『CGH』 小池田マヤ著 死に直面する恐怖が関係性を縛ること

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Cactus,Go to Heaven!の略で、CGH。終わってみると、意味不明のタイトルも、ああ、なるほど、と思わせる。

物語は、ひなこという、何のとりえもない普通の女性が、失恋して旅行に来たイタリアの町から始まります。そこで、出会った超美形の男性と一晩の恋をして、なんとか失恋を癒す、というシーンから始まります。まぁこういうことはよくあることで、ひなことしても、自分みたいなパンピーが、あんな超絶美形の人と外国で一夜の甘い夜を過ごせて、まぁ儲けものだよね、と思い忘れたまま帰国し、サボテンと多肉植物を取り扱うC&Sカンパニーという会社に就職するところから始まる。

普通そういった一夜の思い出は、そこで終わりなんだが、運命のいたずらか、就職先の社長のマキオが、その一晩の人だった・・・・ということまではよくある話だが、それが、実は女性(笑)だった、というところから物語は始まります。

マキオこと牧尾千歳は、全世界に展開する牧尾財閥の直系の一人娘。牧尾本体の役員でもある彼女が、幼馴染のクロスと遊びでつくった会社が、C&Sカンパニーだったんです。まぁこう書くと、大金持ちのトンデモライフのコメディーか、と思うんですが、これが本筋のドラマツゥルギーは、物凄く暗い。

実は、このマキオという女性は、子供のころから体が弱く、20まで生きられないと医者に宣告され、その死の恐怖に直面しながら生きてきているんです。幼馴染のクロスは、死の恐怖で苦しむマキオに、こう約束します。


「死ぬときは一緒だ、おれも一緒に死んでやる」


そして、、、、その誓いは、ずっとこの二人を縛り上げ、分かちがたい絆をもたらすことになります。だから、全編実は基調低音として、タナトスのイメージがはりついています。

この死に直面していたが故に、ある種の、突き抜けがあるマキオは、自由に人生を生きていて、その一つの形が、C&Sカンパニーなんだけれども、マキオの目的の一つとして、牧尾グループの後継者を生むこと、自分の生きたあかしにクロスとの子どもをほしいと思っているんだが、自分は身体が弱くて産めないので、代理母出産をしてくれる女性を探しているんだよね。マキオ(女性)の恋人になってしまった、ヒナコ(もちろん女性)が、代理母になるまでの決意の過程ともいえるだろう。ちなみに、途中から、副社長のクロス(実はマキオの夫だった!ということがあとでわかるんだが)に、このヒナコは、惚れちゃうんだけれども・・・・っていう三角関係なんだけれども、考えてみれば、自分の死後もクロスに生きていてほしいと思う気持ちが、ただの代理母ではなくて、クロスを愛してくれる人を用紙したかったのかなぁ、マキオは、とも思います。

考えてみると、小池田さんの他の作品(特に長編)で、たとえば『聖・高校生』に出てくる高瀬成俊と美園亜由子の関係も、死によって縛りつけられた壮絶な関係だった。死に直面する恐怖を、誰かと分かち合ってしまうが故に、愛する人の人生を縛りつけてしまうという関係性は、この人の基本のような気がしますね。言葉で書くと軽いが、子供のころから死にギリギリまで面して生きる人の、孤独や恐怖は、近くにいる人の、そして本人の人生を狂わせるに足るものだろうと思う。


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死という強烈なものに幼少期からさらされること、「自由」を本当に実現できてしまう財力と意志力が揃うと、結構、人間ってのは歯止めが一般の倫理道徳では効かなくなってしまうものだ。まぁだから、それが文学に、「物語」になるんだろうけれども。だから、結論がマイノリティにしたって、そこまでいくか!というところまで行ってしまうので、「にもかかわらず」その関係性のあり方が、普通の人間の目から見て愛情あふれる深いものである、と感じられるかどうか、がこの手の作品のポイントでしょうね。


それにしても、この『CGH』も『聖・高校生』なんだけれども、どこで連載しているのかは、単行本で買っている僕にはよくわからないんだけれども、よくこんな複雑かつマイナー文学のような複雑な関係性のテーマを、エンターテイメントでできるなぁ、と作者にはいつも感心しまう。テーマの本質や関係性の深さがな見じゃないので、後半は物凄いテンションになるけれども、基本的にギャグ漫画の構造をいつも失わない。たぶん、この業界で干されずに人気を失われずに生き抜くための壮絶な葛藤があったんじゃねーかなーというとも、思う。基本的にあまりに懊悩が深いこの関係性やテーマは、マイナー文学のもので、エンターテイメントにはなりにくいもの。これで、たくさんの連載を抱え、単行本を出していること自体奇跡に近いと思う。僕は、大好きですね、この作者。定価で全部買っています。


ちなみに、マキオ、ヒナコ、クロスの三角関係が最終的に出した結論が、この上記で言う帯の「驚愕」ということになるわけだが、・・・・驚愕ではない・・・よ。


家族の形態の多様化は、僕は、漫画の世界では、子供のころに読んだ秋里和国さんの『BBB』で衝撃を受けて以来、個人の「個」の権利を認めて生きながらも、人が一人では生きられない親密圏を求める生き物であること合わせると、こういった伝統的家族像の崩壊と、それを止揚する形での親密圏の再構成は、リベラリズムの浸透した現代都市文明を生きる僕らの時代には、ある意味、すでに自明のことなんだと思う。深くリベラリズムが法制度も含めて浸透しているヨーロッパ、80年代の分裂の危機を乗り越えて、ゲイコミュニティなど多様な家族形態が許容され始めているアメリカ、そして日本の、リベラリズムが浸透した先進都市文明で生きる僕らは、いまさらこのくらいで驚愕はしたりしないさ。とはいえ、この内容が、「驚愕」になってしまうのだから、まだまだ家族の親密圏の多様性は、日本では一般的ではないのかなぁ。ちなみに、BBBは、三角関係の結論というとても難しい問題の解決策に、男二人と女の子一人が、重婚して3人で結婚してしまう!!というものだった。この三人の愛憎がもつれてもつれているうちに、ループになってしまい、3人が3人とも愛して一緒にいるのが自然になってしまった(少なくとも物語を読んでいる僕にもそれは納得できた・・・)、ということでアメリカの西海岸に移住して(ここでは、ゲイのカップルが結婚できるので)、3人で暮らすというもので、それぞれの男性との子供が何人もいるという終わり方で、、、いやー物語を順々に追って行って、普通の少女マンガでそこに行きついた時は、衝撃でした(笑)。

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ちなみに、最近終わった『うめぼし』もそうだったけど、この人は、ある複雑な関係性の癒しと止揚に、「和」とでもいうのかなぁ、、、通常ではありえないような親密圏の安定性をもってくるような終わらせ方をする場合が多いなぁ。人が人を尊重して、マイノリティの多様性を肯定受容していくと、こうなるしかないのかもしれないなぁ。でもこれは一般化しにくいとは思うので、いつでも物語の題材となるものかもしれないけど…。50年後には違うのかなぁ。どうなんだろう。まぁこの手の話は、かなり人口に膾炙してきてはいるものの、帯に「驚愕」と書かれる内は、まだまだ一般とはいかないのかもしれないですねぇ。代理母出産とか、いろいろ話題になっておりますが。

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