『モンタナの目撃者』2021 テイラー・シェリダン監督 森林火災とアンジーの組み合わせならばもっと振り切れたものが見たかった。おしい。


評価:★★★★4つ(4.0)
(僕的主観:★★★☆3つ半)

アメリカの現代を描く映画監督というと、このテイラー・シェリダン監督が良いなぁ僕は最近強く感じる。なんといっても現代西部劇三部作と言われるあの作品群の印象が鮮烈です。モンタナやワイオミングなど、舞台設定もいい。アメリカの本質の一つでありながら、アメリカ人以外にはすごく馴染みの薄い場所だから。その流れでこの監督は追わなければと強く思っていたので、やっと見れた感じ。と、期待値を上げて『モンタナの目撃者』(Those Who Wish Me Dead)を見たんですが、、、残念ながら全体的に普通の作品。11年ぶりのアンジェリーナ・ジョリーの本格アクションと銘打たれていたところから、ハリウッド的な大作感を狙ったのかなと思います。その意図通りシンプルで、いかにもハリウッド的アクションスリラーに仕上がっているのですが、なんとも軽い感じになってしまい、テイラー・シェリダンの持ち味にしては、中途半端感を感じる。


物語は、なんらかの「秘密(これが最後までなんなのか分からない)」を握って殺されそうになっている男(多分会計士)が息子を連れて、モンタナに逃げるという話。その途中で父親は殺され、生き残った少年コナーが、なんとか逃げようとするところを、アンジェリーナ・ジョリーが演じる山林火災初動部隊(スモーク・ジャンパー)のハンナ・フェイバーが、追ってくる敵と戦いながら、コナーと逃げていくという話。物語的には、ハンナ(アンジー)が過去に、森林火災において子供を救えなかったというトラウマを持っており、そのトラウマをどう克服するか?という動機のラインと、コナーという少年が、マフィア?なのかなんなのかなんらかの巨悪の手先で不正を握りつぶそうとする追ってから逃げる逃走劇の2軸から成り立っている。


1)森林消防士のハンナ(アンジー)の過去のトラウマの克服

2)父親から不正告発を託された少年コナーの逃走

無慈悲な殺し屋と狙われる少年、彼を助けるはみ出し者と、モチーフはテイラー・シェリダンらしいし、とても面白いのだが、過去作と比べると軽量級の印象。
これはたぶん、社会性の有無によるものだろう。
例えば「ボーダーライン」や「ウィンド・リバー」では、物語の背景にメキシコの麻薬戦争の利権とか、不毛の荒野に押し込められた先住民の貧困問題などがドーンと置かれていて、表層で起こる事件の奥に底無しの闇を感じさせていた。
本作には、このような背景要素が無いのだ。

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このコナー少年に委託されたなんらかの大きな悪の証拠の「秘密」をうまくストーリーに繋げれば、テイラー・シェリダンの味が出たはずなので、できなくなはなかったと思うんですよね。ノラネコさんが指摘している通りだと思う。モンタナの広大な自然が舞台な感じも、過去の三部作とのつながりを感じるし。しかしながら、そういうものが全然ないので、アメリカの社会が持つ底知れない闇という「より大きな問題意識」に接続されていないので、個々の登場人物たちの想い・モチヴェーションが、ただの個人的な葛藤にすぎなくなる。それぞれの仕事を見るに、かなりいろいろ設定できるはずなので、これもノラネコさんお指摘する通り、「今回やりたいこと」ではなかったんだろうなぁと確かに思う。本当は、もっともっとアンジーが軸のハリウッドスリラーにしたかったのではないかと思う。にしては、ちょっと惜しい。


なぜならば、やはりこの作品の「絵としての迫力ポイント」は、森林消防士という仕事をどう取り込むかなんだと思うんですよね。消防士の映画で思いつくのはロン・ハワード監督の『バックドラフト』(Backdraft)1991年とかだし、日本の物語で言うと曽田正人のマンガ『め組の大吾』のインドネシア編などなど、いろいろ思いつくところがある。絵的にも職業的にも、ちょっと頭がお花畑だけど、たまらなくかっこいいマイケル・ベイ監督の『アルマゲドン』(Armageddon)1998年とかのテイストまでぶっ飛ぶことも可能だったのではないかと思うのですが、変にテイラーシェリダン風味からスタートしているので、頭をお花畑に振り切れなかった気がする。いた普通に面白いんですけれども。

め組の大吾(1) (少年サンデーコミックス)

この悪の追手は、なんでか実は意味があまり分からないのだが、森林に火を放つなつんですよね。この辺も、もう少し主題に組み込みたかったところ。でも、実際はハンナ(アンジー)の持っているトラウマは、少年たちを救えなかったと言う「命を救えなかった」と言うミクロの視点で解消されており、コナーを救えたから、スッキリしちゃっている。これではダメだ。曽田正人の『め組の大吾』が傑作たり得たのは、大吾という主人公が、「人を一人救うだけでは全く満足できなくて」、言い換えれば彼が自分を救うには、トラウマを解消するには、「救われなかった自分を救えること=社会から火災で命を落とす人がいなくなる」というマクロ大の視点まで、欲望が肥大化してしまっていて、世界中の火災で苦しむ人を救おうと、行動がどんどんインフレしていくところに、あの社会の主人公が社会大のヒーローたり得るポイントがあった。だから、森林火災が起きても、ハンナは、「火災事態をなくす」とか、火災で被害を受ける人々全てを救うというマクロの視点は、カケラもない。もちろん、テイラー・シェリダン監督は、この「社会大のマクロ的な大きな連鎖」から抜け出せなくなってすり潰されている人々をミクロの視点で描く人なので、明らかに相性が悪かった気がする。そんな英雄気取りの視点は、多分彼には思いつかないんだろう。


ただ、アメリカの森林火災の凄さは、本当に凄まじく、ここで英雄的な物語をハリウッド的スリラーで作るという野望自体は、本当は成就して欲しいモチーフではあるんだけど。森林消防隊の空挺部隊見たいのは、めちゃくちゃカッコよさそうなんだけど、いやはや全く出番なくて、え、こいつらいらないんじゃないの?ぐらいにしか思えなかったのは、残念。


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そういう意味では、なんというか普通に面白い作品で、テイラー・シェリダン作品の持ち味としては、イマイチ。


ただし、ああここはとしみじみ思った部分はある。ハンナの元男夫で同僚のジョナサン・E・“ジョン”・バーンサル(Jonathan E. "Jon" Bernthal)が演じるイーサン・ソーヤーと、その奥さんの妊婦、メディナ・センゴア演じるアリソン・ソーヤーの夫婦は最高だった。脇役以外の何者でもないのだが、これが劇中重い存在感を放つ。

ジョン・パーサルとメディナ・センゴアの夫婦は、むちゃくちゃ素敵かつカッコよかった。特に妊婦役のメディナ・センゴアは、かつて描かれた妊婦役の中で最も最高のアイコンなんじゃないかと思う。この辺の落差の感覚は、妙に細かいところで新しく深い感じが、テイラー・シェリダンらしい。ええとですね、ペトロニウスが、深く感じ入ったのは2点です。


1)男らしくマッチョなシェリフの仕事をする白人のいけてる感じの男性が、ガチ黒人の奥さんを、信じられないくらい対等にリスペクトして愛しているのが自然(むしろ自然すぎて、不自然だよ!と思うくらい、対等で自然なカップルなのがすごい素敵)

2)黒人で妊婦で専業主婦?的な「わたし守られて当然よ」的な記号の存在が、危機に陥ると一点ガチなハンターに様変わりして、追跡者であるプロの暗殺者を追い詰めてる(笑)。いや妊婦でいきなり乗馬で駆け出して、銃を持ち出して暗殺者をしてめないでしょう?ふつう(笑)。


上記のポイントが、白人至上主義がもうナチュラルなんじゃね?的な上に、カウボーイ文化の男性至上主義の真緒が全て的なワイオミングの文化土壌で、あまりに自然に描かれているところが、なんというか「現代アメリカの最前線の作家」って感じが本当にするんですよ。うまく伝わるでしょうか?。アメリカのワイオミングというところでは、カーボーイ文化が深く根づいているところです。ジェーン・カンピオン監督の『パワー・オブ・ザ・ドッグ(The Power of the Dog)』2021とかアンリー監督の『ブロークバック・マウンテン』(Brokeback Mountain)2005を見て欲しいところです。この背景のなかで、ドレッドヘアのガチ黒人の奥さんを、あれだけ自然遺体等に愛しいる感じが滲み出ているのって、ある意味不自然なんですよ。ここが難しいのは、記号的な文脈上はあり得ない不自然さなんですが、アメリカに住んでいる人の雰囲気からすると、2020年代ならああいうカップルの雰囲気って別に珍しくもないんです。それが混淆されてミックスになっているところに、最前線感が強く感じるんですよね。またそれだけではなく、暗殺者に追われていて家に押しかけられて、妊婦の奥さんは捕まってしまうんですよね。それで殺されそうになって、恐喝されて、、、、と、いかにも「か弱い女性のシンボル的な、身を守れない妊婦」という記号を演じさせておいて、一転、逃げるとなった時に、物凄い行動的で攻撃力溢れるハンターに様変わりするんですよね。この変化が鮮やか(笑)。ネタバレですが最終的には自分の追い詰めた暗殺者の男を、アリソン(メディナ・センゴア)は、追い詰めて銃で仕留めるんですよね。プロの暗殺者を!。そしてなんでこれができるかが大事なんですが、彼女はワイオミングに住む、シェリフの奥さんなんですよね。だから、ハンターと視点も十の素養や訓練は当然受けている!!!という感じがするんです。それは全然おかしくないんです。わかりますよね?、、、、ここはカウボーイの文化でアウトドア命の土地だから、銃の扱いに離れているんですよ。女性だとしてもね!。それで暗殺者に捕まって、奥さんがいるので抵抗できなお旦那さんを、銃で救い出すわけですよ、妊婦の奥さんが。この脚本の描き方が、古き良きカウボーイ文化の銃と男性至上主義的な「男らしさ」の継承が、柔らかく女性的で素敵な感じを醸し出していたアリソン(メディナ・センゴア)-----黒人女性でかつ妊婦によってなされているわけです。めちゃ先鋭的でしょ。ワキ枠の脇のストーリーなんですが。この辺りが、テイラーシェリダンなんだよなって思います。まぁ、何はともあれ、この夫婦、素敵だった。対等で愛し合っている感じが、本当に自然で。


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テイラー・シェリダンのフロンティア三部作、現代西部劇三部作といわれる、全作品をコンプリート。Taylor Sheridan(テイラー・シェリダン)脚本『ボーダーライン Sicario (2015年)』、脚本『最後の追跡 Hell or High Water (2016年)』、監督『ウインド・リバー Wind River (2017年)』の3作は、絶対見なければ、と心に誓っていたので、やっとコンプリート出来てうれしい。
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