『ネット小説家になろうクロニクル』 津田 彷徨 著, フライ 画  外から見て「小説家になろう」というウェブ小説の世界がどうなっているのかを見せてくれるセンスオブワンダー

ネット小説家になろうクロニクル 3 奔流編 (星海社FICTIONS)

評価:★★★★☆4つ半
(僕的主観:★★★☆3つ半)

読了。ちょっと、感無量。やっぱりシンプルな成長物語が、僕は好きなんだなーと、読み始めたら数日で全巻読破して、止まらなかった。ザ、清涼感!ともいえる読後感なので、癒されたい、幸せな気持ちになりたい人は、めちゃおすすめです。まったく裏切らない、清涼感は、津田さんの真骨頂。


いつも思うのだが、津田さんの作品は、読後感が異様にいい。逆にいうと、刺さりにくいという意味でもあるかもしれないので、そこは両義的。なんでこんなに爽やかなのか、というと、単純で、作家が凄いさわやかでいい人だからなんだろうなぁとしみじみ思う。なかなかこのレベルまで、人間ができてる感が行間に滲み出るのは、めずらしい。マジで、人間で来てるんだろうな、と感じます。『やる気なし英雄譚』を読んでいても、ダイナミックな戦記モノなのに、後味の悪い闇な気分が全く感じないのは、やはり作者の資質というしかないのだろうと思う。キャラクターというのは、作者本人のコアの資質が凄い色濃く反映するものだ。明らかに津田さんは、人の持つ闇の部分卑怯な部分、人間として腐っている部分というのが、なさすぎる(笑)。それが故に、見事な爽やかさが生まれるんだけど、半面、そこは批判のネタにもなるんだろうな、とも思う。だって、こんなキラキラした爽やかさ見せられると、人は眩しく感じちゃって、好きになれない、というのはあり得るだろうなーと思う。

やる気なし英雄譚 (5) (MFブックス)

この小説のドラマトゥルギーのコアは何か?といったら、もうシンプルすぎるほどシンプル。それは、主人公の高校生、黒木昴くんが、怪我してしまい、人生をかけて目指していたサッカーの夢がたたれてしまい、そこからネット小説家を目指して、商業作家になり、そこでプロとしての自分を確立していく、というお話。読んでいて解釈を考える必要もないほどにシンプルな、ビルドゥングスロマン・成長物語。夢へ一直線。それ以外の何物でもないシンプルさが、この小説の魅力。


ただ、この話、好き。。。。なんだけど、こういう安定している作品は、評価が難しいんですよね。江本マシメサさんの『北欧貴族と猛禽妻の雪国狩り暮らし』を読んだ後に評価しようとして困ったのと似てて、別に僕はただの消費豚なんだけれども、批評的な観点で何かの分析ポイントがないと、高い評価をつけられないんですよね。その場合は、あまりに物語がシンプルすぎて、成長物語で、読後感がいいという風に評価してしまうと、なので特別に読め!という推薦がしにくくなる。重大な瑕疵が一つもないけど、商品として差別化ができていないって感じです。なので、凄い面白かったし、自分的んは人生の幸せを感じられるいい本でしたが、★3つ級なんだよなー。


しかし、じゃあ、この本の売りはどこか?というと、物語じゃないと思うんだよね。物語がほとんどスカスカになるくらいにシンプルにまとめているのは、この本の目的が、


外から見て「小説家になろう」というウェブ小説の世界がどうなっているのかを見せてくれるセンスオブワンダー


なんだろうと思う。そう考えると、この作品に出てくる津瀬先生のようなデータ重視の分析的な感じが凄いしてきます。いや、これは企画としてよくよく練られている。なろうのシステムや、web小説家になっていく順序などが、見事に描かれていて、その複雑で、この世界を知らない人にはなじみのない人の導入本になっている。凄いと思うのは、この導入が、僕らのような読者向けになっているだけではなくて、「小説家になろう!」と志す書き手の導入本になっている部分も、見事。これが後20年もしたら、資料的価値があるものになるんじゃないかと思います。


この本の価値は、そこにある。高校生の昴君の視点で、主観体験で、手順をゼロからWeb小説を書いてゆき、プロに至る筋道を追体験できる。才能や動機の問題、タイミングの問題で、誰もがプロになれるわけではないですが、こういう「道筋」があって、世に出ているんだということが、よくよくわかる。既存の編集者に、Web小説家と馬鹿にされて敵対行動をとられる件なんかも、この業界の黎明期の商業側の反応を思い出せば、というか今でもですが、非常にわかります。いまでこそ書店の棚になろう作品が埋め尽くされていますが、ほんの何年か前までは、ゼロだったんですよねー。僕も黎明期から追っているインサイドの人間なので、こうやってその物語がナラティヴ的に再構成されると、なかなかにぐっと来ます。


ちなみに、これらのルートが既に一つの確固とした「道」になっていることは、そしてマーケットになって成熟しつつあることは、知っていて損はないと思うのです。これも日本のマーケットのオリジナルの土台の一つなんですから。その導入にこの小説は最高です。シンプルなのですぐ読めると思いますし。僕はむしろ、編集者さんとか、web小説の仕組みがわかっていない人、体験できていない人が導入のために勉強のために読むとがいいと思うくらいです。ネットで書く小説家たちのモチヴェーションの在り方、彼らが大事にしている価値観や、それを構造的に規定する仕組みがどんなものなのか?ということが、一発でわかるからです。これがわからないと、いまの日本エンターテイメントの最前線の重要な部分を全く理解していないことになるわけで、「ここ」の少なくとも知識がない人は、まぁ、ぼくはせっかく日本で生まれたのにその面白さを理解しない残念な人だと思います。とりわけ、ネット小説などを毛嫌いする業界の人は、もう既に重要な市場として基盤として根を下ろしているここへのシンパシーや理解がないのは、もうありえないと思います。電撃文庫だってもう25年。ライトノベルだって、既にもう安定した市場として僕らの人生に君臨していますもんね。いまさら、絵と物語の組み合わせのライトノベルの仕組みを小ばかにする人は、もう少ないんじゃないでしょうか?。まぁいても、現実(=市場の大きさと支配力)を見ていない人だと思いますよ。そうやって、僕らの故郷は、少しづつ姿を変えていくんです。変わっていく世界は、素晴らしい。その変化の担い手として、そこにいれることが、とてもうれしいです。


たとえば、伏見つかささんの『エロマンガ先生』の8巻に、小説家の和泉マサムネ先生の、小説を書くことになった原点のエピソードが出てくるのですが、この感じは、エピソード的には奇跡に等しいですが、あり得ないことではないのは、ネット小説での読者と読み手の出会いのパターンを知っていると、いろいろ感慨深く思うはずなんですよね。ネットってすぐつながってしまうので。このへんも、ウェブ小説に関するリテラシーがあるなしとでは、いまのぼくらが生きる現実への理解がまるでちがってしまうと思うんで、いやーわかると面白いです。ライトノベルやネット小説って、さすがに成熟してきていますが、それでもまだエンターテイメントの最前線で変化しているなーというのがよくわかります。まだ、古くなってないんだなと、この辺の作品を読んで、感心しました。さすがに書店の本棚には飽和状態のようなので、次がどうなるかが凄い楽しみですよ。

エロマンガ先生(8) 和泉マサムネの休日 (電撃文庫)


おっと話を戻すと、これらのランキングシステムを作り手の側から、「小説家になる」という入り口としてみたときに、どんな風景になるのかを、細かくシステムから描写していくので、その描写が分厚くなるとすると、物語のキャラクターの関係性のドラマトゥルギーをシンプルにしなければならないので、徹底的にシンプルにしたという構造になっています。なんというか、分析して客観的に言葉にすると、津田さんの分析力や、作品作りの理知的な企画として出来の良さに感心します。これ、そりゃ、本(商業)にするよなって。企画としての出来がすごくいい。

転生太閤記~現代知識で戦国の世を無双する~ 桶狭間編 (カドカワBOOKS)

新刊の『転生太閤記~現代知識で戦国の世を無双する』もそうなんですが、自分の強みを良く生かして、しかも商品として、津田彷徨という小説家のブランドというか幅を広げていく理知的な意思が凄く感じます。この人、本当に頭がいい人なんだなと唸ります。頭だけではなく、それを実現できる実力力と行動力も。だって、それぞれの作品が、非常にジャンルが「遠い」じゃないですか、関連性が。作家としての成長をビシビシ感じるんですよ。『ネット小説家になろうクロニクル』は、シンプルなんですかすかなくらい単純な話なんですが、転生太閤記は、文章が時代小説かよって位に重厚。歴史の最先端をちゃんと理解して深く情報を積み上げている重厚な感じで、いやはや、この人、よくこんなに文体まで変えられるなと感心します。この人、しかも激務の現役の医師なんですよね。頭おかしいですよ、この仕事量と質。できる人はできるんだなーとしみじみ。


非常に面白い作品でした。この人の足跡は追っていると、確実に成長して、進んでいるので、作家の成長自体がビルドゥングスロマンに感じます。


ネット小説家になろうクロニクル 2 青雲編 (星海社FICTIONS)