『イン・ザ・ハイツ』(In the Heights)2021 ジョン・M・チュウ監督 中南米系の移民が住むワシントンハイツを舞台にしたミュージカルの映画化

評価:★★★★★星4.2
(僕的主観:★★★★星4.7つ)


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2015年8月に開幕したブロードウェイ・ミュージカル『ハミルトン』で脚本・作曲・作詞・主演リン=マニュエル・ミランダ(Lin-Manuel Miranda)が音楽を担当していることで見ました。が、2005年に初演されたミュージカルも作曲・作詞・主演を務めているのですね。いやはやなんという才人。内容は、ドミニカ共和国など中南米系のコミュニティがあるマンハッタン島の北のワシントンハイツでの、移民2世、3世以後のアメリカンドリームの果てを描こうとするミュージカル・・・・という時点で、なかなか検索したりして見る日本人は多くないと思います。でも、リン=マニュエル・ミランダ検索で見る人はいると思います。さらに言えば、彼でさえもそれなりにアメリカが好きな人でないと知らない可能性があるので、まずは先にそれを説明しますね。

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『ハミルトン』は、アメリカで凄まじい人気を誇る初代アメリカ合衆国の初代財務長官、アレクサンダー・ハミルトン(Alexander Hamilton, 1755年1月11日 - 1804年7月12日)のことですが、この人はアメリカ合衆国憲法の実際の起草者で、アメリカの財政金融システムを一人で作り上げているなど、もうなというか、とんでもない天才なんですね。にもかかわらず、生い立ちが、英領西インド諸島のネイビス島で生まれている孤児でなんですよ。そこから這い上がって初期のアメリカのシステムを創り上げる建国の父まで上り詰めるドラマチックな人生のヒップホップでミュージカル化をしたのが、リン=マニュエル・ミランダです。音楽のセンスが特に僕は好きで、本当に素晴らしい。これらの曲は何度も聴き込んでいます。ディズニーの『モアナと伝説の海』(2016年)でも主題歌を含む様々な楽曲を手がけていますね。
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音楽が本当に素晴らしいので、何度も聴き込んでいます。しかし、この作品が、アメリカで異例の大ヒットロングランで、かつチケットが本当に取れない。かなり遠い席でも400ドルとか超えてて、それでも予約できたらラッキーというような状態が、2019年に自分がアメリカの住んでいた時の状況でした。この作品の異例の注目は、多様性を扱った点が注目されたのですが、何がすごいって、建国の父たちアメリカ独立革命のメンバーの歴史上実在の人物が、白人ではなく有色人種が配役されているところ。ちなみに敵対するイギリスは、全て白人。ポリティカルコレクトネスを、むしろ利用して、え???そんな???って配役がとても興味深い。Netflixの『ブリジャートン家』(Bridgerton)などのドラマシリーズと同じですね。こういうことの是非はあると思うのですが、僕は常々、「面白いかどうか」にエンターてメントや物語の評価は作ると思っているので、『ハミルトン』は、とんでも無く面白いので、文句なしです。ちなみに、ミランダ家はプエルトリコ系なので、彼自身がルーツがハミルトンに近くて調べるようになったとインタビューで言っていたのを聞いたことがあります。

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さてさて、こういう発想を持っているリン=マニュエル・ミランダの出世作がこの『イン・ザ・ハイツ』なわけです。ここで何が描かれているか?というと、中南米系の移民のコミュニティなんですね。主人公のウスナビを軸として、彼らが移民がワシントンハイツを舞台に、四人の若者の人生の選択を軸として群像劇が描かれています。いや群像劇というよりは、この「コミュニティそのもの」を浮かび上がらせようとしているのを感じます。登場人物がむちゃくちゃ多くて、これが観客を置いてきぼりにしないで、最後まで捌ききれているのは監督の力量を感じます。143分と、ここまで冗長である必要はなかったと映画的には思うのですが、それでも僕がが感じる「コミュニティそのものを群像劇的に浮かび上がらせる」という趣旨を考えれば、長いのは必然だったかもしれません。最初は登場人物が多すぎて、そうで無くても馴染みのないヒスパニック系の世界で、入り込めなくてつまらないかなと思いながら、あれよあれと弾き揉まれてくるのは、脚本もさることながら、ジョン・M・チュウ監督のうまさだなと思いました。

ニューヨークのブロンクス出身ですが、プエルトリコ系のアレクサンドリア・オカシオ=コルテス(Alexandria Ocasio-Cortez)なんかも思い出しますね。この辺りをもう少し深く楽しめるためには、そもそもヒスパニック系の文化を知らないと、いまいち身近に感じないかもしれません。また、AOCを話題に出しましたが、アメリカの移民たちが、ある区画に住み着いてコミュニティを長く形成していること、そのコミュニティが、2−3世と代を重ねるに従って少しづつ壊れていくことなど、アメリカの移民の世代間闘争などの知識や感覚がないと、いまいち実感がないかもしれないので、このあたりの作品を見たり、勉強したりすると、面白さが倍増します。

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ヒスパニックの文化では、2017年公開のピクサーの『リメンバー・ミー』(Coco)などもおすすめですね。この色彩の使い方などは、目が慣れていないと、そもそも、日本人からすると、え?ってなる可能性も高いので。なんでも慣れていないものは、いまいち入り込めなかったりしますからね。


さてさて、監督は、2018年の『クレイジー・リッチ!』(Crazy Rich Asians)のジョン・M・チュウ監督。この作品は、アジア系俳優のみで構成されて大ヒットしためずらしい作品です。この辺りにも、ポリティカルコレクトネスの、アメリカ社会への浸透と共に起きている多様性をどのように物語に活かしていくかの挑戦の系譜なので、流れを知っていると、面白くなります。僕は裏事情を知りませんが、アジア系の俳優のみで構成されている作品で成功された彼が、移民の多様性を重視するこの作品、リン=マニュエル・ミランダのミュージカルの映画化にあたって監督に選ばれているのは、いろいろ納得感があります。もちろんテーマ的にも、単純にマイノリティをフォーカスしたというだけでは無くて、何よりもこれらの作品がヒットしていること、またZ世代とまでは言わないですが、移民の中でこの2010−20年代の若い世代の「これから」をベースに描かれていることに注目したい。『クレイジー・リッチ!』も『イン・ザ・ハイツ』も、英語がしゃべれなくて、とにかく生きることで精一杯の移民1世では無くて、「そもそもアメリカで生まれ育って英語に不自由がない」2−3世以降の世代にとって、アメリカンドリームとは何か?、コミュニティとは何か?を問い直している作品であるところがポイントです。AOCアレクサンドリア・オカシオ=コルテス)を話題に出したのも、分断が激しくなってきた2010年代後半から2020年代前半くらいかけてのアメリカというのは、この新しい分断の時代において、もう一度、様々なものを見直す動きが始まっているように感じるからです。またその「視点」は、AOCなどの非常に若い世代の「これから」への視点になっています。ドナルド・トランプ(Donald John Trump)、第45代アメリカ合衆国大統領(在任:2017年1月20日 - 2021年1月20日)の人気のあたりで、さまざまなこれまでの軋轢が噴出して表に炙り出されていく過程とリンクしているように感じます。

かなり長々と「前提」を語っていますが、日本時にとってヒスパニックの文化や移民の世界って、馴染みが薄い気がするんですよね。アメリカという世界のいては、欠くことのできないメジャープレイヤーなのですが、こう言った前提をベースに見ないと、この作品の射程距離の深さがなかなか伝わらないかもしれないなって思うからです。とはいえ、全くそう言った知識なしに見ても、すごく面白い作品ですけどね。最後の最後の大どんでん返しなども、おお、そうきたかーーーと唸る脚本なので、冗長で、知識がないのが前提としても、面白く見れる作品です。

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