コロニアル・ウィリアムズバーグ (Colonial Williamsburg)に行ってきた!

大学時代からの念願だったコロニアルウィリアムズバーグに行って来た。くわしくは、ここのサイトをもてくれればいい。

ウィリアムズバーグのサイト
http://www.history.org/

僕がここに執心した理由は、なんちゃってアメリカ・ウッオチャーとしては、アメリカの空間管理手法の変遷を知りたいと思っているからです。

サイトを見てみればわかるとおり、独立以前のアメリカの首都、大英帝国の辺境植民地のバージニア州の一都市を、18世紀のそのままに再現し、それだけでなく、そこに住む人々の日常も、テーマパークのイベントとして毎日再現しているという凝りようです。

どうかんがえても、アメリカのある種特殊な性癖を凝縮したようなオリジナルのものに見えませんか?。実際に、どのように運営されているか、ずっと見てもたかったんです。

また大学時代に授業で読み込んだ「ミニットマンの世界」という北部のコンコードの街の歴史書や独立革命のエピソードから、いわゆる歴史好きが遺跡名所を巡るみたいなもので、実際い、その時の建物は、食べ物は、気候は、服装は、そういう具体的なものが、ものが見て見たかったんです。ワシントンのエピソードなどは、アメリカの神話でありポピュラーな物語なので、これがわかると、いっきに世界が広がります。物語好きとしては、このへんの、より深く物語を楽しむために、教養を深めより多く広く現実を体感してフィードバックさせる、という修行?(笑)は、スパイラルのプラス効果があるのでやめられません。現実と文字情報の交互のフィードバックは、時間と空間を超え、より深い認識をもたらすと思いますよ。まぁ当たり前のことですが。意識するとしないとでは、大きく違う。


ミニットマンの世界―アメリカ独立革命民衆史 (1980年) (北大選書〈6〉)
ミニットマンの世界―アメリカ独立革命民衆史 (1980年) (北大選書〈6〉)R.A.グロス 宇田 佳正

北海道大学図書刊行会 1980-03
売り上げランキング : 1635252


Amazonで詳しく見る
by G-Tools
Washington: A Life
Washington: A Life


せっかくなので、見るべき文脈を二つ紹介しておきます。

1)アメリカの空間管理手法の伝統

アメリカには、空間を管理して作り込んでしまうという伝統があります。色濃く出ている例は、なんといっても国立公園や公園の設計、建設、維持、管理です。世界で最も、国立公園制度が、発達している国なのです、アメリカは。シエラクラブなどの例もいいのですが、なんといっても、一番わかりやすいのは、ニューヨークのセントラルパークでしょう。あんな都心のど真ん中に、200年以上も前の自然が、そのままの形で残されています。けどね、これって、考えて見ると物凄くおかしなことなんです。だって、その周りが大都市になっても、そのままの自然の形をずっと残し続けるというのは、ある空間を切り取って、その周りの環境がどれだけ変化しても、同じ状態に「管理維持し続ける」という偏執狂的な意識がないとできないことだからです。

よくいわれるのは、イギリスやフランスの庭園設計の伝統を引き継いでいる、と言われます。イギリスの田舎の貴族の屋敷や公開されている公園などに行ったことがある人は、その徹底した人工的な造り込みに驚嘆すると思います。いい例が、メイズ(迷路)ですね。生垣で空間を囲って、その中に入り込んだ人間の行動を、誘導、管理するという意識の表れです。アメリカでも、トウモロコシ畑にいくと、よくコーンメイズがありますよね。あの伝統です。日本の庭園の伝統の夜に、あるものを生かしながら「見たて」をするのとまったく異なる文化です。このウィリアムズバーグの総督官邸の裏の庭も、感動するくらいのイギリス式庭園で、お決まりのようにメイズもありました。ちなみい、ガバナーパレスを説明してくれた解説員の人は、ここのメイドになりきったたぶん大学生ぐらいの女性で、テンション高くてノリノリで、おお、まさに当時のメイドだ!、って感じで、



ちなみに、この空間を設計し、管理し、作り込み、そしてそこの中に入った人間の経験や視点を誘導、管理するというノウハウが、アメリカでは、テーマパークの運営、特に、ディズニーランドに結実して行くことになった、と僕は仮説を立てています。

ディズニーランドという聖地 (岩波新書)
ディズニーランドという聖地 (岩波新書)


2)アメリカとは何か?ーアメリカ人とは誰のことか?


もう一つの視点は、アメリカは、非常にミクロまで詳細に調べ抜いた歴史というよりも生活様式そのものを再現するのは情熱に溢れています。


これは、アメリカ歴史博物館のところでも書いたのですが、アメリカについて勉強する時の、最初の「見方」というか「視点」の一つに、「アメリカ人とは誰のことをいうのか?」というものがあります。これは、アメリカ社会でよく問われる強い衝動のことで、社会的にもそうですが、そもそも、そこにいる個人が強くこれに、必ず悩むようになっています。考えれば、単純ですよね?。アメリカには、日系アメリカ人、イタリア系アメリカ人、アフリカンアメリカンなんでもいいのでしが、絶対頭に〜系という風に、つきます。簡単な話、移民によって形成されている人工的な国家だからです。ここで、ネイティヴアメリカンの話は、持ち出さないでください。話がややこしくなるので。話し本質は、これによって変化しないしね。さて移民国家であるので、自分が、何者であるか?というのが、三代もすぎると、わけがからなくなってくるんですよ。実際、タイガーウッズとかフセインオバマ大統領なんかは、典型的で、もう世界中の人種が混ざりすぎて、俺って何者?って感じになるんですよ。タイガーウッズなんか、タイ、オランダ、アフリカとかもう全人種混ざっています。彼は自分を、カブリネイィジアンとか呼んでいましたね。なので、どうしても、意識的に、自覚的に、自分のルーツはなんなのか、ということを意識して調べて、自己確立しないと、自分が何者であるか、わけがからなくなるんですよ。コミュニティの所属と自己確立(アイデンティティ)は、そもそも、自分が、何ものかと、自分で定義しないといけないですが、それが、非常にわかりにくいのですよ。

ルーツ コレクターズBOX [DVD]
ルーツ コレクターズBOX [DVD]

僕は、こうした動機が、どうも、自己のルーツの確認という意識に収斂して、アメリカ社会の極端な、過去の生活様式やルーツの再確認、再現志向を生み出しているのではないかと仮説を立てています。

また、アメリカは、メモリアルを作るのが大好きな国民で、ワシントンDCでも思いましたが、ワシントンメモリアル、リンカーンメモリアルとか、ほんとうにこつこつあった出来事をメモリアルとして形に残そうとします。死を美化しやすい国民性でもあると思うんですが、あかなり度が超えていると思い、すごい偏執狂的です。もちろん、国民国家形成の常套手段でもあるので、ここは、必ずしもアメリカ特有とは思えませんがね。ちなみに、ロサンゼルスのリトルトウキョウは、エリソン・オニズカストリートというのがあって、オニズカ大佐の像が置いてあります。オニズカ大佐は、チャレンジャーの事故でなくなったアメリカの宇宙飛行士ですね。


鎮魂と祝祭のアメリカ―歴史の記憶と愛国主義
鎮魂と祝祭のアメリカ―歴史の記憶と愛国主義


さてさて、こういう文脈から、僕は、ウィリアムズバーグという歴史保存のテーマパークをぜひ一度は見て見たいという風に思っていました。

で、結果の感想ですが、いやー超面白かったですよ。もう一日ぐらい泊まってゆっくりしたかったぐらいです。

まずはキャピトル、議事堂から見たんですが、意外に小さいと思ったのですが、中は重厚でした。二回火事で消失しているんですが、1930年に初期の建築で立て直したものが、現在のものだそうです。入り口にいくと、ツアーガイドさんが、もちろん当時のままの服装で待っていて、この建物の説明ツアーを当時の人になりきった感じで説明してくれます。たぶんボランティアに近いものらしいので、以下にも好きでたまらないぜ歴史!みたいなノリで、非常にいい。ディズニーランドやユニバーサルスタジオのツアーに参加するイメージを思い浮かべてくれればいいです。

時間によっては右側の市民議会で、独立革命時代の議論を再現しています。ここでは、アメリカ独立宣言に先駆けて、ヴァージニアの大英帝国から独立が宣言されています。事実上アメリカで最も裕福で指導的な立場にあった、ここヴァージニア議会が、アメリカ独立を先導したんですね。ちなみに、アメリカの国軍は、ほぼここのヴァージニアのミリシアなどを中核とした軍隊が、そのままなりました。ちなみに、ワシントンは、ヴァージニアの軍人でした。僕の時のツアーガイドさんは、議事堂で独立宣言を書くに当たって、私有財産の絶対と、人が平等であるという部分で、黒人は、財産なのか?それとも人なのか?と論争が起きたことを、当時のマジソンらが、これこれこういうことをいった、という風に再現しながら、説明してくれました。超面白い。ちなみに、子供には不人気で、そりゃーすげぇむずかしいはなしですが、僕には、この話が一番理解しやすかった。そもそも知っているエピソードばかりなので。

ちなみに、総督(ガバナー)の席があって、その周りに議員たちの席があるのですが、この規模と部屋の機能とか、ガイドさんが再現してくれる当時の会話聞いていると、なるほどなるほど、ああ、この大帝国の辺境の植民地は、はっきりいって広大な自治権があったんだな、というのがよくわかりました。ようは、あまりにイギリスから遠すぎて、管理し切れていなかったんだろうと思います。だから、地元の人々が、自己でいろいろなものを整備して、管理、維持しているってのが、よくよくわかりました。はっきりいって、数千人ぐらいの小さな街ですし、官僚機構も軍隊さえも!ないんだから、地元の自治以外で来ようはずもない。いや、見て見ると一発ですよ。ああ、こりゃー課税なんかしたら、ぶちぎれて、独立だぁ!と叫ぶのわかるわ、、、って。ちなみに、議事堂の壁には、当時のイギリスのキングジョージと奥さんが飾られており、至る所に英国国旗で、おお、植民地なんだなーと感心しました。ここが、大英帝国の辺境都市であるのが、よくわかりました。

それぞれの建物には、当時の服をきた解説員がいて、当時そこの建物でどんな生活をしていたかなどを解説してくれる。うーん、しびれるくらいミクロ。これ、小説とか歴史を書く人には、凄い想像力のアシストをしてくれると思う。建物も道具も服装も、当時そのままに再現するかオリジナルが残っているのだから。

特に、僕が興味深かったのは、武器庫。18世紀のイギリス軍やミリシアヴァージニア州軍の武装がどういう状態だったのか、どんな武器を使っていたのかがわかる。基本的に、大英帝国の軍隊は、ほとんど駐在しておらず、常備軍は存在しない状態。では、どうやって現地の治安維持やインディアンや他のライバル帝国であるスペインやフランス帝国との戦いをしていたかというと、ミリシアという義勇兵と言うか地元の、おっさんたちが、年に何回か訓練をして、自分で武器を保管して、なにかあれば馳せ参じるという仕組みになっていたらしい。ようは、国民皆兵に近い状態で、源頼朝の下での鎌倉幕府の御恩と奉公みたいなものだと思えばいい。でも、逆に言うと、治安維持や対外戦争も、アメリカ側から言うと、自己防衛しているわけだから、イギリスに文句言われる筋合いがないと思うのは、よくわかる。逆に言うと、遊軍的な少数の軍隊で、大英帝国という大きな領土を効率よく支配している仕組みだったんだろう。これで、キングジョージが、極端な課税をかけなければ、うまくまわっていたのかもしれない。ボストンティーパーティの代表なければ課税なし、というのは、こういったマクロ構造があって、イギリス軍の規模や海外派遣能力では、北米植民地を抑えきれないだろうという目算があったのだろう。また民衆も、自治をして、自己防衛をしているんだから、そこはほぼ独立国家に近いわけで、言われのない中央集権権力にいらっとくるのは、よく理解できる。アメリカを学ぶ時に、非常に重要な理解のポイントは、この国が、一見、フェデラリストの伝統と強い大統領権限によって、中央集権的な構造に見えてしまいやすいが、まったくそうではないということ。学問の世界では、分権的と呼ばれるのですが、ようは、自分たちのことは自分たちで決めて自分たちは自分たちで守る、ということです。前にもいいましたが、ギリシア的な常識として、コミュニティーを守ること、戦争に参加することが、市民の定義であり義務なんですが、それをやっているのに、国政への参加資格がないというのは、アングロサクソンの伝統でもギリシアローマン文明の伝統でも、どちらにせよ、ありえないんですよ。より北部のピルグリムファーザーは、もちろん神聖政治ですから、つまりは新興宗教団体が国を脱出して自分たちのコミュニティーを作り上げたわけですから世俗の権力を嫌いますし、ヴァージニアのように最も規模が大きく富める植民地が自立的な伝統があるとすると、基本的に大陸的な土地の広大さを反映して自分たちのことは自分たちで決めるというか、もっといってしまえ、もう好き勝手に生きる、という伝統があるのですね。コミュニティーごとに。

学問の世界では、常識なのですが、日本社会は、徳川幕府時代から大日本帝国時代も含めて、400ー500年近く強烈な中央集権国家であって、この「分権的である」ということが、マクロ的に概念的に理解しにくいのです。この概念を実感して理解するというのは、タウンミーティングなどの民会やグラスルーツの政治的影響の伝統がない僕ら日本人にはものすごく難しい。

これは、アメリカを理解する時のキーポイントの一つなので、よく覚えておくと実践的だと思いますよ。

集権論の伝統は、これがわからないと、さっぱり意味不明ですから。この概念に不案内であれば、たくさんのアメリカの映画や小説、政治的な動向が、意味不明になってしまいます。それを、連邦政府的な中央集権の仕組みだけで理解すると、とても理解が歪みます。

ちなみに、日本の戦国時代は、近現代からすると理解できないくらい分権的なので、この概念が理解できれば、同時に分権的なものがどういうものなのか、が逆輸入的に理解することができる、とも考えています。とはいえ、さらっと表でみるとわからないものは、構造的に分解して分析的に理解しないと、他の文化圏、他の構造の中にいる人間には、まったく理解できないものです。その理解の難しさを意識しておくと、またその体感的に難しいことの理解の努力をしていると、見えないものが見えるようにり、世界の複雑さの多様性の面白さがわかるようになります。マクロ的な概念や抽象的な概念は、「わかった」と思えるのが非常に難しいのです。世界を体感するのは、難しいという、ある種の謙虚さがない人間は、いつまでも狭いパースペクティブの中で生きて行くことになってしまいます。さてさて、武器庫の話に戻ります。ここで、当時の主要な武器であったマスケット銃を見れました。おお、まおゆうだ!とか、「ラストサムライ」の時代とか、西部劇の時代は、これだったんだーとしきりに感心。ちなみに、当時の命中率は、ぜんぜんダメで、戦術としては、400ー500人が並ばないと、意味をなさないもので、そういう意味では、シビルウォー(南北戦争)の時には、命中率が80-90%となり死者の数が跳ね上がったと行っていました。そういう意味では、まだまだ、ミリシアなどの当時の地元の自警団レベルの治安組織や軍隊と、大英帝国が遊軍的に派遣している舞台との、練度の差が、それほど大きくならないという意味でもあったんだな、と理解できました。特に、織田信長豊臣秀吉徳川家康の時代以降から明治維新付近まで、日本の軍事テクノロジーや戦術理論の発展は、全て止まってしまうので、この辺りの17-18世紀の軍事力の行使というもの、武器のレベル、被害の大きさなどが、どういったものなのか?というのが、穴になっていたので、これを見れたのは、非常に興味深かった。物語的にも面白いし、ワシントンの逸話から独立革命南北戦争までの歴史は、自分でもアメリカウッチャーとしてそれなりに全体像の知識もあることから、とっかかりがあるので、頑張って勉強してみるかな、と思う今日このごろ。老後の歴史遺跡巡り旅のねた仕込みとして(笑)。それに、物語好きとしても、この辺の歴史は、日本人には不案内ということもあり、ここを理解できると、アメリカの物語や文化の理解が段違いになるし、非常に秀逸なアンテナになると思うんですよ。一般的な日本人が知らないというのは。




・・・・・それにしても、生きててよかったーと思います。こんなところに旅できるんだもん。知識を持って、こういう異郷に行くと、まるでファンタジー異世界に転生したような、不思議なドキドキがあります。旅って素晴らしいですね。