成長率マイナスのヨーロッパ病の社会へ

こういう将来を合理的に予測すれば、それに適応して生活を切り詰め、質実で「地球にやさしい」生活ができる。日本は現在の欧州のように落ち着いた、しかし格差の固定された階級社会になるだろう。ほとんどの文明は、そのようにして成熟したのだ。「明日は今日よりよくなる」という希望を捨てる勇気をもち、足るを知れば、長期停滞も意外に住みよいかもしれない。幸か不幸か、若者はそれを学び始めているようにみえる。



希望を捨てる勇気/池田信夫 blog
http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/6f12938eaad206d10b7629456f0a051e

ああ、ここで語られている「物語」は、今ある手持ちの情報を組み合わせると、計算式のように出てくる一つの答えですね。つまりは、「競争的な(言い換えれば過労死上等的!な)イノヴェーティヴな社会」か、「階級ががっちり固定化され、未来がない代わりに衰退してゆく穏やかで、これがあんがい文化的な社会」のどちらを選ぶか・・・。まぁ産業構造の大きな転換には、激しい出血と革命的な再分配が必要だろうけれども、その覚悟は、、、ないよなぁエリートにも一般市民にも・・・。ならば、ヨーロッパ病の世界になるしか、道はないだろうな、と思う。そして、それは悪くないと思うのだよね。階級は固定化したほうが、社会は極端な壊滅は起きないし、希望がなければ、だれもルサンチマンを抱かなくなるし(抱いても無駄だし)、そして、、、大英帝国が大衰退を開始した時代が最も、文化的に反映して輝いていた時代だということを考えれば、そういう緩やかな衰退への道も、悪くないかもね。いやなら、発展している国に移民すればいい・・・という感じで・・・。そもそも3%ぐらいの経済成長を選ぶために、竹中、小泉政権を選択し筈じゃなったかなのかなー(苦笑)とか僕は思うんですが、これだけ簡単にゆり戻ってしまっては、、、もう駄目だよね。まぁ階級社会の固定化を、日本社会は選んだってことだもの。まぁマクロの大きな流れは、無意識に選択されていくもので、自覚的ではないんだろうがなぁ、、、でも、選択肢しってのは、いつも過酷な二択しかなくて、、、、なるようになっていくものなんだろうなぁ。でもまー江戸の元禄文化とかを思い出せば、封建的ではあるが趣味的な世界でたゆたうには向いている国民性だと思うんだよね。まぁそれもいいかもなー。まっ、孫の世代の話なんで、僕にはどーでもいいけどなー。(←フリーライダー的発言)でもまー「希望を捨てる勇気」がこのままだと必要になるのかもしれない、、、おれは希望をもって生きるのをやーめたと早くから気づいた人ほど幸せに生きられるのかもしれない・・・