バイデン大統領は2021年8月30日、アフガニスタンからの軍の撤退が完了したと宣言した。その後、一月くらいは持つだろうと予測していて様ですが、アフガニスタンではイスラム主義組織タリバンが全土をほぼ掌握してしまい、20年間で2兆ドルを超えるコストをかけた「アメリカ史上、最も長い戦争」が終わりました。『Turning Point: 9/11 and the War on Terror』は、ネットフリックスのドキュメンタリーシリーズ。アメリカの対テロ戦争の20年間を網羅して、まさに「いま」のタイミングに見るべきドキュメンタリー。素晴らしかった。いま與那覇潤さんの『平成史―昨日の世界のすべて』を読んでいて、平成がついに歴史になったんだな、という感慨とともに、だからこそ、全体像を「歴史」として俯瞰して見れるポジションが獲得できつつあるという感慨を抱いています。同じように、2001年9月11日から始まるイラク戦争、アフガニスタン戦争と続く「同時代のアメリカ」というものが、生々しすぎて、しかも僕は2013年からは米国に移住しているので、なかなかバランスよく見れていなかったのですが、このドキュメンタリーと2020年のバイデンVSトランプの大統領選挙で、一つの区切りというか、まとまりを眺めることができるようになった気がします。こういう「区切り」を設けて、過去の帰結をまとめなおすことは、時々何かのきっかけをもとに行うと、世界が、同時代に生きながらちゃんと罪があっていく感じがするので、僕は好きです。アフガニスタン撤退は、ある意味、米国が中国との新冷戦体制にシフトしていく契機でもあり、新時代の幕開けでもあるので、いったいなぜこうなったかのまとめをしておくことは、とても価値があるタイミングだと思います。僕は、ミドルスクールの子供たちと、家族で見ました。米国が、今どこにいるのかの一つの起点として、これは見ておくべきだと思ったからです。
■『Turning Point: 9/11 and the War on Terror』が示す、対テロ戦の時代の米国の問題点~戦略目標を明確にできず、大統領に白紙委任を与えてしまったこと
911の3日後の9月14日、上下院はテロへの対抗措置としてブッシュ大統領に武力行使を認める決議(AUMF)案を採択した。上下院の議員531人のうち、1人だけAUMFに反対票を投じます。バーバラ・リー下院議員(カリフォルニア州選出・民主党)です。彼女は言います。
これ、このドキュメンタリーの軸となることです。というのは、もし映像を見て、1. The System Was Blinking Red、2. A Place of Dangerを見れば、911のテロのすさまじさに、言葉を失うと思います。その臨場感。僕は見ているだけで涙が止まりませんでした。正直言って、これだけの出来事が起こってしまっては、この深い悲しみ、怒り、その激しい感情が「どこかに拳を振り下ろさなければ終わるはずがない」というのは、見ていれば「実感として」感じられてしまいます。ここで理性的に、ソ連の侵略を退けるためにアメリカがCIAを投入して、ゲリラン戦術と暴力を教え込んでいき、それによって911よりはるかに多い数の死者が生まれたなどの怨念を比較したりは、人はしません。とにかく、アメリカを攻撃し、アメリカ人を殺戮した!責任を取らせなければ、ならないというのは、自明のどうしようもなかったことだと思います。世界は、そんなに甘くはないので、ここで平和を叫んでも、むしろアメリカが舐められてもっとひどいテロが起きるだけでしょう。だから、アフガニスタンに、テロリストを倒し、捕まえに行くために侵攻するということ自体は、もうここまでのことが起きてしまったのだから、止めることはできなかったでしょう。
ブッシュJr大統領が、America Is Under Attackと閣僚によって、エレメンタリースクールの子供たちと話しているときに、伝えられた時の表情が、凄まじかった。あんなクリティカルな場面が、映像に残っているんだと感心する。
とにかく見てみればわかります。これで感情移入できなかったら、その人は、よほどアメリカが嫌いとか、前提がある人だと思います。
しかし、では、最も重要な問いは、この「起きてしまった出来事」の「落としどころの絵をどう描くか?」なんだろうと思います。しかし、もちろん、そんな冷静なことはできません。自国民数千人が本土で殺されて、アイコニックなビルが崩壊させられたら、そりゃそうでしょう。なので、さまざまな情報は集まっていたのですが、国は復讐で熱狂していきます。ここで重要なのは、この熱狂の中、問われたことは何か?でした。バーバラ・リー下院議員は、ただ一人、「テロへの対抗措置としてブッシュ大統領に武力行使を認める決議(AUMF)案」を拒否します。実は、彼女自身、戦争に反対という言わけではありません。ここで重要なのは、この「どこまで武力行使を認めるか?」という範囲について「白紙委任」になっていることを彼女は問題視しました。
アメリカの憲法の、そして建国の父であるワシントンの重要な意思は、絶対権力を握る暴君を、独裁者を作り出さないことです。それは、イギリス帝国という国家の暴力と、暴君ジョージ3世を倒して、共和国を生み出したアメリカの柱です。だから彼女は、「白紙委任」ではなくて、「対象を限定」すべきだとしたのでした。この時点で、アメリカは、ほぼアルカイダ、ウサマビンラディンが犯行であることをつかんでいました。ならば、「そこ」だけに限定すればよい、という話です。アメリカの憲法意志、建国の父たちが意識していた権力行使の抑制の問題点を、アメリカは熱狂によって忘れ去ってしまったのでした。
そして、、、、白紙委任にしてしまった。そして、ブッシュ政権は、全世界に対して活動領域を広げていくことになります。その結果、どれほどの広大な、選別しているとは思えない広い範囲での、ブッシュ政権での「対テロ戦祖という名の軍事行動」が、発動されていきます。これラストシーンで、その国の数が明かされると、戦慄します。
そして、アフガニスタン戦争が、あれだけの大失敗に終わった理由はなぜか?
ほぼ最初の段階から、その理由はわかっていたとこのドキュメンタリーは主張しているように思えます。最初から繰り返し現場の将軍、司令官、だけでなく前線にいた兵士たちの意見は同じです。米軍が、一体に何をしたいのかが、よくわからない。
一言でいえば、戦略目標の不在です。
アルカイダを倒すのか?、アフガニスタンの新国家を建国するのか?、それすら、行ったり来たりしていて、よくわからない中で、兵士たちは戦い続けます。なぜ、アフガニスタンで、米軍が、だらだらしているように見えるのか?。簡単です。アフガニスタン以外に戦線が拡大しすぎていて、アフガニスタンに米軍の兵士が集中していないからなんです。一番わけわからないのは、アフガニスタンが中途半端になったのは、米軍がイラク戦争を始めたからでした。このあたりは、イラク戦争に4度従軍したクリス・カイルが著した自伝『ネイビー・シールズ最強の狙撃手』( American Sniper: The Autobiography of the Most Lethal Sniper in U.S. Military History)の映画化『アメリカン・スナイパー』(2014)や『バイス』(Vice)2018年の第43代ジョージ・W・ブッシュの下で副大統領を務めたディック・チェイニーを描いた映画、『グアンタナモ、僕達が見た真実』などを見ると当時の雰囲気が伝わってくるのでお勧めです。ここで映画かれているのは、白紙委任を与えられた権力が、なんだかんだ理由をつけて、権力を濫用していくさまがよく見えてきます。効果的に暴力を使うのではなく、党派性、私利私欲に歪んでいくのは、「白紙委任」されているからですし、「白紙委任」されているので戦略目標をクリアーにして評価される必要がないんです。
少なくともこれを見ると、明らかにアメリカが「対テロ戦争の根本戦略」を歪めて間違えているのがわかる。対テロ戦争の根本問題は、「アフガニスタンをどうするか?」であって、イラクは明らかに何の関係もない。これに労力を割かれたのが、戦略不在になった大きな要因になっています。
僕は、いまの2021年から振り返ると、カーター、ブッシュジュニア、クリントン、オバマ vs トランプのような構図で描かれているアメリカのメディアの報道の仕方や、民主党支持者やリベラルサイドの態度って、物凄く理解できない。少なくとも第43代アメリカ合衆国大統領ジョージ・W・ブッシュのほうが、アメリカ合衆国第45代大統領ドナルド・ジョン・トランプより、よほどめちゃくちゃだよって思うもの。
しかし、、、、つくづくアメリカの建国の父と憲法は偉大だな、と感心しました。本当に権力の本質をよくわかっている。この憲法意志に、ちゃんと殉ずる議員が、挙国一致ではなくいるということが、アメリカのすごみだなと思います。
■本質を探ることなしに「世界の警察」はなしえない
ちなみに、歴史をさかのぼると、帝国の墓場(Graveyard of Empires)、アフガニスタン問題が、ソ連による侵略からはじまって、ねじれてねじれていくのが、よくわかる。このあたりは話すと長くなりすぎるので、僕のおすすめは、下記。ロシアの軍事・安全保障政策を専門とする東京大学先端科学技術研究センター特任助教小泉悠の意見。この人は、ロシアの軍事戦略の視点から、この地域をロシアがどのように考えているのかを説明している部分があって、おおーとうなりました。素晴らしいのでお勧めです。ロシアという大国の戦略を、長く深く追っておいて、それをわかりやすい言葉で平易に網羅的に説明できる喜住さんらしい素晴らしい視点でした。
あとここではほとんど出てこないけれども、僕はやはり、そもそも問題の根本原因は、パキスタンとしか思えない。パキスタンが、アフガン影響力維持のために「タリバンなど過激派、原理主義の神学校を建てまくっている」のが、結局のところアフガニスタンのユースバルジに火をつけているようにしか思えない。「問題の根本は、パキスタン」だと思う。なのに、パキスタンへの対応がほとん描かれない、表に出ないのも、米国の戦略が不在なのがよくわかる。だって、これってイスラム教におけるユースバルジを利用したパキスタンの隣国へ影響力維持戦略だもの。だから、ビンラディンがパキスタンに隠れていたわけでしょうに。
中田のあっちゃんの動画は、僕は網羅的に全体像を追うのには、素晴らしい導入だといつも思っています。ある意味、歴史を知っている人でないと、この複雑な背景は、まったく意味不明になるので、まずはこういった解説動画をざっと見てから、いろいろ細かいところに入るのは、ありな時事問題の理解の仕方だと思っています。
ちなみに、このドキュメンタリーは、イラク戦争が題材ではないのですが、ブッシュ政権が、なぜ石油に固執したのか、、、そしてその結果どうなったのかは、このあたりのシェールが巣のその後の展開を見ると、世界の動き方のすさまじさに、ため息が出ます。2012年ガス・ヴァン・サント監督『プロミスト・ランド』(Promised Land)がよいです。高橋 和夫さんの『イランvsトランプ』がおすすめ。
■同時代をまとめなおす物語群
こういう機会なので、いくつかの物語をお勧め。『生きのびるために』( The Breadwinner)2017は、ノラ・トゥーミー監督による、タリバン政権下の少女の物語です。また、このあと、ウサマビンラディンをオバマ政権の時代に暗殺するわけですが、それを描いた2012年のキャサリン・ビグロー監督の『ゼロ・ダーク・サーティ』(Zero Dark Thirty)などもおすすめです。