ああ、、、もう好きだなぁ。

本好きの下剋上〜司書になるためには手段を選んでいられません〜 第一部「兵士の娘Ⅲ」

もう3巻なのですね。本当に、本当に、これ大好きです。。。。アニメ化とかしてくんないかなぁ。このブログ編集ささんとかプロの日と見ている率高い感じがするので、どうすか?これって(笑)。これ毎日が生きる楽しみみたいな感じで、なろうの更新を心待ちにしていますよ。ふと、『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているのだろうか』のベル君とか、『ベイビーステップ』を見ていて感じていたことと、同じことを感じているのかもしれないと、、、今さらながらに思ってきました。というのはこの主人公のローゼンマインって、凄い勢いで成長して、マクロに影響与えまくっているんだけれども、本人は、マクロを変えることも、自分が成長することも、まったく眼中にないんですよね。もっとはっきりと言い換えれば、目的意識がない。この目的意識とか、自分で設定した未来や目標ってやつが、実は人生を不幸にする元凶なんじゃないかって、最近思うんですよ。というか、目的意識を設定して強い動機を持たないと頑張れないっていうのが、そもそも弱者の証なんじゃないかって。って、目的意識がないとうまく生きられない僕みたいない人間が言うことじゃないのかもしれないんですが(苦笑)。ようはですね、目的意識を持たず、ただ好きという内発的なものの脊髄反射だけで生きているローゼンマインみたいな人が、最も強者ないんじゃないかって思うんですよ。超、羨ましい。だって、目的意識に裏付けられた成長至上主義って、成長ができないと生きている意味なくなっちゃうんだけど、成長というのは、運、、、、というのがいい過ぎであれば、マクロ的に成長がある程度波にのように保証されているか、ある程度の規模でないと、ほとんどの人が負け犬のルーザーになって、動機が失われて、なんで生きているのかわからない、、、、そしてもう生きられないって感じになる構造なんだもの。高度成長が失われた途端、社会の過半の人が負け犬でありルーザーになるような生き方って、やっぱり無理があると思うんですよねー。けど、ローゼンマインのような、好きに裏付けられた内発性ならば、はっきりいって、成長とかマクロのこととか、どうでもいいんだもの。外部環境に左右されないものだから。


そんで、作品的には、『ベイビーステップ』のえーちゃんの、というかあの物語の面白さは、遠く達成が困難な目標のために戦うのではなく、、、もう少し具体的に言えば、むかしの漫画ならば、ウィンブルドンで優勝!とか、グランドスラム!とかを目標に据えて、そこに向かって成長していく話が描かれると思うんですが、えーちゃんは、とにかく目の前の課題の身に専心するし、中期の目標でも目の前の手ごたえや具体的な課題と直結していて、無理がない。そういう淡々とした、「積み重ね」をリアルに描いていくことで、成長の持つ嘘くささ(みんながそんな階梯的に順番い成長できわけないじゃん!!というつっこみ)をカバーして、ああ、こういう風に好きなことに専心していたらあらわれていく具体的な課題に小さく挑戦する(本人のレベル的には低いので決して小さくなく苛酷)ことで、順々にレベルがアップしていく様は、時代にとてもあっていると思うのです。そんで、ローゼンマインは、えーちゃんぐらいの目標すらもほとんどないです(笑)。本が読みたい!という自分で自覚するわがままを貫いているだけの天然な女の子ですよ!これって、とても見ていてホッとするし、、、ちゅーか、もうめっちゃかわいいんですけど。。。。まぁ、ぼく本好きの女の子って、もうそれだけで、神に見えるほど好きです(笑)。まあ活字好きという設定だけで、別に性別に関係なく好感度マックスですが。ちなみに、なので、わかる人のにはわかりますが、田中芳樹さんの『創竜伝』の4兄弟の長男のはじめさんとかみてて、お嫁さんになりたい!(笑)とか思いましたよ。本が好きな人は、いい人です(断言)。

創竜伝(10)大英帝国最後の日 (講談社文庫)


どーでもいいけど、だんまちの、7巻劇場版みたいで、さいこうーにおもしろかった!!。これまじで映画で見たいっす!!!


ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか7 (GA文庫)