを見よ!

魔法先生ネギま! 24 (24) (少年マガジンコミックス)


ふと思うんですが、ラカン編が僕の中で引き起こした爆発は、久々に大きなもので、うぉー♪って、全巻読みなおしているんですが、、、異世界編になってからのダイナミズムは、すばらしいですね・・・。読み返すのが、本当に楽しい。ネギまの素晴らしさは、ここまで来ても、ある一つの情報を与えられると、それをさかのぼって読みなおして解釈する喜びは、この作品を読む醍醐味です。

とてもじゃないが、31人の女の子の担任なんている構造からスタートしたとは思えない骨太さ(苦笑)。まぁ傑作だとは思っていたんですが、ああ・・・ほんとに傑作なんだなーと感心する今日この頃。それにしても00年代の「記号を媒介にする祭り」というソフトが全盛を極める中、それの基本骨格をベースにしながら骨太の物語を描いてしまうんだから、見事なものです。これ、ここまで来ると、友人の誰に薦めて自信を持っていいといえます。テーマも深いし、異世界のセンスオブワンダーに溢れるし、かつコメディとしても、萌えの記号としても成立している・・・・いや、そうではないな、そういったごった煮の多様性が素晴らしい魅力であるのは事実なんだが、やっぱり、「この世界を広く移動していく感覚」ってやつに、僕は、感動している。それも、距離だけではなく、質的な意味でも。「魔法使いの社会」という別世界を、、別世界として精緻に構築しているからこそ感じるだと思う。また、「幻の父を追う」という少年の成長物語(=ビルドゥングスロマン)なんですが、これがきちっと物語世界に強い圧力を加えて、時間が止まった状態に人をとどめないで、前へ踏み出す「小さな勇気」が常に維持されるところに、非常に古臭い形での古典的な成長物語の良さを感じます。また、成長というのは、競争社会のの中を、上へ直線的に登っていくイメージですが、少年漫画の主人公としては非常に複雑な、ある意味欠点ともいえる人格を、主人公は背負っていて、善と悪どちらなのか?ということが自明ではない世界で、それでも前へ進む(勝つ)ことが要求されていて、いやー、僕にとっては極上のテーマです。にもかかわらず、それが全体として、気楽に読み捨てられるエンターテイメントとしてパッケージングされていることに、プロの凄みを感じますね。


まとめると、僕自身の本を読む時の偏愛する1)主人公の成長物語(=ビルドゥングスロマン)2)善悪二元論に出してしまわないで悩み続け、3)異世界の空間を渡っていくセンスオブワンダー(=ここではないどこかへ行く)という僕の三大偏愛ポイントを満たす作品が故に、特別だ、と感じます。もちろん、ル・グィンの『闇の左手』でも、なんでもいいのですが、別世界の構築を極限まで進めているハードSFはあって、そういうものと比較をして傑作だと言っているわけではなくて、なんというのかなぁ、「読み捨てのエンターテイメント」(←これの最高峰というのは僕にとっては最大の賞賛)として、よくぞここまでバランスをとってごった煮にできたなぁ、とうなるんです。


まぁ一言で言うと、読めて幸せだってことです。