栗本薫のベストといえば、『絃の聖域』 だと僕は思う。

絃の聖域〈上〉 (角川文庫)

しかし、栗本薫には、『セイレーン』があり、
『絃の聖域』がある。

ベスト5ではなく。
ベスト3でもなく。
栗本薫の、文句ない「ベスト」をあげるなら、それは私にとって、『絃の聖域』なのだ。

三味線、三絃、呼び方はいろいろあるが、やはり、最もメジャーな名前は三味線ということになろうか。
この邦楽器は、伝統的な邦楽器の中でも特殊なポジションを占める。
それは、この楽器だけが、江戸の町人文化と深く結びついている、という事だ。
貴族、あるいは逆に大道芸などをする「道の者」のものでもない、誰もが手にして楽しめる楽器というのが、三味線だったのだ。

それは、中国由来の楽理に縛られない、純粋に日本文化にはぐくまれた音楽と言ってもいい。

それを、日本人の美意識に添って開花させた場合、どのような世界が見えてくるのか。

本作は、素晴らしいミステリであると同時に、
またとない音楽小説でもあり、
その後さまざまな分野で名作や人気作を生み出した栗本薫の、原点であろうと思う。
グイン・サーガ〉を含め、全ての栗本薫作品は、その根っこを本作の中に持っている。


手当たり次第の本棚

http://ameblo.jp/kotora/entry-10270306332.html#cbox
『絃の聖域』  追悼・栗本 薫


栗本薫さんは、凄まじい本の量を出しており、しかもそれぞれに強烈にジャンルが異なるので、思い入れを持つ本は、人によって好みが分かれるところだろうが、ベストは何か?と問われれば。やはりこれだろう。名探偵・伊集院大介の初登場する記念すべき作品ではあるが、実は、後の彼にふさわしく、物語の主人公的なふるまいはほとんどなく、視点は栗本薫が終始愛した少年の愛や、業に貫かれた「芸」を極る、芸の神に愛されてしまった人の狂おしい思いで話が進んでいく。そして、そのもつれにもつれた物語を、伊集院大介は鮮やかに解きほぐしていく。海燕さんが、追悼文で、書いていた最後の文章に至る時のあの、高まりは今でも忘れられない。


僕は、尊敬する人は?「こうなりたい」という人は?というような質問には、いつも「伊集院大介さんだな」と思っています(笑)。この人の「見えないものを見る」という生き方が、そして外面的なものはどうでもよくひたすら、人間…人間の魂の求る処の本質を見ようとする姿勢が、僕は、心から感動する。その本質が余すところなく出ている本です。また、さまざまなテーマや登場人物のありかたも、その後の栗本さんの世界観を凝縮しており、まさに処女作(というわけではないが)にすべてがあるというような典型の作品です。