『デビルドッグ アメリカ海兵隊日本人伍長のイラク戦記』 越前谷儀人著  いつでもどこにでもいるウルトラモチヴェーター

デビルドッグ

評価:★★★★星4つ
(僕的主観:★★★★4つ)

現代のアメリカ社会(今は2016年)を眺めていると、アフガニスタンイラク戦争(第二次湾岸戦争)が、多大な影響を与えているのがわかる。が、しかしながら、僕が体系的にアメリカの歴史を学んだのは、1970年代くらいまで。ちゃんと歴史になって整理されるのに、20年ぐらいはかかる感じなんですよ。そうでないと時事問題になってしまって、価値判断がなかなか定まらない。その後は、社会人になってしまって、なんとなくしか追いかけていなかったので、1990年代以降は、あまり体系的にわかっていなかったんですよね。けれども、現代のアメリカ社会は、ダイレクトに911と、それに続く中東での戦争に非常に規定されている感じがします。1980年代ぐらいまでは、アメリカを方向付けているのは、ベトナム戦争公民権運動、冷戦、ちょっと戻って第二次世界大戦という感じだったんですが、それが様変わりしているというか、もう一つステージ前に進んだ感じがするんです。なので、現代のアメリカを観察しようとすると、直ぐにイラク戦争が出てくる。なので、こつこつと、イラク戦争関係のものを調べてみようと思って、その一つとしてこの本を手に取ったんです。丁度、野上さんの『まりんこゆみ』という海兵隊のマンガを読んでいて、へー海兵隊ってこういうものなのかと思っていたのと、『アメリカンスナイパー』を見てたので興味が重なったというのがあります。

American Sniper [Movie Tie-in Edition]: The Autobiography of the Most Lethal Sniper in U.S. Military History


著者は、高校を卒業後、自衛隊第一空挺団に所属し退官、 グリーンカードを取得してアメリカにわたり、9・11テロの直後に米海兵隊へ入隊しました。海兵隊では、歩兵として任官。イラク戦争において、2003年とファルージャでの2005年の二度の実戦に派兵されています。


この本がまず何と言っても興味深いのは、なぜ現代の日本人が、わざわざアメリカ国籍を取得して、海兵隊員になり、イラク戦争にまで従軍したのか?という点です。はっきりいって、特に理由は書いてありません。中学時に海兵隊に憧れて、高校の時にフランス外人部隊に憧れた、という記述があるだけです。正直言って、軍人をかっこいいと思う中学生や、異国の地で働く傭兵をかっこいいと思う高校生は、たくさんいると思います。またそれがさらに進んで、自衛隊に入隊するという人も良くいると思います。自衛隊で働いている人には、こういう人は多いのではないかな、と思います。そういうルートや動機は、とてもありふれたよくわかるものです。でも、そこから米国のグリーンカードを取得して、日本国籍を捨て、アメリ海兵隊員となり、しかもイラク戦争に2度も従軍し、生きて帰って名誉除隊までしている、というのは凄すぎます。自衛隊でも、エリートの道をまっしぐらでしたし、何にも問題がない。しかも、数年は渡米してから空いている期間があるようです。そんな空白のバイトなどで食いつなぐ機関があれば、人は堕落して夢を見なくなるものです。何が凄いのかといえば、中学や高校の時に持っていた夢や憧れが、これほど一貫して維持され、そして貫かれていることです。僕は全編に読んでいて、なぜか全然関係ない本ですが唐沢寿明さんの『ふたり』をずっと連想していました。この本は、信じられない名著なので、ぜひとも読むことをお勧めします。両方に共通しているのは、若い時に持った夢と憧れへの、信じられないほど強い一貫性、執念とでも呼べるような執着心です。

ふたり (幻冬舎文庫)

ぼくらは、現代の日本人は、非常に様々な生活のクオリティオブライフの、たぶん世界で最高レベルの質の高い、コンビニエントで安楽な世界に生きています。また同時に、唐澤さんや私の世代では、生まれた時に高度成長のようなものは既に終わりの兆しを見せており、もう何かの大きな変化や成長が、黙っていれば訪れることのない、未来のない時代に生きています。そう、団塊の世代以降の現代日本の問題点は、そこに住む人々に強烈な動機がないことだったはずなのです。なのに、越前谷さんには、信じられない一貫した目的があって、それを貫いていく様は、見事なビルドゥングスロマンとして読め、読んでいてぐっとくるものでした。


その理由が、ぼくにはよくわかりません。本には書いていないので。文学者でもなければ表現者でもないので、彼の内面の葛藤や積み重ねは文章にはほとんど表れていません。それがこの本を読みやすく、そして海兵隊という生き方や現実を、とても分かりやすく示す面白い本にさせていると思います。けど、僕は、この夢が強く持続することが、どうしてできるのか?それが凄く知りたいと思いました。でもそういう内省をする人ではないのでしょうね。よくわかりませんでした。ただ、本人もさらっとアメリカ人になったにもかかわらず、日本人であることを強く意識しているようで、このあたりの武士的な強い意志は、どこかで読んだことがあるなと思ったんですが、それは下記でした。この本は、国際機関で働く若手の日本人の実務家のインタヴュー集なんですが、なんというか、これでもかという感じの武士って感じがみんなするんですよね。本土にいる人間は、集団主義的なのが基本ともいえる民族的特質のはずなのに、海外に出て行く人は、ほとんどが一匹狼的で、強く内心に自負がある、ウルトラ元モチヴェーターばかりなのです。同じ匂いをすごく感じました。

世界の現場で僕たちが学んだ「仕事の基本」

まぁ、最近わかってきたんですが、動機がないとかいうのは、動機がある人を排除してみているだけで、いつの時代でも一定比率は、凄まじい動機を胸に宿して、貫く生き方をする人はいるんです。目に見えて時代を代表するようなボリュームゾーンでないというだけなんですよね。特に日本人は、結構強いのだなぁ、と、こういう人たちを見るとすごく思います。孤独になっても、国のバックアップを離れても、凄い強う自負を持って一人で立つんです、みんな。だから、アメリカと日本が戦争しても、日系アメリカ人は、あれほどの活躍を見せて、ダニエル・イノウエさんのような人まで生まれるわけです。日本の悪いところばかり見ていると、もう駄目なんじゃないかといつも思ってしまうのですが(苦笑)、越前谷さんのようなどこへ行っても強い自己を持ち続け、自分自身であり続ける人を見ると、そうかこういうのができるんだな、僕らは、と思い勇気づけられます。


さて、この本は、日本人の若者が海兵隊になることを夢見て、ついにはそれを成し遂げるというビルドゥングスロマンであるのが魅力の一つです。全然違う萌え漫画である『まりんこゆみ』と構造は同じですね。というか、話も考えてみると、そっくりかも(苦笑)。一緒にしたら、越前谷さんは起こるかもしれませんが。されはさておき、もう一つの魅力の点は、日本語で書かれたイラク戦争の従軍記である点です。マクロの部分ではなく、従軍した一兵士が、何を思って、どういう風に体験していたかが、主観の視点で描かれている貴重な証言だと思うのです。はっきりいって、政治的なものは、一切考えていません。相手のことも何にも考えていません。善悪二元論というレベルではなく、物理的に兵士なのだから、仲間を助けて敵を殺す、以上!というシンプルな視点です。政治的なものが好きな僕にとっては物足りないものでしたが、逆にいうと、その淡々とした視点は、一兵士というのは、このようにシンプルに考えるのだな、と興味深かったです。というか、こういう割り切ることができる強い意志だからこそ、自己実現を成し遂げたのだし、きっと生き残って生きて帰ってこれたのではないかと思いました。


ということで、ぜひとも、このあたりのものは、いろいろ重ねて読んだり見たりしてみると、現代アメリカが見えてくると思いますので、おすすめです。


ゼロ・ダーク・サーティ スペシャル・プライス [Blu-ray]


ゼロ・ダーク・サーティ』(Zero Dark Thirty 2012 USA) Kathryn Ann Bigelow監督 アメリカが掲げた対テロ戦争という大きな物語の終幕の一つ
http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20130223/p1

帰還兵の自殺問題からアメリカの現代の在り方が見える
http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20150315/p1


まりんこゆみ(3) (星海社COMICS)

あと、この辺りも同時に見たいですよね。

帰還兵はなぜ自殺するのか (亜紀書房翻訳ノンフィクション・シリーズ)


兵士は戦場で何を見たのか (亜紀書房翻訳ノンフィクション・シリーズ II-7)