8月17日開催のオフ会イベント〈第一回アズキアライアカデミア〉の参加者募集


宣伝するパワーがないので、とりあえず告知!。

もう結構恒例だけど、アズキアライアカデミア、としてリブランディングしてからは、第一回目!、たぶん、来年はないと思われる(僕が帰国しないと思うので。。。。)

『最後の追跡(Hell or High Water)』 David Mackenzie監督 Taylor Sheridan脚本 抜けられない負の連鎖の中で-フロンティア三部作

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評価:★★★★★5つ
(僕的主観:★★★★★5つ)

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2019年6月20日。やっと、仕事が落ち着いてきたので、インプット復活。『最後の追跡』(原題: Hell or High Water)2016年のネットフリックス作品。監督はデヴィッド・マッケンジー、主演はジェフ・ブリッジス。Hell or High Waterの意味は、何がなんでも。やっと見れた。これで、テイラー・シェリダンのフロンティア三部作、現代西部劇三部作といわれる、全作品をコンプリート。Taylor Sheridan(テイラー・シェリダン)脚本『ボーダーライン Sicario (2015年)』、脚本『最後の追跡 Hell or High Water (2016年)』、監督『ウインド・リバー Wind River (2017年)』の3作は、絶対見なければ、と心に誓っていたので、やっとコンプリート出来てうれしい。

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ジェフ・ブリッジスは、コーエン兄弟の『トゥルー・グリッド』を思い出す。こう漢臭く渋い存在感がたまらないですね。


見たきっかけは、『ウインド・リバー』。いつものごとく、町山智浩さんのラジオを聞いて、これは見ておかなければ、と。いや、自分、いい嗅覚していると感心。まぁ、アメリカ映画(に限らないんですが)で町山さんがすすめるもので、まず外れというものはないし、本当に見事にアメリカのローカルの文脈を深くとらえているので、いつも本当に感心します。デイヴィッド・ハルバースタムの『ザ・フィフティーズ1: 1950年代アメリカの光と影』という素晴らし本があるのですが、越智道雄さんと町山智浩さんの対談があって、いやはや、こういう抑えるべきところをちゃんと、押さえているからこそだよなぁ、と感心したのを覚えています。僕も、アメリカに住んでいるからには、少しはアメリカのことがわかるようになりたいと、いつも修行というかクンフーというかを意識していますが(笑)、もっと本を読みたいと、いつもため息が出ます。

ザ・フィフティーズ1: 1950年代アメリカの光と影 (ちくま文庫)

おっといつものごとく話がそれたのですが、テイラー・シェリダンの『ウィンドー・リバー』を見て、これは絶対すべて見て、考察をしたいと思ったのは、日本人は実感できない、アメリカの現代社会(2019年現在)の最前線の文脈が赤裸々に、ヴィヴィッドに出ていると思ったからです。このアメリカのローカル場文脈を意識して見ていないと、トランプ政権にしても、ほとんどなにをいっているわからないと思うんですよね。なんとしても『ブレイキングバッド』の全5シーズンの解説を書いいて、YouTubeにも上げようと思ったのは、あのドラック文化や、そもそもの話の発端である医療保険制度のひどさによって、普通に暮らしている中産階級が、一瞬で貧困層に叩き落されるというアメリカの生活の現実感を説明しないと、実感しながら見ないと、あのドラマの意味がほとんどわからないと思ったからです。もちろん「物語」として、ピカレスクロマンやアンチヒーローものでも、どうとらえてもいいのですが、傑作で面白いのですが、それは「アメリカ人が楽しんで熱狂した」部分が、抜け落ちていると思うのです。また、南西部や中西部って、アメリカの本質のようなものなのに、なかなか日本では馴染みにくい場所です。また闇が深いところでもあります。テイラー・シェリダンは、テキサス出身ですね。


petronius.hatenablog.com


本作がいいと思う人は、コーエン兄弟の『ノーカントリー』も観たいところ。逆もまたしかり。『ノーカントリー』は、Neo Western(現代西部劇)の代表例の作品といわれています。

ノーカントリー (字幕版)


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■抜け出せない負の連鎖の中で、打ち捨てられていく人々を


で、テイラー・シェリダン。彼が何を描いているかというと、僕は、「アメリカで打ち捨てられている人々」が「抜けられない負の連鎖」の中で、どのように生きているかを、描いているところにあると思っています。コーエン兄弟の『ノーカントリー』なども、1980年代の時代性が、大きなテーマにありました。1960、70年代の公民権運動などアメリカが大変化したのですが、リベラルな変化は保守的な風土故に、南西部、南部に大きな影響を及ぼしました。そして1980年代、共和党レーガン大統領代表される保守の台頭、キリスト教原理主義などの宗教右翼の台頭、麻薬戦争の激化などなどが、南部に厳しい影を落としていきます。この時代背景をベースに考えることなしに、この辺りの作品群は、見れないと思うのです。


ちなみに、Hell or High Waterといったら、表現的には「come hell or high water」になるのですが、友人のアメリカ人に行ったところ、とてもテキサスっぽい、あの辺の感じの表現だね、と言っていました。このタイトルが重要な背景を意味していると思うのです。たとえば、日本語タイトルは、『最後の追跡』です。テキサス・レンジャーのマーカス(ジェフ・ブリッジス)が、トビー(クリス・パイン)とタナー(ベン・フォスター)のハワード兄弟という銀行強盗の追跡劇であること、マーカスが定年ぎりぎりで最後の仕事というところから、「物語として」は、このタイトルで正しいです。けど、この脚本の本質を、テイラー・シェリダンの意図を組めば、『Hell or High Water』(「どんなことがあろうと、なんとしてでも」/地獄と洪水が困難状況というところから派生した表現)が明らかに正しい。けれども、これは文脈を深く理解していないければ、タイトルだけ読むと意味不明なため、容易に理解でることを選んで、日本語の翻訳は「最後の追跡」にしているのでしょう。これは、トビー(Chris Pine)が、なぜ銀行強盗をしなければいけなかったか?という、本質的な疑問に切り込まなければ、わからないからです。テキサスの田舎町に住む、ほとんどプアホワイトに落ちる寸前の白人のトビーが、なぜそういった決断をしたかといえば、それは「なにがなんでも」「この負の連鎖、貧困の連鎖」の輪から、自分の息子たちを脱出させるためでした。この作品で暗示され、何度も繰り返されている「抜けられな負の連鎖の中で、逃げようもない」という構造を、そこに住むすべての人々が諦観とともに受け入れている苑、みじめさを、苦しさを、救いようのなさを炙り出し、認識しなければ、「何が何でも」、、、それが犯罪であれ、人殺しであり、裏切りであれ、どんな汚いことをしても、「そこ」から抜け出す可能性があれば、、、、と思う気持ちが意味をなさないからです。


トビーのセリフが印象的です。


「生まれてからずっと俺は貧しかった。両親もそうだったし、祖父母も同じだった。貧しさは病気のように代々受け継がれていき、身近な人に感染していく。でも俺の子供たちだけにはそうはさせない」。


そして、アルベルトの


「かつて先住民を追いやった白人が、いま銀行から追いやられてようといている」


というセリフが、象徴的でした。


なぜ、フロンティア三部作とか、現代西部劇(Neo Western)といわれるか。それは、『ボーダーライン Sicario (2015年)』、『最後の追跡 Hell or High Water (2016年)』、『ウインド・リバー Wind River (2017年)』と流れ見ていけば、アメリカ現代最前線の「抜けられない負の連鎖」にはまっている現実を直視するという構造になっていることがわかります。フロンティアといっているのは、麻薬戦争の復讐の連鎖(アリゾナ、テキサス、メキシコ)、奪い奪われる続けていくプアホワイト、インディアンの貧困の連鎖(テキサス、オクラホマ)、ネイティブ・アメリカンの抜けられない貧困の連鎖(ワイオミング州ウィンド・リバー保留地)といった舞台は、決して過去ではなく「今現在のアメリカの現実」でさえも、これほど、打ち捨てられ、そこから抜け出すことができないような負の連鎖が、まざまざとあることを示しています。

特に、「最後の追跡」でアルベルト・パーカーと、「ウィンドリバー」でマーティン・ハンソン役を演じるギル・バーミンガムが出ています。


テイラー・シェリダンにとって、ネイティブアメリカンの存在が重要なモチーフに感じました。というのは、テキサス出身で、メキシコとの国境やコロンビアの麻薬カルテルの物語を2015-16で脚本家として描いて、監督初デヴューの集大成『ウインド・リバー Wind River (2017年)』でいきなり、ワイオミング州に舞台が飛ぶのは、「抜けられない負の連鎖」の舞台の共通性をネイティブ・アメリカンの保留地(リザベーション)に見出しているように感じたからです。

また「最後の追跡(Hell or High Water)」のマーカス(ジェフ・ブリッジス)の相棒であるアルベルトのポジションは、ネイティブアメリカンとメキシコ人の血を引いているという設定は、僕にはなんとなく、意味が分かりませんでした。映画の中で、マーカスは、終始、このネタでアルベルトをいじっています。僕の英語力ではこの時のニュアンスを精確には取り切れないのですが、少なくとも、この二人が長年の親友であり、そんなかなり皮肉というかPC的に問題のあるセンシティブなネタを言い合える仲のいい同僚であることがうかがえます。アルベルトが怒っていないこと、アルベルトが死んだときにマーカスが、動揺して、その後、復讐の念に燃えるから、この二人深い友情にあったことがわかります。


■テキサスレンジャーで、白人のマーカスとメキシコとネイティブアメリカンの血を引くアルベルトの二人がバディになっているのは

しかし、なかなか皮肉が効いているのは、テキサス・レンジャーというと、アメリカ最古の州法執行機関で、イメージ的には(というか歴史的に)、白人の正義を貫く「闇」の部分があり、メキシコ人やネイティブアメリカンに暴行差別を繰り返してきた組織なので、その被害者の末裔である彼、アルベルト(ギル・バーミンガム)が、現代アメリカでテキサス・レンジャーになっている、、、という背景を考えると、彼らの「軽口」に、とても深い背景を感じさせます。このような関係にいたるまで、特に、マーカス(ジェフ・ブリッジス)は恒例ということもあり、一体何が彼らの深いきずなを作り出したのかに、いろいろ想像力が働きます。


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テキサス・レンジャー(The Texas Ranger)


しかし実際には、舞台的には、アルベルトの存在、キャラクターは、つながりはあまり感じられません。いまのような「深読み」をしないと、本筋には絡まないからです。もちろん、トビー(クリス・パイン)の家族が、どのように長くテキサスの土地で、負の連鎖の中を生きてきたのか、ということと、構造的に同じ話なので、「その土地に住むもの」の広がりを感じさせてくれます。・・・・が、「最後の追跡(Hell or High Water)」では、やはりわき役というか、本筋ではない感じがします。それが、『ウインド・リバー』で監督になった時に、インディアン・リザベーションを舞台にする物語を選ぶのは、ずっとこのテーマが、テイラー・シェリダンの重要なポイントだったからだと思います。



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「サークル「物語三昧」は、2019/8/11(日) 西地区“け”ブロック-35b に配置されました。


ブログで報告するの忘れてた。4-5巻出ます。いやはや、よくぞここまできたもんだ、、、。

6章.セカイ系の台頭~エヴァとアンチエヴァ、ループ、悪を為す事

7章.脱セカイ系としての日常系~『あずまんが大王』と無菌系、ふたたび竜退治へ

今回はこの2章分になります。


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あ、そうだ、、、8/17(土)また、アズキアライアカデミアのオフ会します。詳細はなるべく早くお知らせしますー。

【AzukiaraiAkademia2019年5月ラジオ】VTuberの最前線から見えてくる物語の新しい姿

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最近、心と体に余裕がなさ過ぎて、ブログが更新できていないペトロニウスです。もう一月も更新していません・・・。そのかわり、ちょっとは、物語三昧Channelで単品の解説をあげているので、全くやれていないわけではないんですが、この2か月ほど、けっこう修羅場っていました。といいつつ、2019年の夏コミに向けて、物語の物語もがっつり制作中なので、なんというかあくせくしながら生きています(←仕事しろ!)。でもまぁ、どんな修羅場でも、何でもかんでも、インプットと、アウトプットは、ちゃんとできているので(自分でも驚く)、まぁ、幸せです。インプットしていないと、死んだ魚みたいな目になるので、、、。もっとアメリカのドラマ観たいし映画館にもいきたいんだけど、、、時間と体力がなかなか許してくれません。


AzukiaraiAkademia(アズキアライアカデミア)のチャンネルを作って、これで2回目のラジオですね。まぁ、我々のしぶとさというか執着心は凄いので、まぁ軽くすぐ10年くらい続けると思うので(笑)、こつこつやっております。海燕さん、ペトロニウス、LDさんともに個別のチャンネルを持っつようになったので、我々4人(でこぽんまぎぃさんあわせて)の共通のチャンネルは別に作ろうということで、こちらを用意しました。まぁ、いつものごとく、コツコツクンフー続けます。ちなみに、我々は、最初の最初から10年以上前から、ずっと4人だったって知っています?(笑)。ラジオ一回も出たことないので、4人目がいるのを知っている人は、めちゃマニアか身内のみです。


さて、「物語の物語」も、この2019年の夏コミで4-5巻を出しますので、もう終わりが見えてきました。いやはや、おれら、めちゃ凄いです。始めた時、絶対最後まで出版できないと思った(笑)。あまりにボリューム大きすぎて。毎回ページ数どんどん大きくなっているし。キャッシュも、最初に用意した額だけで回そうと決めたので、売れなかったら、やめるしかないなーと思っていたんですが、毎回すぐ在庫なくっててしまうぐらいしか印刷できないですが、少しづつ在庫水準あげられるように努力しています。なんというか、ビジネスだなって、思う。こういうのって企画、運営、管理能力が凄い試される。しかも「好きでやっている」ので、「好き」という気持ちが萎えたら終わってしまう。いやーこういうのって、ビジネスにはない緊張感がありますねー。でもまー何とか、頑張れています。最初に思い立ったように、LDさんのこれを、世に残さないといけない!という使命感は、増えるばかり。それ以上に、こんな凄いことにかかわれるのは、おれって運がいいことなのでは?というような気分になるペトロニウスです。




今回のラジオは、Vtuberの生き字引のようになってきたLDさんが、久しぶりに、最近の最前線のまとめを語ってくれたものです。


なんですが・・・・僕は、ほとんど追えてないので、現状をちょっと聞くつもりだったのですが、これ、思いのほかすごい話になってきた気がする。というのは、僕ら物語の文脈を探す、AzukiaraiAkademia(アズキアライアカデミア)の活動とは、あまり関係のない、別の話というイメージで聞いていたのですが・・・・・「面白さの最小単位」というLDさんの持論から、これって、もしかしたら物語の類型の大変動期、その大きな変動をとらえているのかもしれない、、、という気がだんだんしてきました。もっと具体的に言うと、もしかしたら、新世界系の9章の次の章の10章は、この話になるのではないか?という予感です。


正直、僕は全く追えていません。あまりに膨大過ぎて。こんなのめちゃくちゃ追っているLDさんのインプット量って、一体何なんだよっ!!!と叫びたくなります。あの人、普通に仕事していて、なんであんなことができるんだろう、、、、。信じられん。。。僕は、ほとんど輝夜月(動画の数がめちゃ少ないよね(笑))しかおっていません。ひそかに、めちゃ周防パトラのファンなんですが、ほんとにいくつかの動画しか見れていないです。だって、すべて普通に1時間超えるんだもん。そんな時間ないんだよー(涙)。ちなみに、アイドルに興味ゼロな僕が、実質アイドル的な機能であるアイコンを好きになるってこと自体も、実はすごいことだろうと思うのですが、その文脈を説明し始めると、長くなりすぎるので、ここでは割愛を。


でも、【にじさんじ】登録者数の移り変わりについてのLDさんの解説は、いやはや、そういう風にとらえるのか、と驚きをもって聞きました。次にLDさんの解説を聞く時に、もう少しまともに具体的に終えるように、責めて、それぞれ、だれがだれか、暗い話分かるように勉強しようと誓ったペトロニウスでした。ちなみに、本間ひまわりがあまりに凄くて、驚いた。しかし逆説的に、ということは、委員長が、あんな高みにいるというのは、もっと、、。と思うと、じゃあ、四天王は、、、と思い至り、物理的な「格差」というものの凄さに、めちゃくちゃ震撼した。キズナアイ、すげぇ。



【コメント付き】【にじさんじ】登録者数の移り変わり【500万登録突破記念】



【にじ3Dお披露目】もっと近くに…居てくれるよね【本間ひまわり/にじさんじ】



水族館をすっぽかしてゴミ扱いされる椎名唯華



【朝枠】おはよう!メンバーに寝起き突撃してみるぞ!【周防パトラ / ハニスト】

『艦隊これくしょん -艦これ-』2015 草川啓造監督 二次創作系の物語の難しさとして語るべきか、もう一歩踏み込んで無償の愛や新世界系の文脈で語るべきか?

艦隊これくしょん ?艦これ- 第1巻 限定版 [DVD]


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評価:★★★☆3つ半
(僕的主観:★★★☆3つ半)


艦これ。


吹雪ちゃんがかわいかった。


以上。


基本的に、Youtubeで話したので、メモ程度に(笑)。


■マクロのSFとしての解決が語られないのでは、やっぱり物語として力不足に感じてしまう

評価としては、普通、になってしまうんだよね。素晴らしい出来で、丁寧に作られているので、文句は言えないレベルんなんだけど、あえてもう一段無理やりいうと、結局、「この世界がどうしてできたか?」とか、そういうSFとしての謎解きが、ないなぁ、、と思ってしまって、もう一度見たい、とは感じないんだよなぁ。吹雪ちゃんかわいいんだけど。「なんでこの世界はこうなのか?」に脚本構造上、踏み込むのは難しそうなので、劇場版(まだ見てない)けど、「そこ」まではいきそうもないなぁ、、、と感じるので、やっぱり★三つ。



■無償の愛と新世界系の文脈で語るべきか?

けものフレンズ ‐ようこそジャパリパークへ!‐(1) けものフレンズ ‐ようこそジャパリパークへ!‐ (角川コミックス・エース)


ちなみに、2015年のこの時期だと、日常系・空気系・無菌系の脚本か、新世界系(極めて厳しい現実のなかで苦しみ敗北していくことを描くことでリアルを実感させる)の両極端に分かれている傾向があった中で、このテーマの背後にある「この突然死があるような、何も報われない苦しい現実の世界で、それでも生きる意味はあるんですか?」「どうすれば生きていけるんですか?」という構造的な問題意識に、ストレートに答えた、たつき監督の『けものフレンズ』が、この分裂する物語の類型に対する答えを、はっきり出していて、、、、その凄みからすると、どうしても、安定した折衷案をとったな、と感じてしまう。やっぱり、あの「答え」を知っていると、こうしたほのぼの日常と、現実の苦しさを感じさせる非日常のバランスをとりすぎていると、、うーんと思ってしまう。とはいえ、振り切れる、極端なものにするのは、それはそれで大失敗の可能性が高いので、難しいとは思うんだよね。


■二次創作的なものは極端によっているほうが面白く見せる。

ちなみに、その時の話、下記のラジオでしています。このラジオ、会心のできなので、けものフレンズとともに、ぜひ。


物語三昧ラジオ/けものフレンズと新世界 2017/06/02


youtubeで話したように、文脈がわかっている物語と、そうでない物語のラインで語るべきか、、、その場合は、面白くなかったという言い方になってしまう。それとも、元の題材があるものを物語として再構成する場合には、どうしても平均値にうまくまとめざるを得ないので、そのラインからはすごくよくできているというべきか。。。。この辺りの「言い方」というのは、凄い難しいと思うんですよ。なんというか、感想みたいなことを特別に出して言おうすると、どうしてもエッジの効いたところを出そうとしてしまう。僕の文脈でいうと、僕の勝手に設定した文脈との関連性になるんですが、、、だからといって、その見方が正しいとまでは言えないと思うんですよねぇ。「そこまで」の強い文脈関連性があるかどうかはこの作品だと微妙なところ。実際のところ、「吹雪ちゃんの成長物語」として、出来はいい。

1)マクロのSF設定には答えきっていないが、でも多分劇場版につなげる形で、なぜ深海凄艦が出てくるのか?(多分普通に見ていれば、あれって艦娘の生まれ変わり?と思うと思う)という設定はちゃんと考えているし、2)如月が轟沈によって、コメディタッチなほほんとした日常の中に、非日常をバランスよく配分していて物語のドラマを絞めているし、3)空気系・日常系・無菌系的な面白さで、キャラクターをかわいさいっぱいに描けていて、それぞれにバランスよく出番も配置している、そして、もう一度まとめると、全体的に吹雪ちゃんの成長にフォーカスしていて物語がぶれていないシンプルな分かりやすさはm、本当によく考えて、マーケティングにもきれいに要望を見たいしていて、破綻も全くない。はっきり言って、素晴らしい手腕だと思う。これだけの仕事をした関係者は、大したもんだと思う。。。


でも、物足りない、と思ってしまうのは、要求のしすぎかもしれない、とは思う。たぶん十分にビジネスとしても、ファンの思いにも、答えていると思う。なら、なにがだめなんだ?という気もする。。。。けものフレンズたつき監督のような、凄まじい傑作に出会えることは、そんないつでもあることでもないのだから。


ちなみに、ストライクウィッチーズが、まさに「主人公の成長物語」にして、日常と非日常の配分を良くバランスさせて、まとめるというシナリオの典型だろうと思うんですよね。宮藤芳佳だっけけか?主人公の成長物語になっていて、基本的には戦争をしているので、いつ死ぬかわからないという成長のドラマトゥルギーが展開していく中で、そこで得出会う仲間との日常が、いわゆる日常もの的な、女の子同士のきゃははウフフという感じなっている。とてもウェルメイド。いやはや、、、このパターンを最も最初に洗練させたやつじゃないかなーと思います。


ちなみに、ストライクウィッチーズの時も、LDさんと、とても議論になったのは、主人公が死ぬんだろうかどうか?ということ。


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というのは、戦争をしているような現実で、「どこまで」ドラマを進めるか?、つまり物語を深刻に持っていくか?は、あきらかに、主人公、もしくはそれに準じる人がどれだけ死ぬか、ではかれてしまう、、、、。かといって、物語のエンターテイメント性は、日常系(女の子同士がストレスなく仲良くしている姿を見たい)ということと、ハッピーエンド(ちゃんと努力が報われる、誰も死なないでほしい)にしてほしいという構造的なエンターテイメントの圧力がある。これを逸脱してしまうと、そもそも人気がなくなってしまう。


この「主人公、もしくは主人公に近いキャラクターの死」を描くことで、安逸な日常系的な世界をブレイクスルーしたいというのが、新世界系やLDさんのいうところの「女の子をひどい目に合わせる系」というやつなんだ・・・・。ぱっと思いつくのは、まどか☆マギカとこれ。

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ああ、そうかこの構造比較は、下の話につながるんだ。。。


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さよならの朝に約束の花をかざろう [DVD]



というような「見方」を常にしているんだなーと、メモしたりしゃべっていて、やっとなんとなくわかってきた。。。自分でも、いろいろしゃべっていて、つながっていないことが、だらだらアウトプットしていると、つながってくる。


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アイドルマスターの主人公の成長物語と、構造がそっくり、なのに、、、、

こういう二次創作系のアニメ化で、見事なやつはアイドルマスター。LDさんがいってたけど、まさに。アイマスのアニメは、そういう意味では、すべてをマーケティング的なバランスで「まとめている」というにもかかわらず、突き抜けることができたのは、、、、愛ゆえかもしれない(笑)。これは、天海春香ちゃんのもつ、僕には「すべてが平均(笑)」にみえるのと、しかも「みんな仲良く」なんて言うことを、競争社会で、きれいごとを真剣に信じていると、どれだけ深刻になるか(笑)、みたいなことを、監督がぎりぎりまで追い詰めたからこそ突き抜けられたんだよなぁ、、、と。あの設定から、極端に全く逸脱しないでバランスよく描いて、それで「あそこまで」到達できたのは、さすが、としか言いようがない。。。。


とかとか、今後の、考えのメモ的に。いろいろいっているけど、結局、自分ここにあげた全作品全部何回かは見ているから、めちゃ好きなんだなー(笑)。あーやっぱりアニメっていいなー。


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