客観評価:★★★★★5つ
(僕的主観:★★★★★5つ)
■全体の所感
『Three Billboards Outside Ebbing, Missouri(邦題:スリー・ビルボード)』(2017)。UnitedのSingaporeからの帰りで見たんだけど、これがダントツに素晴らしく深く面白かった。ジェニファーロレンスの出世作の『ウィンターズ・ボーン』(Winter's Bone) 2010やミシシッピーバーニングなど南部の闇を描いた映画を凄く連想させる。SigaporeからUSまでのダイレクトフライトはすごい長くて十数時間でかなりの数を見たののですが、数日たってメモを取ろうとしたら、覚えているのが限られたので、本当に要作品は、記憶に残るのだなと改めて思いました。『Geostorm』とか『アナイアレイション-全滅領域』とか、メモとってなかったら記憶に全くのころなかったと思う。2018年の第90回アカデミー賞(2017年対象)で高い評価を受けていただけのことはある。ただし、町山智浩さんが評価で話しているように、単純に最初の構図が継続しないで、誰がいい人なのか悪い人なのかが、どんどん話が進行するにつれて覆されて変化していくので、ある意味少し難解かもしれない。もちろんそここそが、素晴らしいのだが。とはいえ描かれている深さが素晴らしいので両方★5にしているが、それなりに文脈を読む力を要求される作品ではある。背景知識なしで見たのだが、見終わったあとに、個人的に南部の闇を描く文脈で見ると、さらに深みがわかるなと思いました。
■アメリカの南部やヒルビリー、レネッドネックの闇を描く文脈として
まぁ、ミズーリは、南部ではなく中西部ですが。ミズーリ州は、2014年の8月9日のセントルイス・ファガーソンの黒人少年マイケルブラウン射殺事件で、警察官による黒人の射殺が連鎖すのが始まったことで記憶されている方も多いと思います。このあと、ブラックライブスマターの運動につながっていくので、僕はとても記憶に残っています。
黒人少年射殺、マイケル・ブラウンさんが殺されたアメリカ・ファーガソンで暴動再燃 | ハフポスト
Obama on Ferguson, one year after Michael Brown's death
この作品は、人間のドラマ、人の心が変化していく様のドラマのほうが深く描かれているので、南部の置かれている背景知識やプアホワイトの構造問題は必要ないかもしれませんが、あると何段階にも深さが増すでしょう。D・W・グリフィス監督の『國民の創生(The Birth of a Nation)1915』や、『ミシシッピー・バーニング(Mississippi Burning)1964』、『ウィンターズ・ボーン(Winter's Bone) 2010』などなどの系譜と考えてもらえればいいです。ようは、舞台となるミシシッピーのようなディープサウスや、ミズーリ州、アパラチア山脈(Appalachian Mountains)周辺のレッドネックやプアホワイトが住み地域の地域的特性を知ると映画の楽しみ方が深くなると思います。僕の適当なイメージでいうと、日本の推理小説やホラー小説なんかで、深い田舎の村に閉じ込められて、台風や様々な理由でそこから抜けられなくなったところで事件が起きるという物語がよくあると思います。この物語の面白さは、一見普通の村に見えるのだが、事件を追っていくうちにその古い村の共同体に隠されている、近代的なものを超えた因習がじわじわと見えてきて、なぞ解きに結び付くところが面白いのです。それと同じように、アメリカの南部が抱える黒人差別の歴史や、アパラチア山脈周辺に集中するレッドネットクやプアホワイト、ヒルビリーなどの在り方を知っていると、だからそうなのか!ということが深く理解できます。ちなみに、アメリカとひとくくりによく、アメリカ外の人はしてしまいがちですが、余りに多様性があって、主語を一つにするのはいつもなんだかおかしい気がしてしまいます。特に日本人が、多く住んだり経験したりする東海岸の例えばNYや西海岸などと、中西部や南部は全く違うところなので、この「極端な違い」を理解してみないと、全くおかしな理解になってしまうか、意味不明で???となってしまうでしょう。僕は、ヒルビリーなどのスコットアイリッシュと呼ばれるのは、まさに日本の孤立した古い因習を残す島や村落のイメージでとらえると、一発で理解できると思っています。ウィンターズボーンが典型的ですが、近代法や警察による秩序とは別の次元の、氏族というか一族というか地域の因習があって、そのルールのほうが、はるかに地域では根強く生きているのですそういった具体的なその地域の目に見えない(激しい差別を温存する因習の連鎖)ものを前提として描かれていることを意識していくと、その深みにぐっときます。ちなみに、僕はもちろん町山智浩さんの映画評論の下記を聞いたにわかなので、ぜひとも下記を聞かれるといいです。こういう背景知識あると、物語が何倍も楽しくなりますよねぇ。
THREE BILLBOARDS OUTSIDE EBBING, MISSOURI | Official Trailer B | FOX Searchlight
THREE BILLBOARDS OUTSIDE EBBING, MISSOURI | Official Trailer B | FOX Searchlight
【町山智浩の映画時評】アカデミー脚本賞確実?『スリー・ビルボード』
【町山智浩映画解説】ヒルビリーをリアルに描いた映画『ウィンターズ・ボーン』
もう少し、というとJ・D・ヴァンス の『ヒルビリー・エレジー~アメリカの繁栄から取り残された白人たち~』を同時に読みたいところ。南部の黒人差別を焦点に充てる視点から、ホワイトトラッシュ、レッドネック、ヒルビリーに焦点を当てる視点が最近増えていますよね。そういう背景は、昨今表に出て、物語に出始めているのだけれども(たとえばウォーキングデッドのダリル役のノーマン・リーダス(Norman Reedus)とか典型的ですよね。)、この背景を使って「何を描くか」が多様化して深くなっている気がする。単純に因習的なものを告発、悪く見るだけであれば、もう既にあるので、、、描きに深みが増している気がする。こうしたことが描かれる背景の一つが、第45代ドナルド・トランプ大統領の2016年の当選の背景に、固い彼らの支持があったのではないか?また、スィングステイトを決定づけRustBelt(ラストベルト)支持があるからだということがメディアで注目されるようになったからです。考えてみると、オバマさん時代とか、2016年より前に、RustBeltやヒルビリーや白人の中産階級のことがメディアに出ることなんか、ほとんどなかったと思います。いまでは、毎日ですよ(2018年11月)。それまでは、中産階級から零れ落ちる白人男性の問題は、全く無視されてきたので、政治家としてトランプ大統領のマーケティングは、この層にスポットライトを当てたんですね。これは、まさに政治家だなと思うのです。打ち捨てられた層を代弁するのは、まさに政治家の仕事だと思うからです。それが、他者への差別を声高に叫ぶ排斥主義であっても、無視されまくると、こういう反動が起きるんだなぁ、としみじみ思いました。確か先進国で唯一、死亡率が上がっているのは(ふつうは平均寿命は少しずつ伸びてる)アメリカの白人男性です。これは、彼らがどれだけ、じわじわと追い詰められながら、ボロボロになっているかを示すことだと思います。今日(11/29/2018?)メラニアさん(ファーストレイディー)が、オピオイド中毒についてスピーチしていましたが、まさにこの辺りの背景はすべてつながっているのだと思います。
ちなみに、2018年の11月現在、アメリカ経済は絶好調、人類経済も全体ではめちゃくちゃ好景気です。でも、たぶん日本の中産階級、またそれと似た立場ではるか先にいるアメリカの中産階級の人々は、好景気をほとんど実感できていないと思います。この感覚が、グローバリズムへの反動の一つだと思うのです。それは、これまで後進国とか発展途上国といわれた、先進国ではないその他の地域の中産階級が、それを享受しているからなんですが、そんな倫理道徳論は、ボロボロの人にはもう届かないでしょう。民主主義や多元文化主義の他者の尊重(リベラリズム)は、分厚い中間層があって、それが豊かさを持ち余裕があったからこそ、というのが今はっきりしつつあります。ちなみに、いまこつこつ見ているのですが、アメリカの超人気だったドラマ『ブレイキングバッド』はまさに、これですね。主人公の住む町が、ニューメキシコ州のアルバカーキだというのは、とても特徴的です。ちなみに、つい先日のサンクスギビングのホリデーに、あの辺を長距離ドライブしていたのですが、ああ、まさに『ブレイキングバッド』の世界だ、としみじみ感じました。荒涼たる大地。激しい貧富の差。治安が厳しそうで、たくさんのトレーラーハウス。。。。
ちなみにHillbilly(ヒルビリー)は、アイルランドのアルスター地方から、アパラチア山脈あたりのケンタッキー州やウエストバージニア州に住み着いた「スコットアイリッシュ(アメリカ独自の表現だそうです)」の、、、いまだと蔑称あるのかなぁ、です。焦点があたる理由は、上に書いたようにトランプ政権の支持基盤の一つといわれていること(データ的には違うと思うけど)、もうひとつは、リベラルや民主党の多様性の輪に入っていないで無視される(マジョリティの白人カテゴリだから)、けれども経済成長の繁栄から取り残されてしまって、どうにもならなくなっているという意味で、非常に悲惨な状況をこじらせていて、そのどこへも抜け出せない閉塞感に人が目を向けるようになったから。
『ウィンターズ・ボーン』が典型なんだけれども、復讐、血讐法の世界に生きている閉じられた共同体なんですよね。近代法よりも、血族や共同体の掟が優先する古い世界。なのでめちゃくちゃ差別、因習的。ちなみにBlood feud(血讐)は、アメリカではとても根強い因習で、ハットフィールド家とマッコイ家の争い(Hatfield-McCoy feud)が有名ですね。アパラチア版ロミオとジュリエット的な。
■3つの看板だけではなく3人御登場人物
サム・ロックウェル(Sam Rockwell)演じるジェイソン・ディクソン巡査の心理の変化が、本当に素晴らしくて、ぐっときた。このタイトルは、3つの看板ということになっているのですが、暗喩で、主人公というか焦点を合わせる人物が、ルドレッド・ヘイズ(フランシス・マクドーマンド)からビル・ウィロビー署長、ジェイソン・ディクソン巡査に移っていくことも示していると思います。最初にステレオタイプのキャラクター造詣が、どんどん壊されていくところがこの脚本の凄みなのですが、レイシストで暴力警官の彼の内面の変化は、見ていて劇的でした。ミルドレッドの視点で基本進むけれども、警察署長と差別的で粗暴な警官の3者が、表から見えるだけの存在ではなく、作中で、心境が変化していって、内面があらわになっていくのが秀逸な脚本。ほんとよかった。そりゃーアカデミー賞クラスだわな、と思いました。
ちなみに、アイルランド系イギリス人監督のマーティン・マクドナ監督の作品。主人公のミルドレッドを演じたフランシス・マクドーマンド(Frances Louise McDormand)の演技が素晴らしかった。この人ファーゴにも出ていましたね。南部の田舎のおばさんお役が多いですね。確か、ファーゴの監督のジョエル・コーエン(Joel Daniel Coen)の奥さんですね。というか、1988年のミシシッピーバーニングにも出てるんだ!。凄い若いかと思ったらもう61歳なんだ。なんか、アクション映画のような、はっちゃけた役なので、若いと思ってたけど、、、、。
僕はいつも思うのですが、現実に生きていると、人が「変わる」ということは、ほとんどできません。会社に入って、管理職になってきて、様々な人を見ましたが、指導したり教育するって本当にできないんだなと、しみじみ思います。できる人は、何も教えなくてもできてしまうし、そうでない人は、どんなに努力してもたいていダメ。人が「変わる」というのは、本当に難しいことなんでしょう。だからこそ、このようなありえない落差での回心を見ると、胸に迫るんです。いったい彼の中で、内面で何が起きたんだろう、って。それが見ていて納得感があるというか、ビビッドに感じられるのは、物語の力だな、と思います。
・・・・・・なんだか、だらだらになってしまったけど、これ以上頑張ると、疲労で更新しなくなりそうなので、本日これで終了。とにかく、何が言いたいかというと、作品単品ではなく、背景知識が深まれば深まるほど、物語は面白みを増すので、ぜひともいろいろ関連を観たり読んだりしましょうということです。