『暗き神の鎖』 須賀しのぶ著 大いなるものに翻弄される人間存在にとっての自由

暗き神の鎖〈中編〉―流血女神伝 (コバルト文庫)

評価:★★★★★5つ 傑作マスターピース
(僕的主観:★★★★★5つ傑作)



■大いなるものに翻弄される人間存在にとっての自由

ラクリゼは、目の覚める思いで、エディアルドを見た。かつては目的も意思もない、人に命令されることでしか動けない飼い犬のような男だと思っていたが、ひよっとすると彼は、誰よりも賢い人間なのかもしれない。誰もが急いで答えを求めるものだというのに、決して焦らず時間をかけてあらゆることを見つめ続け、さまざまな思いの中に隠された真実を正確に拾い上げる。彼はきっと、そういう人間なのだ。


p89 暗き神の鎖(中編)


この作者は、人間が「変わりうる存在」であることをよく分かっていると思う。だからこういう深い人間本質に根差した描写が出来るのだと思う。この前の前編で、真面目で真摯で浮気なぞしようがないルトヴィア皇帝ドミトリアスは、その苦しい立場から、一人の愛妾を持った。サラという、無力だった王子時代の田舎での恋人だ。そのサラは、とても真摯に深くドミトリアスを愛していて、その愛が極まって、子供のいないドミトリアスに子供を作らせるために妾をつけようとした宰相ロイのたくらみに乗った。


それは、純粋な愛ゆえだった。


だが、子供ができたとたん、そのドミトリアスの愛を独占しようと、サラは変わったしまった。あまりに劇的な変化だ。皇后であるグラーシカを心底憎み、宮廷内で唯一の皇帝の子供(女児)の母親で愛称という立場を利用して、裏で暗躍するようになる。


『帝国の娘』で出てきた、気のいい酒屋の優しい娘サラは消えていまった。このエピソードを読むときに、読者は、当然、バルアンの兄であるシャイハンの母親のことを思い出すだろう。気が弱く優しくて絶世の美女だった彼女は、エティカヤに嫁いで、子供シャイハンを生んだとたん、愛と独占欲に狂った人間に代わり、バルアンの母親を毒殺し、シャイハンに敵対するものをことごとく忙殺し、最後には、愛する夫までその手にかけるようになる。


まったく同じシュチュエーションだけに、サラのエピソードはそれを彷彿させる。


つまり、この作者の須賀しのぶさんが、この物語を見事な大河ドラマに仕上げている背景には、この人間存在に対する根柢の理解が深いからなんだと思う。


どんな人間も、環境に依って、どんなふうにも変わっていってしまう。


この圧倒的な無力感を、皆さんは感じたことがありますか?。まるで神に、何かに支配されるように、自分の人生が翻弄されてくこと。・・・・そして、その「変化」は大抵は、いい方ではない。圧倒的な何かにさらわれて人は、己の大切なものを見失っていくものなのだ。


人間がいかに弱く、環境次第で、化け物になり果てていくかは・・・・・この須賀しのぶという人にとっては、「前提」なのだ。そういうこともある、というのではない。彼女にとっては、人間は醜く変り果てていってしまう「ものである」という冷酷な事実認識が前提として存在している。


そして、その認識は、その人を攫って変えてしまう「圧倒的なもの」としての「神の概念」を導き寄せることになったのだと思う。だからこの作品のテーマは、人間存在を攫って行っていまう圧倒的な「神」というものをベースに描いている。


そして、それが救いようもないほど厳然とした「前提」として物語世界の軸として聳え立つ時に、その時に初めて、「自分の意志で生きようとする」カリエの純粋で直向きな姿勢が、物語に強く美しい光を投げかけるとことになる。僕はいつも思う。世界とは、異なる対立軸の止揚によるドラマトゥルギーというエネルギーが踊る舞台だと。もう少しいいかえると、

A:人間は醜く大きなものにさらわれ操られて壊れていってしまう無力な存在



B:自らの意思を信じて、独立して行動していこうとする存在

この二つのエネルギーは、どちらも峻厳として存在として存在している。いや、たぶんAが前提で、Bがそれに挑戦するという形で、エネルギーが渦巻いているのが人間存在というものだろうと思う。この過酷さに、気づかない甘えた人間がこの世には何と多いことか。いや・・・そういうふうに慨嘆する僕も同じだろう。世界は過酷で厳しい。けれど、人間はそれに目をそむけて幻想ばかり見続けたい生き物なのだ。けど、大いなる物語は、そういった人間の卑小さ、傲慢さを嘲笑うような大きな存在や、すべてを消し去ってしまうような波を、僕らに凝縮した形で見せてくれる。

ほんとうに、こういう物語に出会うと、とてもうれしくなる。

暗き神の鎖〈後編〉―流血女神伝 (コバルト文庫)

■参考記事

『女神の花嫁』『暗き神の鎖』 神の観念を描くこと〜君のそばに宗教は真摯にありますか?
http://ameblo.jp/petronius/entry-10066704797.html

流血女神伝 喪の女王』 須賀しのぶ著 この物語に出会えて本当によかった!
http://ameblo.jp/petronius/entry-10062996940.html

流血女神伝 砂の覇王』 須賀しのぶ著 神と神話の描きかたが秀逸
http://ameblo.jp/petronius/entry-10059887838.html

誘拐・監禁・調教です(笑)…その上、奴隷になってハレムに行きます(苦笑)
http://ameblo.jp/petronius/entry-10059683245.html

カリエかわいいぞっ!。器量が十人並み(笑)というのがまたさらにいい(笑)
http://ameblo.jp/petronius/entry-10059589889.html

流血女神伝 帝国の娘』 須賀しのぶ著 おおーこれは、物語だ!好きです!!
http://ameblo.jp/petronius/entry-10059567235.html