前の時代のエートスが次の時代のエートスを支配する

ベルリン飛行指令 (新潮文庫)


もうすぐ読み終わる。飛行機が好きなので、鳥瞰図的な描写は、胸が躍る。佐々木譲さんは、うん、発見だった。この人の作品は、好き。特にこの太平洋三部作は、今の自分にドストライクだった。友人に、この三部作の面白さを伝えようと、ふと口に出た言葉が、今の自分の脳内状況をよくあらわしていて、おお、そういうことかと自分で、整理がついた。

「『風雲児たち』と司馬遼太郎で、自分の中で日露戦争までの日本人というものがどういうものか?って言うのが、わかってきた。重要なのは、明治維新と明治大帝統治の50年間くらいってのは、実は、江戸時代に生を受けた人が指導して、江戸時代のエートスが生きていた時代なんだよね。

そして、それが、大正モダニズムぐらいを、境に、激しく変質していく。それもわかってきた。そして、この佐々木さんの作品は、1941年とか昭和15年ごろぐらいを扱った作品で、この辺の大正から昭和初期にかけての、日本が帝国として版図を広げたころの時代を描いている。この辺のマップがかなり埋まってきて、とても楽しい。

特に、明治までの時代のあり方というのが、『風雲児たち』と、葉隠れ思想とや新渡戸稲造の武士道を読み返して自分なりに整理がついて、「わかった!」という納得がおとづれつつある後だけに、はっきり「その次」を意識できるので、いま凄く充実している。

そして、僕が最も好きな村上龍村上春樹の小説や自分がマーケティングして、育ってきた1980年以降の日本社会のあり方と、それが接続された始めてきた。・・・ぞくぞくするんだ。いままでは、あの明治期の素晴らしい日本人と、頭がおかしいとしか思えないくらい時代の世界に喧嘩を売った大正、昭和初期の日本人と、それと統一の契機が失われて島宇宙化した現代社会のナショナリティーの消去された日本人(自分たち)がどうにもつながらなかったんだが、、、ピースがやっとつながってきた。

わかったのは、前の時代のエートス(=動機の形成の仕方や行動規範)というのは、「その時代」を見てもわからなくて、その「前の時代」をひきずるんだよね。「そのひとつ前の時代」のエートスが、ある境での大きな出来事を軸に大きく変質していく過程が、「次の時代」なんだ。

だから、江戸から日露戦争にかけての日本人のあり方が整理されたとたん、大正期から昭和初期の日本人のあり方が像を結び始めてきた。山本七平さんや様々な本を読んでいたのに、像が結ばなかったんだ。きたんだよ、きたきたきたんだよ!。

僕は村上春樹の半島を出よを読んでいて印象的な描写があった。

北朝鮮のテロリストが回想するシーンで、その北朝鮮の兵士は、共和国(=北朝鮮)の知識人は、日本人に屈折した思いを抱いている・・・・それは、アメリカを代表とするアングロサクソンの作り出したこの世界のシステムに自殺同然と知りながら、誇り高く戦ったあの偉大な日本人と、アメリカの属国になり下がり肥えた豚となった現代の日本人がどうしてもつながらず、心の底から軽蔑しているというアンビバレンツがある・・・というようなシーンだ。

これって、わかるんだよね。もしかりにアメリカに自爆テロをするような人から見れば、無謀だと知りつつも、アメリカに対して民族の全てをかけて(ほとんど自殺同然)特攻をしかけた日本は、凄く尊敬する憧憬を抱くと思うんだよね。実際、アラブに行くと、君たちを尊敬するよ!なにしろアメリカに喧嘩をマジで売るなんて、素晴らしい!とよく言われます。・・・・けど、その誇り高き民族が、今のような肥え太った豚になっているのもまた事実で(笑)、、、、

えっと、これは何をいっているかというと、つまりは、大正期から昭和初期にかけての人たちのエートスは、実は、「高度成長」時代に生きているんだよね。それが、70年代後半くらいから変質して、次の時代に変化していて、そのへんをいっているんではないか?と思うんだ・・・・・まだよくまとまっていないが、なんかつかめそうなんだ。」


・・・・・このへんのエートスの変化のを、もう少し深く知れればいいなぁ、、、と思う今日この頃です。


うーむ意味不明になった。


半島を出よ〈上〉 (幻冬舎文庫)