チャールストン&サバンナ+フロリダ・キーウェスト&エヴァーグレース国立公園(2)空母ヨークタウンとサムター要塞

今年(2021/12)は、だいぶ悩んだけど、もう予約とってしまったし、家族全員ワクチンも受けたし、旅行に行くことにしました。

はじまりは、2016年にニューオーリンズのオークアレイプランテーション(Oak Alley Plantation)に行った思い出があまりに素晴らしかったから。ここはトムクルーズの『インタヴューウィズバンパイヤ』の舞台ですね。樹齢300年のオーク並木道は、見るものを圧倒します。このニューオーリンズプランテーションが素晴らしすぎて、植民地時代の南部の「大英帝国の一部としてのアメリカ南部」の世界、『風と共に去りぬ』の時代ですね。これが見たくなったんです。ヴァージニア州のコロニアル・ウィリアムズバーグ(Colonial Williamsburg)にこだわっていったのとかも、この流れですね。

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この体験が、「アメリカの南部はまるで違う国(=アメリカじゃないみたい)」と感じるようになりました。ペトロニウス一家は、サザンカリフォルニアのオレンジカウンティに住むので、スーパーリベラルのブルーステイツで、アジア系、ヒスパニック比率が高く、アフリカンアメリカンはほとんど見ません。「そこ」から比較すると、まるで別の国です。日本人でアメリカに住む人は、駐在組も永住組などのカテゴリーを超えてだいぶ東西海岸の都市部に集中していると思います。また、日本人がアメリカで連想するのも、サンノゼやニューヨークでしょう。「そうでないアメリカ」というのが、実は、アメリカのコアの一つであり、アメリカの基盤の一つなんだというのをもっと体感したいというのが目的の一つです。新しい世界を体験したい、センスオブワンダーを感じたいという情熱は、いつも自分を駆動させます。

ちなみにことチャールストンは、アメリカ人にとって、日本の京都のような位置づけの古い街というイメージのようで、観光人気のかなり高い、一度は行ってみたい場所らしい。日本人は、多分知らない人も多いんじゃないだろうか。アメリカ人の通好みの人気観光都市ですね。うちのボス(イギリス人)も、つい最近ここに旅行に行ってすごく満足そうだった。まぁ行く前に、映画などを見たい。南部の成り立ちや特徴などを押さえていくのをお勧めします。一番わかりやすく親しみやすいのは、『フォレスト・ガンプ』ですね。

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チャールストン

サウスカロライナ州南東部のチャールストン (Charleston) は、州内最古の港湾都市になります。イングランド王チャールズ2世の名前が元で、Charlestownとして1670年にアシュレー川西岸に建設1されたのが起源です。おお、護国卿クロムウェルの後の王政復古の時期なんですね。人口12万人、周辺の都市圏全体で66万人規模。地理的には、アシュレー川とクーパー川が合わさる河口の海に突き出た半島にある港町。沖にあるのがサムター要塞。サバンナと同様、綿花、インディゴ、お米(ライス)輸出と奴隷貿易で栄えた古都。

結構驚きだったのが、ミドルトンプレイスというプランテーションに泊まったのですが、独立宣言にもサインした初代の大金持ちは、ライス(お米)の栽培、生産、輸出で財を成しているんですね。インディゴや砂糖、綿花のイメージはあったのですが、全米でも有数のお米の生産地だったとは知らなかった。西アフリカから奴隷を連れてきたので、彼らが栽培方法を熟知していたんですね。南部に西アフリカの料理の影響が強いのは、映画『ヘルプ 〜心がつなぐストーリー〜(The Help)』2011がおすすめです。黒人奴隷の主要な仕事がコックやメイドであったので、南部の子供は黒人の作る料理で育つため「おふくろの味」が黒人の料理なんですね。なので、さまざまな「美味しい食材」のブランド名やデザインにアフリカ系の女性の図画や名前が使われているのはそのためです。スーパーで注意してみてください、ほととうに多いですよ。そしてこれが、ポリティカルコレクトネス的に良くないと論争になっているのが今です。

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まずは、この地図でいうパトリオットポイントというところの博物館に行きます。日本人向けのガイドだとあまり出てこない場所ですが、僕は、全米にある全ての空母博物館(実際に乗れるエアキャリアー)に乗ろう!という野望があるため、二度とくることはないんじゃないかというチャールストンでここは外したくないと、計画立案者の妻に駄々をこねました。あ、ちなみに、全ての計画立案は、うちの場合妻にあり、栂な全て決めています。


■Yorktown class aircraft carrierのネームシップ空母ヨークタウン(USS Yorktown、CVS-10)

・入口からの遠景

僕らは、サザンカリフォルニアのオレンジカウンティに住んでいるので、実は、サンディエゴの空母ミッドウェーとトーランスの南側にあるサンペドロの戦艦アイオワ(IWOA)は、よく友人を連れていくので、何回も行っています。

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またニューヨークで働いていたときに、エセックス級インテルピッド(USS Intrepid, CV/CVA/CVS-11)も、行っているますので、ここを外すことはなし!と決めました。意外や意外、今回全ての観光地で、娘はここを一番にあげていました。

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ちなみに、空母ヨークタウン(CV-5)は、日本の空母を撃沈したことが有名な艦で、この実物を見る前には、2019映画公開されたローランドエメリッヒ監督の『ミッドウェイ』なんかを先に見て予習しておくと、臨場感が感じられるかも。うちの息子が、観光客にアジア人、ましてや日本人誰もいないよーって笑っていました。併設されている駆逐艦(デストロイヤー級)は、第二次世界大戦カミカゼアタック(特攻隊)によって大破させられた船で、臨場感ある説明展示が見れます。NYの空母インテルピッドも神風アタックで看板をぶち抜かれたのですが、その時の再現寸劇が館内であって「カミカゼが!カミカゼがきます!」みたいな音声の叫びとともに、大爆発が起こる寸劇」を見せられると日本人の自分としては、なんとも奇妙な感じがします。ほら、日本人(僕はアラフィフの団塊の世代ジュニアです)としては、「原爆を落とされた」とか「東京大空襲でやられた」とか、被害者の感覚がたくさん感情共有されていますし、日本海軍の負けっぷり、日本が弱くなってからの悲劇ばかり強調されているので、加害者としての日本が拡大されると、センスオブワンダーを感じます。でもまぁ、日本帝国海軍はもともとものすごく強かったし、太平洋だけで考えれば、戦力的にも初期は拮抗していましたから、後半で物量で押し切られる前まで、一般兵卒にとっては、物凄い怖い対象だったんでしょう。

2021年の今はもう70年以上もアメリカとの同盟国なので、自分の祖父母の時代にこんなガチの戦争を米国と日本で繰り広げた過去があるなんて、いつも感慨深くなります。

・日本帝国軍の撃墜数

ちなみに、ヨークタウンの名前を受け継ぐ船としては、第二次世界大戦大日本帝国海軍に撃沈された先代艦に次いで4隻目(CV-10)にあたります。1941年にバージニア州ニューポート・ニューズ造船所で作られたものです。海軍造船所の町や海軍基地の町の感覚を比較したい場合には、なんといっても日本の横須賀、長崎や、特に広島の呉を比較するのがお勧めします。呉の大和ミュージアムが素晴らしいですよ。あとは、片渕須直監督の『この世界の片隅に』なんかもお勧め。全然関連性ないですが、個人的に空母ってそうやってつかうのか!と子供心に興奮したのは、新谷かおるさんの『エリア88』でした。

yamato-museum.com

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2021年の12月時点で、ほんとは入れるはずの潜水艦は、closedになっていました。残念。

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テロとの戦いが戦争とカウントされているんだ!

特別展示で、各戦争ごとの勲章受賞者を展示した場所で、最後に「テロとの戦争」となっていて、アフガニスタンイラク戦争をこうやってまとめているんだと感心した。今年のアフガニスタン撤退直後にネットフリックスで放映された『Turning Point: 9/11 and the War on Terror』を思い起こしました。アメリカ人の家族と付き合っていると親族や、その親が従軍しています、いましたというケースは、多々あるので、戦争を画面の向こう側の、どこか遠いところで行われているもの、と考えられなくなってきました。

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・お土産やさん

妻が、興味のない空母にOKを出してくれたのは、ヨークタウンのあるマウントプレザント(Mount Pleasant:1860年9月24日、市民集会が開かれ、州内では初の脱退決議が成立したところ)パトリオットポイントからサムター要塞までのフェリーが出てるから。効率的にどうするには、ありかな、と。ナサニエル邸とか他との比較をしてたんですが、これで行こうと。フェリーは、約40分片道くらい。1時からの回で、向こうには、1時間くらいいたのかな?4時くらいに戻ってきて、ヨークタウンのマグネットを買う。僕は、アメリカ旅行の全て場所でマグネットを買ってコレクションをしている。小学生の頃(吉成先生見てますか!)、教室に日本中の手形を集めて飾って、いろいろ説明してくれた先生のやり方が印象的で、旅をしたところで何かをコレクションしておくと、あとで人生見返したに楽しいと思っています。

なにも言わずに、子供たちと妻が、サムター要塞のマグネットを買ってくれてたので、ちゃんと我が家のルールとかしてきてて、嬉しい。こういう店内の土産物屋の中の写真もなかなか。サムター要塞を、南北戦争の、サウスカロライナ独立のシンボルと考えると、その近くに、こういうアメリカ時代の愛国を示す博物館を置くのには、メモリアル的には、意図があるのだろうか?あるんだろうな。と思った。この旗がなんで、サウスカロライナにあるのかな?とも思うが、というのは北部のイメージが強いから。でも、13植民地の一つでもあるんだよね。

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■サムター要塞

1860年サウスカロライナが最初に合衆国を離脱、南部の10州がその後に続く。1861年4月12日夜明け前、ジョンソン要塞からサムター要塞へ砲撃開始される。これが俗にいう南北戦争の始まりとされている。なので、一言で言えば「南北戦争の始まりの地」。

fortsumtertours.com

チャールストンに行くならば、ここは外せないチャールストンの観光ガイドには、真っ先に出てくるところではあるが、アメリカの歴史好きでなければ、ただの沖の小さな廃墟なので、それほど面白くはない。けれど、ナショナルパークで解説の人がいて、その説明を聞いていて、歴史好きの身としては、胸が熱くなる感じだった。フェリーで40分くらいかけて向かい、1時間の停泊なので、博物館をしっかり内容を読む暇がなかったのが残念だったが、ガイドの演説が素晴らしくて、自分の中でサムター要塞のことが刻まれた。これ関連の、もしくは南北戦争関連の映画などはいろいろあるが、家に帰ったら全部見直したりして見ようと心に強く誓った。そのコアは何か?って、見事に説明してくれた。実際、地図見てもらえれば、確かに、この要塞の意義って、ほとんどないんだよね。実際に、閣僚会議でリンカーン以外のほとんどの閣僚は攻撃に賛成しなかったそう。


これがなんで重要な戦いのポイントになって、いまだに残っているかというと、アメリカ連合国(Confederate States of America, 略号:CSA)を形成したサウスカロライナからすると、第二の独立戦争のシンボルの地なんだよね!。


えっとどういうことかというと、その解説員の人が言うには、サウスカロライナが、「暴虐なる専制政府による圧政に民衆が立ち上がった」そのシンボルということになる。アメリカ独立革命が好きな人には、この「暴虐なる専制政府」というのは、1776年の独立戦争時のジョージ3世と大英帝国政府を意味するのはわかりますよね。そのシンボルとして、レキシントン・コンコードの戦いがあり、そこから数えて二回目の戦いということになる。これは、アメリカが銃規制ができないことの背景である「憲法修正第二条の革命権」に関わる話なんですよね。連邦政府に対する潜在的抵抗権(自由権)のことです。

合衆国憲法修正第2条の規定は、“A well regulated Militia, being necessary to the security of a free state, the right of the people to keep and bear Arms, shall not be infringed” である。

これを部分的に日本語に訳せば、「規律ある民兵は、自由なstateの安全にとって必要であるから、人民が武器を保蔵しまた携帯する権利は侵してはならない」となる。


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だから、南部の人々、サウスカロライナの人々(って主語を大きくしたらいけないのかもしれないけれども)にとって、暴虐な圧政によって南部の人々影規制してきた「社会の伝統秩序」を壊そうとする北部連邦政府に一矢報いた、シンボル的な戦いになるんですよね。だから、サウスカロライナミリシア民兵)が組織されて立ち上がったと説明されている。僕としては「そ、そんなに重い意味があるのか!」と感心してしまった。2020年のバイデンVSトランプの大統領選を見てきた中で、民主党リベラルなグローバリズムエリーティズムではないアメリカの姿は嫌というほど見せつけられてきたので、「その深さ」みたいのに触れた気がして、おおって思ったのです。


また、深読みのし過ぎかもしれないですが、なんでこの空母ヨークタウンの戦争博物館が近くにあるのかというと、アメリカの歴史・戦争メモリアルで「語り継ぎ」していこうとすれば、北部的な視点では、南部の保守的な思い出に対して中和の視点を常に置きたいだろうし、南部の視点からすれば、失敗したコンフェデレーションの歴史とともに、いかに「アメリカ合衆国自体」にサウスカロライナひいては南部が貢献してきたかは強調したいところ。そういった複雑な層があるのではないか、と勝手に深読みしてしまったのです。

これ大学時代に読んだジョン・ボドナーの『鎮魂と祝祭のアメリカ』を思い出させます。戦争などの国家的なイベントは、その後どのように「その記憶を定着させるのか?」という国家、政府、その地域の意思を表していて、それが銅像とかメモリアルとして残って重層的になっていく。例えば、日本で言うと靖国神社とか、あのあたりに大村益次郎(長州出身の日本陸軍創始者)の銅像とかがあったりするじゃないですか、ああいう感じです。是非は置いておいて、チャールストンには、古都な分だけ、そういった複雑な歴史の記憶がメモリアルで配置されているわけで、「その記憶の重層さ」というのは、事前知識がないと感じ取るのはすごく難しい。同じ景色や文物を見ても、教養というといやらしいですが、持っている知識記憶で感じるものが全く変わってしまいます。南部は、それなりに映画を見たり、事前にちょっと歴史背景を調べてみてみたいところです。アメリカの中では西部の大自然、ナショナルパーク群と異なって、歴史的なものが多いですからね。

鎮魂と祝祭のアメリカ―歴史の記憶と愛国主義 | ジョン・E. ボドナー, Bodnar,John Edward, 達朗, 野村, 英憲, 木村, 由佳子, 久田, 博, 藤本, 光弘, 和田 |本 | 通販 | Amazon

この辺りは、やはりチャールストン・サバンナのサウスカロライナジョージアの古き町がどのように形成されて、どのように伝統を重ねてきたかの「実感」がないと、なぜ彼らが銃を取って立ち向かったのかが実感できない。ましてや日本人の日本生まれ、日本育ちの僕にはそれが不可能なのですが、映画や本ではイマイチだったものが、今回の旅行でものすごく結びていた気がしました。

この辺の雰囲気を感じたい人には、この辺がおすすめ。アメリカの独立戦争を扱った映画ではまず最初に出てくるローランド・エメリッヒ監督の『パトリオット(The Patriot)』(2000)の主人公ベンジャミン・マーティン(メルギブソン)は、サウスカロライナ出身で、舞台もサウスカロライナですね。実在のフランシス・マリオン(Francis Marion)大陸軍中佐で、サウスカロライナ民兵の准将になった人で、沼の狐と言われている人です。テレビ版は1950年代半ばにウォルト・ディズニーが作った『沼の狐』 (The Swamp Fox) シリーズで有名な人です。ここで重要なのは、南部が「沼地」や「湿原」に溢れた土地であること。アメリカの北部や西部のイメージばかりだと、この湿地帯のイメージがアメリカの原風景の一つであって、山ほどSwamp(沼)があるってわからないんですよね。少なくとも、僕はそういうイメージが全然なかった。ぜひ旅行でサウスカロライナを運転する人は周囲を意識してみてください。山ほど沼地がありますから。

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・ヨークタウンお前から船に乗り込む

時間のちょっと前に並んで、乗船。本当に目の前だから、サムター要塞とヨークタウンの組み合わせはありかもなって思います。ちなみに、船の中の座る場所は多くないので、早めに言って椅子を確保する楽。40分くらいかけて島へ。

・要塞上陸


12月の、この数日は、ちょっと雨模様だったんですが、とりあえず曇りで(雨降らないで)よかったです。砦の中に入ってすぐ、ナショナルパークのガイドの人が、演説?と見紛うほど見事なスピーチというか説明を始めたんですが、この人ものすごいうまかった。なんか、ちょっと感動しちゃったもの。妻は寒すぎるって、早々に博物館の中に入っていましたが(笑)。歴史好きにはたまらない解説でした。僕は、それほど英語が堪能というわけではないので、どこまでわかっているのかいまいち自分でも疑問ですが、でも全くわからないのと、うっすらとでもわかるのでは、楽しみが違うだろうなーと思う。やはり歴史的背景を解説されこその観光だと思います。まして東海岸は、歴史の遺物が多いですからね。

・博物館



内部の博物館も、思いのほか良かった。良すぎるほどだった。ナショナルパークは、ほんとうにしっかり管理されている。カリフォルニアのマンザナー日系移民強制収容所(Manzanar internment camp)もそうだったけど、なにもないところに、学芸員を置いて、こういう博物館を置いて、その歴史的意義を確認させる装置となっていて、こういうシステムは、さすがだなあーどうなる。南部、コンフェデレーションにとって、ここが、コンコード、レキシントンに次ぐ第3の、圧政を行う政府からの独立のシンボルとなった、というのは唸った。サウスカロライナが、まずアメリカを抜けたんだね。1861年。こんなに重い場所とは、思いもよらなかった。来てよかった。





五稜郭土方歳三とかゴールデンカムイを思いつつ

サムター要塞を見ているときにずっと連想ていたのが、五稜郭土方歳三榎本武揚、そしてマンガの『ゴールデンカムイ』(笑)です。一つには、1860年代の南北戦争というのは、日本にとって幕末から明治維新ぐらいの頃なんですよね。ですから、戊辰戦争西南戦争南北戦争の「戦争の兵器、輸送などの技術体系」が同じレベルにあるんですよ。だから、そこでの兵士の営み、政府の動きとか、民衆の楽しさ、苦しさは、ほとんど同レベル。使っている銃や大砲も似ているし、技術体型が同じということは、戦術戦略・・・言い換えれば「モノの考え方」「実際の具体的な行動にしかた」が同じになるんですよ。五稜郭がなんで星形をしているかというと、あれは銃の射線がせめてくる相手に対して視覚がないように設計されているからですよね。言い換えれば、その後の、第一次世界大戦西部戦線以後のように、機関銃と塹壕を組み合わせた防衛ライン、飛行機による三次元立体作戦、または大砲の威力の極端な増加、戦車などによる戦術の変更などなど、「僕たちが知っている20世紀の戦争」の「一つ前の戦争」なんですよね。ちなみんに、火力が少しづつ上がっているもの、僕のイメージでは、16世紀ぐらいかあまり変化がない。いわゆる織田信長の頃の火縄銃が使われ出して、大砲が登場し始めた頃から、じわじわその威力が上がっていき、近代化が進んで居るけれども、20世紀の第一次世界大戦ほどじゃないって感じ。

物語的に言えば、佐藤大輔さんの『皇国の守護者』とか司馬遼太郎さんの『坂の上の雲』みたいなものが印象として思い浮かぶ。この辺りに「戦争のやり方」の「境目」があって、このあたりの具体的なイメージがあると、物語が豊穣に浮かぶんです。あっと、ちなみに、この「差」がどう生まれたのかを一番わかりやすく説明しているのは板谷さんの下記の本ですね。ちょっと本筋と関係ないけどおすすめです。

日本人のための第一次世界大戦
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だから野田サトルさんのマンガ『ゴールデンカムイ』の登場人物たちがすごく連想されるってのは、わかりますでしょうか(笑)。ちなみに、僕の旅と物語の組み合わせはいつもこういう「物語との現実の歴史とのシームレスな接続」で楽しんでいます。「ただそれを単体」だけで見ても面白くなく、どうやってそれを連想して繋げて、現実(歴史)と物語を北条にしていくかってのが、僕の物事の体験の推し方です。『ゴールデンカムイ』は、明治末期の北海道・樺太・極東ロシアが舞台で、まさに五稜郭が出てきますし、日露戦争のベテラン(退役軍人)であるの杉元佐一が主人公ですね。

・国旗

・グローリー

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まぁ南部の関係の映画といえば、『風と共に去りぬ』ですが、『グローリー(Glory)』1989も渋めの逸品です。黒人部隊第54マサチューセッツ志願歩兵連隊という南北戦争における黒人部隊を扱った映画です。彼らの活躍によって、連邦議会は、アメリカ合衆国有色軍(United States Colored Troops, USCT) の設立を認めることになります。



さてさて、これが2日目でした。

■過去の旅行記
コロニアル・ウィリアムズバーグ (Colonial Williamsburg)に行ってきた!
https://petronius.hatenablog.com/entry/20120118/p1

サンディエゴ航空宇宙博物館(SDASM:San Diego Air & Space Museum)と林檎(アップルパイ)の古い町ジュリアン散策
https://petronius.hatenablog.com/entry/2021/11/30/044025

チャールストン&サバンナ+フロリダ・キーウェストエヴァーグレース国立公園(1)
https://petronius.hatenablog.com/entry/2022/01/08/093408

チャールストン&サバンナ+フロリダ・キーウェストエヴァーグレース国立公園(2)空母ヨークタウンとサムター要塞
https://petronius.hatenablog.com/entry/2022/01/10/064317