31歳の井伊直弼の男泣きに感涙〜部屋住みとは何か?

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みなもと 太郎

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評価:★★★★★+α星5つ/マスターピースだ!
(僕的主観:★★★★★+α星5つ)

この作品は、もう日本の歴史に残すべき名著ぐらいに思っているんですが(笑)、本当に素晴らしく。何度も何度も何度も、心に刷り込まれるまで読み返そうと誓っています。とにかく毎日読んで(←修行かよっ!)、自分の魂に刻み込むつもりです。なぜならば、江戸から近代までにかけての空白となっている日本史部分が、ものの見事に描かれて、しかも連続性を持って体感できるので、読めば読むほど、その他の情報の解釈やアクセスがものすごく容易になるのです。こんな最高なことはない!。素晴らしい導入書だ。だって、村田蔵六とか、江川太郎左衛門とか、最上徳内とか、シーボルトイネとか、阿部正弘とか、佐久間象山とか、そんなものすごく有名で知られているわけでもない人々の、ものすごくドラマチックで高貴に満ちた人生を物語として体感しながら、同時にその人たちが群像劇で描かれているので、時代背景まですべて体感できてしまう・・・。司馬遼太郎城山三郎の素晴らしい魅惑に満ちた小説群も確かに素晴らしいのだが、あれらはすべて「人物伝」になっているきらいがあるし、しかもその時代のその人の人生にフォーカスする、いってみればスターシステムを採用しているが故に、わかりやすいが、歴史の全体的なうねりを体感できるというわけではない。が、この漫画は、すごいんぜっ。関ヶ原からの数百年間の歴史そのものを、ひとつの大きな物語として群像劇で描いているんだよ。一つ一つのエピソードは、われわれ日本人であれば知っていることも多いが、このような歴史のダイナミックなうねりと同時に物語るなんてことは、ついぞ見たことがない。歴史に残る傑作だと思う。これらの本と、司馬遼太郎とか城山三郎とかを同時に読むことができれば、その理解の深まりは、凄まじいものがある、と僕は思う。読んでみればわかるって。最初は、なんだギャグ漫画か、こんな絵か、、、とか思った自分が、情けなくて鼻水が出るよ、いま思うと、。

って、書きたいことはこれではなかった(笑)

家督相続まで
文化12年(1815年)10月29日、第11代藩主・井伊直中の十四男として近江国犬上郡彦根城(現在の滋賀県彦根市)で生まれる。幼名は鉄之介、後に鉄三郎。

庶子であったため、養子の口も無く[1]、17歳から32歳までの15年間を300俵の捨扶持の部屋住みとして過ごした。この間、長野主膳と師弟関係を結んで国学を学び、自らを花の咲くことのない埋もれ木にたとえ、埋木舎(うもれぎのや)と名付けた住宅で、世捨て人のように暮らした。この頃熱心に茶道(石州流)を学んでおり、茶人として大成する。そのほかにも和歌や鼓、禅、槍術、居合術を学ぶなど、聡明さを早くから示していた。その頃「チャカポン(茶・歌・鼓)」とあだ名された。

井伊直弼
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%95%E4%BC%8A%E7%9B%B4%E5%BC%BC


幕末篇の1巻の井伊直弼のエピソードで、すごく興味深いことに気づいた。「部屋住み」という存在だ。これって、日本の江戸時代を考える上でキーとなる概念じゃないのかな?と思うんですよ。もっというと、東アジアで、この概念ってキーとなるものなんじゃないのかな?と思うんです。

部屋住みって、

武士の次三男は養子の口がなければ厄介ということで兄の世話になるしかありませんでした。ごくたまに運がよければ新規お召抱えの口があって召抱えられることもありました。大身の旗本や大名であればごくたまには分知ということで所領の一部をわけてもらうこともありましたが、これは江戸初期を除けばほとんど望めませんでした。そのためよい養子の口があるように次三男は長男(嫡子)に比べて武道や勉学に励んだとも言われます。
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa1614855.html

ぐぐってもあまりいいものが見つけられなかったんですが、たとえば、「寛政の三奇人」の一人で『三国通覧図説』を書いた林子平は、嫡男でなかったので、部屋住みで、生涯正直言って悲惨な境遇のままでした。兄にお世話になる、、、といっても、何の役にも立たないごみのような存在として目的意識もなく、いざ兄が死んだときのためのスペアとして飼殺されて(家をの血統を維持するため)、兄に子供が生まれた瞬間威容済みで、哀れな人生のまま忘れ去られる。物語の中でも、いやー自尊心を持てない悲惨な境遇だよなーと思います。これって、社会に人を飼っておくだけの余裕がある生産力があり、かつといっても嫡男以外に土地や資産を与えられるほどのリソースがない土地で起きる現象だと思うんですよね。

この井伊直弼は、業績は知っていましたが、彼が17歳から32歳まで、飼殺しの憂き目にあっていた悲惨な環境で青春を過ごしたなんて全然知りませんでした。いってみればプーなわけですよ。・・・・その彼が、いきなり幕府の最高権力者に上り詰めるんです。いままで、なにも権利が全くなかった中で、いきなりパックストクガーナ(徳川家による平和)と日本国家の未来の重責を担う立場になるのです。養父になった兄(大老)が言います


「直弼 お前がもし部屋住のままであれば この国の政情を何も知らず平和に死んでいけただろう


しかしこれからは違うっ


場合によっては御三家よりも権力を持つ「大老」職をたびたび務めてきたのが、わが井伊家だっ


中略


今回の危機を乗り越えてもやがてはもっと大きな問題が起こる


その時にこの国をしょって立つのが井伊家の当主の運命よ・・・・」



p29


いきり理由もなくただ朽ち果てるだけと思っていた彼のもとに、国家を守る使命が舞い降りたのです。


生きる理由ができた・・・・なんという喜びだ・・・・

と、31歳の井伊直弼は、男泣きに号泣します。


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さて、これはこれで素晴らしいエピソードなんですが、このことの意味は、部屋住みという概念をよく知らないと、意味が通じないんですね。そんで、この「家の存続のためのスペアとして飼殺される」ってのは、北東アジアではとても多いケースのようで、この魯迅の阿Qってのも、ほぼ似た存在なんですよね。このすごくつまらないとこの話が、いったい何の意味があるのか?って教科書を読んでいるときに、よくおもったのですが、これってこういう存在になることの惨めさがわかるかっ!ていう告発の書だったんですね、はじめてわかりました。

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さて、最近は、水滸伝を読んでいて、革命を起こすために兵士や民衆を動員するためにはどうすればいいのか?って考えていたときに、この魯迅の『阿Q正伝』と高島俊夫さんの名著『中国の大盗賊』における、中国史における盗賊の概念が結びついたんですね、そして、それってのは、部屋住みのことなんだ!って。要は生産など社会的機能に組み込まれない不労余剰人口が、たくしさんいるってことが、政治的にどういう社会構造を作り出すかってことなんですよ。たぶん、これを抜きにして、北東アジア史のことはわかるまいって思うのですよ。前に、ブロガーのとらさんと話していて、日本の吉原とかの遊女とか芸者とか、北東アジアには遊女の文化があって、ここに位置付けられる高級売春婦は、かなり社会的地位が高い場合が多いんですね。もちろん差別の裏返しではあるんですが。ところが、西洋にはあまりそういう存在はない。これってなんで?という会話になったんですが、これって、余剰生産力があるかどうか?(アジアは豊かだが、西洋は基本的に近代以外はすべて貧しかった)ということと男女比率の問題など、結婚ができずに流動人口として存在する男が非常に多かったということがあげられると思うんです。これって、すべてつながるな、、、と。そして、高島さんは、「盗賊」は、そういった農家の次男、三男坊が過剰に存在する北東アジアでは、必然的に発生するもので、こうした層が、社会政治的に大きなキーとなる存在になると喝破してういます。ああ・・・こういうことがわかってくると、ゾクゾクしますねー。次々の新しいことが分かってきて…・ふふふふふふふ。ということは、この地域で革命や政治的活動をする時に、基本的なロジックも、なるほどわかってきますね。

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