『テンペスト』 池上永一著 素晴らしい構想力と長編にもかかわらず読者を飽きさせないテンポのよさはあるが、、、、、

テンペスト 下 花風の巻

評価:★★★☆星3つ半
(僕的主観:★★★☆星3つ半)


非常に評価が難しい作品。


一言で言うと、文章が下手で、時系列が非常に読み取りにくいので、小説というよりは、ライトノベルといってしまいたくなる「軽さ」がある。まず欠点を先に言ってしまうが、たぶんもう一度読み返すことはありえないな、という意味では、軽い印象は否定できない。文章の重厚さや、読み込むほどに深く味が染み出るような、文学の薫り高き喜びがない作品だ。


と、かなり否定的に言って、かつ星の評価も3つと低いのだが、「にもかかわらず」物凄い凄みを持った特異な作品(普通の小説にはないオリジナル性がある)だ、とも思う。何が?というと、その構想力と読みやすさ、だ。


うん?最初に言っていることと、真逆ではないか?と思うかもしれない。でも、読んでいてどうしてもそう思ったんだもん。文章がね、すごくおかしな表現が出てくるんです。「・・・は、なんとかの総合商社だ!」とか「シンデレラボーイとして!」とか、・・・うん??どこの週刊誌の造語かな?見たいな、あまりにその時代時代で消えてしまった流行遅れの日本語の描写が多く、それが物凄く「冷めさせる」てしまう。日本でも清国でもないという雰囲気を出そうという演出なのかもしれないですが、あまりにチープな表現で、読んでいて背筋がゾワゾワってしまった。でも、このチープさが、ライトノベル感のような、「読みやすさ」「軽さ」につながっているので、それをダメと斬って捨てれるかはなかなか難しいところです。この大長編かつほとんどファンタジーのような異世界を、読み手に飽きさせずに食いついて来させるには、これも戦術かな、という気はしないでもないです。これほどの重いテーマは、エンターテイメントに徹しないと、ぜんぜん売れない可能性がありますから。ただもう少し文章表現に気を使わないと、あまりに安っぽく見えてしまう。結論としては、あえてこういう風にポップな軽めの表現で、かつ場面転換をジェットコースターのように変化させることで、連載中の読者をついてこさせるテクニックなのでしょう。確かに手に汗握ります。けれども、同時に「だからこそ」、あまりに展開が速すぎたり、非常に深刻な出来事があっても、それに対する内省や受け止める間合いがないうちに、次の場面に話が進んでしまうので、なんとか、主人公や周りの悩みはそれだけなの?という風に、ちょっと白けてしまう。


散々文体に文句をいってるんですが、しかし、そう入っても19世紀幕末の琉球王国という全く見知らぬまるでファンタジーでも覗くような異世界をきちっと成立させ、かつそのマクロも深めて大きく描ききっておきながら、エンターテイメントとして飽きさせないその構想力は、たいしたものだ、と感心します。沖縄出身で、沖縄に関する作品を多数書いているようで、沖縄サーガとしてちゃんと世界が成立しているので、こういう新規さを見ると、読書家としては、醍醐味です。


そもそも19世紀幕末の琉球王国で、女の生まれながら男として、宦官を名乗り、琉球政府の外交担当の頂点まで上り詰める孫寧温(真鶴)という少女の話し、というだけで、まるでベルサイユのバラかよと思わせるような、おいしい設定だ。読んでいて、僕のイメージは、尺が足りなかったが力技で同レベルまでもっていった韓国ドラマの『宮廷女官チャングムの誓い』だ、という風に思った。基本的には、孫寧温(真鶴)という少女の一生で、メインの舞台が後宮と宮廷であることや、いったん島流しにあったのに違う立場で宮廷に返り咲くことなど、そっくり。両方見たことがある人は同意してもらえるはずです。

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ただ、ハードカバーの物凄い長編にもかかわらず、尺が足りない感じがするんだよなぁ。これで、ドラマでやると毎週見せ場があって、まさにチャングム級の超弩級大河ドラマとかできると思うなぁ。イメージは、若かりしころの後藤久美子なんだなー僕には。NHK大河ドラマ太平記』の男武者、北畠顕家(親房の長男)の凛々しい男装姿が今でも目に焼きついているので。この太平記は、ドラマとして物凄い大傑作の上、高師直役の柄本明さんや、主役の真田広之とその弟である足利直義役の高嶋政伸さんなどの、骨肉争う演技は、すげぇ感動した思い出がある。これ、傑作なんだけど、DVDが高くて買えないんだよなー。再放送してほしい・・・。見たいんだ、これ。武田鉄矢楠木正成)と片岡孝夫後醍醐天皇)の湊川の戦に赴くシーンとか、たまらなくしびれたのを覚えている。また22話『鎌倉炎上』で、鎌倉幕府が滅びるシーンは、その強烈さが今でも脳裏に焼きついており、、、、この難解な権力闘争の時代を、意味がわからず見ながらも、少年ペトロニウスは、物凄いインパクトを受けたのを覚えている。この大河ドラマは、僕の中では、No1に輝く偉大な作品です。

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えっと、この『テンペスト』も、真鶴という少女が性別を偽り宦官として、政治の表舞台に出て行くというジェンダー的な、というかベルバラ的な倒錯の物語と同時に、出て行く当時がペリーが日本に開国を迫るときの、まさにそのときの時代背景で、美と教養の王国と呼ばれるように軍事力をほとんど持たない特異な政権が、どうやってヨーロッパ列強と東アジアの安全保障システムである柵封体制の頂点にある清国と、そして宗主国である薩摩藩との軋轢の中で、交渉を繰り広げていくか、というマクロのダイナミズムとリンクするというものだ。はっきりいって、その構想力の壮大さには、頭が下がる。なかなかここまで大風呂敷を広げきって、物語ることはできないと思うよ。この後、歴史的に沖縄が日本にどんな扱いを受けるかを知っていて、読むと、ほんとうにぐっと来る。そうそう、第二次世界大戦沖縄戦の壮絶な玉砕を知っていると、それと物凄く接続されて、胸に凄まじく響くものがありましたよ。

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どうしても文体の軽さからもう一回読むという気にもなれないし、重厚な文章を楽しむことができなかった残念感はあるが、それは僕が目の肥えすぎた読書マニアだからであって、これを若い時代に初めて読むのならば、歴史に埋もれた、なかなか大手には出てこない部分を手に汗握る壮大なファンタジー的に仕上げていて、物凄く盛り上がると思う。ぜひ、学生のうちに、読んでほしいと思うものだな。読み易さがぴか一でもあるしね。