『エトロフ発緊急電』 (2) 佐々木譲著  インテリジェンス小説としての面白さ〜1941年の大日本帝国

エトロフ発緊急電 (新潮文庫)


評価:★★★☆3つ半
(僕的主観:★★★★4つ)


■インテリジェンス小説としての面白さ〜1941年の大日本帝国

1990年(ということは、19年前か)山本周五郎賞を受賞したというのがわかる、読み応えのある小説だった。佐々木譲さんは、あまり知らなかったのだが、『昭南島に蘭ありや』と『武揚伝』『駿女』を本屋を散策中に見つけて、その設定が、僕好みだったのでまずは、軽く昭南〜を読んでみた。僕のテーマである失われた日本近代史にマッチするので、いま読み進めているところ。ちなみに、3冊読んだ時点で、小説家としては質が高く安定しているが、いま一歩ウルトラメジャーになるには、何かが足りないというのが僕の所感。ただ、テーマが好きであれば、読んで損はなし、といえるレベルである。マイナスと裏表なのだが、小説として「キレイにまとまる」ので、読んでいて非常に安心して世界には浸ることができる。


さて、いま連続して佐々木譲さんの小説を読んでいるが、気づいたのだが、『昭南島に蘭ありや』『エトロフ発緊急電』『ベルリン飛行指令』と読み進めているうちに気づいたのだが、このすべての時代設定が、1941年(昭和16年)だということに気づいた。ウィキで見ると、皇紀2601年、中華民国暦30年。つまり、大日本帝国が、旧連合国(united nations)に宣戦布告した年です。この年の12月8日(連合国では12月7日)に、択捉島のヒトカップ(単冠)湾を出発した連合艦隊が、ハワイの米軍基地である真珠湾を奇襲攻撃をし、同時に東南アジアでは、マレー作戦(E作戦)と呼ばれるマレー半島上陸が実施され、一気にシンガポールまで侵攻します。ちなみに、『昭南島に蘭ありや』は、このマレー作戦で占領されるシンガポールの日本人貿易商と台湾人青年を軸に描かれる小説です。この二つの出来事が、ほぼ同時期に起きていることだと考えると、物凄い規模の話だったんだなぁ、と感心します。だって、北側と南側にどれだけ戦線拡大するんだよってくらい、凄まじい膨張ですよね。


物語は、一言でいえばスパイ冒険小説です。


誰もが分かるとおり、悲しいほどアメリカ合衆国と日本では、国力の差がありすぎる。小説を読んでいて、軍首脳部が日米戦争のシュミレーションをするたびに、大敗北になるので、思わず苦笑してしまいました。最低限この差を埋めるためには、まずもって、米国の太平洋艦隊を叩き制海権を奪う必要性があり、このために真珠湾奇襲攻撃は企画立案されたようなのですが、この作戦はほとんど投機的ともいえる博打で、そもそも大艦隊がハワイの近くに行くまでアメリカに知られないということを前提としている。


だから、逆をいえば、この情報を、どう秘匿するか、どうやって暴くか?が、国家同士の重要な命題になる。


日系二世として、差別がきつい米国での人生をあきらめていたケニー・ケイイチロウ・サイトウは、その理想を満たす夢を抱いて、スペインの国際義勇旅団に参加するものの、そこでこの世界に理想は存在しないのだ、という現実を突きつけられて、世界に絶望したまま、帰国後アメリカで請負の暗殺者として生きていた。その彼に、合衆国海軍情報部のテイラー少佐が目をつける。スペイン内戦で、民主主義の大義のために戦った男ならば、日本のファシズムを滅ぼすことに協力するだろうと、と。もちろん、彼が英語が日本語を苦もなくしゃべれるバイリンガルであったから。


そのケニー斎藤が、日本に潜入し、連合艦隊真珠湾奇襲作戦の情報を追いつつける、というのが本書の基本構成。


ちなみにスパイものへの見方は、佐藤優さんの『自壊する帝国』を読んで、かなり変わったので、この系列は好きな人は、下記の作品もお勧めです。

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■参考記事
『24-TWENTY FOUR- シーズン2』/『自壊の帝国』 佐藤優 情報分析官とは?
http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20080905

国家の罠〜外務省のラスプーチンと呼ばれて』国事に奔走する充実感①
http://ameblo.jp/petronius/entry-10020654061.html

『自壊する帝国』 佐藤優著  ユーラシアと東欧を通して世界の文脈を見る①
http://ameblo.jp/petronius/theme-10000395107.html

『自壊する帝国』 佐藤優著 千の天使がバスケットボールするより
http://blog.goo.ne.jp/konstanze/e/736a73b35960224cc50c93855cd2e3e4





■一級のスパイ小説(インテリジェンス小説)?それともハードボイルド小説?〜主人公の動機は?

貴様らの帝国が滅ぶときには、おれのことを思い出せ。ひとりの女の心と世界とを天秤に掛けたバカがいたと。わかりきったことをわざわざはかろうとした愚かな男がいたんだと。貴様たちの帝国が地上から消えるのは、そんな阿呆が最後の選択をまちがえたせいなんだと。貴様らは・・・・・」


p609 第四部 エトロフ発緊急電


僕の文章は、どうしても「読んでいる」ことが前提となっているので、読んでいない人には興味がない文章だなぁ、、、。そういう意味では、海燕さんとかつなさんを見習いたいなぁ、といつも思う。要はこのブログの位置づけとか、だれに対して書いているか?という問題に直結することなので。まぁ僕は自分の、思い込みのメモと位置付けてはいるけれども…ねぇ。やっぱ読んでほしいしねぇ。


とりあえず、主人公の動機の分解です。


えっと、読むとわかると思うですが、この作品の主人公であるケニー・斎藤というアメリカ海軍情報部のスパイは、複雑な動機が設定されています。元スペイン内戦の義勇兵であることから、彼が過去に、デモクラシーに希望と夢を持つ青年であったことがわかります。海軍情報部の対日本情報の教官であるキャサリン・ウォード中佐は、彼をスパイとして育成するにあたり、そして、彼の本心を見極めるために、「デモクラシーの理想のために戦っていると言ってほしい」と何度も問いかけますが、そのたびに斎藤は、答えをはぐらかします。いや、実際のところ、スペイン内戦の国際義勇軍に参加する上に、冒頭で、斎藤が、その旅団のリーダーだったアメリカ人共産党員を殺していることから、彼は理想的な民主主義の模範生と、情報部の上層部には見えるはずなんですよ。物語的にも、この斎藤が、若いころに理想を抱いていたことがほのめかされます。

が、アメリカに帰国し、殺し屋をやりながら糊口をしのぐ彼は、


「すべての政府に従わないし、すべての国家を憎む」


という無政府主義者アナーキスト)に変貌しています。彼が、ハワイでの情報部のテストにパスして、平気で民族的には同胞である日本人を撃ち殺せるのは、彼自身が、ナショナリズムというものを心底信じていない虚無に落ちているからです。アメリカも、民主主義の理想も、民族の血も、何もかも信じられなくなっているケニー・斎藤にとっては、すでに「自分の拠って立つべきところ」が存在しないんです。

この前提をもつ男が、最後に救いに出会うチャンスを、得るんですね。自分の孤独を埋める可能性がある女性と出会うんですが・・・けど、彼は、、、、というところで上述のセリフになるんです。


ちなみに、この「自分の拠って立つべきところ」前提があるので、実は、山崎豊子さんの『二つの祖国』のように「二つの祖国の間で悩み続ける」という葛藤のドラマトゥルギーがケニー・斎藤には存在しません。ちなみに、この葛藤は、「答えが出ないもの」であるため、実は物語の作劇術上、非常に厄介な題材だと僕は思うんです。こういったハーフ(いまはダブルというのかな?)という設定を作ると、いろいろ魅力的なドラマが作れるんですが、同時に、主人公が悩み過ぎて物語の出来事が前に進まない、という現象が起きます。単純な話、主人公が割り切れないために、「決断」ができないんですね。だから、読者としても、出来事からカタルシスを得ることが少なくなってしまう。なぜならば、出来事に対して、主人公が決断してコミットできていないがために、心理的にも出来事的にも、読者が感情移入の対象を失ってしまっているからです。たとえば、大日本帝国軍が真珠湾で奇襲に大成功をおさめても、米国市民としては喜べないし、逆に肉親がいる広島に原爆が落ちて合衆国が戦争に勝利してももちろん喜べません。

けど、実は、スパイ小説であったり、こういった単体できれいに完結する物語を描こうとするときには、この物事にコミットしにくい人格設定というのは、有用であるような気がしました。つまりは、ハードボイルド小説を、こういったスパイもののようなシュチュエーションやマクロのダイナミズムを、描くときには、こういった環境に一つ距離を置く主人公のほうが、話を進められやすい気がする。




ちなに、あの『大聖堂』の著者ケン・フォレットの傑作『針の目』をモチーフにしています(パクリ?)。なので、これが面白いと思った方は、下記も試してみるのをお勧めします。

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これ、NHKでドラマ化しているんだなぁ、、、いいなぁみたいなぁ。

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