『借りぐらしのアリエッティ』 米林宏昌監 脚本を絞り込んで青春映画になったローファンタジーの佳作

評価:★★★★☆4つ半
(僕的主観:★★★★4つ)

■脚本を絞り込んでわかりやすい青春映画の小作品になっていることの可否

見終わった感想は、「いまいち」でした。『ポニョ』の時も同じように感じたのですが、その感じている部分が違います。ポニョは、素晴らしいイメージの渦があるのだが、脚本を絞りきってまとめきる力がなくて拡散してしまっていることへの不満でした。今回は、脚本は、『耳をすませば』や『海がきこえる』を連想させるストレートな青春映画でした。ジブジの若手が監督をすると、なぜこうも青春映画に変貌するんですかねぇ。ちなみにジブリの良さである映像の美しさを十全に使用した「強み」の発揮にも、ぐっときました。けど、やっぱり「小さくまとまっている」という意味では、過去の宮崎駿の超大作のイメージを持つ身としては、うーんと思ってしまった。過剰さがそぎ落とされているからだと思います。


が、妻と一緒に見に行ったのだが、直後の感触も良かったらしく、次の日は、さらにじわっと良く思えてきたらしく、とてもいい作品だと感想を述べている。実際、数日たって振り返ると、「じわっ」といい感じの作品であると思う。それはやっぱり脚本が完成してメッセージがシンプルであること、そしてそのシンプルさを注目させるだけの映像の美しさがあることだろう。


ということで、映画の完成度としてとても高い、という感想で★4つ半。ただし、なんというか、ある種の期待をしてみに行くジブリ作品として、安定した秀作を見せられたという印象で、「すっげーダメ」とも思わないけれども、「物凄い驚きの満足」というのも無かった。


ぼくがとても気に入っていつも読んでいるノラネコさんのブログで、なるほどと思ったので引用。

宮崎駿の書いた脚本を読んだ訳ではないので、これはあくまでも想像に過ぎないのだが、本作は当初の構想よりもパーソナルな青春映画としての色彩が強くなっているのではないだろうか。
人間から“借りぐらし”している小人の世界は、地球と言う巨大な家から借り過ぎなくらい借りまくっている人間自身の比喩でもあるはずで、前記した「滅び行く種族」という台詞も宮崎駿の中ではもう少し広い意味を持っていた様な気がする。
アリエッティと翔の未来で、まるで希望と絶望がせめぎあっているかの様な一種独特な情感を持つラストも、二人の映画作家が物語に託したものが、別々のベクトルを持っているからではないか。
個人的には広げすぎたイメージを具現化できず、崩壊させてしまっている近頃の宮崎作品を観れば、小粒ながらも描きたい事を明確に絞り込んだ本作の方向性は正解に思える。
この作品に関しては、むしろ米林的なる部分をもっと主張しても良かったかもしれない。

この作品を評価するポイントとしては、「小粒ながらも描きたい事を明確に絞り込んだ」という部分にあると思う。実際に、小粒である(=思ったより期待外れ)を除けば、素晴らしく良くできた作品であったと思う。


こういう場合は、作品単体での評価よりは、「その映画に何を期待して見に行くか?」ということ、つまりは鑑賞者の目的に左右されると思う。




■なにがこの作品の本質か?〜地上数センチの小人の視点から眺めるセンスオブワンダーと心のちょっとした成長

監督の米林宏昌は、『崖の上のポニョ』の“お魚の大波”シークエンスなどをたげかたアニメーターということで、小人の視点から人間世界を描くというセンスオブワンダーを見事に描けている。登場する家屋敷や庭は、ちょっとでかすぎねぇ?という気もするが、その特別に緑を残す大空間を描くことで、強いノスタルジックを感じさせる。大人が見る感じの『となりのトトロ』という印象も感じた。最近僕は、2歳の子供とトトロを毎晩のように見るが、あれは風景のノスタルジックさとプラストトロが「動き回る」という動の部分が組み合わさっあって、面白さが生まれている。

今作品は、その過剰な「動」の部分が極力抑えられている今作品は、とても大人な作品に仕上げあげられている。ちなみに、ではトトロであった子どもを楽しませる「動」の部分に何があるかといえば、それは、小人のアリエッティと翔という少年の「未来への不安の共有」と「それを未来へ生きていくことの希望にかえていく」という青春物語の部分だ。基本的にこの『借りくらしのアリエッティ』の魅力は二つに絞り込まれていて、


1)地上数センチの小人の視点から眺めるセンスオブワンダー

2)恋ともいえない淡い思いを交換し合う似た者同士の翔とアリエッティの感情の交換部分


だ。この二つが本質といっていいと思う。

とはいえ、どちらの部分にも、過剰なほどの自己主張がないので、基本的に、まとまりのいい佳作の印象に、とどまってしまう。

アニメーター出身の監督らしく、ビジュアル面は圧巻の仕上がりである。
アリエッティの身長は角砂糖から推察するに10センチくらいだろうか、このスケールから眺めた世界の新鮮なこと!
もちろん今までも実写の「ミクロキッズ」を初め、小人の出てくる作品は沢山あるし、70年代の日本アニメには昆虫を主人公とした極小目線の作品も珍しくなかった。
だが10センチの世界から見た世界と、小人たちの生活のディテールを徹底的に突き詰めた本作の描写は、デザイン的なレベルが極めて高い事もあり、過去の作品とは一線を画するユニークさがある。
音響デザインにも凝っていて、人間のキッチンを始めて見たアリエッティの脳裏で、今まで床下で聞いていたであろう様々な生活音が重低音でリフレインする描写は面白かった。

http://noraneko22.blog29.fc2.com/blog-entry-392.html

ノラネコさんがこのように、この部分のセンスオブワンダーについていっておられるが、たしかに、このあたりにジブリのデザイン力は圧巻なものがあり、それだけでも巨大ない映画館で見る価値はあるかもしれない。見た人はわかると思うが、台所に「借りに(=狩りに)」にいくお父さんに初めてついていくシーンが冒頭にあるのだが、このお父さんの如何にも手慣れたプロッぽい動きが異様にカッコよかった(頼もしかった)のを覚えている。妻と「お父さん、かっこよすぎてヤバくねぇ!」と上映中に囁きったほどです。もうああいう人間の住む普通の空間でも、数センチの小人にとっては、広大な空間なんだな、、、それってある意味大冒険なんだ、と感心しました。


閑話休題〜今後の物語はどこへ行くのか?

今回の作品は、ジブリには、めずらしく米林宏昌監督の作品となっていて、そういう意味では、若手が出てきたことをうれしく思います。巨大な宮崎さんの存在や脚本が、上司としてうざくないわけはなく、それをこうやってしのいで、安定した作品を出せたのは素晴らしい。

だから宮崎駿という大きなブランドの文脈に沿って分析する必要性は、あまり無いと思う。僕が、宮崎駿さん、押井守さん、庵野秀明さんのラインに感じていることは、下の記事でかなり詳細に書いているので、今回のアリエッティの位置づけは、この流れを逸脱するものじゃないと思う。基本的に、よほど物凄い作家でない限り、現代の映像作家は、「強度」…画面のキレイさ(作画という意味になるのかな?)や世界のセンスオブワンダー(=視点を特殊なモノにして新鮮さを出す)を演出する方に偏っていると思います。その基本を外さない話だったということ。ちなみにこの方向性は、コストがかかる方向で、僕はあまり業界の未来にとって必要あるのかな?(オーバースペックじゃないの?)という気はして仕方がない。

また00年代を過ぎて、10年代に向かう我々は、「自我の問題(=僕って何?)」どうも飽きてきたというか、前提に織り込み積みのようで、自意識を何度も蒸し返すような内面を探る話は、それをストレートにやる時代はどうも過ぎた模様に感じる。だからそこまで(=もっと先)語る意思がない限りは、「淡い青春」とか「淡い恋情」とかいった、とても淡いメッセージになる。どうも人間関係の距離がズタズタになっている世代なんだよなー僕らから下の世代は。団塊Jr以下の世代は、古き意味での村共同体が崩壊しているので、どうもストレートに描くことや行動することが下手な気がする。

とはいえ、さすがに育った世代が、自我の悩みでもんもんと内面の問いを繰り返す世代なので、いきなり60-70年代の熱い人間関係に戻るのは、大作でも描かない限り(時間的制約がないという意味)なかなか難しいのだろう。だから、人間関係を深めるとういう観点からは、入口とかそういうのばかりを描くことになる。そういう意味では、昔のテレビシリーズなどのように、思いっきり自分の興味を展開する機会に若手が恵まれていないような気がするなー。まぁ人口が減っていくこの時代に、そういったリソースがないのはわかるんだけれどもねー。質は、基本的に量にしか比例しないと思うんだよね、僕は。

■参考

崖の上のポニョ』と『スカイクロラ』にみる二人の巨匠の現在〜宮崎駿老いたのか?、押井守は停滞しているのか?(1)/ポニョ編
http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20080822/p5
崖の上のポニョ』と『スカイクロラ』にみる二人の巨匠の現在〜宮崎駿老いたのか?、押井守は停滞しているのか?(2)/スカイ・クロラ
http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20080823/p4

【映画版ヱヴァ破考察 その壱】僕たちが見たかった「理想のヱヴァ」とは?〜心の問題から解き放たれた時、「世界の謎」がその姿を現す
http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20090710/p2
【映画版エヴァ破考察 その弐】 庵野秀明は、やっぱり宮崎駿の正統なる後継者か!?〜「意味」と「強度」を操るエンターテイメントの魔術師
http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20090719/p2