Diversity & Inclusion(多様性の受容)という経営戦略〜多様な人材を動機付けする仕組みの構築がアフターマージャーの成功を促す

先日ある人事系のコンサルティング会社の人と話していて、とてもインパクトを受けたセリフがある。


昨今の欧米のエグゼクティヴは、背景の違う多様性のある人材をモチヴェートする手法を徹底的に勉強していますよ。 実際に、これらの部分のコンピテンシー(行動特性)をいじると、飛躍的に生産性が上がるのを彼らはもう知っていますから。 ダイヴァーシティー(多様性)は、もう戦略なんですよ。できなければ、すぐCEOの首が飛ぶんだから。」

これは、M&Aを実施する時に、とりわけ海外の会社を買収する時に、役員の報酬制度やリテンションなどディールの表には出てきにくい部分の隠れた仕組みなどをちゃんと意識して交渉しないと、買収したはいいが真の目的であるところの「シナジーを出す」ということが、達成されなくなってしまう、ということを話している時に出てきたセリフだ。


□Diversity & Inclusion(多様性の受容)は、机上の空論ではないのだな・・・・

もちろん、ダイヴァーシティーの概念やグローバル企業がグローバル人材を管理・育成することに腐心していることは知識としては知っていた。けれども、どちらかというと、日本の会社がよくいう女性を活用しよう!とかの、掛け声はいいが内実が全然伴わないある種の道徳的なものと考えていた。しかし、そうではないようなのだ。実務で実際の仕事でしていると、「このこと」の凄さが身にしみてわかる。

なによりも、なるほどと思ったのは、買収後の「新しい企業文化の構築」に於いて、すべての観点を「ビジネスのアウトップト(=成果)が出るかどうか」という共通の次元で物事を考えるべきだ、という部分。これは、たぶんきっと機能するな、と直感的に感じたからなんです。制度などの資本主義の仕組みとリンクしていて、他組織との競争優位性に成り得るものだからです。



□アファーマティヴ・アクション(Affirmative action)が機能しなかったのはなぜ?
えっと、どういうことかというと、僕は大学時代にアメリカの法令でアファーマティヴ・アクション(Affirmative action)を勉強していた時に、ああこれは逆差別を生むのでたぶん人種間の憎悪や対立を生み易く、政策としては、バランスにかけるものだな、と思ったことがあります。アメリカでこの政策の批判として黒人の経済学者であるトーマス・ソエル著の『世界の積極的是正措置:実証研究』がありますが、この各国の分析も、どちらかというと否定的なものでした。その当初の出発点であるところの「意図」は素晴らしいものでした。けど、結果は、必ずしも意図通りではありませんでした。

アファーマティブ・アクションは、広義には構造的に自己保存する差別を解消するために特定の民族あるいは階級に対して優遇措置を制度上採用する方策である。これには貧困層の階級出身の学生に対する生活援助や奨学金などの制度が各国で広く採用されている。またこれは機会の不平等の是正として特に問題とされていない。

この制度が代表的に採用されているアメリカ、インド、マレーシアや南アフリカにおいては政府機関の就職採用や政府教育機関(特に大学)の入学において被差別人種とされる黒人やヒスパニック系の人種(白人のヒスパニック系は除く)、あるいは被差別カーストのためにこれらの民族にだけは採用基準を下げる、あるいは全採用の人数枠においてそれらの民族やカーストからの最低の人数枠を制度上固定する措置がとられている。

積極的差別是正措置は「不当」な社会的或いは経済的格差が確固として存在している時、特定の制度の採用の機会を平等にしてもこれまでの社会的あるいは経済的格差に由来して実質的には機会に差を生じ、格差が是正されないとの考えによる。

アファーマティブ・アクションの実施への是非、その効果については賛否両論がある。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A9%8D%E6%A5%B5%E7%9A%84%E5%B7%AE%E5%88%A5%E6%98%AF%E6%AD%A3%E6%8E%AA%E7%BD%AE


僕は、マクロの政策を考える時に、基本的に「道徳」や「倫理」というようなもの、なんというかある種の幻想や理想を掲げると、まずもって失敗すると考えています。それが、ちゃんと既存の仕組みと接続されて、効果的なループを描かない限り、意図した結果と逆になってしまう場合が多いと思うのです。だから、その当初の「意図」である、固定化された格差を解消しようと、上から強制的に機会の門戸を開こうとするその「善意」は疑わなくとも、結局、そんなことは達成されない、と冷ややかに感じていました。

日本企業では女性の採用比率が高くても、中身は男性の仕事を女性にシフトして人件費圧縮ぐらいではないだろうか。働きウーマンは確実に増えているが、本当の性差別解消にはほど遠いというのが率直な感想である。
http://konstanze466.jugem.jp/?eid=191
千の天使がバスケットボールする


この議論は、ようはある種の固定化された格差や差別などを、どう変化させていくか?という議論なので、樹衣子さんのところで話されていた、女性の企業への登用問題とも類似の問題だと思います。