『家康、江戸を建てる』 門井 慶喜著 武官ではなく文官、テクノクラートの目的意識は、生涯は、個人を超えるスケールで

家康、江戸を建てる (祥伝社文庫)

客観評価:★★★★4つ
(僕的主観:★★★★★5つ)


華々しい武官に歴史は焦点が当てられがちだが、江戸という大都市を作り上げた文化、テクノクラートたちを描く小説。豊臣秀吉のにより関東へ国替された徳川家康が広大なフロンティアである低湿地を開拓し徳川260年の礎を築く姿を5つの短編エピソードで描く。非常に短くて、数時間で読める。軽めの小説なので、読みやすいので歴史小説まで行くと重いなーと思う人にもおすすめ。僕は門井さんの作品はこれしか読んでいないけど、目のつけ所から言って、この人の外の作品も読んでみたいところ。誰に紹介されたか忘れてしまったけれども、友人の紹介で買ってあったのだが、積んでおいてよかった。


全体としての構成もいいのだが、特に自分的に印象に残ったのは、利根川の東遷を手がけた伊奈忠次の話がにとても感銘をうけた。ちなみに、目で見たほうが、sあらにわかりやすいし、関東に住んでいる人はすぐ実感できるので、下のYoutubeの映像なども同時に見るといい感じ。低湿地帯であった江戸を開拓するために、巨大な河川を捻じ曲げるという大治水事業。伊奈家の4代に継続して行われる大プロジェクトなのだが、「世界の基礎構造を変える」というものが、「数世代を超えてかかる仕事」であって、個人の思いや英雄願望、「自分の代で何とかする」などというエゴを超えたものであるのが、まざまざと感じられる。これは、「家」をベースに、軽いテンポで世代を超えている小説だからできる「視点」で、個人の視点ではなかなか描けないだろうなとしみじみした。単純に言えば、物語にしにくい。個人の動機と体験を超えた話になるから。

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ちょうど今、物語の最前線を考えて「脱英雄譚」と「新世界系」のテーマを再整理しているのだけれども、その中で分かってきた共通する文脈として、「殺し合いが続くような残酷な現実」というものを変えるには、


「自分が生きているうちにはできない」(自分はあきらめなければならない)


「自分を超えたレベルの世界の変化にバトンをつないでいくしかない」(自分の世代では成し遂げられないことにコミットする)




というの前提なのだというのがわかってきた。これは、ネガティブとポジティブの角度から、2010年代の大きな物語類型の基調低音だったと思われる。


ネガティブには、何も報われない低成長且つパイの分配がない(リソースがない)既得権益の奪い合いの社会背景から、未来に希望がないので、「自分は成長できない=主人公ではない」という自意識が広がった。世界を救う方法が「全くない世界」というのは、言い換えれば主人公である可能性は確実にないという世界。そういう世界で、成長が!とかビルドゥングスロマンの王道を語られても、誰も共感できなくなっていたのだ。その逃避行動として、成長がない世界でチートでハーレムを目指したり(男の子)、女の子だけの関係性の世界で戯れたり(日常系)して、世界の救済や成長をあきらめるという選択肢も発達しました。とりわけ、男の子は、冨野由悠季さんのガンダムのテーマで、特にカミーユ君の発狂で、心を折られてしまっていて、なかなか成長しよう頑張ろうという気力が生まれなくなったみたいです。それくらい、心折られ方が大きかった(笑)。男性が「世界を救う」主人公特権を一心にになっていた既得権益者だっただけに、責任が重すぎてその絶望も深くなった模様です。そのかわり、セーラームーンプリキュアのように、女の子の方のまだ戦う動機を持っていて、そういった物語が展開するのですが・・・・『結城友奈は勇者である』『魔法少女育成計画』『魔法少女まどか☆マギカ』のルートで、ひたすら残酷な世界に直面させて女の子を苛め抜いて、世界の残酷さを悟らせる系統が発達しました。女の子は、それでもなかなか折れないのは、男性と違って主人公特権の既得権益者じゃないので、そもそもアドバンテージない存在なので、打たれ強いのだろうと思います。時代的に、女の子の方が世界を救う勇者に向いているので、、、それ以上に世界の残酷さを感じさせるために、悲惨な目に合わせる度合いがエスカレートしていったんだと思います(苦笑)。


ただ、ポジティブな視点もあります。主人公にはなれないという個々の絶望ではなく、逆の発想で「一人で責任を背負おうとするから、世界は救えなくなっているのじゃないか?」という視点です。これもガンダムサーガや僕の好きなのでは『魔法先生ネギま』『UQホルダー』、『ガッチチャマンクラウズ』などで明確に出ているのですが、ようは、主人公という超絶パワーの個人で解決できることを超えたレベルの解決方法ならば、世界は救えるんじゃないか?。


この場合は、ガンダムのテーゼでは、「戦争を止められる」んじゃないかという形で表れていきます。答えは出ていて、バランスオブパワーが成り立つ3つ以上の勢力によう勢力均衡、その後、地球連邦政府(統一政府の樹立)、その過程でリソース、既得権益の奪い合いにならないように、軌道エレベーター、太陽光エネルギーの人類レベルでの設置によるエネルギー不足の解消、土地の不足に関する争いを避けるためにフロンティアの設定として、スペースコロニーテラフォーミングによる他の惑星への開発、、、、等々の人類の成長(=リソースの奪い合いによる内ゲバの回避)に軌道を乗せる技術の大イノヴェーションと、それを社会に実装する長く、広く、深い展開。「これをすれば」、人類は、前に進める。残酷で苦しんでいる現実を「変えること」ができるのはわかってきました。

ちなみに、ガンダムのテーゼには、もう2つ「人類の革新(分かり合えれば殺しあわない)」と「個人が最後に帰るところがどこにあるのか?」という3つを僕は想定しているんですが、その話も長いので、また今度。

劇場版 機動戦士ガンダム00 -A wakening of the Trailblazer-


が、ここで重要なのは、「閉じ込められて抜け出ることができない」過酷な現在という現実は、「自分一人では為せない」だけでなく「自分の生きているうちには終わらない」というマクロの大事業になります。


いいかえれば、主人公としての特権、、、、自分が勇者に、英雄になって、「世界を救う」ことを断念しないと、「英雄を排してみんなで新しい世界を建設する物語」が始まりません、「英雄を排してみんなで新しい世界を建設する物語」がすなわち、脱英雄譚の本質だと僕は考えています。


長くなるので、この話は、また。


なので、この江戸の町を建設したテクノクラートたちの、「世代を超えて」自分が生きているうちに「完成を見ることができない」物語にコミットすることに僕が感動したのが理解していただけますでしょうか。



個人的には、囲碁棋士で天文暦学者の渋川春海を描いた冲方丁の『天地明察』や、『風雲児たち』の会津藩保科正之(秀忠の実子にして徳川幕府の基礎を作った男)のエピソードを同時に見たい感じです。

天地明察(特別合本版) (角川文庫)

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何もなかったフロンティアであり、土地が有効利用できな湿地帯であった江戸が、現在の成長し続ける「東京」に作り替えられていくさまが、素晴らしかった。東京に住んでいれば、「あの地名」はそういう意味だったのか!と、既視感がビシバシある。『風雲児たち』の「薩摩義士の宝暦治水」の話を同時に読みたいところです。


風雲児たち 第30巻 外伝宝暦治水伝 (希望コミックス)


戦国小町苦労譚 1 邂逅の時 (アース・スターノベル)


ちなみに、どうでもいいというか枝葉のことなのですが、なろうの『戦国小町苦労譚』が好きで、こつこつ読んでいるんですが、こういう内政チートものってのも、やっぱり視点は、文官のテクノクラートの視点が面白いんだよね。物語としてはダイナミズムが弱いので、なんで好きでこんな量を読むのか、自分でもわからないんですが、こういう内政チート物のおもしろさって、やっぱり「世界を変える」には、構造の基礎から変えないと変わらないという「気の長さ」が、やっぱりそれだよなーとしみじみ実感するからだろうと思う。


https://ncode.syosetu.com/n8406bm/

『その着せ替え人形は恋をする』福田晋一著 やっぱりなー女の子がかわいいのが際立つのは、男の子がかっこよくなきゃダメなんだと思う。

その着せ替え人形は恋をする 1巻 (デジタル版ヤングガンガンコミックス)
   
客観評価:未評価
(僕的主観:★★★★4つ)

なんか絵柄が好きだなと思ってみたら、大当たりで、めちゃ好き。『桃色メロイック』もすぐ全巻買ってしまったよ。なんなんだろう、全編、Hな感じ満載だし、女の子のかわいいところが見たいんだよね!的な感じがするのに、、、なんか作者が男性っぽくないんだよね。この人もしかして女性なのかな、名前からするとだ男性なんだけど、なんだろう視点が女性に思えるなぁ。なんでだろう。


まぁそれは置いておいて、『桃色メロイック』読んでて、ああ、これ、なんというか「設定がもったいないなー」と凄い思ってたんですよね。これ、お兄ちゃんが、実の妹まじで好きっていうヤンキーマンガじゃないですか。そのまじぶりが、シリアスすぎてギャグになるという構造なんですけど、これって、ヤンキーだから、本気度合いが凄いんだよね(笑)。


でも、妹ちゃんの魅力って、「そういうこと」が全然わかっていない天然のところにあるから、関係性が前に進みようがない。案の定、何も進展しないで、10巻?くらい長く続いているのに終わってしまった。めちゃくちゃ絵柄も関係性も好きだったので、これ「前に進みようがない」というのが、ずっと残念で、、、。次の作品は、ちゃんと「恋愛が前に進む」やつにしてほしいなーと凄い思っていたんですよ。ようは、『桃色メロイック』ってギャグマンガのアイディア勝負の構造を超えられてないんですよね。でも凄いのは、そういうのって、要は絵柄の可愛さとシュチュエーションコメディだけなので、2-3巻がやっとなんですよね。ふつう。そこで賞味期限が切れる。なのに10巻ぐらいまで、引き伸ばして引き延ばして、続くじゃないですか。構造凄い悪いのに。これって、それだけ読者の支持があって、シュチュエーションを超える魅力を作者が描けるからなんですよね。なので「次」が見たくて仕方がなかった。


桃色メロイック (1) (ヤングキングコミックス)


『その着せ替え人形は恋をする』!これ、1巻読んだ時に、稲妻が走った(笑)んだけど、もうね、主人公の五条新菜くんがめちゃいいの!。人形職人を得目指している内向的な男の子なんだけど、もう、なんか見てて、めちゃ応援したくなる。女の子のかわいい姿が見たい!というのがひしひし伝わってくるのに、主人公が朴訥な男の子なところが、もうめちゃいいの、、、。いやね、相変わらずとびっきり女の子がかわいいのは変わらないんだけど、、、、やっぱりね、「男の子がかっこよく」ないと、「女の子の可愛さも」際立たないんだなーと、しみじみおもったよ。「男の子に都合がいいだけ」のハーレムを描くのって、やっぱダメなんだなーとしみじみ。そういう場合って、男の子が典型的過ぎて、魅力的じゃないんですよね。感情移入しやすいように、あまり特徴を作らないんだろうと思う。これって『恋愛ラボ』でも思ったけど、、、結局関係性だから。


いやだからね、もう絵柄とエピソードとか性格だけで、この作者さん、めちゃくちゃ素敵なので、「それだけでいいんだよ」的に思えてしまうくらいなんだけど、やっぱり、これ、恋愛が前に進む構造になっていて、着々と、進んでいく感じが、なんかこう、、、、、悶えるんだよねぇ。なんというのかなぁ、ほんと新菜くん、朴訥で、内向的で、付き合い下手で、、、、たぶん表面だけ見たら、友達いない暗い変なやつなんだけど、一歩奥に入って、「好きなこと」「本気になれること」を通してみたら、めちゃめちゃいい子なの、もう、おじさん惚れちゃうよ、彼に。それくらいいいなーと思うと、ヒロインが彼を好きになる理由が、物語の都合じゃなくて、それはそうだよなー、うんうん、という納得があって、なんか見てて幸せな気分になるんだよねー。僕ねぇ、、、不器用な彼が、勘違いした日時に間に合わなくて、いろんなことが押し寄せてキャパいっぱいいっぱいになって、精神的にまいって追い詰められてしまうシーンで、それでも泣きながら、服を作るシーンで、胸がつぶれるような思いだったよ。ヒロインのまりんちゃんが、これがわかった時に、そのプロセスをすぐ気づいて、ボロボロ泣きながらありがとういうシーンとか、いや、もう「お腹いっぱいです!」みたいな幸せな気持ちになったよ!。「好きなことを通してみる世界」のキラキラ感があふれてて、もうぐっとくるですよねー話的にも。まぁそれ以上に、キャラクター超好きすぎる。


その着せ替え人形は恋をする(3) (ヤングガンガンコミックス)

『無職転生 - 異世界行ったら本気だす -』 11巻 理不尽な孫の手著 フジカワユカさんの漫画が素晴らしくて・・・

無職転生~異世界行ったら本気だす~ 11 (MFコミックス フラッパーシリーズ)

客観評価:★★★★★5つ
(僕的主観:★★★★★5つ)

11巻が出たので、即購入。この前熱が出て、会社を休んでぼーっとしている時に、読み始めて、小説全部読みなおしたので、また読みたくなってマンガも読みなおした。好きだなぁ。


2019-10-04【物語三昧 :Vol.40】『無職転生 - 異世界行ったら本気だす -』 理不尽な孫の手 2012異世界転生の日常やり直しセラピー類型の、その先へ-45

全体の感想は、いま『鉄血のオルフェンズ』を見終わって、ずっと考えていた新世界系の類型に一つの答えが出たなぁ、と思う時に、無職転生も、はっきりと同時代性が刻印されていると、感動したんだよね。なんでも文脈に引き付ければいいわけじゃないんだけど(笑)。でも「主人公ではない」ことをどう描くか、というのは重要なことだと思うのだ。

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とはいえ、小説を全部読みなおして、素晴らしいなと思っていたんだけど、、、、マンガがうまいって、大したことなんだなーと11巻を見て、さらに思いました。素晴らしかった。フジカワユカさん、素晴らしい。


いや、凄い良かったといいたいだけなのですが、、、、


いいなーと思ったのは、エリスの出奔の話。


これね、小説だとルーデウスの視点が基本だし、エリスがなんで「出ていってしまったの」というのが、理屈はわかるし、その気持ちはしみじみわかるんだけど、、、頭でわかるって感じだったんですよ。


でも、漫画見たら、ああ、、、、と打ちのめされちゃった。これは、エリス、出ていくよ、、、って。


解説的に言うと、ルーデウスとエリスが初めてHをしたエピソードなんですが、これって、家族が全員死んでいたことが分かったエリスが、ずっと好きだった依存対象だったルーデウスを自分の身体でつなぎとめるために、Hをしたって設定じゃないですか。まぁ、この二人、ずっと相思相愛だし、様々な思いを何年も積み重ねた後なんで、これは背景にそういう打算があっても、愛だよな、、と思うんですよ。これだけ、好きあっていたら、そりゃ身体も重ねるよなって。


でも、これエリスが気づくんですよね、ずっと「頼ってきた」「自分を助けて導いてくれる」愛しい存在だと思っていたルーデウスが、自分より、年下の男の子なんだって。


それって、なんで実感したかっていうと、抱きしめて、Hをして、初めて、ルーデウスが自分よりも体が小さいって、分かってしまうからですよね。


これ、絵で二人が並んでいる姿、骨格が明らかに太いエリスの「映像」を見せられたら、もう一発なんですよ。


エリスが、自分が「依存して頼っていた」存在が、実は「自分より小さい存在だった」ということ、自分が卑怯にも、その小さい存在に寄りかかってしまっていたことに、物凄い衝撃を受けるんですね。。。。



だから、対等になりたい、頼った分助けてあげたい、、、、だから、一人になって強くならなきゃならない、、、、と決断するんですね。



ああ、、、、なんていい子なんだろう。なんか、泣いたよ。




そんでね、僕は、エリスファンなので(笑)、その後、シルフィが出てくるんですが、、、、シルフィって、出会ったときのイメージなんで、なんか小さい女の子って感じでずっと小説で見てて、いまいち、魅力がよくわからなかったんですよね。


でも、絵を見たら一発でした。


あ、この子、めちゃエロいって(笑)。僕の中で、シルフィが、大人の女性に成長したイメージがなかったんですよね。


やっぱり百聞は一家にしかず、なんだなーって。逆に言うと、絵でそういった情報量を、まざまざと見せつけてくれるって、やっぱり素晴らしくうまいんだろうと思います。コミカライズとか媒体を変えるのって、だいぶオリジナルの魅力を超えるのは難しいことが多いのに、、、いやはや素晴らしいです。



TVアニメ『無職転生 ~異世界行ったら本気だす』ティザーPV<2020年放送決定>

『国運の分岐点 中小企業改革で再び輝くか、中国の属国になるか』 デービッド アトキンソン (著) 自分のビジネス経験の実感とめちゃくちゃ一致している


評価:★★★★★5つ
(僕的主観:★★★★★5つ)

非常に明快で、且ついつもの冷静な視点から、一歩踏み込んで、政策につながるストーリーになっていて、より伝わった気がする。といか、なんか、すげぇ感動した。そうか、そういう構造だったのか、としみじみ感じたよ。前著、『日本人の勝算: 人口減少×高齢化×資本主義』と同じ主張且つ同じロジックなんですが、力点の置き場所、解決策への力点の置き方が全然違う。興味深かった。というのは、これはアジテーションだと思うのだ。


最低賃金を上げる」ことによって経営者のインセンティヴメカニズムを変えて、産業構造の変革を促進する、というのは同じ主張。


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しかしながら、いままで日本社会が、産業構造を変えなければいけない、効率化しなければならないといいつつ、全然進まなかったのはなぜか?の理由がフォーカスされている。フォーカスというより、アジテーションに近いと思う。よほど、日本の中小企業の経営者の反応に腹を据えかねた(笑)というか、彼らこそがラスボスというのが、反論を受けていく過程で身に染みて分かったんだろう。

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もちろん、労働市場の流動化を目指していたのは、そもそも根本目的である「産業構造を変えること」だったのだが、正社員の既得権益化に守られて結局非正規雇用増加、女性のや移民などの、労働者の所得から差し引く効果しか生まなかったのがこの20年と喝破する。


これは、経営者にインセンティヴメカニズムがないから、というのが旧来の主張。けれども、ここで強調されているのは、日本社会の30人未満の小規模企業の労働者比率の高さ。29.9%は、スペイン27%やギリシャ35%の間。これは1964年の中小企業基本の制定以来、一気に企業者数が増えていることから、政策によって導かれた結果なのがわかる。ちなみにアメリカは11%、ドイツは13%。アメリカ社会の生産性の高さは、労働者の大企業で働く率が極端に高いことからきているというのはカナダ銀行の分析。ここで重要なのは、日本の大企業の問題ではないということ。いやそうはいっていないが、ボリューム的に言って、最優先順位は、日本の中小企業の非効率の差であって、大企業はしょせん社会にインパクトがない。本来ターゲットにすべきは、日本の中小企業の経営者だったのだ、という気づき。


ここ日本の可能性がある。国際人材評価は、世界4位と高いのに、生産性が29位と先進国最下位レベルに一気に落ちる。この説明が、これまで難しかった。通常の国際競争力では、この数字がほぼ一致するのに、日本には乖離がある。いいかえれば、労働者の質は高いのに、非効率的な組織、経営が過半を占めているということ。けど、日本の大企業が、それほどひどいのか?というと、それ以前に、日本社会の産業構造が大企業比率が低いことに注目する。大企業が生産性を改善しても、日本社会広範囲には影響しない。つまり、大企業を批判しても、あまり意味はないんだよね。


人口減少社会において、日本社会の内需が拡大しない中で、企業者数(特に中小企業が)減らないので、1)価格競争に陥る構造、2)経営者の動機付けがないので価格競争のマイナスを労働者に転嫁する、という構造がこの失われた20年に根づいてしまった。いいかえれば、中小企業の経営者、経営者全般のマインドが、安い労働力を搾取して使い捨てることが、コモンセンスとして構造化してしまった。


日本人の勝算: 人口減少×高齢化×資本主義


だから政策的に「最低賃金を上げる」。


それは非効率で生産性向上が見込めない「多すぎる中小企業」を、中堅企業並み(EUアメリカの定義と同じく)にする企業結合を促すこと。大企業は、銀行の数十行が、3行ちょっとに統合されていることなど、企業結合は進んでいる。冷徹な分析だなと思うのは、人口減少によって需要が減る日本社会で、中小企業が価格転嫁をできず、それを労働者のコストでも吸収できないと、「実施できることは何一つない」と見なしてい点。規模を大きくする(=企業結合)以外にほとんど選択肢がないと見なしていること。「頑張ろう!」とか「努力する!」とか、そういうどうでもいいロマン主義は、一切考えていない。とりわけ、日本の中小企業が自助努力で、何とかするという現在の中小企業の経営者の主張は、この20年以上いっさいなにも進展せず、労働者を使い捨てにしてきた事実から、そういう無駄な幻想、期待は一切意味がないと喝破しているのも、さすが。ようは、政府が「最低賃金の上昇という強制」をしなければ、すべて労働者に価格転嫁するだけなのは、過去20年以上の事実なので、全く選択肢としては意味がないというのが、はっきり言われているのが、さすがだなーーと。

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ちなみに、さらに冷徹な分析だな、と思うのは、生産性が「非効率」というのを、日本文化とか日本企業文化などの曖昧で意味不明なものに収斂させず、小規模企業が多すぎて、設備投資が進んでおらず、安い人材を使い捨てにする構造が、他国よりも多い比率の産業構造だからと説明するのは、非常にクリアー。文化とか曖昧なものは、無視する姿勢が、素晴らしい。大企業の生産性が高いのは、単純に設備投資や技術革新を取り入れる余裕があることで、同じ人材に対してかけられる生産性向上投資の比率が上がっている、というのをデータで論証しているのもさすが。これは、僕の20年以上のビジネス経験、日本とアメリカの会社で働き、アジア中をずっと回ってきて、ヨーロッパ企業と交渉してきた経験からも、合致する。大企業の差は、あんまりないと思う。むしろ、会社の規模の差の方が、物凄い差になる。あとは、産業分野。成長率の高いところは、ベンチャーや小さい企業がいっぱい競合するので、当然「小中規模の発想」になる。むしろ変数は、常に「規模の差」なんじゃねぇ、と僕は思う。


というストーリーは、非常に面白かった。これが正しいかどうかは、何とも言えないが、個人的な実感とはとてもあっているので、非常に読みごたえがあった。


それにもう一つアジテーション、、、というより、なるほど、というストーリーが1つ。


一つは、日本の企業保護の体質がなぜ生まれたか?というのを、外資からの乗っ取り、植民地化への恐怖が激しいとしている点。明確に、年次データがあるので、恣意的にそういう構造が政府によって作られたことが明確なのも素晴らしかった。



なので、待ったなしの中小企業の比率が高いのを変えていかなければならないという理屈を、同じ「植民地化の恐怖」に置き換えてつなげているのが、おおと唸った。


もし単純に、中国が怖いとか凄いいうだけならば、それはダメな意味でのアジテーションに堕してしまうのだろうが、これについては、僕は人生で、日本の財政健全化が必要な理由として、一番、なんというか腑に落ちた。なるほど、と唸ったよ。いわれてみれば、単純で、そんな大したことでもないが、強調されると、おおっと唸る。さすがの発想のキレだよ。難しい経済学的理屈よりも、直感、実感的に、とてもリーズナブル。


日本が自然災害大国であり、とりわけ巨大地震に周期的に襲われ、その可能性が最も高いのは高度集積化が進んでいる東京。いったん複合災害に襲われると、国富が凄まじい勢いで吹っ飛ぶ。「だから」その復興予算のために、常に「財政をあるレベルで健全化している必要性」が、ある。これ、物凄い説得的。


また、日本が、複合災害で、復興予算の借り入れが必要に迫られたときに、現在の世界で、それだけの規模の資金援助ができる国家は、中国だけだろう。なので、日本が独自で対応できない部分は、資金を融通する国家に対して依存し、それを通して支配されるリスクが常にある。。。。これ、個人的には、まじでなるほど、、、と思ったよ。


財政を健全化すれば、その分だけ、政府が縮小するので、再分配というか、リベラリズムの貫徹から遠ざかる可能性がある。ケインズ政策のストーリーが、支持されるのは、こうした見地が大きいといつも思う。大きな政府と小さな政府の、道徳的な視点だよね。しかし、大規模自然災害のリスクが極端い社会日本では、それによる「他国からの経済植民地支配」のリスク回避のために、財政のあるレベルの健全化していないとまずい。だから、放漫な大きな政府を無条件には支持できないという構造は、いやはや納得の一言だよ。もちろんレイヤーレベル、いろいろ議論はあるだろうけれども、問題の構造は、クリアーだとおもった。

究極的に、日本が外資乗っ取りを防止して中小企業の保護が進んだ理由が、「全く同じ」というのが素晴らしい。日本社会にある、根柢の恐怖を、アジテーションするのは、リーズナブルだと思う。


ちなみに、僕は、ほんとSFというか物語の脳なので、まったくもって、小川一水さんの小説を思い出しましたよ、これ。まさに、この話だよ(笑)。


復活の地1


復活の地 1 (MFコミックス フラッパーシリーズ)

『青空エール』河原和音著 不器用な人が、才能がない人が、普通の人が前に進んでいくこと

青空エール 19 (マーガレットコミックス)


評価:★★★★★5つ
(僕的主観:★★★★★5つ)


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もうまじめに考えていたのは、2011年ですね。ということは、8年近く前。ずっとと好きでたびたび読み返しては読んでいたのですが、既に2016年で完結していたんですね。気づいていなかった。紙の本で盛っていたのを一度全部整理のために捨ててしまったので、止まっていたようです。ちゃんと貢献すべく、電子書籍で全巻買いなおしました。


昨日全巻を一気に読んだのですが、素晴らしい傑作で、まとまっていて、最初から最後まで「小野つばさという才能もなければ経験もない高校生から吹奏楽を始めた子が、成長していく姿を描く」ことにフォーカスしていて、素晴らしかった。やっぱり大傑作だよなーとしみじみ。また、なんというんだろう、山田君が、素晴らしいですよね。なんというか、とっても二人とも、「じれったい」んですよね。そんなに好きあっているなら、、、というかここまでくるともう愛だよね(笑)、もういいじゃんというのを、「じれったく」ステップを踏む。これ「どんくさい」ともいえるんだろうけれども、こういう風に「丁寧に関係性を深堀」しているからこそ愛に昇華するんだろうなぁ、とみててほんわかしました。ただ、やっぱり、「こんなきれいな恋愛」が正しく進むのは、もちろん、大きくは二人の誠実さなんですが、そこにちょっかい出す邪悪な人が誰もいなかっただけ、という気もするので、僕がもし友人A とかの立場でそばにいたら、もっと前絵に勧めよーーーーと、じれったくいろいろ動きそうだなとかいろいろ思いました。



さて、これ以下は、だいぶマイナスというかネガティヴな話をするんですが、『青空エール』は見事にドラマトゥルギーが本質に届いて完結している作品なので、この作品自体に対して批評ではないんですよ。それに、つばさと山田君たちの人間性や作者の人間理解も、僕は素晴らしいと思うので、、、なんというか、ほんとうは、『青空エール』の話ではないんです。でも、逆に素晴らしすぎて、自分の中の様々なテーマを喚起させたので、メモとして書いている感じです。、、、ちょっといいわけ。




さて、一気に見ると、彼女の行動原理、特に苦しさにぶつかった時のブレイクスルーの方法が、すべて同じ事に気づく。



1)とにかく「才能がなく」ても「あこがれ」を目指して、しつこく執着し続ける


2)嫉妬やいじめには、すべて自分の赤裸々な思いを相手にぶつけることで解決


3)「才能がない」こと、「感情的な問題」には、すべて自分の極限の努力を見せつけることでねじ伏せる


こんな感じ。ええと、先に言っておくと、僕は、つばさの「どんくさいけど、ひたすら目標をぶれずにこだわり抜いて、頑張る」という姿勢は、とても素敵だし、なによりも、報われる最終巻あたりは号泣してつけていました。


しかし、単純に「没入している」だけで、よかった!というだけではなく、もう少し「自分自身の客観性」を入れて見てみたいな、と思ってきました。これは、物語の評価と別の部分で、「僕という個人が見た時にこの類型や翼や山田君をどう思うか?」という日記というかエッセイみたいなもの。なので、評価は、★5で客観的にも、主観的にも最高の傑作です。「そのうえで」あんまり読み返したので、「自分自身」をつけ足したくなって、これを書いています。


僕は、これを見続けているときに、いくつかの作品を強烈に思い出しました。ひとつは、ちばあきおさんの『キャプテン』、『少女ファイト』『アニメタ!』それに、『アオアシ』です。


キャプテン 1 (ジャンプコミックスDIGITAL)


少女ファイト(1) (イブニングコミックス)


■俺の背中を見続けろという解決法でいいのか?

『キャプテン』を凄く連想したのは、つばさの部活で起きる、極限の努力できる人間への嫉妬、無能な人間への踏みつけ、、、、部活ものではよくある問題ですが、たぶん人間世界の「最もよく起きるどうにもならない」、人生や仲間や、様々なものをぶち壊すきっかけになるもの。これに「どう対処」するかというと、すべて、


1)自分自身の弱さも強さもさらけ出す全裸作戦


2)1)の思いを正当化できるほどの極限の努力


こういう構造で、相手を納得させたり、感情のカタルシスを得ています。分析的に言うと(笑)。小野つばさというキャラクターが、「そういうキャラクター」として嫌味なく感じられるからこそ、このドラマトゥルギーのエピソードに、胸が熱くなります。


が、しかし、僕は何度も同じ方法を行うつばさに、、一気に1日で全巻読み直したがゆえに、違和感を感じました。


これって、あまりにどんくさくないか?


これって、結果的に物語だから成功しているけど、いつもこんなにうまくいかないんじゃないか?


これって、「頑張る」という極限の努力を正当化して、パワハラの温床にならないか?=部活ものとしては、ガチ勢側過ぎて、これだけを称揚できないんじゃないか?


これって、日本のいじめとパワハラを肯定してしまう側に組してしまわないか?



とかとか思ったのです。えっとね、つばさ自身が、苦しみ抜いて歩んだ道筋で、それはドラマとして成り立っているし、丁寧に読むと、気持ちにシンクロして全く違和感はないので、物語としては、完成されていて、そこは批判の余地はないと思うんですよ。


でもね、、、、僕は、何か違和感があって、、、、山田君とつばさちゃん、、、、、あまりに、「愚直すぎないか?」と思うんですよね。


というのは、僕はもっと政治的に動くし、同じ目標を選ぶにしても、もっと立ち回りを考えるだろうし、なによりも、人間としてかなり腐っている先輩方を愚直に、受け入れて、包摂して、すべてに対して真剣に「向き合っていたら」ら、普通は心が壊れて、死んでしまうし、部活もやめてしまうと思うのです。だから、どこかで、線引きはいると思うんです。でも、つばさちゃんは、そんなことを考えられないくらい、猪突猛進です。



正直言ってね、つばさちゃんの魅力は、「そこ」なんです。



「選択肢」とか「得か損」とか「長中期を見通して」みたいな頭の回転が速い真似はできない。だから、「こつこつ積み上げる」そしてその圧倒的な努力を見せつけて、他を制圧する(笑)。でも、これって、あやうい生きかたじゃないかって、思うんですよ。山田君と、支えあえる関係になったけれども、これだけ不器用なもの同士だと、何がきっかけで「マイナスのスパイラル」に入るかわからないと思うんですよ。



正直ね、、、、僕が嫉妬に狂った人間のくず的な先輩とかだったりしたら、「つばさちゃんの人生をめちゃくちゃにする」という方法論を、簡単にいくつも思い浮かべちゃうんですよね。。。。彼女は、それを乗り越える精神力があるので、物理的にできない方法を、いくつも思いついちゃう、、、。世の中には、それくらい心が壊れて、腐った他者というのは、ゴロゴロいます。


そして、「そこまでやられた」ら、山田君とつばさのような愚直なタイプには、対処のしようがない。


・・・・えっとね、、、、どう思ったかというと、「この空間にもし自分がいたら」と思うんですよ。


もしくは、もしつばさが好きになった相手とか、周りにいる友人が、「もっともっと全体を見通す視野を持っていて」かつ「つばさとの関係が深かったら」、、、、きっと違う物語が始まる可能性が高いって。


もっと、もっと、違うルートがあるような気がしてならないんですよ。



やっぱり、僕が持っている世界巻(現実をどうとらえるか)という視点からすると、あまりに「世界に、やり方に、心に余裕がない」感じがしちゃうんですよ。これは、吹奏楽の古豪で、リソースが少なく、才能もないつばさの物語なので、「世界が端的に過酷に残酷」になってしまうのは仕方がないのですが、「世界はもっと、柔らかくややこしい」だろうという思いがあるのです。



■才能がない地点から始めていると、物語は結局のところ大きなところにはいかない


それと、これもつばさの物語は、才能がないところから、成長していくビルドゥングスロマンなので、批判としては、意味がないと思うのです。なので、これは、僕の思い込みというか、僕の世界のとらえ方。


やっぱり、全体を見ると、「小野つばさ」というこの達成したものは何か、といえば、「やる気」を吹奏楽部にもたらしたことに尽きると思うんです。「才能がない」のに、すべてをかけて、戦ったからこそ、他の人たちに感染させることができた。


でも、、、、やっぱりスタート地点が低すぎたこと、本人が「自信がない(指摘されていますね)」がゆえに、全体の目標値の設定が、視野が、狭い。


えっとどういうことかというと、最後まで見て、つばさの技術は、「しょせん普通になった」だけといえるし、彼女の結果を無視して身を捨てて頑張るという「自己検診的な姿勢」というのは、トランペットチームのみで、完結していて、吹奏楽部全部を巻き込んでいるシーンが弱い。



一言でいうと、彼女がもっと「適切な広い視野をもって」、「最初からもう少し最低限の技術と経験があった」ならば、その極限の努力を使って、「もっともっと遠いところまで行けたんじゃないか」と思うんですよね。



これって、しょせん、凡人が部活をやり切って、人生を燃焼させた、という物語にすぎない、、、、と。それはそれで素晴らしいが、物語として何も特別なことは起きていない。



■同じ「極限の努力」を才能と経験と覚悟がある人がやったらどうなるのだろう?


さて、こんなことを思ったのは、「日本の部活もの」って、みんなこれだよな、と批判的に感じたからなんです。


「経験も能力もない主人公」が、「極限の努力できるという能力」で自分と周りを変えていき、命を燃やし尽くして、全国(=日本一)に挑む


スラムダンクでも、キャプテン翼でも、最近のすべての作品でさえも、構造が基本的には、このドラマトゥルギーの再生産。もちろんじわじわ、変っているし、さまざまな類型の答えが成果としてはあるので、単純ではないですが、でも、王道的に、ここにポイントがある。


これ、昭和的な価値観だよな、と思うのです。僕的な言葉でいうと、日本的、もしくは、高度成長期的。何もない凡人が頑張ることに至上の価値を見出す物語。


ここで思い出したのが、『アオアシ』です。


アオアシ(16) (ビッグコミックス)



この作品、いろんな意味で、とんでもない作品だと思っているのですが、ここで指摘したい論点は1つです。



アオアシ』が、「部活もの」と「ジュニアーユース」の構造ちゃんと描いていること。主人公が、ジュニアユースの「選ばれたものたち」の世界で戦うという、ほぼ初めてのスポーツものの設定。



えっと、これサッカーの現実だろうと思うんですよ。「高校の部活でやる」というのと「ユースでプロを目指して選抜された人間のみでやる」というのは、まったく「目指しているものが異なる」ということを。


かくて、『シャカリキ』で曽田将人さんが、自転車競技を描いたとき。それ以降の『昴』なども、すべては天才を描くという物語でした。けれど、「天才を描くと」、感情移入できなくなって読者がついてこれなくなるという問題点から、常に王道は、部活に回帰して、「才能がない主人公」が成長していくという類型になりました。

[まとめ買い] シャカリキ!〔ワイド〕(ビッグコミックスワイド)


この辺りの最前線を見事に矛盾なく描いたという意味で、「部活ものの王道である」にもかかわらず「能力のない主人公が周りを巻き込んで成長する」という作品は、BE BLUEですね。これ、ユースで日本代表に簡単に行けるルートに乗っていた天才少年がたどる道筋が、、、凄いです。僕、読みなおしても毎回号泣します。


BE BLUES!?青になれ?(1) (少年サンデーコミックス)



えっと、『アオアシ』に戻ると、高校サッカーの現実は、「部活」と「ユース」の総当たり戦が公式の構造になっていて、「この違い」というのを、物語でさらっとですが、描かれているんですよね。サッカーをやる「目的が」全然違うの。なので、目指すものが全く違う。人生も、あり方も、人間関係も、すべて違う。


「そのあまりの違いを抱えた多様性」の中で、総当たり戦をするんです。



ぞくぞくします。



でも、世界って、現実って、こういう多様性、、、、「何でもありでわけわからん過ぎる」もんなんだろと思うんですよね。



さっきのつばさの視野の狭さという話は、「白翔という古豪の吹奏楽部が全国優勝する」というのと「才能がない自分が成長する」という古典的な成長物語の日本的なパターンから、スコープが全く抜けていないなぁ、と感じたことなんです。



いや、それは、つばさの『青空エール』のテーマと関係ないから、と言ってしまえば、そのとおりなんで、これは、『青空エール』に対する感想というよりは、僕の「マンガ読み」としての全体からのふと思いついた戯言です。


河合さんの『帯ぎゅ』もそうですが、『シャカリキ』もそう、サッカーもそうですが、「日本の部活の世界」「能力がない地点から始めるだけの戦い」以外の、異なるバトルをしている人が、ルールが、たくさんあるよ、というのを、常に見ていない、、、そういうのが「わかっていてほしい」と常に思うのです。子供たちには。僕は、僕のできる限り自分の子供と部下とか後輩とか、後続の世代の人々に、「僕と同じ低いスタート地点」から頑張ってほしくない。そう思うのでです、、、、もちろん、物事には「才能のあるなし」があるので、情報があっても、才能がなければ、たいていはどうにもならないんですが、、、、、、せめて「視野の広さ」だけは、、、、。と思うのです。なぜならば、「才能があるなし」なんて、最初はほとんどわからいでしょう。それに、「才能があるから」、物事を始めたり継続したりするわけじゃないと思うんですよ。

はしっこアンサンブル(1) (アフタヌーンコミックス)


これなんかの視点は、僕は凄い良かった。工業高校が舞台にされている合唱部の話ですが、「親がそもそも片親」であったり、親がいなかったり、、、普通にサラリーマンをやれてる親なんかほとんどないのが、作中でほぼ全員の前提で話されているんですよね。いいかえれば、「普通?の中産階級のスタート地点にすら立てていない」。もっといいかえれば、ハンデがあるような低いところから、物事を始めなければな他ない設定を組み込んでいるんです。こういう設定にすると、トラウマとかの話になりやすいんだけど、そこは『げんしけん』の作者。その辺をうまく描きつつも、さらっと、世界の「てきとーさ」を、いい感じに描けている。


物語をリードする男の子は、どうしてまだ分かりませんが、合唱は、物凄い知見があるんです。こういうの見ると、「知識は力」だなと思うんです。彼には、もし本気の情熱を使ったら、「どこまで行けるか」の技術的な、世界観の広さが既に、、、、これほど恵まれていない、底辺のスタート地点でも、既にあるんです。彼らが極限の努力をする時には、「最初から合唱の世界のテクニカルな、技術などの最前線を知っ営る」うえで戦略を立てると思うんですよ。「知識がある」というのはそういうこと。


そして、知識を使って考え抜くポイントは常に、「すでに生まれてしまっている絶望的な格差」を、いかに「ひっくりかえすか」です。


さっきのね、、、、『青空エール』の世界にもし自分がいたら、、、と思うのは、つばさのそばに、もっともっと、全体像を教える人が、、、、もっと端的に言ってしまえば、普通の恵まれたサラリーマン家庭なので、もっと協力的であれば、もっと視野が広ければ、、、、もっともっと前に行けたんじゃないか、と思ってしまうんですよね。そうなると、違う物語になってしまうだろうけれども。つばさちゃんぐらいの意欲があれば、モチヴェーションと根性があれば、物凄いところまで行けるんじゃないのか?っておもちゃうんですよ。才能を、ひっくり返す、「からめて」やチート技は、このテキトーで多様な世界には、色々あると思うのです。命をかけるるような根性があれば、「知識を武器の最初から戦略を立てる」ことによって、スタート地点が低くてもゲームに勝てること「考える種」があってもいいのじゃないか。そうんなことを思いました。


また、合唱の世界で、例えば「世界」って何だろう?


glee/グリー シーズン1 <SEASONSコンパクト・ボックス> [DVD]


Gleeみたいなものかな?。これは、アメリカの中で完結している、アメリカの部活ものか、、、、。ほかの国は?歴史は?とかとか、、、、せっかくだから、もっと広く深く、色々や視野が欲しい、と思うのです。



ですです。