『オッペンハイマー( Oppenheimer)』2023 クリストファー・ノーラン監督 米国保守派とリベラルの分断ポイントをえぐる途轍もない傑作

評価:★★★★★星5つ
(僕的主観:★★★★★星5つのマスターピース  

とてつもない傑作だった。会社半休取って日比谷の映画館に見に行ったのですが、頑張った甲斐がありました。

🔳2つ視点の対立で進む構成

かなり難解との噂を聞いて、予習をしていったのだが、オッペンハイマーキリアン・マーフィー)視点がカラー(FISSION(核分裂))で、対立するストローズ(ロバート・ダウニーJr.)がモノクロ(FUSION(核融合))で、異なる時系列(1954年の聴聞会と1959年公聴会)がシャッフルされながら、話が進むという構成の難解さを先に理解しておけば、話は、少なくとも僕には単純明快で、わかりやすかった。ストローズという対立軸を設定したことで、言いたいメッセージが、クリアーになったと思う。これがクリストファー・ノーラン監督か?と思うくらいに、シンプルで驚きだった。わかりにくくないわけではないので、難解なものを、彼のような時系列のシャッフルする演出する技術が円熟味を増しているのではないかと思う。

登場人物が多く出て誰が誰だかわからないとも言われていたけれども、基本的に、オッペンハイマーとストローズだけを柱で追っていけば、その他の登場人物は、彼らが描き出すテーマの背景に過ぎないので、無視しても何の問題もないと思う。もちろん、水爆の父であるテラーやアインシュタインやハイゼンベルグくらい知っていると、面白いかもしれないが、主軸ではないと思う。

ただなかなか日本人には馴染みがないだろう大きな理解に必要だと思うポイントは、劇中ではめちゃくちゃ指摘されていて英語で聞ければかなりクリアーではあるのですが、

1)オッペンハイマーとストローズが共にユダヤ人であること。

2)オッペンハイマーが裕福なボンボンで、ストローズが極貧から這い上がった成り上がりであること。

オッペンハイマーは、ヨーロッパに遊学して、神経を病んでフラフラできるぐらい、むちゃくちゃ金持ちのボンボンで、恵まれまくって裕福だからこそ、繊細で弱いものの味方に見えた共産主義ファシズム抵抗するスペイン内戦にシンパシーを感じたのですね。だから彼ははっきりとした民主党員(デモクラット)だったこと。その比較として、ストローズが、高卒で大学進学をあきらめて靴のセールスマンをしているところから這い上がってきた生粋の叩き上げの共和党員(リパブリカン)であることです。わかると思いますが、金持ちのボンボンのオッペンハイマーは、理想主義者です。苦学して辛酸を舐めてコンプレックスから成り上がったストローズは、現実主義者です。同じユダヤ人でありながらも、見ている世界が全く違うんです。こういう二人が、安全保障上の問題意識で意見が合わなくなっていくのはむしろ当たり前です。


とにもかくにも、この2つの対立する視点が、時系列無視で同時にシャッフルして、比較対立されながら物語が進んでいくというこの一点を理解できれば、とてもシンプルな映画です。映画を見慣れている人が、まずわからないとは思えませんが、ここは肝だと思います。鑑賞前に、先に知っていると、とても楽に物語に入れます。


🔳米国保守派の視点から見たとしてもシンパシーを感じられるところが凄い

この映画を評価する上で、最大のポイントは、米国が分裂の時代において、リベラル視点でも保守派視点でも、そのどちらが見ても、感情移入できるバランスを持っている点だと思います。ところが、この作品を揶揄するというか賢しらに批評するポイントで、


原爆の被害を描かなかった


点がよく挙げられます。真面目にこの映画を見るときに、そこが日本においては最大のポイントになるのは、仕方がないと思います。流石に日本において、被爆国の立場から、米国素晴らしいと素直にバンザイを叫ぶのは難しいと思います。しかし、この結論は、大抵「だからダメなのだ」という話に繋がります。完全な反戦、完全な戦争反対みたいな行き着いた「土下座謝罪」みたいなものが、多分観念の中にあって、そこまでいかないと評価できないと言いたいわけなんでしょう。


でも、これが全く話にならないのは、わかると思います。まず、そもそもエンターテイメントとして、面白くないでしょう。そして何よりも、米国の映画ですから、米国人に受け入れ難いでしょう。しかも、最初に2020年代のアメリカ社会の社会的前提は、二極化、分断です。2024年の現在は、トランプ元大統領とバイデン現職が、真っ向から戦ったいる真っ最中にあります。そもそも、ディープステイツ(DS)など陰謀論的なものが受け入れられるようなポストトゥルース的状況であることからも、ちょっとでも「それぞれの陣営の持つ真実」からずれているものは、相手の妄想だと切って捨てて無視する状況なんです。このなかで、原爆の開発は、アメリカの兵士を救い、戦争を終わらせたというアメリカの保守派が持つベーシックな神話への批判を書いたところで、半数は全く身もしない、宣伝映画に成り下がって終わることは目に見えています。

この状況下で、全般的に明らかに、オッペンハイマーは、原爆の開発を罪としてとらえて批判的な視点で、全体が構成されています。にもかかわらず、アメリカの保守派が、これは見るべき、感情移入できる映画だと人気を博したところにこそ、この映画の価値と意味があることは明白です。基本的に大量殺戮兵器を生み出すこと、使うことに強い違和感と疑念が理想主義者のボンボンのオッペンハイマーにはあるので、全体に疑念のあるトーンで描かれている。


これは、光と波の幻想的な映像、人々の足踏みの音に代表とされるイメージと音で、表現されています。この作品は、IMAXよりも、むしろ音こそが主役であると言ってもいい作品だと思います。オッペンハイマーが、原爆の開発に感じ取る罪と恐怖を、つねにこの音で表現しているからです。


しかしながら、たとえそうだとしても、この巨大プロジェクトを、マネジメントと経験のない若手の繊細なオッペンハイマーが、癖があり過ぎてどうにもならんだろうという知の巨人たちをチームとして機能させて、プロジェクトを完遂させたことには、驚嘆を禁じ得ない。正直、これが日本人で、被爆国である我々の視点で見ているから、視点が批判的にどうしてもなってしまうが、それを除いたら、こんな大成功、歓喜して叫びまくって自尊心肥大して、USA!、USA!とか怒号を叫びまくってもおかしくない、大成功だ。いやはや、アメリカという国のプラグマチィズム、底知れない潜在力に圧倒される。ナチスを止めるために使命を帯びた巨大プロジェクトを成功させたアメリカの凄さ!は、これほど不安が貴重低音で描かれながらも、それでも、胸にブッ刺さってくるほど、偉大さが圧倒してくる。


この二極化する分裂するアメリカの両サイドから、どちらもシンパシーを感じる形に攻めた構成になっていることこそ、この映画の真価だと僕は思う。であるならば、この背景において、単純に原爆の被害を描くことなく、その恐怖を音やさまざまなものでクリアーに(僕にはクリアーに感じる)原爆の被害の恐怖を伝えて、しかも、反対の神話を信じる米国の保守派にさえ伝えているところが、ものすごいのだ。まさにオスカー納得の作品だ。


🔳見る時のスタンス〜自分とは逆の立場に「自分」を連れ出してくれること

アメリカに住んでいるときに、『ミッドウェー』を見にいったときに、前の席のおばあちゃんが、日本の空母に爆撃する米軍の部隊が失敗するたびに「ああー」とか「あたれー」とか、ハラハラどきどき呟いているのを聞いて、あれなかなか微妙に気分になるのと同じ感覚を味わったことがあります。

https://petronius.hatenablog.com/entry/2019/12/07/032912

自分の祖父母の世代だものね。祖母は東京大空襲で死にかけてるし(死んでたら僕は今ここにはいない)、Jpaneseという言葉が出てくると、「ああこれはファンタジーでもただの空想の映画でもないんだ」と、不思議な気持ちになりました。巨大なプロジェクトの成功には、血湧き肉躍る高揚を感じるけど、それがすなわち、自分たちの国に向けられる大量破壊兵器なのだと突きつけられる恐怖。


こういう映画は、本当にいい映画だ。


🔳リベラルの視点から見た

日本公開が延期したとかいろいろ問題になったというが、よく理解できない。原作のタイトル、American Prometheus(アメリカのプロメテウス)もそうだし、

Prometheus Stole Fire from the Gods and Gave It to Man. For This, He Was Chained to a Rock and Tortured for Eternity.”

で始まるところも、とてつもないものを作ってしまったというオッペンハイマーの自らの罪への苦悩がテーマであるであると思う。配給を決めたビターズエンドには、感謝を。

それにしても基本的なアメリカの世論は、原爆が戦争を終わらせたというコモンセンスがある中で、批判的なメッセージで中和するハリウッドの大作をつくり、それがオスカーを受賞するのは、素晴らしいことだと思う。同時に、このような映画と同時に、『ゴジラ-1.0』のような反核のメッセージと共に育ってきたコンテンツがアメリカでヒットすることもまた、そういうのこそが大事なことだ、と思う。

またもしこれが、原爆賛成の映画だったとしても、それならば尚更日本で公開しなければならないと僕は思うけれども。日本も、アメリカと同じく、この硬直化して結果を何も考えられなり純粋リベラル派の浸透は根深いんだろうなと、なかなか頭を抱えます。この映画を見て、原爆さん生映画だと感じる人も結構見ます。いやはや、ちょっと信じられない。文脈を読む力無さすぎだろうと、お決まりの批判を言いたくなるけれども、多分そこではなくて、二極化した極端脳の世界に住む人々はエコーチェンバーの世界に閉じこもって世界を眺めているから、そもそも文脈を「読む気がない」のが基本なんでしょうね。


でも、『バービー』を見た時にも思ったんですが、アメリカ映画には、この二極化する社会の分裂に対して、いかにして「共通のものを見ている」感覚を抱かせながら、その両者に、「自分お立ち位置」の欺瞞性を、批判生を気づかせる仕組みになっているのが素晴らしい。仮に「気づかない」でも見れてしまうところが、素晴らしい。

petronius.hatenablog.com


この映画のポイントは、保守派には、大量破壊兵器が生み出す罪を突きつけるし、リベラルには、ナチスが原爆を開発しようとする時にどう対抗すべきなのか?、この争い合う人類社会で力を制御し、安全保障を考えるにはどうすればいいのか?と、そのどちらも、自分を「正しい」立場だけには置けない、しかし解かなければならない難問に直面させる。素晴らしい物語だと思います。


ちなみに、この2020年代の二極化の時代の米国の背景を知るには、この本がベストです。

キャンセルカルチャー ~アメリカ、貶めあう社会~


🔳米国の保守派もリベラルも、同じものを共有できることにどれだけの価値があるか!

note.com

www.youtube.com

ついに宝塚にいってきました!『RRR × TAKA"R"AZUKA ~√Bheem~』で礼真琴さんを見てきました!

人生で一度は、宝塚に行ってみたいと思いながら、なかなか機会を得ず、行けていませんでしたが、ついに、宝塚デビュー。3/26の午前のRRRの星組の公演に行ってきました。礼真琴(コムラム・ビーム)さん、舞空瞳(ジェニファー(ジェニー))さんの主演ですね。

チケットを取ってくれた友人は、暁千星(A・ラーマ・ラージュ)さんが、推しだそうで。

110年の伝統を誇る、日本のオリジナルコンテンツ宝塚。ついにデビューしました。一言で言って、最高でした。特に、ダンスシーンが圧巻で、ナトゥも当然素晴らしいのですが、その前の普通のダンスがあまりに見事で、このレベルのダンサーなんだと衝撃でした。友人曰く、宝塚は劇団四季に比べてダンスが上手いのですが、礼真琴はその中でもかなりのレベルなんですと、解説してくれました。

kageki.hankyu.co.jp

いつもは、有楽町の駅から日比谷のTOHOシネマズに行くのですが、その先に行ったことは、一度もなくて、ここにあったんだ!と驚きました。知らないと、視界に入らないものですね。

レビュー・シンドローム『VIOLETOPIA(ヴィオレトピア)』なんですが、RRRも1時間半であの長大な物語をよく見事に収めた脚本で、本当に素晴らしかったのですが、レヴューもまた、素晴らしかった。しっかし、3時間近く、あれだけ動き回って、息が上がっていないのがわかるので、一体どんだけなんだ、と感嘆の嵐でした。一緒に行ってくれた友人曰く、宝塚の出し物はだいぶ、???という感じの残念なものもあるので、いろいろ差が激しいとのこと。RRRは見事な出色の出来なうに、星組で、かつ礼真琴さんという最強クラスの布陣で、なかなかこのレベルは最高峰と言っていました。だけれども、伝統のレビューは、むしろこちらをメインで見にくる人もたくさんいるくらいで、良いですよとのことでしたが、本当に驚くほど良かった。

これとか、なんだよって(笑)。って感じですが、こういう遊び心は、いいですね。もちろん僕も食べました。しっかし、女性ばかりで、本当に女性に愛されているのだなという感じでした。僕の横に座られた、ご年配の奥様(僕から見てもなので還暦クラス)が、もう若い娘のようなはしゃぎぶりで、楽しそうで、ああこういう夢の世界に生きれたら、人生最高だなって思いました。近くにいると、とても楽しい気分の波動が伝わってきて。そんな中に、おっさん二人(笑)でしたが、こういうところに、誘ってくれる会社の同僚がいる自分も、ラッキーだなって思いました。

110年の歴史があるんですね。そういえば、松岡修造さんの娘さん(松岡恵さん)もいらっしゃるそうで、稀星かずとさんというらしいです。宝塚のトップにはどうすればなれるの?という質問をしていたときに、どのように選ばれていくか?というのが、不透明で何もわからないのが燃えると言っていました。ちょうど、会社の出世競争の話もしていたのですが、本当に何が基準かよくわからない。実力だけでもないし、ビジュアルだけでもないし、歌やダンスの能力だけでもないし、もちろん、松岡修造さんの娘さんのように血筋や実家の太さだけというわけでもない、、、、とのこと。話を聞いていて、ネットフリックスのドラマで相撲界を描いた『サンクチュアリ』を思い出していました。

応援する人は、ただ一人の推しを、卒業前から30年間くらい推し続けて、その人が卒業すると燃え尽きて、宝塚ファンもやめてしまう人も多いとか。何と深い世界なんでしょう。

創業者の小林一三

せっかくだからと、対面のビルで衣装展示をしているので見に行きましょうと。グッズもたくさん売っていて、いやーこれは購買意欲湧くんだろうなぁーと感心しきりです。友人曰く、関西の宝塚も一度は行くべきと力説されていました。また人生でやりたいことが増えてしまいました。

僕の宝塚の知識なんて、ほぼ全てマンガからなのですが、あらすじを説明したら、まんまですねって、すごい面白がってくれました。その友人は、舞台とか演劇の人なのですが、マンガを全く読んだことがないようで、同じ物語を好きで、かなりのオタク体質なのに、全く違う人生なんだなって感心してしまいました。自分の人生を振り返ると、マンガを読まないなんて、どうやって生きてきたのかまるでわかりません。

かげきしょうじょ!! 1 (花とゆめコミックス)

左翼の理想に溺れないバーニーサンダースは見事。

バーニー・サンダースのこのスピーチ素晴らしかった。バリバリの左翼なのに、理想に溺れない、このプラクティカルな姿勢は本当に素晴らしい。

政治学者のTweetが秀逸なコメントだった。

これまでも多くの政治体制が試みられてきたし、
またこれからも過ちと悲哀にみちたこの世界中で試みられていくだろう。
民主主義が完全で賢明であると見せかけることは誰にも出来ない。
実際のところ、民主主義は最悪の政治形態と言うことが出来る。
これまでに試みられてきた民主主義以外のあらゆる政治形態を除けば、だが。

ウィンストン・チャーチル 下院演説 (November 11, 1947)

もう既に82歳(2024年時点)。ルース・ベイダー・ギンズバーグは、87歳で、2020年に亡くなった。バイデンが、81歳(2024年時点)、トランプが、77歳(2024年時点)本当に高齢者が、アメリカ政治を支配している。とはいえ、大統領になることもなく、2016年のヒラリー・クリントンの対抗馬として登場して以来、有名になったが、きっと、これから30年、40年後には、あまり顧みられることもなく忘れさられてしまうのだろう。多分同時代にいなければ、またアメリカ政治に興味がなければ、この凄まじい存在感は、わからないだろうなぁと思います。

vimeo.com