『Patton/パットン大戦車軍団(1970年米)』 フランクリン・J・シャフナー監督  ハンニバルを夢見る高機動戦闘の天才

パットン大戦車軍団 (特別編) [DVD]

評価:★★★☆3つ半
(僕的主観:★★★★☆4つ半)


全体的に、少し残念な感じがする。というのはタイトルが『パットン大戦車軍団』という邦題なので、戦車部隊がところかまわず大活躍する話、と思っていたので、案外丁寧に地味にジョージ・パットンという人の人間性を描写した作品であったかから、その落差を感じてしまった。オリジナルタイトルは、Pattonなのでそちらの方が中身を表していると思う。戦争映画のスペクタクルという意味では、この作品はあまりない。


全体の感想をいうと、このタイトルが表す通り、これはジョージ・パットンというアメリカの名将の人間性を描写したもので、戦争・戦闘さらにいえば彼の将軍としての真骨頂であった「高機動による電撃戦というものは、全くといってもいいほど描かれていない。それが、かなり残念。パットンの名将たらしめている戦闘技術の部分が描写されていないからだ。また当然のことながら、ギリギリのリスクを負って機動性を極限まで上げる彼の戦闘スタイルには、多くの犠牲があり、単純に勝利を酔うだけでは評価できない暗い側面もあったはずで、その陰影を描いてこそ彼の偉大な勝利が輝くと思うのだが、この作品では、あっけらかんと楽観的に彼が勝っていくシーンが描写されており、機甲師団(Armored Division)というものが、第一次世界大戦塹壕戦と機関銃による防衛力側の強さによって戦線が膠着するという「構造」をぶち壊した、という戦争の進化のポイントが描かれていない。上の記述と重なるが、パットンのパットンたらしめる価値は、「そこ」だと思うので、そこが描写されていないのはいかにも残念。そして、この事実は、彼の信じていた夢想ともリンクしていくので、これが描けなかったのは残念。


だから、全体的に第二次世界大戦の大枠のマクロ構造が全然わからない。というか、戦争やあるテーマを描けても、「戦争全体のマクロ」を描くことは、凄く難しいのかもしれない。考えてみれば、そういう映画を僕は見たことがない。もしこれは!というものがありましたら、教えていただけると嬉しいです。最近戦争映画に凝っているので。


とはいえ、パットンの人格という意味では、この映画は、彼の非常に複雑な性格をよく描いていると思う。ジョージ・パットンという人は、ちょっと調べてみるだけで「自分はハンニバルの生まれ変わりだ!」というようなことをかなりマジで信じている、ちょっと痛い人で(笑)、凄い夢想家の側面を持っていたようだ。この彼が持っていたある種のロマンチシズムは、非常に重要なことだ。


彼は第一次世界大戦に参戦した将兵なのに、塹壕戦を全く評価しておらず、戦争は機動力によって決せられるものだと固く信じていたようです。これが第一次世界大戦後の戦相間期に彼が出世しなかった理由でしょう。なぜならば第一次世界大戦の教訓は、塹壕や陣地要塞の構築による防衛線側の優勢が非常に大きいという戦争の構造が示されたわけですから。けど、航空戦力による制空権と機甲師団の突破力による機動力が、この構造をぶち壊したのが第二次世界大戦(ちなみに僕が勝手にそう思っているだけで、本当にそうかどうかはわかりませんが・・・いまコツコツ勉強中。なんでも考えるのに仮説を立てるのは癖です)。


そうだとすると、第一次世界大戦から戦間期では時代遅れというか時代に合わない人だったわけです。マクロの状況ってこういうものなんだなーと思います。というのは、このWW1の教訓を受けて、航空戦力と機甲師団という戦術が生み出されていくわけですが、これを生かせるのは3次元立体的な「高機動作戦」ができる人材なわけですが、高機動を否定したWW1の教訓ゆえに、そういうことが得意な人材は淘汰され出世されなくなっているということが大きな時代の流れでは起きているわけです(たぶん)。アメリカの凄いところは、こういう埋もれた人材でも、現場で優秀と見れば大抜擢されていくところにあると思います。平時と戦時の人材の登用が全然違うんでしょうねー。


そして、時代遅れな軍人堅気みたいな言い方で揶揄されていたパットンですが、、、、それは、彼が古代のハンニバルなどの戦争を研究して、それに魅せられていた人だからなんですが・・・・


ローマ人の物語 (3) ― ハンニバル戦記(上) 新潮文庫
ローマ人の物語 (3) ― ハンニバル戦記(上)    新潮文庫


ハンニバルの戦術を読んだことがある人ならば、そして古代のローマの戦闘についてを読んだことがある人ならば、この時代のローマンエンパイアの強さの秘密は、重装歩兵部隊とローマ街道による高機動戦闘にあったことは、当たり前の事実です。そして、ローマ帝国に、徹底的に骨の髄までこうした高機動戦闘による戦闘の強さを教え込んだのは、高機動戦闘の天才であったハンニバル・バルカとの長きにわたる戦争でした。ウェストポイントの教科書に出てくるという第二次ポエニ戦争でのカンネーの戦い。少数の寡兵を持って、ローマ帝国だ大軍を包囲せん滅するという、戦術上あり得ない大戦果をあげた戦い。これは、ようは凄まじいほどの連携のとれた機動力で、敵の弱いポイントを見つけ出し、そこに一点集中で戦力をたたき込み敵を打ち破る、いってみればただそれだけのこと。それによって、少数であっても、局所的に多数VS少数という戦力差を逆転させ、相手を翻弄させ壊滅させる。包囲せん滅戦の教科書。


戦史研究家としても名高いパットンは、つまりは、ハンニバルアレクサンダー大王やナポレオンといった高機動戦闘の天才たちを徹底的に研究して、さらに彼らの生まれ変わりだとか、一緒に戦ったとか夢想するくらいにそれを血となり肉となりした人であったと考えるべきだろうと思う。彼の奇矯な言動は、そして、なぜ時代遅れの軍人的すぎる頑固おやじが機甲師団による高機動作戦で凄まじい実績をあげたのかは、「このこと」この彼の持つ夢想と関連して描かなければ、おかしいと思うのだ。そうでないと、説明不足に感じてしまう。一般の人々へ訴求するエンターテイメントとしては、概ね歴史に準拠して、非常に分かりやすく過去に合った事実を羅列しているので、あー確かにこういう人だった、と過去の記憶(=ニュースのみの記憶ね)がある人は思うだろう。けど、その奥にある、なぜ時代の要請と彼の奇矯な幻想がマッチしたのかは、このことを描かないとわからないと思うのだ。


ちなみに、そういう意味では、パットン将軍については、やはり下記の『バルジ大作戦』を見なければ、わからないだろう!と思ったので、さっそくアマゾンでぽちっと買ってみます。映画としての評価は芳しくないみたいですが、こうやってジワジワ広げていこうと思います。

バルジ大作戦 特別版 [DVD]


スピーチは、「全てのアメリカ人は、戦いを愛する!」から始まる。この演説は、相当スラングや彼の放言癖を抑えた丁寧なモノだそうだが、それでも素晴らしいスピーチ。アメリカは負けを許さない!アメリカ人はすべて勝利だけを愛す!と言い放つその気概は、ああ、これは現場の兵の士気を奮い立たせるだろうなーと感心した。