『オリガ・モリソヴナ反語法』 米原万理著  浦沢直樹のMONSTERに似てる

オリガ・モリソヴナの反語法 (集英社文庫)


評価:★★★★★5つ マスターピース
(僕的主観:★★★★★5つ)

浦沢直樹『MONSTER』に似ている世界観

冗長という欠点さはあるものの、浦沢直樹『MONSTER』を強く連想させる。台湾の出張中、移動時間の全ては、この本への熱狂と集中で過ぎ去った。よくあるのだが、あまりの面白さに、言葉をしみじみ味わいたく、イメージを反芻しながら、僕にしては通常の3倍くらい時間をかけて、読み込んだ。傑作です。こういう素晴らしい作品に出会えるから、読書はやめられない。なぜ、MONSTERを連想させるかは、前回の『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』の書評で書いたとおり、米原万理さんのスタイルが「ヨーロッパ的なもの」だからだと思う。

浦沢直樹さん・・・・・・というよりは、マスターキートンの原作者である勝鹿北星氏(この人が謎に包まれていて、そのあまりの博学ぶりと素晴らしいストーリーテリングに驚嘆している)が、ものすごくヨーロッパ社会を深く理解していたようで、この人の作風や世界観を吸収するうちに、浦沢さんは、素晴らしい作家になった。浦沢直樹は、ストーリテリング能力は申し分ないが、世界観が描けない作家であった。それは、踊る警官やYAWARAを見るとよく分かる。ところが、この人は、原作がつくたびに成長する「吸収して成長してゆく作家」であったために、『パイナップルアーミー』『MASTERキートン』という、超一級の原作者について、その才能を全て吸収したしまった。考えてみると、物凄いことだなぁ、と思う。

パイナップルARMY (Operation 1) (小学館文庫)
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話がそれてしまった。


天才浦沢直樹論は、また別途論を譲る。が、この勝鹿北星浦沢直樹、それに僕が知るなかではイタリアを描く塩野七生がとてもうまく展開する「ヨーロッパ的なモノ」の香りというのは、ヨーロッパに子供時代に住んだことがあるか、もしくは、異様な博学をと他文化を理解するオープンマインドがないと、まず再現できないようだ。「これ」が理解できる、作品として構築できるのは、特異な才能だ。さて前置きが長くなるのは、僕の悪い癖だが、結論を一言で言うと、前回の書評 で書いた、下記3つの論点。


①ヨーロッパ的


②ロシアのインテリゲンツィアの伝統


コミュニストの子である自意識の強さと表現への強い衝動

この3つが、躍動的な物語の中に取り込まれ、我々日本人が肌で知りえないヨーロッパ的なものへの誘ってくれる。繰り返すが、傑作だ。正直って、文章が最高にうまくすームーズで、生まれついての物語作家といえるほどではない。しかし、そういった小さなものをはるかに超えるセンスオブワンダーがある。これは、現代の日本人が、普通に暮していては、まず出会えない世界観や感覚へ、我々を連れて行ってくれる作品です。「ここ」ではない「どこ」かへつれていって、日常の小さな自分を忘れさせてくれるもの、それこそが、僕が望む真の物語で、久しぶりに時を忘れる作日でした。(←手放しですね(笑))


■オリジナルはどちらか?


作品の完成度として、オリジナル性としては、『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』こそが、米原万理さんのオリジンであって、この作品も脚本構造は全く同じものである。作品としては、二番煎じだと思う。やはり、最初に読むならば、『嘘つきアーニャ〜』をお薦めする。ただ、『嘘つきアーニャ〜』が、ほぼ米原さんの実体験である、という優位性があります。しかしそれを越えて、この実体験のの中にある「物語性」を十全に引き出したのが、この『オリガ・モリゾウナの反語法』といえるだろう。

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ともすれば、実体験であるがゆえに、劇的に(いや普通から比べれば異様な劇的さだが(笑))展開しない『嘘つきアーニャ〜』の背後にあったはずの可能性、思い出が、物語の中に最高の形で展開されている。分析的に言うと、米原さんはプラハの春の直前のソビエト学校に幼少の頃に通っており、コミュニストのエリートを育てるこの英才学校は、きわめてユニークで、幼い彼女にとても深い印象と思い出を残した。時は数十年たち、ペレストロイカが過ぎ去ったロシアに、かつての旧友達を探しにマリという女性が、旅立つところから『嘘つきアーニャ〜』ははじまります。共産党一党独裁ソビエト社会主義民共和国では、ほぼ友人の連絡は、途絶えてしまって、日本での忙しい人生を送るマリは、過去を忘れています。しかし、自由化の進む今なら、探せるかも、と彼女は幼き日々の親友たちを訪ね歩きます。そこで、幼少時の彼女には分からなかった様々な背景や謎が、解き明かされます。ここでは、

1)過去の自分との出会い



2)過去の子供でわからなかった深い政治的な背景の謎



3)現在の友人たちの行方という謎

といったいくつもの謎を重層的に追いかけるという、推理小説のようなミステリー仕掛けの仕組みに脚本は構築されています。たとえば、なぜ、大親友が手紙をくれなくなったのか?。また、凄く仲良かった親友が、なぜか、一度も自宅には遊びに来てくれなかった(とても来たがっていたのに)。・・・・こういった当時の小さな謎が、実は、とんでもない深い政治的背景があって、それが、数十年後に出会ったときに初めて解き明かされていく様は、まるでミステリーですプラハの春ソビエトの東欧への弾圧など、背景的知識があればあるほど面白いかもしれませんが、それがなくても、非常に分かりやすく書かれているので、ふつうの頭があれば、まず感情移入できるものです。また話が、凄くずれましたが(笑)、とにかく作品の構造は、全く同じです。それだけ、完成され、洗練された形式ということもあります。


あるロシアの通訳者が、子供の頃に通ったソビエト学校の友人に会おうとするところから、物語は始まります。そこでは、すばらしい踊りを踊るオリガ・モリゾウナといういったい何歳かわからないかなり年齢がいった老婆のダンス教師がおり、その素晴らしい人を魅了するダンスは、主人公の彼女が若い頃ダンスを目指すきっかけを与えたほどでした。程なく挫折して、離婚した彼女は、子供を育てるために、使えるロシア語の通訳者となります。人物設定は、結婚こそしていないもののまさに米原さんまんま。そして、彼女は、自分の過去を追うと同時に、この不思議なオリガ・モリゾウナの信じられない劇的で数奇な運命を辿っていくことになります。ぜひ、ご一読を!!。このクラスの素晴らしい小説はなかなか読めるものではありません。ちなみに、必要はありませんが、ソルジェニーツィン収容所群島』や映画『シンドラーのリスト』などを読んで、スターリンの恐怖政治について知見があると、もっともっと感情移入できるかもしれません。まだまだ書きたいことがあるのですが、疲れすぎたので、続きは、また。