『エトロフ発緊急電』 (3) 佐々木譲著 レジスタンスというドラマツゥルギーの類型

レジスタンスというドラマツゥルギーの類型

「そうじゃありません」金森はこんどははっきりと歯を見せていった。「前にも話したじゃありませんか。わたしは植民地の人間です。その後何があろうと、わたしはけっきょく、この国を滅ぼすために力を傾けていただろうと思いますよ。知っておいてください。わたしはこの国が一面の焼け野原となるところを見たい。この国の連中が上から下まで飢えて路頭に迷い、わずかな食物を争って殺し合うところが見たいんです。


第三部 p361

「まかせたぞ。この帝国を滅ぼしちまってくれ」


第三部 p384


このセリフが、胸にぐっとくるものだった。これは、米軍海軍情報部のスパイの末端をやっている、金東仁(金森)という青年のセリフ。1910年8月22日に、大日本帝国が、韓国併合ニ関スル条約に基づいて大韓帝国を併合しているので、植民地から流れてきた彼は、極貧の日本で最下層の立場で苦しみ続け、アメリカのスパイとなって日本を滅ぼすことを目的に活動している。


この『エトロフ発緊急電』のなかで、最も印象に残ったセリフだった。


僕は日本人なので、このセリフは、なかなかに感慨がある。一つは、日本人としてこの言葉と歴史に、責任があるってこと。直接に自分がしたことではないので、本音でめんどくさいと思うかもしれないが、過去を背負わない人間は現在と未来の「自分」も放棄することになる。それは、アイデンティティ(=自らのよって立つ根源、存在証明)をなくすことだ。これは、海外で自国民以外の人と交渉したり日常に接していると、よくわかる感覚のはずだ。日本の都市文明の中にいると、繭でくるまれたブランケットでくるまれてしまうので、このことの切実さが消えていってしまうけれども・・・・。

正直にいって、「あの時代」のマクロ環境の中で、それを「いまの時代の論理で」善か悪かを判別することはあまり意味はないと思う。だから僕は、過去の歴史が正しかったか?悪かったか?の善悪の議論は、そのものがあまり意味のないものに感じてしまう。ただ、誇りある国家としてのアイデンティティを持つためには、過去も含めて、現在と未来を描かなければならない。そのためには、過去こういう事実があり、こういう風に思った人たちがおり、そして未だにそれは大きな影響を与えているということを、自覚していかなければならないと思う。

そうだなぁ、イメージとしては、おがきちかさんの『ランドリオール』で、アンちゃんが、アトルリア王国が侵略して滅ぼしてしまった少数民族の生き残りへ対する態度が、思い浮かびます。

「無神経なことを言いました。」



「どうして謝る」


「私は政ごとに関わる身。


アトルニアという歴史(タペストリー)の担い手の一人です。

未来をつくろうとするならば、過去も背負う覚悟をしなければ。

領地はお返しして許しは乞えますが、人の命は取り返しが付きません。

お詫びの言葉もありません・・・。

私はせめて、あなたに対しては無礼な態度をとってはいけないのです」


「暁追(あけおい)は滅びた。お前が頭を下げることは無意味だ。」



p52 『ランドリオール』 おがきちか

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だから、この金東仁(金森)という青年の言葉は、胸に在るべき言葉だと思う。


もう一つは、レジスタンスの物語として、やっぱりこの気持ちはコアにあるものであること。2008年に放映したアニメーション『コードギアス・反逆のルルーシュ』でブリタニア帝国というアメリカ帝国に模した国家に、日本は占領・植民地化されて、エリア11という名前になっていた。そこでは、自国を解放するために黒の騎士団と呼ばれるレジスタンス活動を繰り広げていた。「日本万歳!」と叫んで、次々に死んでいくレジスタンスたちを、感動しながら見ていたんだけれども、これって、上の金東仁(金森)という青年のポジションと全く同じことなんだよね。

過去は、大日本帝国が、ブリタニア帝国と同じことをやっていただけだから。ちょっと不謹慎ではあると思うのだが、たとえば、同じ構造を使えば同じような物語が出来上がることが分かるんで、見てみたいなぁとか思う。日本国首相の長男であるスザクとブリタニア皇帝の息子のルルーシュという構造を、大日本帝国天皇の息子と朝鮮の王子とかにね置き換えて。朝鮮の王子に仕えた帝国軍人の副官の話とかは、たしか浅田次郎さんのコラムで読んだことがあるし、伊藤博文を暗殺した安重根と牢獄の看守の日本人警視の話とかも、凄いドラマツゥルギーだよねぇ。

ナショナリスティックなものは、大抵どれも醜悪になるので、そういう臭みを中和する意識をもったもので、いい物語を見てみたいなぁとか思う。韓国は、消費社会のレベルがある曲を超えたので、きっとこれからも安定的にいいエンターテイメントが生まれていくと思うんで、長生きしたいなぁと思う今日この頃。次中国だなぁ。ちなみに、いま、2005年に『信長の棺』でデビューした加藤廣さんの『秀吉の枷』と、対秀吉の英雄である李舜臣を主人公に描いた、韓国のベストセラー小説『孤将』を同時並行で読んでいるんだけど、こういうのは小説読みとしては、たまらないなぁ。こういうのは、抽象的にいうと、絶対化の視点を相対化して読みこなすということで、こういうスタイルは、僕の物語に対する基本スタンスです。

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レジスタンスの物語は、マクロとミクロが一致する幸せな物語


話をももどすと、このレジスタンスの物語って、ちょっと斜に構えてみる見方だけれども、幸せなマクロとミクロの一致状況で、「自分の国が他民族に支配されている」という状況は、あらゆる行為がその目的のもとに肯定されてしまう・・・いいかえればマクロの目的と自分の人生は、抜きがたく一致して「しまえる」状況なんだよね。山崎豊子さんの『二つの祖国』的ないいまわしでいえば、「一つの旗のもとへ何の疑問もなく忠誠を誓えること」なんだ。そういえば、人類の防衛戦争を行っているSF小説である『時砂の王』(小川一水著)のなかで、人類は、なんだか分からない異生物群と、生存をかけて大戦争中なんだけれども、地球が壊滅させられて太陽系の外延部まで撤退して人類の過半を皆殺しにされた状況下で、歴史家はこの時代のことを、「人類全体が、何の疑問もなく、政府が常に正しいことをしていて、個人が従ってもいいんだ、と思える極めて幸福な時代」と皮肉っていたが、レジスタンスの物語もこのような、ミクロとマクロが一致してしまう魔法の設定なんだよね。

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ハルマゲドン(=人類の最終戦争)的な物語が人を深く感動させるのは、この構造があるからなんだろう。そう思ってみると、松林宗恵監督の『連合艦隊』や岡本喜八監督の『日本の一番長い日』でも、庵野英明監督の『トップをねらえ!』など、人類や自民族を守る最終防衛戦争モチーフは、高いエンターテイメント性と感情移入のしやすさを持つんものなんだとわかる。今日はちょっと余裕があるので、なるべく、僕が物語を楽しんだり読み込むときに、どういう風に重層的に、自分の記憶の中にあるアーカイブを引用しているかを少していていに書いているんですが、一つの作品のドラマツゥルギーを感受するときには、膨大な記憶や歴史のアーカイブ(=記憶庫)とアクセスしてシンクロして、その物語を相対化しながら読み込んでいくのが僕のスタイルです。

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さて、もちろん、『二つの祖国』の主人公である天羽忠や、『昭南島に蘭ありや』(佐々木譲著)の台湾人にして大日本帝国臣民の梁光前や、この『エトロフ発緊急電』のケニー・斎藤のように、日系アメリカ人だったり、植民地出身者であったりすると、この物語が異様に複雑さを増すんだけれどもね。ちなみに、『コードギアス・反逆のルルーシュ』の黒の騎士団のエースパイロットである紅月カレンも同じ設定ですね。日本人の母とブリタニア人の父を持つハーフで、ブリタニアによる日本占領後は父の生家である名家・シュタットフェルト家に引き取られるも、日本のレジスタンス活動に身を投じるっていう設定。彼女は、この出自に引き裂かれることは少なかったけれども、これって、一歩間違えば内ゲバの一番いい対象ですよね。考えてみると、この二つ祖国の間で引き裂かれる個人というドラマツゥルギーは、とても現代的なテーマなのかもしれない。マクロの背景では、挙国一致の個人と全体が幸せに一致しているダイナミックな歴史を描きながら、同時に、その狭間で引き裂かれるという、現代の善悪二元論が陳腐化している社会には、感情移入もできつつ、それを常に相対化させられるという意味で。



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