『Landreaall』 12巻 ACT62.アカデミー騎士団 僕らにDecisionは必要ない あるのはDefinitionだけだ! (2)

Landreaall 12 (12) (IDコミックス ZERO-SUMコミックス)Landreaall 12 (12) (IDコミックス ZERO-SUMコミックス)
おがき ちか

一迅社 2008-06-25
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Landreaall』12巻 おがきちか著 物語の連鎖・伏線のうまさ〜あそこのあれが、ここでくるのかよっ!(1)http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20080825/p2


先日、『二つの祖国』を読んでいて、第二次世界大戦に思いをはせていたのだが、ふと、思い立ってランドリオールの12巻を手にとってみた。僕の中では、戦争を遂行すること、組織で戦うこと、、、、とりわけ、一つの集団が何かに向かって結束を高めそれが有効に機能すること、、、という人類の行為に思いをはせる時、最近ではこの12巻のシーンが最も連想を誘うんですよね。

ACT62(特にP148からのシークエンス)で、アカデミーがモンスターに襲われ、王宮の騎士団はより巨大なモンスターの討伐に主力を差し向けており、アカデミーの学生たちは自分たちで「何とかし」なければならない状況においつめられる。この時に、個々のバラバラだった個人が急速に目的に向かって組織だっていく時の演出が素晴らしい。


ここでp149に実な重要な伏線と前提が描かれている。


それは、この小さいモンスターに刺された初等部(プライマリ)の幼い子供や弟をかばって逃げ遅れた女子も、重体でこのまま症状が改善されなければ危険な状態にある、とドクターがいっている。しかし、大人のドクターは、ここにいるアカデミーの生徒は全員が「子供」なので、危険を冒すことはできないし、「もうどうにもできない状況(女子寮にみんな閉じ込められてモンスターに囲まれている)」なので、どうしていいか分からないと、感極まって泣き出してしまう。情けない大人だと思うが、戦闘になれていない一般人としては、自分の無力を責めることしかできないという苦しみはよくわかる。


ここで何が示唆されているかといえば、意思決定(=Decision)する材料が与えられたということなんです。


つまり、外部の状況から、

1)小モンスターを退治して脱出できる戦力はこのアカデミーにはない(=生徒は子供ばかり)


2)仮に無理に外に出ようとすれば、かなりの確率で死人が出るか、もしくは身体を危険にさらされる可能背が高い


3)現在、モンスターに刺されて死にそうなのは初等部の3名と女子1名


4)1)と2)を勘案すれば、80名ほどいる学生と3)の4名の命の重さを比較すると、80名の多人数を守るほうが優先される


5)結果として、この女子寮の中を守りきって、主力の騎士団か戻ってくるのを待つのが正しい論理的思考


というふうになる。物事を論理的に考えて、何かを決断(=Decision)しようとすれば、これが最も正解に近いはず。何の前提もない状況での優先事項は、大人数に優先順位があり、かつ生命保持が最優先。またリスクは取れない、が正しい思考です。つまりこうい状況下。大人のドクターが、「どうにもならない」・・・とつぶやく意味はこういうことなんですよ。しかし、いつもは気ざったらして気まじめ過ぎて、あまりに優等生さが煙い感じのカイルが叫ぶんです。

「論外だ。

僕らが騎士候補生(カデット)として訓練を受けているのは、何のためだ? 志を折る気か?

最上策でなくても 最悪の自体をさける努力をするべきだ。

つまり弱いものの命から諦めなくてはいけないような事態は最悪だ。

僕らに決断(=Decision)は必要ない。あるのは当然(Definition)だけだ!」

このDecisionとDefinitionの韻の踏み方も美しいが、それ以上にすばらしい発言で、僕は感動してしまった。これは、武士道、騎士道の倫理を凝縮したような言葉なんですよ。つまり言い換えれば、弱いもののために死ぬことこそが騎士の、エリートの、指導者の、正しいあり方で、そうすることは、物事を論理的に考える以前の問題で、「当然(Definition)」なのだと喝破しているんです。これこそが、ノブレスオブレージ(高貴なる義務)というやつです。つまりは、判断する根拠がない何もない状況に、前提を挿入したんですね。


論理的な優先順位「ではなく」、常に弱きもののために、前に立ち戦うものこそが騎士・貴族だ!といっているんですね。この概念には、たぶんに身分制の概念と深く結びついているもので、単純にいまのデモクラシーが無産市民にまでいきわたり、かつ徴兵の経験もない人間に市民権がある今のような現代国家には、単純に肯定できないものがあるんですが、非常にシンプルな発想です。人の上に立つものは、常に「弱気もののために、命を投げ出すことこそが義務である!」ということです。これは、たぶん平等の概念とずれる概念なんではないかな、と思うので、現代の人にはほんとうの意味は理解しがたい概念かもしれないな、と思います。というのは、義務の裏返しに特権があるからです。


まぁそこは置いておいて、


じゃあ、弱きものを守れるか?というと、これ、無理なんですよ(笑)。どんなに高貴な願いであっても、天変地異や戦争や、個人では対処できないようなマクロの出来事には、個人(=ミクロ)では対処しようがないんです。だから、人間は、組織を作るんです。ここで、弱いものを助けるのが当然だとして、どうすればいい?という解決方法に、イオンが父親ルッカフォート将軍の言葉を持ち出すんですね。


「そうよ!!

騎士道って そういうことでしょう? お父さんが言っていた!

騎士団は誰がどれだけ強いかじゃなくて、みんなで戦ってどれだけ大きな力になるかだ----------って!
力を合わせれば あの子達を助けられるわ!!」


これは、大きく3つのことを描いている。


1)ひとつは、優先順位のありかた、言い換えると組織的暴力というものを「何の目的で使用するか?」という倫理(=エシックス)の問題


2)もうひとつは、マクロの個人では抗し得ない大きな問題(=強大な敵や自然災害)に対して、どのような方法で、立ち向かうことが合理的か?ということ


3)最後に、バラバラの個人を結び付けてひとつの権力の元へ集中させる「正しさ」の問題

1)と3)はループになっていますね。1)で優先順位が決まった時点で、弱いものを守るという、マクロ的な力でなければどうしようもない困難な課題が発生するので、その必要に応じて、組織的暴力が招聘されるのだが、そういった「個々のバラバラな個人」がひとつの権力の元に伏するには、その「正しさ」言い換えれば「正統性」が必要となる。ちなみにこれは論理的なものだけではダメで、何の疑問もなくカイルが、ティティにすべての決定権をゆだねる最高指揮官を委ねて、周りが納得するのは、トリドット家の王位継承者という最高位の身分があるので、後々の事後処理のときの「正統性」に疑問の余地を残さないためでもある。


とても重要なのは、このランドリオールの世界に、明確に、騎士道(チルバリー)という特殊なモラール・気概が前提とされている社会であるということだ。文化的に、1)と3)を正しいとする生活に根づいた常識感覚がなければ、こういうような発想は生まれない。しかもこんなシンプルに騎士道のエッセンスを、ストレートに物語りに織り込めないよ。うまいよなぁ、、、おがきちかさん。


難しく考えて分解しているけれども、古きよき時代の騎士道や武士道のエッセンスがストレートに描かれており、しかも、単に個人が強いとかいう英雄譚でもご都合主義のファンタジーでもなく、「組織」が描けているので、僕は感心してしまうのです。このランドリオールの時代背景がいつのかはわからないが、近代戦争が発達し始めるヨーロッパの16世紀ごろや日本の織田信長の時代ぐらいのレベルなんだな、と思う。いやーよく描けているよ。



■みんなはひとりのために、ひとりはみんなのために〜個人ではなく組織が力を発揮すること


それにしても、小気味よいほど組織をまとめていくのがうまい。ああ、この学園が、将来の指揮官の候補生を集めているところなんだな、というのが、見事なまでにわかる。たとえば、小さな子の脱出組のまとめをハルに、ティティは頼むのですが、ここで、うまいなーと感心したのは、ハルの婚約者であるジアは体が大きいので脱出組には入れないんですね。ティティは、すまない、というんですがそれに答えて、ハルは、

「気にするな、ティティ


トリクシー(ティティの妹)も残るつもりなんだろう? お互い様だ


君は義務(=ゲッシュ)に集中してくれ」


というんですよ。わずか2コマ。ここに、人の上にたつ特権を持つもの、言い換えれば公人は、家族・親族に配慮をすることの優先順位を一番後ろに下げろ、ということをいってるんですね。公人にプライヴェートなし、と言い切っているんです。いやーうまいよなー。

しかも、このあと、ティティが最高指揮官として、平民、貴族という序列を無視して能力で戦力を分配するという発言をして、現場は大混乱になって、対立が生まれるんですが、そこでカイルが一喝するんです。


「ティティをリーダーに決めたんだから他人に従えというならまずティティに従え!

騎士ごっこじゃないんだ 騎士らしく振舞え」


僕の記事をずっと読んでくれている人ならば、僕がここでぐっと来るのわかりますよね?。そう、これは、指揮権の問題なんです。権力の統合機能が、発揮されることの重要性を、その国や民族や集団が、どれだけ認識しているか?ということなんですよ。組織とは、この「指揮権」の元にバラバラな個人が、目的を共有して一致団結することの難しさと方法を描かないと、描けないんですよ。ちょっと本論からずれるけれども、戦略担当の最高指揮官としてティティがいて、前線の将軍としてカイルがいるというのも、うーむよく練られている組織だよなーと感心する。これって戦略指揮と現場の戦術指揮の命令系統が分解しているってことだもの。感心感心。



そしてACT62の最後のカイルの演説のシーン。胸が震えませんか?


「最後のひと羽が落ちるまで!! On your Honor(名誉にかけて)!!」


13巻が楽しみです。


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