近代国家を作ることの面白さ〜フロンティアを前にした時の商人の高揚感

小説 琉球処分(上) (講談社文庫)

昨年からこのへんお本を読んでいて、すげーおもしろい!と鳥肌が立っていたんだけど、どこが面白いか、自分の中で、キーワードが生まれてきた。それは、「近代国家建設の面白さ(新領土獲得・国境確定)」ってやつなんだ。近代国家に国が脱皮する時には、その国の国府が富む過程、特に高度成長に走っていく過程で、国境の画定!という作業が、発生するんですよね。そんでもって、国が上に向いて成長している時の、近代国家の領土画定というのは、往々にして「他国への侵略と新領土獲得」とか「他民族の自国への教化」がワンセットになっている。ちなみに、日本にとってこの作業が行われたのは、1850-1945年もしくは沖縄のアメリカからの復帰までの時代ですね。日本の近代国家としての高度成長の100年ともいえる。たとえばいまの中華人民共和国なんかは、このへんの近代国家としての領土画定作業が、いまこそがど真ん中である!ともいえます。尖閣諸島問題もウイグル問題、チベット問題、台湾問題等も、この「目線」から見直さないと、簡単には評価できない。それは、他国や周辺国にはその作業は「民族浄化・洗脳」にみえるけれども、当事国にとっては近代化の画定の国境画定作業(=ネイションステイツとしての完成)なので、その両義性を考えないと、議論にならない。ちなみに、日本の国境画定の経緯、、、琉球王国の併合、北海道の併合、台湾の獲得などを見れば、これはその国の国家としてのエネルギーと力によって正当化されていることが、よくわかります。


僕が興味深く感じたのは、たとえば『琉球処分』では、大久保利通琉球処分官として任命された松田道之が、琉球王国を「皇民化しよう」としていくところや、「新領土に組み入れていこう」とすることなんだけれども、このこと、、、いまの時代の倫理(=高度成長が終わってネイションステイツとしての統一体がある程度はっきりしている)からは考えられないような、強い使命感と誇りによって、これらの侵略行為が為されていることです。けど主体的に考えてみてみれば、このことはよくわかります。近代国家の建設というのは、侵略行為に様々なイデオロギー上もさることながら、物理的なメリットがあるものなんです。一つには、ネイションステイツとしての経済の一体化ということがあります。どちらが先は微妙ですがこれとワンセットなのが、「皇民化」という教化ですね。言葉の統制、習慣の統制などによって、マーケットの一体化を目指しているんです。この前提としては、一つのマーケットになる(=近代ネイションステイツの完成は、統一マーケットの確定とその市場の均一化です)ことのメリットがあり、このメリットを近代国家で享受するのは、「その土地の人民」ということがあります。近代国家建設では、封建社会、部族社会で成長が封じられている周辺地域に対して、生活レベルでの向上が発生します。中央と同じ色に染まること、マーケットの一体化がなされることで、その土地の独自色、独立は奪われる(=主体はその地域の貴族や封建領主などの特権階級)けれども、そのかわりに、生活レベル、生活世界での豊かさは跳ね上がって向上する。20世紀の資本主義がいきわたっている時代ならばこのことは多少色あせるけれども、たとえば、琉球王国として色濃く封建体制が残っていた沖縄や、部族社会でほとんど国の成長が発生しなかった台湾などの当時の状況では、独立や誇り、民族自決などがすべて奪われて尚、その土地に住む「普通の人々(=人民)」にとっては、メリットが大きかったんです。琉球処分』には、このねじれが、現場の苦悩として非常に色濃く表れており、そことに僕は、面白さを感じました。こういう話が曲がりなりにも感じられるというのは、、、日本という国は、成熟してきたんだなーと思います。高度成長期ならば、侵略をともなう国としての成長は常に肯定されて善とみなされるし、1945年以降のように国の拡大が封じられれば、そのこと自体は民族自決から見れば悪なので、悪いものとしてみなされます。イデオロギー色や国としての成長が急カーブで行われている時には、基本的にこの感覚って、簡単にイデオロギーによって塗りつぶされてしまう。


『お家さん』も小説としての面白さもあるけれども、商人にとっての新領土獲得のわくわく感というものはどういうものか?、侵略によって新領土をが組み入れられていくときのフロンティア感覚というものは、どういうものか?ということを具体的にまざまざと見せてくれるいいこうれいで、「その文脈」で読むことが、たまらない面白さをもたらしました。特に台湾で商売を起こしていくくだりは、むしろ「その部分だけ」とりだして小説にしたものを見たい位面白かったです。

こういっては凄く誤解があるし、なかなか両義的な問題なんだけれども、あえて言いきってしまえば、台湾の植民地経営は、大日本帝国にとっては大成功だった例です。琉球併合や北海道のアイヌ皇民化もです。『お家さん』の話は、台湾なんですが、後藤新平の台湾での植民地経営をみれば、文明社会を広げることのエヴァンジェリスト達の感覚がどういう倫理と志によって為されていたかがよくわかります。この「おもしろさ」は、下記の本を読んでもらえればわかるはずです。基本的に1945年以降の日本社会は、失敗した侵略・拡張政策に対する反省を踏まえている社会なので、アメリカによる洗脳政策である「ウォーギルトインフォメーション」を見るまでもなく、この「おもしろさ」や「使命感」を倫理的に退ける教育を受けているんですよね。僕自身はまさに、まだ冷戦があったような1945年以降の戦後のスキームの中で教育を受けているので、この傾向が強い。それ故に、植民地経営の面白さ!なんていう語感だけで、これは悪いことだという罪悪感が免れない。けど、よくよく考えれば、アメリカの全世界に駐留する軍の司令官やヨーロッパの植民地の各地域での司政官ってのは、言ってみれば、普通のキャリアパスで存在する官僚職業なんですよね。彼らにアイデンティファイ(=彼らになりきるという意味)で世界を眺めてみれば、どんなふうに彼らが世界を感じ、秩序を作ることの使命を燃やしているかを考えれば、これれって普通にありうる職業だってことがわかる。そしてこの文明のエヴァンジェリストとの使命、、、、地球に単一市場と単一の政治体制を築く、、、言い換えれば、地球連邦政府への道は、決して変わりがないんですよね。そのことによる半面の圧政による弱者への圧迫と、それにともなうレジスタンスやテロリズムもまた同様です。あっ、ガンダムの話になった(笑)


後藤新平/外交とヴィジョン』北岡伸一著/植民地経営・近代文明化のスペシャリスト①
http://ameblo.jp/petronius/entry-10003885748.html

後藤新平/外交とヴィジョン』北岡伸一著/植民地経営・近代文明化のスペシャリスト②
http://ameblo.jp/petronius/entry-10004001497.html

後藤新平/外交とヴィジョン』北岡伸一著/植民地経営・近代文明化のスペシャリスト③
http://ameblo.jp/petronius/entry-10004002821.html



特に台湾の経営は、植民地経営のお手本のような手順で進められます。50年はかかりましたが、最終的には日本に対しての損益はかなりのプラスになっているはずですし、それ以上に、台湾という「化外の地」と清帝国(中国)に呼ばれ、いまのアラブやアフリカ社会と同じような部族社会で停滞していた台湾のその後の地域の飛躍的な高度成長を見れば、この経営や産業育成が、いかに効果のあったものであるかがうかがえます。


植民地経営には、プランテーションなどの単一機能としてのマーケット併合を為すアメリカ・スペインによるフィリピン経営やアメリカ、ヨーロッパの南米経営、そしてインドへの大英帝国東インド会社)の経営などと、大日本帝国の台湾や韓国、沖縄、北海道経営のような自国領土としての産業立国育成とそのスタイルはいろいろありますが、この新しい領土をネイションステイツとして均一化してゆき、自国のマーケット(=資本主義システム)に組み入れていくときの高揚感は、凄まじいものがあると思うんですよ。何度も言うんですが、このフロンティアの獲得には、その土地自体の「文明度をあげる」、言い換えればその地域の特権を持つ部族長や封建領主から人民を解放する、マーケットとの接続をスムーズにさせるという使命感とイデオロギーが背景にあるので、この自民族中心主義的な傲慢さは往々にして肯定されやすいんですよ。特に、侵略側の資本主義の先進度合いが大きい場合には、他国の独立や文化は押しつぶしてしまえるんです。18−20世紀のヨーロッパ諸国による全世界の制服は、この使命感と構造によって為されてきたものですからね。


これって、アフリカ問題やアラブで続く部族社会による殺し合いの問題、、、部族を超える「正しさ」と法による馴致(=近代国家の成立)の問題なんだなーと思うのです。僕がずっとアフリカやアラブで続く殺し合いってなんで終わらないんだろうか?って問題と、ネイションステイツによる、部族社会を超える「正しさ」の成立の問題っていう、ずっと考えてきた話と接続されるんですよね。過去の検索してみると、下記のような記事が上がっていて、この思考の流れですねー。このへんを全部読むと、僕がなんでこの流れに至るのかが、繋がると思います。

『国境を駆ける医師 イコマ』 高野洋著
http://ameblo.jp/petronius/entry-10008994917.html

『国境を駆ける医師イコマ3』 高野洋著 昨日までの隣人に射殺される恐怖
http://ameblo.jp/petronius/entry-10022151369.html

『EDEN―It’s an Endless World』9〜10巻 中央アジアジャンヌダルク
http://ameblo.jp/petronius/entry-10010876581.html

『小さな国の救世主2〜3 おざなり将軍・いまどき英雄の巻』 部族が殺し合う世界で①
http://ameblo.jp/petronius/entry-10058228931.html

『小さな国の救世主2〜3 おざなり将軍・いまどき英雄の巻』 部族が殺し合う世界で②
http://ameblo.jp/petronius/entry-10058244959.html

蒼海訣戰〜GOD SAVE THE EMPRESS』 納都花丸 壱代陛下のどじっ娘ぶりにKO!
http://ameblo.jp/petronius/entry-10025350961.html

蒼海訣戰〜GOD SAVE THE EMPRESS』 納都花丸 坂の上の雲を目指す少年たちの夢
http://ameblo.jp/petronius/entry-10034489593.html

蒼海訣戰〜GOD SAVE THE EMPRESS』 納都花丸著 善悪二元論の克服へ
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