評価:★★★★★星5つのマスターピース
(僕的主観:★★★★★5つ)
凄いです。素晴らし本でした。近年読んだ、どんな物語よりも力強く、そしてミクロとマクロが交錯する超弩級の本でした。ああ、こういうものに出会えるから読書はやめられない。ペトロニウスの名にかけて、これほど素晴らしい本はなかなか出会えない!と思います。超弩級の作品です!!。「あのスティーブ・ジョブズの人生にも負けないくらいドラマチック」という謳い文句も、決して過ぎたるものではありません。同じシリコンバレー世代であることから、同世代の日本とアメリカの同じような一台で成長する風景がどう違うのかを、読み比べるととても面白いと思います。いつもテーマを持って本を読もうと主張していますが、この二人は僕らの人生とも、同じ同時代の人ですし、その彼らの行動の結果を僕らはインフラストラクチャーとして、凄まじく利用しているわけで、ぜひ見てみるのをお勧めします。
さて、特に何が素晴らしいといえば、佐野眞一という人の徹底した取材力です。この人の行動力にはプロとしての凄みを感じます。今後、この人の過去の本をいっぱい読もうと決意しました。伝記というには、著者の思いが前面に出すぎるところもありますが、だからこそ、一本筋が通った著者が見た孫正義像というのが、ビビッドに明確に伝わってきます。これはルポタージュ的な作風では、重要な分岐ポイントで、客観性に徹するか主観を徹底的に織り込むか、というのは意見が分かれるところだと思います。しかし、佐野眞一さんがとった手法は、『ネットと愛国 在特会の「闇」を追いかけて』を書いた安田浩一さんととても似ていて、徹底的にシンパシーを持った主観視点で対象物に迫りながら、圧倒的な取材力でその主観性の偏見をブッ飛ばしてゆく、、、、強い主観フレームによって描かれるのに、これまで書かれた誰の伝記や本よりも、深く客観的に実像に接近しています。
『ネットと愛国〜在特会の「闇」を追いかけて』 安田浩一著 現代日本の本質を描写している傑作ルポタージュ
http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20120706/p1
この構成は、近年のどの本よりも、マクロとミクロの交錯するとても興味深い切り取り方だった。というのは、著者が、孫正義という人物を追うときに、彼が在日であるところ、さらに一歩踏み込んで、孫家三代の家族を徹底取材していくことで、在日朝鮮人の家族の年代記になると同時に、それが九州で発生した日本のエネルギー産業の足跡そのままと重なることになるからです。食い詰めて来ていたりほぼだまされて連れてこられたりしているわけですから、当然、炭鉱労働の物凄い厳しい労働をするしか生きていく道がないわけで、ここで九州の炭鉱で大儲けした麻生財閥が出てくるんですが、そういうつながりなんだー!と読んでいて初めて知りました。なんか、いままでの人生で一番、麻生太郎とか身近に感じちゃったですよ(笑)。おおっ、日本の近代史だって!!
この「家族、一族を徹底取材」というのは伝記を書くときに、欠いてはならない作業だということが分かった。ちなみに、『ワイルドソウル』で日系人の主人公のお父さんを助けてくれるレバノン商人のものごっつかっこいい人が出てくるんだけど、これ読んでいて、ああ世界では「レバノン商人」って特別なポジションで、いわゆるユダヤ人商人と似たような、商売のうまい民族といわれているみたいだということが分かった。そこで、ふと思い出したのは、カルロス・ゴーンさんなんですよね。この人の生き様、経営哲学、そして実績が僕はとても好きなんですが、この人もレバノン系一族なんですよね。けど、さまざまな伝記やインタヴューを読んだけど、「そこ」に迫って取材しているものを僕は見たことがない。それがすごく残念です。孫正義のような凄い能力の人は、絶対家系の、一族の、特にお父さんやお母さんお影響がデカいと、動機の分析するのが好きな僕としては思っていて、それをこの『あんぽん』は見事な形で見せてくれました。同じようにレバノン系とは?というルーツをめぐるもので、カルロス・ゴーンを徹底的に追う人とかっていないのかな、、、、と思います。
あんまり細か史実は僕は専門家ではないので、これがほんとかどうかとかそういうことはわからないのですが、日本のエネルギー産業が九州の炭鉱を一つのベースにしており、炭鉱労働というイギリス映画のモチーフになっている「あの世界」が日本にも深く深くしみついて存在していることを、なんかリアルに感じました。これ凄い発見でした(←ちなみに、何度も言いますが、東日本に住んでいると、わかんないんだってば、身体的記憶としては!。うちは一族そろって東京とか東北が基盤なんで)。そして、自分の仕事ともすごくつながっているので。僕は九州で仕事することも多かったので、数年間は毎週(毎月じゃないよ、毎週だよ!)のように出張していて、北海道で育ち関東にずっといた子供から青年時代が故にまったく知らなかった西日本や九州の風景とかが、凄く身近に感じられたんですが、その「身体で感じた風景」とこの歴史を紐解く情報が、今回のこの本との出会いで凄く結びついた感じがしました。いやさ―仕事で分析するには、産業の歴史やどんな基盤があるかとか、どんな機能の工場や原材料や港湾設備や輸送網などのサプライチェーンがあるかは調べるからさ。そういう「ファクト・機能」があるのはたくさん調べて知っていたが、歴史的にどういう風にそれが有機的に発生してきたのか?(縦軸ってやつね)という「時系列の感覚」があまりなかったんだよね。九州の炭鉱の物語とか、そういうのを体験してみれば変わったのかもしれないけれども、そういうのには出会わなかったからね。いままで。ああ、そうか、イギリス病とかヨーロッパ病のモチーフとして、イギリス映画や『フラガール』みたいな作品をよく見ていたことも、この炭鉱労働の話が、すっと胸に落ちた理由かもしれないですね。本を読むにあたって固有名詞が身近である、というのは重要なポイントです。僕は九州のこの地域を何度もビジネスで言っていたので、地名や風景がすごくイメージが身体に染み込んでいました。もちろん韓国もね。あと身体的に何度も仕事で移動しているので、距離の時間的身体感覚も濃厚にあります。なので、いちいちこの本の情報は夢想しなくても、リアルに実感できました。やっぱ読書ってのも、スポーツだな!、と思います。身体的記憶を濃厚に使用する頭脳スポーツ(←意味不明(笑))。
ちなみに、孫正義自体よりも、そのお父さん(←このお父さんってのが、スゲー人なんだ!(笑))や祖父の世代の朝鮮と日本を舞台にした生き様の方が、むしろ物凄い鮮烈だよ、と感心しました。時系列的には遡っていく感じではありますが、なるほどーこういう風な人生を経て、在日の三世が今あるわけだ、と歴史の重厚さを本当に感じました。家族の年代記は、どれも素晴らしい小説が多く日系アメリカ人の人生を描いた『二つの祖国』なんかも大傑作ですが、同じ類の感動と感心を感じました。やっぱり、大体、偉人とかスゲー人って、三世に生まれやすいみたいだね。たぶん1世だと前の土地の記憶を引きづりすぎてて、四世だともうその土地に溶け込みすぎちゃう。
2012-06-21 デジタル時代の人を創る、あまりにも身体的なその体験と環境
http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20120621
2010-04-03 宝のスピーチ
http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20100403
彼の名前は“孫”さんという。“ソン”さんです。
このスピーチを、英語がわからなくても母語で聴くことができる日本人はものすごく幸せだと思った。この人が、日本語で話してくれることの価値はあまりにも大きい。
移民に反対し、また、この国で生まれ育った人を仲間と認めない(地方参政権を与えることさえ忌避する)人達ってのは、何を考えてるんだろ、って思う。(追記:今も、16歳の第2の孫正義氏が日本のどこかにいるはずだ。もちろんまだ無名の16歳だ。その人も将来、日本国籍を選んでくれるだろうか。そして日本に残って日本で働き、日本のデジタル情報革命などのために仕事をしてくれるだろうか。
私たちはそういう人に「是非日本に残ってほしい」というメッセージを伝えているだろうか。と考えると忸怩たる思いがする。将来のこういう人が、“シリコンバレーで英語で”はなく、“東京で日本語で”スピーチしてくれるよう、ちょっとでも努力をしたい。)
この最後のちきりんさんのメッセージは、素晴らしいと思う。僕も非常に同感だ。サッカー選手の李忠成選手や日本に帰化した選手を見ると、僕は時々胸が熱くなる。日本人は、国籍を変えるなんてことはあまり普通ではない(=移民国家ではない)が故に、僕の身体感覚は、国籍を変えるなどという行為は、物凄く厳しいハードルのある行為だ。「それ」をしてまで、日本という国で人生を賭けようとした人がいたことが、その人が、日本代表として国際的な舞台で、日本と個人のために戦ってくれることを見ると、ほんとにぐっとくる。まず一つには、こんな純潔至上主義で外国人排斥の激しい国で、それでも日本国籍を選んでくれたこと、、、それは、彼らが日本という土地に、そこで彼らの周りにいる仲間に、それだけの価値を置いたくれたことの証左に他ならない。それまでにどれほどの葛藤と思いがあっただろう、、、その強度を思うとき、僕は胸が熱くなる。それは、彼らにとってではなく、彼らを支えた周りの日本人たちの、彼らが選ぼうとした日本という環境を作った、我々のプライドでもある。・・・というか、普通そう感じないのかな?。僕は、彼らを見るたびに、彼らが活躍できる日本という国が、ほんといいとこだよなーと思いますよ。逆ができるか?ってこと(←これ重要よ!)。これができる余裕こそ、自由主義の根付くリソースの大きい国であるあかしだもの。日本が偉大な国だ!と民族的プライドを持ちたいのならば、対外的にぶつかり合う隣国の市民が、それでも日本に住みたい!、日本はいい国だ!と思って移民したくなるような自由があるべきであって、その自由があることこそ、我々の誇りではないのだろうか?。よっぽど成熟した近代市民社会でないと、なかなかできないぜ。そんな余裕(=可能性のことですよ!)のある国は、全世界にもいくつかしかないのだ!!。そして、ましてや日本国籍を取得した孫さんのような人々が、アジアの繁栄のために力を尽くしてくれるとは、自国の安全保障的にも、かつソフトバンクの本社が日本にあり圧倒的な税を納め雇用を生み出して、アジアのリーダーのポジションに立ってくれることは、すげー得なことではないかい?と思うよ。もちろん、自国の安全保障上、韓国のサムソンのように一社によって国の富が独占寡占されていたら、それは、怖いという人もいると思うけどさ、、、ちょっとまてよ、世界GDP3位(だっけ?実質アメリカに次ぐ国だよ)で、全世界に名が通っていう世界的企業を何十社何百社と持つ最先進近代成熟国家の日本が、なに度量の狭い小国のようなこと言ってんの?と思うよ。どれだけ、ドコモやKDDIが国内においては強いともう?。まったくナンセンスだよ。むしろ、破壊的なイノベータ―が出て混乱してくれるほうが、独占化、寡占化しやすい日本の民族資本を激しい競争に引き戻してくれる上では、素晴らしいことだと思う。アジアのイノベータ―や起業家が、やっぱ、日本はフェアでいいぜ!ここで起業しようぜ!と思うよな環境をバンバン作るべきだと思うよ。少しぐらい税は高くてもサー的な(笑)(←これも重要)。だって、日本国籍とっておくと、老後安全だし、フェアだし、従業員も労使紛争でインドみたいにすぐ経営者が焼打ちにあったりしないぜ!!みたいな。日本国籍レアだしとっておくと、すみやすいぜ!とかアジアの金持ちがみんな思うような、そういう国であった欲しいと僕は思う。それは、『限りある税』によって、国家が非常に価値がある環境を作り上げているということじゃないか!。これからは、世界の先進国はどうしても大きな政府的な高福祉国家的な側面は、無視しては成立しないと思う。であるのならば、その税を、見事に使って「住みやすく快適で安心な国」を実現しているところに、少々税率高くてもそれよりもメリットがデカい!と思わせることが国家戦略上重要になると僕は見ている。・・・・それに自然環境的にも暮らしやすさも、僕は絶対世界でも断トツレベルに素晴らしい国だと思うぜ、日本。アメリカも負けないくらいいいけど、伝統がないので、そこがつまらない。ヨーロッパは、伝統はあるけど、アメリカのハリウッドのや日本の秋葉原のような大都市が生み出す市民文化が弱い。いや、ほんといいとこだぜ、日本。日本を出て外に住もうなんて、ふっ、もう僕は全くそんなことは思わなくなってきたな。マンガが発売日に変えないなんて!(笑)日本以外で済むのしんどいよ(笑)。←この話は、記憶と土地をめぐるルイさんとの会話と結びついている話で、この話はまたしますー。
さて、僕は、難しく複雑なマクロのことを考えない時は、デフォルトでナショナリストで結構!といつも思っている。基本的な発言は、特に外国人と話す時は、極力国益に沿う右の発言をする。当たり前じゃん!日本人なんだから!、と思いながら。そこで中国人に何を言われようが、アメリカ人がどんなに態度デカくても、基本的には右の発言からスタートする。そんな陳腐な発言で怒るやつは、大体バカなんだから、相手にするだけバカだしね。相手の器がそれですぐわかる。これで議論ではなくカーッと来るやつは、話す価値がない奴がそもそも多い。国際社会のルールと外交が理解できな奴と政治議論しても始まらないんだよ。国益と外交と安全保障が、そんな感情だけで左右できると思うやつは、議論に値しないね。でもね、そういうナショナリストの立場として、常に重要なのは、我が愛する祖国が多様性と自由主義によって統治される近代国家であることが、その大前提として、僕にはある。その中で、本当の意味で多様な自由が保障される本当の意味での豊かさを持つ国であれば、大前提として社会が多様性を許容し守っていることがあるべきだと思っている。なぜならば、突出した才能や社会の寛容度は、そういうコンフリクトがあるところへ、どのようなリカバーできる社会工学的な仕組みを、自らの力で作り出せるか!ということが、国としての民族としてのレベルの高さを表し、そこに住む人の幸せの度合いのバロメーターだからだ。前にも書いたけれども、たかだか数十万人のコミュニティ群が、自由が存在しない社会ってどんな全体主義国家だよ、とため息が出ます。
特に、こういった多様性の堅持は、経済の規模が大きくて、リソースの蓄積が長期間あり、国家としての回せる規模が大きくないと維持できない、、、言い換えれば超一流の国にしかなしえない、非常に困難なことなんだ!。僕は、ナショナリストなので、日本が世界に冠たる素晴らしい国であってほしい!といつも思っている。そして、その為に、孫さんや李さんのように、あふれる才能を日本語で日本の為に使ってくれる人に対して、限りなく優しくて手厚い社会であってほしいと思う。そして、彼らのような存在を生み出すコミュニティに対して、手厚い包摂がされる多様性に溢れた自由な近代国家であってほしいといつも思っている。それが、一流の近代国家を建設していると自負する日本人の誇りだ、と思う。たかだかちょっと、ダウントレンドの衰退の道に入ったからといって、こういう「大いなる坂の上の雲の目標」を降ろすなんて、いつから日本はそんなダメな国なったの?と思う。アジアで先駆けて近代化した我らが日本は!。どんなに駄目なところが多かろうが、どんなに民族として最低な部分があろうが(←これは事実(苦笑))、我々は世界史に足跡を残す偉大な存在であることは否定できないんだから、いいんだよ!。その誇りを胸に、ダメなところをリカバーするように頑張れば!。
とはいえ、、、ちなみに、ここってすごく難しい部分で、アメリカのアファーマティブアクションという法律の本義が、この問題について理解するいい補助線になる。アファーマティブアクションは、白人に対する逆差別になる(=黒人やマイノリティを優遇ばかりする)という言説はとても強く主張されたが、1960年代から多様で自由な社会を守るためこの政策はアメリカで強行された。けれども、それが根付き浸透して本当にマイノリティの権利が安定してくると、現代では原理主義的なこの政策は見直そうとされつつある。ようはね、バランスなんだよね。
NHK 必ずヒーローになってやる〜サッカー日本代表・李忠成〜
http://youtubewara.blog10.fc2.com/blog-entry-2801.html
まぁ、どっちにせよ、在日の存在が、単一民族で他者を言うものをさっぱり理解しない日本民族、日本社会に、それでも強烈な他者性を植え付けていることは、日本人と日本文化、日本社会にとって計り知れないほどの価値があるという著者の主張は、まったくもって同感です。とりわけ文化の次元では、あまりにも考察、分析も事例もたくさんあるんで、まぁ知識人の中では常識の範疇だよね。あんな奴らはいらないのだ!というのは、まぁ日本社会の構造や文化の発展の歴史に無知な人のたわごとだと僕は思う。
今後はむしろ、人口のトレンドがマイナスにあっている在日朝鮮人よりも日本に滞在している中国人がどんどん増えるのでこっちとの問題が発生すると思う。『ネットと愛国』の時に書いたように、日本は過去に比べると所得の差が大きくなっているし、既得権益世代と若い世代との構造的対立が存在する上に、なによりも郊外住宅地など新しく「もともと住んでいた人間」と「あとから来た人間」という形で、相手と融和してコミュニティを形成するという社会工学的な防衛手段が存在しない社会です。これって、会社共同体や過去のムラ共同体、など、日本の村社会体質を包摂する仕組みが90年代までは、何とか高度成長の「成長」によって維持されていたんだけれども、それが、グローバル化の進展によって、ぶちこわれてきている。
21世紀は個の時代
http://agora-web.jp/archives/1478781.html
「反グローバリズム」で人々は幸福になるのか
http://agora-web.jp/archives/1478857.html
だから、ヨーロッパの移民問題などをみればわかるように、極右の台頭、移民排斥を「祭り」として共同体の再確認をする作法というのは、これからの我々の課題となるのだろうと思う。なかなか難しいのはヨーロッパの難民や移民は、トルコ系であったり、本国よりも必ずしも強い存在ではなかった。しかし、日本では、この北東アジアでは、中華人民共和国という巨大な中心的存在として君臨しており、そこから、、、というのが、たぶん問題を複雑にするだろうと思う。特に中国はその成り立ちからして圧倒的な大陸国家であって、周辺諸国への帝国主義的(といってはちょっと違うかな?)圧力も確実に大きいと思うんだよね。そうすると、安全保障上の綱引きや均衡の外交バランスは、非常にレベルの高いものが求められる。それって安全保障とも絡むので、さらに問題が複雑化しそう。われわれが、そういった構造や、欲望や、一時の祭りに抗して、どのようなコミュニティーを作り、どのように住んでいくのにいいと思える空間を作れるかは、日本人の未来そのものだと僕は思う。このあたりの問題は、そういうことと絡むので、非常に良い本を連続で読めたな、と思います。『あんぽん』と『ネットと愛国』は、本当に素晴らしい気付きをくれた、素晴らしい本でした。ぜひ、同時に読むことをお勧めします。