『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』2022年 マリア・シュラーダー監督 『大統領の陰謀』のような調査報道ものの系譜に連なる傑作

評価:★★★★★星5.0
(僕的主観:★★★★星5.0つ)

久々の文句なしの星5つ、文句なしの傑作。最後まで引き摺り込むドラマチックなサスペンスで面白い。そして深い。脚本が、ドラマチックになっていて見事。なのに、報道ってこんなに淡々と事実確認する大変な仕事なんだって、地道さが主軸という、本当に見事な映画。アメリカの報道メディアもの映画の類型としても、その最前線であり傑作に名を連ねるのにふさわしい。『大統領の陰謀(1976)』『ペンタゴン・ペーパーズ最高機密文書(2017)』が面白かった人は、絶対見るべし。


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ポイントは、性犯罪の加害者がシステムによって守られる仕組みがあること、「それ自体」まで踏み込まないと、これを正せない、その「構造」を映画では体験させてくれる。また、この大きなブレイクがあって、次々に女性が沈黙を破って、世界的に#MeTooの嵐が巻き起こるきっかけになった事件でもあります。


20年以上ハリウッドの帝王として君臨したミラマックス(知らない人はいないでしょう!映画好きなら!)ハーヴェイ・ワインスタインの性犯罪を世の中に明るみに出したもので、日本で言うと、現在のジャニー喜多川性的虐待事件をとても連想させる。2023年のBBCのドキュメンタリー番組「Predator: The Secret Scandal of J-Pop」で表に出てきたけれども、イギリスの国民的人気司会者の「伝説の男」ジミー・サヴィルの性的虐待を、ずっと黙認していた構造はそっくり。Netflixのドキュメンタリー『ジミー・サビル:人気司会者の別の顔』がおすすめ。イギリス、日本は、加害者が死去するまでに報道に踏み切れなかった。けれども、少女への性的暴行を繰り返し、売春を斡旋していたジェフリー・エプスタインにしても、ワインスタインにしても生きているうちに告発され、名誉を奪われ、収監されている。この生きているうちに、言い換えれば権力がまだ絶頂にあり、力がある時に、問題に切り込み戦い抜き、そして社会を変えると言う意味では、さすがアメリカと思う。これは、今の時代の「大きな変化」に関わる重要なポイントであり、見るべき、追うべき価値がある話題だと思う。陰惨で、しんどい話だが、権力は放置するとこうなると言うこと、そして一度できた権力は、どんな酷いことでも平気で行い、守られてしまうことを実感できる。ぜひとも、トランプ政権誕生から、現代の2020年代までつながるミソジニーとマッチョイズムの反動と興隆にシンクロして、この報道やMetoo運動が行われていく時代のコモンセンスが変わっていく大きな波みたいなものも感じたい。


🔳見事のバディもの〜大統領の陰謀の系譜

調査報道 (Investigative Reporting) モノは、ハリウッドが大得意な題材。かつ、素晴らしい映画が多い。この類型の元祖は、ウォーターゲート事件を調査したワシントン・ポストの二人のジャーナリストの手記を元にした『大統領の陰謀』1976(All the President's Men)です。カール・バーンスタインボブ・ウッドワードという伝説の記者の『大統領の陰謀 ニクソンを追いつめた300日』が原作の映画ですね。ここで、名俳優のダスティン・ホフマンロバート・レッドフォードの組み合わせのバディものとしても素晴らしいのですが、この類型には、バディものが合うのかもしれませんね。二人のやりとりと成長、励ましを軸にしながら、金箔のサスペンスを進めていくと、脚本がテンポよく進むのかもしれません。このあたりの、調査報道 の分厚いアメリカの歴史を知ると、この手の類型の話はきっともっと深く楽しめるはず。スピルバーグ監督の『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』2017(The Post)もこの系統ですね。この二つとも題材は、ジョン・F・ケネディリンドン・B・ジョンソンの両大統領によってベトナム戦争が泥沼化した時代背景の作品ですね。僕の中で、この辺りのイメージの結晶は、子供の頃に見た吉田秋生さんの『BANANA FISH』で、主人公のアッシュ・リンクスが、


ウォーターゲートは過去の話だ


っていうシーンが、当時めちゃくちゃかっこよくて。これは、調査報道によって、時の政権がひっくり返ったように国家レベルの力に普通の市民が抗うことは無理だという意味なんですが、この辺りのセリフも、背景も意味も知らなくてもかっこいいのだから、わかるとその重さがさらに楽しくなります。ちなみに、ウォーターゲート事件のFBIからの視点を描いたリーアム・ニーソン主演の『ザ・シークレットマン』2017は、政権側の情報をリークしたマーク・フェルトディープ・スロート)を主人公として描いていて、面白いですよ。アメリカの面白いのは、こうした近現代史が、本当に時をそれほど置かずに、どんどん映画化されたりしていくところ。『スポットライト 世紀のスクープ』2015(Spotlight)で、『ボストン・グローブ』紙が、カトリック司祭による性的虐待事件を告発したものなんかも有名ですね。ちょっと系統は違うけど、ジュリア・ロバーツが主演した『エリン・ブロコビッチ』2000(Erin Brockovich)なんかも思い出しました。これは環境汚染を調べ上げて企業を告発して、環境汚染に対する史上最高額の和解金を勝ち取った話ですね。市民が、国家や企業などの「大きな存在」に立ち向かうって権利をもぎとるというのは、アメリカの自由に関わるテーマなのかもしれませんね。こういうの描かせると、本当にアメリカは面白いものをたくさん作ります。


さて、これらの調査報道もの系統の作品が面白かった人は、ぜひとも『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』も見たいところです。この映画も、女性記者二人のバディものですね。ミーガン・トゥーイー(Megan Twohey)をキャリー・マリガン、ジョディ・カンター(Jodi Kantor)をゾーイ・カザンが演じます。この二人が等身大でまたいいのです。というのは、ある意味、ウォーターゲート事件記者も、ワシントンポストの社主も、いってみれば、社会の公益に対する使命感を持つジャーナリストであったけれども、この二人が戦い抜く理由が、やはり家族と子供の存在によっているところが、やはり今の時代の等身大がより解像度が高くなっている気がしました。二人とも、既婚者で、幼い子供を持ちながら、これだけの激しい仕事をしているのが伝わってくる。これだけ陰惨な女性のレイプの話の電話が、子供達と遊んでいる時にいきなり電話にかかってくる。疲れ切って寝ているベットの中で、夜中にいきなり電話がかかる。自分も共働きで人生生きてきているので、子供が生まれたばかりの家庭の殺伐としたしんどさはとてもシンクロした。そしてそのしんどさの中で、これだけの巨大な仕事を成し遂げていく二人が、精神的に参らないはずがない。こう言う生活の中に生きている人にとって、「社会の公益への使命感」と言うのは段々薄れていくものなんですよね。じゃあ、何が彼女たちを支えたのか、と言う点で、「次世代の自分の子供達に、こんな社会で生きて欲しくない」というモチベーションが、じわりじわりと伝わってくる。これは、本当に脚本がうまい。

最初に書いたのですが、ミソジニーとマッチョイズムの反動がトランプ政権下に起きてくるのは、「女性を守るため」というイデオロギーが、「男性を抑圧してもいい」という二項対立になっていく過程で生まれてきているので、とてもレフトサイド、リベラルに偏っているニューヨーク・タイムズThe New York Times)の社会正義が全目に押し出されたら、それはそれで「2020年代の空気感をとらえていない」ことになってしまうと思うんです。もちろん、2016年のトランプ大統領の就任以降、調査報道をベースとする権力監視のスタンスで経営が良くなったのだろうから、ガンガンその姿勢で描くこともできたのに、そうではにところは、マリア・シュラーダー監督がうまいなと思いました。2020年代は、この二項対立を超えて物事を見ていく時代なので。何かを見る時にはメディアのバイアスを「どのように見ていくか?と言うメディアリテラシー」が必須で、それをベースに物事を見るととても面白いです。

それにしても、ニューヨーク・タイムズ「1619プロジェクト」の批判的人種理論を公教育に取り込んでいこうとに関するものも、全米中でさまざまな問題を提起したのを、当時米国に住んでいたので、よく覚えています。とはいえ、このあたりの日本の報道機関とのレベルの差を感じます。まぁ日本のテレビ局とかは、ほとんどバラエティー中心で、放送免許を取るためにお情けで報道機関をもっているようなところなので、仕方がないのですが。ジャーナリストの社会機能が弱すぎる気がしますねぇ。それだけではなく、こういう邦画がほとんどないのも、日本社会の体質を示していると思います。伊藤詩織さんの告発も、ほとんど報道を見なかったですよね。もちろんジャニー喜多川事件も、あれだけ実名の告発が長期間なされていて、報道がほとんどされていない。日本の社会改良にとって、ジャーナリズム機能がもう少しなんとかならないものかなぁと思います。

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🔳トランプ政権の誕生が女性に対する抑圧への危機意識を上げらことからMetoo

2019年に公開された『スキャンダル(Bombshell)』の映画の続きとも言って良い、時系列のつながりです。FOXニュースの創立者のロジャー・エイルズのセクシャル・ハラスメントの告発を描いている。2019年のドラマシリーズ『ザ・ラウデスト・ボイス-アメリカを分断した男-(The Loudest Voice)』なんかもよいですね。別にこの辺りがわからなくても、物語としては全然問題ないのですが、ミーガン・トゥーイー(Megan Twohey)とジョディ・カンター(Jodi Kantor)の二人の記者がこの問題に取り込む「大きな背景」と言うのは、トランプ元大統領が、選挙前2016年に「スターになれば女は思うがまま好きなようにできる」と女性蔑視が発言をした音声が公開されて、流石にこれほど品性がない人間が大統領にはれないだろうとガンガン報道されていたのですが、全く問題が広がらず、そのまま大統領に当選しました。あの時の、トランプさんの告発のニュースは、毎日物凄い量だったんで、今でもよく覚えています。それでも、、、

「スキャンダル」ではシャーリーズ・セロン演じるFOXニュースのキャスター、メーガン・ケリーがトランプの天敵で、繰り返し疑惑を追及するが、結局彼はヒラリー・クリントンを破り大統領に。
本作ではトゥーイーがトランプのセクハラ事件を追っていて、疑惑があるにも関わら当選してしまったことにショックを受ける。
妊娠していた彼女は、それも一因となって産後鬱を発症してしまうのだ。
性犯罪者として捕まってもおかしくない男が、なぜか合衆国の最高権力者になってしまう。
トランプの時代の到来が、コンサバティブ、リベラルの垣根を超えて、女性たちに強烈な危機感を抱かせたことは想像に難くない。

ノラネコの呑んで観るシネマ SHE SAID シー・セッド その名を暴け・・・・・評価額1750円

あの時の感覚は、アメリカに住んでいれば誰もが強く感じたと思うのですが「何か大きな潮目が変わった」感じがしました。それまでは、「リベラル的な正義」は、錦の御旗のように機能していて、建前ではあっても、それを押し立てられると公の場では逆らえないと言うような空気感がありました。女性やマイノリティに対する差別や抑圧に対しても。でも、それが噴出して、堂々と話されても、大統領に当選しちゃうほどの支持が社会にあることが「可視化された」からです。もちろんそれは、社会全てではないので、表に出てきたら、「分断して、分かり合えないまま、対立を続ける」ことになっていきます。その嚆矢だったわけですが、この時の女性記者たちの衝撃が、凄まじかったことは想像に難くありません。これが彼女たちの出発点になってます。

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ちなみに映画の中のセリフで、ハリウッドの女優たちですら声を上げられない構造の中で生きているとしたら、普通の女性は、社会で組織で、どんな目に遭っているのだろう?っていうセリフは、重いと思いました。セクシャルハラスメント、性犯罪をしても、声もあげれないものを変えるためには、闘うんだという二人の姿勢は、とてもグッときました。


🔳フェミニズムミソジニー、マッチョイズムの奔流によって2020年代にあきらかになってきたもの

僕は、2020年代までのこのエネルギーはいろいろなことを明らかにしたと思っていて、女性が虐げられて抑圧されることへの抵抗と、ミソジニーとマッチョイズムによる男性側の紐帯の確認行為の争いによって、女性が抑圧されることへの抵抗だけではなく、社会の中で男性が置かれている抑圧(それもまさにマッチョイズム!)すらも明らかになってきている。いわゆる弱者男性論もそうだけれども、「システム構造的に虐げられている存在」にスポットライトを、浴びせ続けることはとても大事なんだと思う。どこかに「虐げられた存在」がいるとしたら、それは社会のシステムになっているので、気持ちで「悪いことはいけない」みたいな純粋なことをすると、結果として反発が大きくなって余計抑圧がひどくなったりする。それは、これが社会のシステムになっているから、一つをなくすと、さまざまな他の機能に連鎖するんですよね。たいてい、より大きな反発を生んで、社会が分断されることになります。この流れで、マッチョイズムの解体が同時に進んでいき、マッチョイズムで苦しめられている、抑圧されている人が発見されていく中に、男性もいたんだということにスポットライトが当たっていくのは、僕はな社会って興味深いなーって感心しました。アメリカのローカルな文脈では、これはカウボーイ文化の解体とシンクロしていますね。

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🔳性犯罪の加害者を守る社会システムそのまま

ステマチック・レイシズムという言葉があるんですが、これって単純な「単発な差別」だけではなく、社会が構造で、この場合は産業にすらなっていて、その仕組みを正せない状態になっていることを告発するためのものです。エイヴァ・デュヴァーネイ (AvaDuVernay)監督の『13th -憲法修正第13条』(2016)や 『ボクらを見る目(When They See Us)』(2019)などがおすすめです。

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この映画の白眉は、ミラマックス社のハーヴェイ・ワインスタインがなぜ20年以上も君臨できたのか?なんです。

ワインスタインの調査で大きな壁となるのは、NDA(non-disclosure agreement) と呼ばれる秘密保持契約だ。
一度この契約を結んでしまうと、事実関係を証言することは契約違反となり、相手から訴えられる可能性が出てくる。
暴行した女性への口止め料の条件として、ワインスタイン側がこの契約を結ばせていたことが、調査を難しくしてしまうのだ。
被害の内容と被害者の実名を同時に公表できなければ、罪を認めさせることは出来ないので、二人はなるべく多方面から証拠を集めるのと同時に、実名を出せる告発者を必死に探す。

中略

秘密保持契約つきの示談に、それを認めてしまっている法律、さらに業界の隠蔽体質と、独裁者の存在を許す会社組織。
告発したくても、それが出来ない、性犯罪者を守り被害者に沈黙を強いる、社会と業界のシステムこそが本当の悪。

ノラネコの呑んで観るシネマ SHE SAID シー・セッド その名を暴け・・・・・評価額1750円

被害者の多くが示談に応じていて、NDA(non-disclosure agreement) が被害者と結ばれていて、実名で告発できる女性がいないからなんです。「示談に応じた。お金を受け取った。」と文字情報だけ見ると、なんだよって感じるんですが、背景を見ると、権力の怖さがまざまざと感じられます。ミラマックスの業界の帝王に睨まれたら、もう二度と人生で「好きな映画関係の職業」につけないんです。裏から手を回されるから。ほとんど仕事もできなくなるので、お金もなく追い詰められます。だから、示談応じて「支配下に入る」ことを承諾しないと、生きていくこともままならなくなるんですよ。こうした構造にシステマチックに構造を作り出しているので、誰も訴え出ることができないんですね。訴えたら、契約違反で、巨額の賠償金を請求される可能性がある。じゃあ訴えたり、実名報道をした場合に、報道機関、この場合はニューヨークタイムスが守ってくれるかというと、報道は中立なので、何もできないんですね。そしたら、誰も告発しないですよ。怖すぎて。これ、文字で見るのではなく、物語で体験すると、マジで怖いですよ。自分がその女性の立場だったら、どんな人生の地獄だろうと思いますよ。

特に、ローラ・マッデンその勇気に賞賛

ちなみに、この「実めで告発できる女性を探す」という部分が、この映画の主軸のドラマになります。そして、最初に、1992年のアイルランドのシーンから映画は始まるのですが、この意味が最初よくわからなかったんですが、、、、この初期にワインシュタインの毒牙にかかったローラ・マッデンが、最初で実名で告発する人だからんですね。彼女はまだNDAを結んでいなかったんですよね。ちなみに、邦題の『シー・セッド その名を暴け』は、明らかにおかしい。「誰?」が犯罪者かは、明確で、最初からワインシュタインだってわかっているので、名前を暴く必要はない。大事なのは、「実名で告発する人を探す」という部分だからです。


🔳参考

ちなみにこういう性犯罪者の「グルーミング」という行動が、中田さんのジャニー喜多川の解説で話されているんですが、これ今まで見た性的虐待、性犯罪の話の全てに共通してて、ちょっと震撼した。プレデター(捕食者)と呼ばれる理由がわかりました。・・・これ、マジで怖えなって思います。マッサージしてあげるって、超危険な言葉なんだなと思いました。

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