物語がつながる時〜16世紀末の北東アジア

中原の虹 第一巻中原の虹 第一巻
浅田 次郎

講談社 2006-09-25
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蒼穹の昴(1) (講談社文庫)蒼穹の昴(1) (講談社文庫)
浅田 次郎

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僕は、小説を同時に読むことが多くて、今現在、『とある魔術の禁書目録』とは別に、浅田次郎さんの『中原の虹』の1巻と、金薫さんの書いた韓国で100万部売れたという『孤将』と、加藤廣さんの『秀吉の伽』を、3冊同時に少しづつ読んでいた。理由は特にない。特になかったんです・・・。それが、あとで書きますが、物凄く深くリンクしていたんで、感動してしまいました。


ただ、まず『信長の棺』がおもしろかったんで、その次の作品である『秀吉の伽』が購入してあってずっと気になっていたんです。読み始めてみると、織田信長という希代の英雄の下で、才能はありながらもしょせんサラリーマン(織田軍団は、官僚化して軍事のみに専従する専門集団)であった秀吉という男が、どうやって自分の主人を心理的に乗り越えていくか見たいな部分が書かれていて、なかなか興味深かった。内面のプロセスを追っていたため、実は、豊臣秀吉という人物について、ずっと不思議に思っていたことがあって、とても聡明で才能豊かな人だったと思うんですが、朝鮮出兵をなぜやったか?という理由が、僕はさっぱりわからないんです。近代の朝鮮侵略は、地政学的に、マクロ的には非常に理解できます。けど、1592年(日本文禄元年、明および朝鮮万暦20年)から1598年(日本慶長3年、明および朝鮮万暦26年)ようは、16世紀末でしょうが、この時点で、わざわざ大陸や朝鮮に出兵する理由が分からない。当時の朝鮮軍は異様に弱体だった事実もあるわけで、そもそも日本が侵略に怯える理由もありませんし、明自体もいわゆる「北虜南倭の患」で苦しんでおり、万暦帝(位1572年〜1620年)の時代(朝鮮出兵時の明の皇帝ね)自体も、決して国が絶頂期にあるわけではありません。ちなみにかといって、今の寧夏回族自治区で発生したボバイの乱、もう一つが楊応龍の反乱などを抑え込んでおり、国家として最弱だったわけでもありません。言い換えると、それなりに北東アジアはバランスオブパワーの安定状況にあったわけです。


明の征服とアジア諸国の服属を企図していた豊臣秀吉は、1587年九州征伐に際し、臣従した対馬の領主宗氏を通じて「李氏朝鮮の服属と明遠征の先導を命じた(征明嚮導)」。元来朝鮮との貿易に経済を依存していた宗氏は対応に苦慮し、李氏朝鮮に対しこの要求を直接伝えず、日本統一を祝賀する通信使の派遣を要求して穏便に済まそうとしたが、明の冊封国であった李氏朝鮮に征明嚮導の意思はなく、豊臣秀吉は明への遠征のため先ず朝鮮の制圧を決め、文禄元年(1592年)四月(和暦。漢数字表記の月は以下同じ)、16万の大軍を送ることとなる。


けど、wikiで検索すると、いきなり明の征服!!とか言い出すんですよね。秀吉(汗)。えっ??なんで???ってのが、僕の子供のころからの疑問。つーか、秀吉のイメージは、日本国内の国取り物語と、日本というバラバラな国を統一国家に持っていった、言い換えればドメスティツクな物語が色が強くて(僕には)、どうしても、いきなり世界帝国を目指すような、内的な動機をイメージできないんだよね。朝鮮出兵の部分は、僕はよく知らないんですが、それ以外の小説でも、ドラマでも、漫画でも、歴史の教科書でも、さまざまなイメージで、彼が「世界を征服する」という内的な動機を、ドラマトゥルギーを持っていたとは思えない。つーかいまのところ、マクロの事実(=朝鮮出兵があったという事実)と、太閤豊臣秀吉の人格のドラマトゥルギーつながらない。こういう課題があったので、粛々とこの『秀吉の伽』を読んでいました。


孤将 (新潮文庫)孤将 (新潮文庫)
蓮池 薫

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さて、同時にせっかくこのテーマにつながりそうだからと、と海燕さんに教えてもらった、韓国のベストセラーである金薫さんの『孤将』も同時に読み進めてみた。

李 舜臣(り・しゅんしん、朝鮮読み:イ・スンシン、1545年3月8日(明暦) - 1598年11月19日(明暦))は、文禄・慶長の役時の朝鮮の将軍。字は汝諧(ヨヘ、여해)。朝鮮水軍を率いて日本軍との戦いに活躍した。韓国ではその功績を評価し、国民的英雄となっている。

李舜臣将軍は、ずっと興味を持っているんです。一つには、僕は、レジスタンスというか、国が滅びようとしていく時に抵抗するという物語が大好きなようで、それの類型に連なるというのもあるんだけれども、田中芳樹さんの大傑作『銀河英雄伝説』のヤンウェンリー元帥のように、少数で巨大な敵を打ち破るって、物凄くドキドキするんですよね。戦争の正統性(レジティマシー)がはっきりある中での、少数での大群の壊滅ってのは、最高の物語だと思うんですよ。

銀河英雄伝説 1 黎明編 (創元SF文庫)銀河英雄伝説 1 黎明編 (創元SF文庫)
田中 芳樹

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北進政策と契丹侵入
その間、926年に北方民族契丹の遼(916年成立)が渤海を滅ぼすと、高句麗時代の版図を取り戻す北進政策の一環として渤海遺民を吸収し、鴨緑江以南を支配する。これにより現在の大韓民国朝鮮民主主義人民共和国の西部を合わせた地域を版図とした。また、中国大陸の戦乱(五代十国)が宋(960年建国)によって統一される気運となると、宋に朝貢した。

16世紀頃の東アジアにもいろいろ疑問があって、たとえば、あの大陸に進出した猛る征服欲を持つ民族だった高麗に比べて、李氏朝鮮は、物凄く平和ではあるんだが、内向きで、弱体だ。日本の徳川幕府と同じような鎖国主義的で進歩を抑圧する暗さを持っている。文治政権なんだろうけれども、それはなぜか?ってことと、徳川家康鎖国に踏み切った、この時代のアジアの国際状況は、どんなものだったのか?とか、そういうことが気になっているんだよね。つまり、この時期の東アジアは、どちらかというと内にこもる文治政権を作る傾向があったということになるんじゃないかな?と思うんだ。強い民族や国家というのは、良い悪いはともかく侵略に暴発することは多くて、たとえば、高麗時代の朝鮮とか、近代明治時代の日本とか、時々ぶっ飛ぶんだよね。一時期だけを見て、だから強いとか弱いとかは意味がないんだけど、どういう内在的ロジックが、あったのかを知りたいんだ。北東アジアは、少なくともすべてワンセットにして考えないと、実は、歴史観として欠陥なんだ、というのが最近しみじみ感じることなので。とはいえ、まだ手が伸びていないが、これは、今の北朝鮮とか満州、中国の東北三省このへんの地政学的なダイナミズムをよく理解しないと、きっと理解できないと思うんですよね。ちなみにこの辺のバランスオブパワーが理解できないと、満州国建国とかあの辺の仕組みも動機もさっぱりわからないので、心の中に期して、この辺を少しづつ考えたりしています。

ちなみに、この辺とビジネスの取引をすることも多いし、上海にいる同僚の中国人に、朝鮮系の中国人(たぶん朝鮮自治区とか東北三省)の人が多くて、これがまた優秀なんだ(中国語もハングル語も日本語も英語も話す(笑))けど、なんでかそこ(=東北)じゃなくて上海に出てきているんだよね。あの辺のいい大学を出て南に来るのは、よくあるルート見たいんなんだけど、、、そういうのもあって、彼らがどういう動機を持っているのかな?とか、いろいろ思うんだよね。ちなみに、中国の北出身の人は、個人的な感覚だけど美男美女が多い。スタイルがいいし、それもなんでかなぁ?とか。南とは明らかに造形が違う。北部の民族ってかなり入り乱れているので、いろいろ話を聞いていくと、興味深いのだ。この辺の歴史とか構造を知っていると、けっこうえっ!というような発見が隠れていて面白いのだ。僕が凄い好きだったクオォンカヤ著の漫画『プルンギル青の道』もこの辺を扱っていたしねぇ。朝鮮の知識は、東アジア大陸への窓口なので、気になるんだよねぇ。友人もたくさんいるし。そういえば、僕が大好きで見ているブログの『族長の初夏』さんのところで紹介していた荒山徹さんの本も物凄く気になっているんだよねぇ。

十兵衛両断 (新潮文庫)十兵衛両断 (新潮文庫)
荒山 徹

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話がズれた。


んで、そういったテーマで本を読んでいる時に、浅田次郎さんの『中原の虹』の1巻の次のシーンに出会いました。

「勇者シュルガチよ」


父は地平のかなたに肩をそびやかす長白山を見上げて叔父に告げた。


「この戦捷はまことに幸運であったな」


叔父も東の空を仰いだ。


「臣もそう思いまする。明国皇帝は、朝鮮の戦に、多くの将兵をさいておりますれば」


「しかし朝鮮の戦はほどなく終わる。太閤秀吉なる倭国の王は、やがて兵を引くであろう」


「さて、倭国は押していおりますれば」


大義なき戦は続かぬ。朝鮮の戦が終われば、明は我に向けて兵を動かすであろう。激しい戦が始まる。」


「では、いかように。」


父は玉帯河に沿って瞳をめぐらし、青空のきわみを振り返った。


「兵を養うたならば、ただちに渾河を渡って瀋陽と遼陽を攻める。ことに瀋陽城は満洲の要ゆえ、天を奉りて都となす。たとえ明の大軍が長城を超えて攻め来たってても、けっして陥つるあたわざる奉天の城を気づくのだ。」



p192


これ、清末期の小説なんですが、浅田さんのこのシリーズの手法として、清の建国皇帝たちの回想シーンがいくつも出てきます。満州の地に蛮族として、明に比べるべくもない小国として虐げられていた一族が、部族を統合し、自らの存亡をかけた追い詰められた戦をしている時のセリフです。このあまり立場が強くない、やっとバラバラの部族を統合したばかりの若きハーンは、清建国の初代アイシンギョロ・ヌルハチです。

そう、秀吉の小説と全く同じ時代、秀吉の朝鮮侵攻で李舜臣が無能な王と腐敗した官僚に堕した貴族たち苦しめられている時に、ヌルハチは清の建国のために部族を統合していたのです。つまり、明が朝鮮で無駄な戦費や国力を消耗しなければ、ヌルハチが部族を統合することも、明と戦うこともできなかったということなんですよ。これ、これ、こういうの!!!こういのわかってくると、ドキドキします。手嶋龍一さんの『ウルトラダラー』の戦略感覚も、まったく同じですよね。このあたりは、すべてセットに考えないと、戦略的思考は出来ないんですよね。そしてわかってくると、世界のピースがすべてつながるような、感じがして、、、新聞などの読み方が全然変わる。最近の第七艦隊の話やイラク戦争によるアメリカの敗戦によるアジアでの米軍プレゼンス低下や李登輝、台湾の戦略・・・そういうものがすべてつながってくる。うーんドキドキだ。僕らのいる世界ってなんて複雑で面白いだろうって!。

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