評価:まだ終わっていないので未評価
(僕的主観:★★★★★5つのマスターピース)
🔳少女小説に時折現れる大長編大河ロマンサーガ
少女小説には、時折、小野不由美『十二国記』や須賀しのぶの『流血女神伝』のような、もうそれって少女小説の枠を遥かに超えて大サーガ、大河ロマンじゃないかとというような傑作が生まれることがよくあります。僕は、石田リンネさんの『茉莉花官吏伝』は、このレベルの傑作だと思っているし、なによりも、好きで好きでたまらない物語で、マンガ版、小説共に、何回も読み直しています。特に、小説はすでに『茉莉花官吏伝 十五 珀玉来たりて相照らす』(2024/3時点)の15巻までの長編なんですが、何度も読み返しています。
🔳「普通」の少女の立身出世物語
どんな物語か?と問えば、中華風ファンタジーの世界で、晧 茉莉花(こう・まつりか)という16歳の少女が、平民生まれで官位のない宮女(後宮の底辺の下働き)から、女官に抜擢され、科挙に合格し官吏になり、出世を遂げて、多分物語は、彼女が宰相になるか、位人身を極めるであろうところまで描かれるビルドゥングスロマンです。
2024年のMe Tooやフェミニズムが吹き荒れ、ポリティカル・コレクトネスが浸透していく2020年代の物語にあたって、過去には「少年(男)が主人公であった物語パターン」に、同じパターンで少女(女)を当てはめていく実験というか、物語の作り方はブームであり、かなり思考実験くさい部分があるので、イデオロギー的臭みがあるものも多いのですが、それはそれで、豊穣な物語世界の多様さを生み出す大きな挑戦なので、それはそれで僕は非常に肯定的。なのですが、やはりね単純に少年を少女に置き換えているだけだと、いわゆる男尊女卑の「男社会のヒエラルキーや権力闘争の構造」に対して「男性的価値観で競争で押しのけて打ち勝っていく」というものを描くと、明らかに「ひねり」が足りないんですよね。いわゆるフェミニズム第一世代みたいなもので、女性が単に男性化しただけ。これはこれで価値はあるものの、多様性という観点では、かなり窮屈な物語になってしまう。だって「普通の女の子」の価値観や「女性であること」を否定してしまうから。でないと、弱肉強食の社会は、サバイバルできないって話にオチがつく。だから、この物語の石田リンネさんのこの晧 茉莉花の設定は、本当に素晴らしいし、見ていて、いやまさに今の時代の最前線の物語だなってうなります。
まぁ、なんか難しいこと言っているけど、茉莉花がとてもいいんだよね。等身大で、無理がない。
茉莉花は、16歳の最初から、目立つことを嫌い、とにかく出世とかしたくありません(笑)。
立身出世の大ビルドゥングスロマンなのにさ。この物語の主軸は、その彼女が内面的に成長していくんですが、とにかく、「普通の女の子」なんですよ、スタート地点も、本質も。ただ単に、国を動かすレベルのテクノクラートとして「適性があった」だけで、野心も自意識もゼロ。なんなら「記憶力」という才能はあるものの、その武器の使い方を知らず、幼少期に失敗をしているので、自信も全くなく。でも決してネガティヴに、それが「トラウマになっていて」、そのトラウマをバネにというようなドラマトゥルギーにもなりません。別に、そこまでたいしてトラウマでもないので。
本当に自由な社会とは、「ただの普通の人」が「適性があった」からで職業を選んで生きていくような世界だと、僕も本当に思う。そこには、男とか女とかよりも、そもそも適正だし。また、男性的な競争社会のマッチョイズムも、ここには全然ないのが、とてもいい。「国を動かしたいから!とか、国を良くしたいから!」とか、そういう「大きな野望や志」を、茉莉花が微塵も持っていない(笑)のが、本当に素晴らしい。仕事における「大きな目標」が全くないのが、本当に「ただ適正だけ」という感じがして、素晴らしく良い。
なのに、凄い頑張るんだもん。そりゃ、珀陽も惚れちゃうよ(苦笑)。
少女のビルドゥングスロマンって、とてもとても現代的。
そしてですね、マンガ版の『茉莉花官吏伝~後宮女官、気まぐれ皇帝に見初められ~』の、サブタイトルが、とても面白いといつも思うんですよね。
後宮女官、気まぐれ皇帝に見初められ
この構造は、中華風ファンタジーの後宮の物語では、基本構造じゃないですか?。これって、国家の統治が「血統」によってなされているために、皇帝とその妃たちは、ブリーダーにブリーディングされているようなものですよね。男の子を産む生まないの運によって、人生が支配される、基本的人権のなき地獄の世界。このあたりは、よしながふみの傑作『大奥』や『ザ・クラウン』( The Crown)なんか見ていると、ほんとしんどいなと思います。あとは、韓国ドラマの歴史ロマンは、基本的にこの構造を持ちますよね。少しずれますが『宮廷女官チャングムの誓い』とか、中華ドラマなら『コウラン伝 始皇帝の母』とかとか。
でもね、この小説のタイトルって、「茉莉花官吏伝」なんですよね。
わかります?。官吏として、官僚テクノクラートとしての立身出世の物語なんですよね。だから、「皇帝の寵愛」とか、いいかえればビックダディ的な、結局は裏で操っている権力者の男がいるっていうのとは、相反している話なんですよ、ドラマが。このへん自覚的で、最初から茉莉花が「普通の女性なのに立身出世を遂げて官吏として成功して、その物語が後世の官吏を目指す女性のバイブルになっている」という未来の部分から物語は始まります。・・・なのに皇帝珀陽と恋仲になちゃって悩むところとかも、ドラマトゥルギーとしてとても話に緊張感を与えてて、上手いなぁ、と感心しちゃう。なんかね、いや、これ、普通の女の子の自意識持っていたら、普通にぶつかる心理的バリヤーとかガラスの壁とかを、素直にぶつかって超えていくし、変に捻くれて、ならば私は恋などしない!とか、男よりもより強い男となって権力をににぎるぅぅぅぅみたいな話にずれない。素直に、悩んでて。なんというか清々しい。
まぁもちろん、彼女がとんでもなく「仕事ができる」という適性の持ち主であり、物語に主人公にふさわしい適性を持つのは事実です。
そこで起きるイベント、事件が、、、、なんというか、どれも、リアルな政治であり、戦争であり、謀略でありって、「現実を直視せざるを得ない」厳しいものばかりなんですけど、何が素晴らしいかって、
この大イベントの問題の解決能力の高さ!です。
よ、よく、、、、こんなエピソード考えられるなってもののオンパレードで。茉莉花の、、、「自信のない等身大の女の子の自意識」を持ちながらも、「国を揺るがす事件に対する問題解決能力」どころか「問題構想能力まで成長していく」、仕事人としての成長の仕方が、いやはや見事。これって、内政ものとか、戦記サーガとかでも、ここまで鮮やかに問題を解決するテクノクラートって、なかなかなくない?って思います。
しかも、赤奏国での内乱を内戦なくして収拾する方法とか、地方のに飛ばされて殺人事件捜査のミステリー仕立てから戦記ロマン(笑)に入っていく話や、叉羅国という部族主義の「家」ごとの意識しかない国におけるナショナリズムを作り出すことによる内戦回避とか、バシュルク国へのスパイ潜入・・・・どれをとっても、それひとつで素晴らしい小説じゃないか!というレベルの完成度で、うなります。
通常、ライトノベルとかファンタジーの「人を殺したくない」とか「戦争は嫌だ」みたいな話は、ただのお題目で、多分そこまで本気ではなくて、「現実にそのヤバい戦争状態とか殺し合いの状況に放り込まれた」ら、すぐに適応しちゃって戦うしかないとなるんですよ。だって、「解決の方法」がなければ、それ以外は自分とかが殺されるわけですから。
でも、茉莉花の問題の解決能力、構想力は、確かに!それかよ!と思うような射程とがあって凄い。例えば、異世界転生のチートって、自衛隊が、つまり現代の武力が転生したとか、現代の能力を持ち込んでいる「格差」によってなされるものばかりで、ほとんど現実味はありません。それはそれで、楽しく素晴らしい物語ですが、ここで描かれている茉莉花の物語は、全然違うものだと僕は思うんですよねー。戦争は嫌だって、普通の少女である茉莉花は思うんですが、為政者としての彼女の発想は「戦争は現実的解決策」という身もふたもない選択肢を無視しません。それを回避しようとしたら、ではどうやって?というのを、具体的に考えて解決方法を模索していくところに凄みがあります。
これって、中華風ファンタジーの「時代もよくわからない曖昧な設定」の中で、茉莉花の思考の冴って、本当に凄い。僕は、叉羅国編、8巻の「三司の奴は詩をうたう」9巻の「虎穴に入らずんば同盟を得ず」のあたりの話とか、、、、この叉羅国というのは「家」という部族主義の国で、「国家」言い換えればネイションステイツの概念がないんですよね。茉莉花は、もし自分が、この国に生まれたジャスミンという少女だったらという思考実験で、自分のご主人様を殺された人を許せないだろうな、とかどんどんシュミレーションを深めていって、感情移入した上で、
では、どうするか?
と、凄まじく鋭い現実認識をして、その上で、解決方法を「手持ちのもの」だけで考え出していく様は、マジで、これって超優秀なコンサルタント的な発想じゃんって、うなります。師匠である芳子星との会話とかも、物事を解決に導くときに必要な「思考形式」の話とかやりとしてて、なんやこれ、なんでこんな楽しく、面白くこんな難しい話かけるんだっていつも震撼します。
とはまぁ、ペトロニウス大絶賛の、大好きな小説です。
ちなみに、マンガも大好きです。絵が、めちゃくちゃ好き。
ちなみに、『十三歳の誕生日、皇后になりました。』は、茉莉花が宰相補佐として実力を発揮した赤奏国のスピンオフ作品です。これも、マジでこのタイトルかよ!しかも、ヒロインの皇后の名前は、虂 莉杏(ろ・りあん)(笑)って、あなた、少女小説家でしょう!って、言いたくなるナメたネーミングとかなのに、これが、、、、、マジで素晴らしい。石井リンネさん、何者なの???小説がめちゃくちゃ素晴らしすぎます。