『バイス(Vice)』 2018 Adam McKay監督 共和党の側から見えるアメリカの直近の歴史

バイス (字幕版)

客観評価:★★★★4つ
(僕的主観:★★★★★5つ)

さてさて、今は2019年の12月。注目していたベトオルークもカマラハリスも、ドロップアウト。ブーティジェッジに注目の民衆党レース。サンダースとウォーレンは、人気を維持で、バイデン元副大統領がレース首位を走る。共和党は、なんといっても、ナンシーペロシによる下院の弾劾調査が、進んでいる。もともとバイデンの息子さんのハンターのウクライナでの問題を、トランプ大統領が軍事援助を餌に調査している言うようにウクライナの大統領に圧力をかけたという、ウクライナゲートは、やればやるほど、バイデンさん側に不利なんじゃないかということもあって、ペロシさん決断だった。でも、ハンタ-バイデンのウクライナゲートは、彼のスキャンダルとしては、大きくならなかった感じ。なので、弾劾のプロセスが進んでいる。もちろん上院を共和党過半数を占めているので、意味がない行動ともいえるわけで、その辺りはまだ混迷といった感じ。というのを総合すると、トランプさん優勢かなーと思う、今日この頃。

www.youtube.com


ディック・チェイニー(Richard Bruce "Dick" Cheney)の半生を描いた伝記映画

第43代アメリカ大統領、ジョージ・W・ブッシュ( George Walker Bush)の副大統領として知られるディック・チェイニー(Richard Bruce "Dick" Cheney)の半生を描いたAdam McKay監督のブラックコメディ。2010年代は、ポストトゥルースの時代で、アメリカにおいてはどんな物語でもドキュメンタリーでも、党派性を帯びてしまうので、プロパガンダとしかとられないというバイアスがかかるので、なかなか難しい。この映画の最後のエンドロール以降に、一般市民の反応をマーケティング調査しているシーンが描かれていて、民主党プロパガンダ映画だろう!と叫ばれているが、全体的な位置づけは、そうなるだろうと思う。なので、マイケル・ムーアのドキュメンタリーと同じように見るといい作品だと思う。ドキュメンタリーとして生真面目にしてしまうと、プロパガンダ臭が強くなってしまうので、ブラックコメディ側に振って、ディストピアの物語的印象を創るのは、たくさんの人に受け入れてもらうには基本になっている手法だ。とはいえ、2019年の現在で、78歳で存命だが、まだ生きているうちにこのような風刺が描かれるところが、そうはいっても、アメリカはさすがだなぁとも思う。

www.youtube.com


■影の大統領と呼ばれたディック・チェイニー副大統領は、なぜイラク戦争を起こしたのか?

この物語を理解する基本ラインは、チェイニーがなぜ、イラク戦争を起こしたのか?という謎を追い続けるという補助線を持つと理解しやすい。明確に「そのライン」で物語が作られているので、シンプルだと思う。しかしながら、ドラマ性がほとんどなくて、チェイニーがどんな人物なのかの内面は少なく、ひたすら世界を説明する道具というか記号になっている。いっそすがすがしいぐらい。

むちゃくちゃ面白いぞ、これは。
映画のスタンスは、基本的に前作の「マネー・ショート」と同じ。
あの映画では、ウォール街に生きるマネーのプロフェッショナルたちの群像劇を通して、リーマンショックはなぜ起こったのか、拡大し続けけたバブルが弾けるまでの仕組みを、詳細かつ分かりやすく描いてみせた。
ドラマというよりは、ジャーナリズムとしての映画であり、登場人物は観客を感情移入させつつ、情報を届けるための駒に過ぎない。
本作でも、ディック・チェイニーの人物像をディープに描くのではなく、酒に溺れたクズ野郎が、いかにして影の大統領に上り詰めたのか、そのプロセスとメカニズム、米国と世界に与えた副作用を描く。

ノラネコの呑んで観るシネマ バイス・・・・・評価額1700円


マネー・ショート華麗なる大逆転 (字幕版)


ドラマ性がないので、では実際に、チェイニーがなぜイラク戦争を起こしたかは、明示はされていないが、彼がこれでもかと権力を追及されているさまが、これでもかと描かれている。彼に政治を教え込んだドナルド・ラムズフェルドとの会話の中で「理念は?」と問いかけて冷笑されるシーンが出てくるが、彼らの目的(手段ではなく)が「権力の維持と顕示」であって、何らかの達成する目標があるわけでも、理想の何かがあるわけでもないことは、描かれ続けている。権力を維持するために権力を追求するという場当たり性は、日本の安倍晋三政権でも僕は同じ印象を受ける。時代性の類似性をととても感じる。悪いというわけじゃないんです。これには、必ずしも善悪で判断するというよりは、民主党的な、リベラリズム的な、大きな政府的な、「何かのきれいごとの理想的目標」が実はそれ自体も権力を獲得するための道具であり手法であって、理想なんてものの方が最悪なんだという嫌悪感も、同時に伝わってきてしまう。この感覚は、時代だなぁ、と思う。やっぱり、高度成長期と、分厚い中産階級に支えられたリベラルで公正と正義が主題になる社会が、持たなくなっている。そして、その時代に掲げられた理想が、既に現実に適用しない絶望と無力感が覆った後の、「次の時代」というのが、こうしたプロパガンダ映画でさえ、伝わってきてしまうのが、驚きだった。民主党プロパガンダ的な構成がこれでもかとされているのに、逆の感覚が僕にはビンビンと伝わってきて、時代なんだなぁ、としみじみ感じてしまった。ブッシュ政権は、2001-2009だけれども、ポストトゥルースの2010年代に続く香りがこれでもかと感じられる。

petronius.hatenablog.com

www.youtube.com


僕は、トランプ政権というのは、時代の要請なんだなといつもしみじみ思うのは、こういう物語を見た時です。


チェイニーは、ネブラスカ州リンカーン生まれ、ワイオミング州のキャスパーで育ったんですよね。最初のシーンが、イェールをドロップアウトして、酒浸りでおかしくなって人生を棒に振りつつあるクズ男になっているシーンから物語ははじまります。テイラーシェリダン監督の『ウィンド・リバー』でも、『ヒルビリーエレジー』でもいいのですが、一つボタンをかけ間違えれば、チェイニーが、ヒルビリー、レッドネック的なプアホワイトで、人生が終わってもおかしくないギリギリにいたところから物語はスタートしているんです。本当かどうか知らないが、母親をDVで殺している可能性があるような父親が出てきてとにかく家庭がめちゃくいちゃだったことは感じ取れます。

ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち


何が言いたいのかというと、トランプさんが出てくるまで、プアホワイトやラストベルトなんて、全く出てこなかったと思うんですよね。意識にも上らなかったし。でも、それが無視できなくなって、めちゃくちゃ表に出てきて、様々な主題で取り上げられるようになってきた。これらの人の打ち捨てられ感が凄かったこと、無視されすぎたことが、様々な反動を生んでいるのですが、それがどんどん透明化というか、目に見えるようになって注目され続けている。問題を無視できないからなんですが、そういう意味では、それこそ政治だよなぁ、としみじみ思ってしまいます。この映画もそうだし、さまざまな報道もそうですが、打ち捨てられた人々の、どうしようもなくボロボロになっている状態の反動と、苦しみ、なんというか人としての厳しさ汚さみたいなものを、無視していると、全体に帰って来るのだな、というのがこれでもかと見せつけられている感じ。

www.youtube.com


最近、下の本を読んだんですが、めちゃよかった。

記者、ラストベルトに住む トランプ王国、冷めぬ熱狂



ジョージ・W・ブッシュ政権のディストピア的なイメージを描いたプロパガンダ映画・・・・?

この作品を党派性を帯びて、やっぱり民主党の牙城のハリウッドでつくられている、「いつものやつね」と言い切るのは、たやすい。けれども、イラク戦争を、自分の権力の追求のために理念もなく起こしたチェイニー副大統領の半生を描きながら、僕は、ディック・チェイニーはこんなにも深みのある人なのか、と感じてしまった。物凄くシンプルなところで、共和党ネオコンの巨頭でありながら、次女が同性愛者なんですよね。レズビアン。これ致命的で、娘を切り捨てたり、徹底的に娘を洗脳して操ったりとか、そういうことしてもいいんじゃないですか、、、ましてや、ネブラスカやワイオミングなんて、超保守的な土の出身で、、、、でも、自分が大統領になれるかもという状況で、「娘がレズビアン」だというなら、それは否定できないと受け入れてしまうんですよね。たぶん、これによって大統領の道とかは消えたと思うんですが・・・・なんというか、この決断がめちゃくちゃ印象的なんですが、なんというか「理念なき権力と利益を追求」する人にしては、人格が複雑すぎるんですよね。それが、伝わってきてしまう。民主党的なプロパガンダ「にもかかわらず」というのが、僕はこの作品の凄さだなぁ、と感じました。正直な話、同じようなプアホワイトの、父権主義者で、娘のことを切り捨てて、抑圧するセリフ吐くものだとばかり思いましたよ、、、。それが、どうであれ愛している、とそれを隠しも否定もしないというのは、懐深いなぁ、と感心しちゃいました。


知識がないと、さまざまに挟まれているポイントの深みがわからないのですが、それはまぁ必要ないと思うんですよね。ブラックコメディとしてみるには。でも、共和党新自由主義的な経済政策の要として、高額所得者(ここではコーク兄弟など重要な人々の名前があっさり出ていますね)の減税をずっと狙っていること、また、ハリウッドを中心としてメディアがリベラル側に支配されていたのを、FOXの登場や法律の変更で自陣で育て上げて、対抗軸を作っていくところ。メディアを通して人を訴えかけるときに、ポストトゥルースにおける表現やメッセージの伝え方にとても戦略的になっていることなど、共和党、極右、保守主義者、小さな政府志向を目指す側も、大きな政府を目指す、民主党、リベラルサイドと同じように、草の根から深く様々な試行錯誤を繰り返して、現在の構造を作り上げていているさまが感じ取れます。そういうのが一気通貫で、物語で見れるというのは、それが批判的なものであれ、なるほど、という透明感を与えるので、僕はこの映画を見れてよかったと思う。

ウインド・リバー(字幕版)


追加で、町山さんのインタヴュー。メモメモ。

www.youtube.com