皇族のスピーチのスピーチとしての共感の幅の広さに畏怖を覚える

いつも思うのだが、、、皇族のこのようなスピーチのレベルの高さには、正直言って、なんというか畏怖さえ覚える強烈な感じを受ける。歴史を勉強すればするほど、皇族の立場にある人々が、日本の有史のすべてを射程距離に、大きな歴史的出来事、わがことのように主観として理解しようと、強烈な努力を行っているのが透けて見えるからだ。他の国の貴族や王族がどんなものなのかはよくわからないが、歴史を学び、自分自身が日本で生きている時々に、スピーチを見ると、その深さと、共感力の広さに、本当に驚く。。。こんなマクロの意識を個人が背負うのって、物凄い重圧じゃないか、、と本当に畏怖する。まして、なんというのかなぁ、それだけ現在のことをよくよく考えながらも、広い歴史的視野や、全世界のことを結びつけて考える「考え方」には、なんというか、、、凄いとしか言いようがないな、といつも思う。


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