『スリー・アゲーツ―三つの瑪瑙』 五條瑛著 対アングロサクソンへのアジア人の苦悩〜覇権国と属国の視線

スリー・アゲーツ―三つの瑪瑙 (集英社文庫)スリー・アゲーツ―三つの瑪瑙 (集英社文庫)
五條 瑛

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評価:★★★★星4つ
(僕的主観:★★★★星4つ)


■属国から見た覇権国への眼差し〜コンプレックスとプライドの狭間で
大学時代に、日本におけるアメリカに関する研究の泰斗である本間長世氏の『思想としてのアメリカ―現代アメリカ社会・文化論』を精読したことがあるんですが、ここでなかなか興味がある問題提起が書かれていて、それは「アメリカ人とは何か?」というといなんです。これは、本間さん独特のものではなくて、アメリカ社会自体で深く苦悩されている疑問なんです。いや、単純な話、民族的にピュアネスを絶対に唄えない「移民社会」であるアメリカという人工国家にとっては、「僕くって誰なの?」「私って何なの?」と問うた時に、非常に答えにくい社会なんですよね。ちなみに、このアイデンティティを問う問題は、アメリカ社会の根幹をなす問題なので、よく知っておくと、そういった関連の本は非常に読みやすくなります。逆に、この疑問が社会の、思考の、基調低音にあるということを理解しておかないと、さっぱり意味が分からず情報を摂取しているということになりかねません。この疑問があってこそ、ランドルフボーンの「アメリカの歴史は未来にある」という言葉の意味が輝くんです。もちろん、知っている人は知っていると思いますが、メルティングポット論とサラダボウル論などの例の論争です。

思想としてのアメリカ―現代アメリカ社会・文化論 (中公叢書)思想としてのアメリカ―現代アメリカ社会・文化論 (中公叢書)
本間 長世

中央公論社 1996-09
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さてさて、なんでこんなアイデンティティの話になるかというと、スパイの話というのは、この問題に深くかかわることが大前提のようだ、ということを最近考えているんですよね。僕は営業・マーケティングをしているんですが、自分でも自慢で話ですが、僕は優秀なマーケッターだと思うんですよ、過去の実績を見ても(笑)。その実経験から感がていくと、そうやって外部で調査している時には、自分が会社側の人間かそれとも敵や顧客側の人間であるか、よくわからなくなる時があるんですね。それは、真の分析や情報の追求は、二つのマインド(=心の姿勢)が常にないといけないから起きる現象なんです。


1)相手(=特に敵)に対する限りないシンパシー(=相手の立場になってシュミレーションする同化力)


2)現象を立場・属性に付与させないで全体から俯瞰的に構成する


えっとつまりね、「インタヴュー」という形で、情報を引き出すには、大前提として相手だったらどう考えるか?ということを深く体感して、ほとんど相手の味方になるくらいの共感力と同情心を発揮してしゃべらないと、「そもそも話なんかしてくれっこないんです」よ。また、話がかみ合わないですよね、もちろん。

それと同時に、相手が思わずしゃべってしまうには、「相手の立場も含めた包括的な議論のスキーム」を提示できる時なんですね。えっと、難しく言うと、ある現象・・・たとえば北朝鮮テポドンが撃たれた?ということがあったら、それを北朝鮮の人に話を聞く時には、自分の信条がどうあれ、北朝鮮の人が正しいよね?ぐらいのスタンスや雰囲気で共感をもった言葉選びをしないと、当然しゃべってくれませんよね?、、、けど、実際には、敵がしゃべりかけているんだから、警戒してなかなかしゃべってくれません、それでも。

そうすると、どうなるか?というと、この議論のスキームは、アメリカ人がどう思っているか?中国人がどう思っているか?そういう情報を対置して、全体の中で、あなたが思っていること(=主観の意見)ことはこう、全体の中に位置付けられますよね?という風に、議論の広がりや総体観を示しながら話をもってきます。自分が公開してもかまわないがかなり重要な、第三者の情報・・・たとえばアメリカとか中国の話を伝えてあげると、敵はとても喜びます。僕にとっては大したことがない情報でも相手にとっては重要ということはままあるからです。


こういう姿勢で臨むと、かなり人は胸襟を開いてしゃべってくれることが多いです。これ以外にもいくつかあるのですが、今回はアイデンティティに関わるので、まずはこれに絞りましょう。


つまりね、全体を俯瞰して(=コスモポリタン的なニュートラルさ)、相手に非常に強くシンパシーを感じる(=相手への同胞・帰属意識)必要があるということです。


これが容易に、相手側に寝返る素地をつくってしまうことは、わかりますよね?


優秀な情報分析官・スパイは、すべてがダブルスパイ(二重スパイ)である


とよく言われるのはこのためです。


また、これらの情報分析官に、立場上、混血というのか、ハーフ(ダブル?)といっていいのか、PC的(政治的正しさ)なことはよくわかりませんが、そういった立場の人間がとても向いていることは、いわずもがなでしょう。存在自体が、そういうものなのですから。これをもう少し絞り込むと、日本においては、過去の関係及び現在の社会構造から、日系アメリカ人を筆頭に、アメリカ人、中国人、朝鮮人のそういった人々が、こと、外交(=諜報戦)と、覇権国の属国統治に非常に重要な存在であるといえると思うんですよね。

そこで小説的に、内面のドラマとして、そういった人々がどのようなアイデンティティを確立し、どのような世界観を持っているのか?というのが、小説の題材になるほど本質的な問題点であることがわかってきます。このことに敏感でない人は、国際社会で生きていけないでしょうしね。えっと、その一つが、日系アメリカ人のアイデンティティ問題とパックスアメリカーナにおける辺境の有力な属国である事実上の植民地日本(アメリカによる世界覇権の有力な同盟国)の統治者及び統治者予備軍たちのアイデンティティーの問題となるわけです。たとえば、パックスロマーナを支えた多民族国家にして大帝国のローマン・エンパイアの属州統治の基礎として、ローマの高級指定の家に属国のエリートたちを人質として出させてエリート教育をローマ風に染め上げるというものがありました。もちんこれは、国家としてのレベルが、常に属国よりもはるかに高いレベルで維持されているというインセンティヴ(=動機付け)の問題はありますが、覇権国が属国よりも情報集積や統治手法に置いて優秀ということはまずあり得ませんから、まぁ問題ないでしょう。とすると、アメリカのフルブライト留学生(たとえば革新官僚で、官僚エリートの出自の、宮沢喜一元首相もそうでした)なんかはこのシステムの有力な傍証ですよね。


ここには、


覇権国家への強い憧憬と恐怖




属国である自分たちへの差別に対する強いコンプレックスと自主独立の怒り



がないまぜになった難しい感情を持たせることになります。


これを具体的に上げていくと、日本においては・・・これは僕の感想ですが、やはりですね、ペリーの黒船による強制開国以来のアングロサクソンへ憧れと敵愾心が、渦巻いています。とりわけ、世界戦争を遂行して自民族の崩壊をかけて戦った日本には、アジアの中でも、アメリカに対する異様に強いプライドが溢れていることと、同時に、西欧文明に対する強いコンプレックス、それに戦後のアメリカのリベラリズムによる価値化の支配、奴隷化が混ざり合って、とても複雑な意識を形成するに至っているようです。僕が、村上龍の『愛と幻想のファシズム』のCIAのスパイである可能性が最後まで消えないまま日本国首相になって暗殺された、万田のエピソードが非常に「らしいなぁ」と思うんですよ。日本のような属国でアメリカの意思なしにトップに立つことはできません・・・が、プライドがある場合には、その狭間で、どうやって独立を維持しようかと悩むわけです。あくまで「その中」でです。なぜなら現実主義者ならば、「世界を支配する暴力のシステム」または「金融による圧倒的に支配力」に対して、そんな簡単に抵抗できないことは百も承知だからです。いや、吉田茂にせよ、池田勇人にせよ、日本の過去のエリートたちは、みんなこの難しいバランスが垣間見えます。最近の白洲二郎の人気だって、「マッカーサに楯ついた!」という部分だなんて、笑ってしまいますよね、アメリカというご主人様がいるのが前提の勇気なんだもの。日本人にはそういう複雑なコンプレックスが渦巻いています。もちろん、これは、白人対非白人や、アジア人とアメリカ人でも、似たような構造は見出せます。


この部分を無視しても、国際政治や外交は語れないはずなんですよね。


それが、日系二世の強制収容所問題の苦悩を扱った映画の『ヒマラヤ杉に降る雪』や山崎豊子さんの『二つの祖国』の実在した日本への情報部隊の士官だった日系アメリカ人の内面を丁寧に追っていくものを見ると、「現代」と「過去」がつながってくるんです。ああ・・・彼らはこういうことに苦悩して、その結果として、「いまのこういう未来」を選択してきたんだなぁ…って。

こういう全体像をすべて理解して体感したうえで、もう一度同じスパイものを見ても、見える感じが全然違ってきます。やっぱり歴史を学ぶことは大事だなーと思う今日この頃です。面白さが違うもの。

ヒマラヤ杉に降る雪ヒマラヤ杉に降る雪
デビッド・グターソン

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